「愛すべき夫妻の秘密」 (VOD)
2021年・アメリカ 132分
製作:Escape Artists=Amazon Studios
提供:Amazon Studios
原題:Being the Ricardos
監督:アーロン・ソーキン
脚本:アーロン・ソーキン
撮影:ジェフ・クローネンウェス
製作総指揮:ジェナ・ブロック、スチュアート・ベッサー、デビッド・ブルームフィールド、ローレン・ローマン、ルーシー・アーナズ、デジ・アーナズ・Jr.
1950年代にアメリカで放送された人気TVドラマ「アイ・ラブ・ルーシー」で主人公のリカード夫妻を演じた、ルシル・ボールとデジ・アーナズの関係を描いた伝記ドラマ。監督・脚本は「シカゴ7裁判」のアーロン・ソーキン。主演は「めぐりあう時間たち」のニコール・キッドマン、「ノーカントリー」のハビエル・バルデム。共演に「セッション」のJ・K・シモンズとアカデミー賞受賞俳優が顔を揃える。第94回アカデミー賞で主演女優、主演男優、助演男優の3部門にノミネート。第79回ゴールデングローブ賞でニコール・キッドマンが最優秀主演女優賞(ドラマ部門)を受賞した。Amazon PrimeVideo配信作品。
(物語)1952年のある月曜日、コメディーテレビ番組「アイ・ラブ・ルーシー」に出演するルシル・ボール(ニコール・キッドマン)とデジ・アーナズ(ハビエル・バルデム)夫妻はいつものように台本読み合わせに立ち合い、脚本や演出にもアイデアを出しながら金曜の公開収録に向けて準備を進めて行く。ところが折しも、デジの浮気疑惑やルシルの共産党員疑惑がマスコミで報じられ、夫妻もテレビ局側も神経を尖らせる。さらにルシルは自身の妊娠を皆に告げると同時に、それをドラマの中でも並行して描きたいと提案し、局側は猛反対するもルシルの決意は変わらない。果たして金曜日の収録に無事漕ぎつける事は出来るのか、緊迫の5日間は過ぎて行く…。
アマゾン・プライムによる配信作品だが、本年度のアカデミー賞で本作に出演のニコール・キッドマン、ハビエル・バルデム、J・K・シモンズがそれぞれ主演賞、助演賞にノミネートされていたので観たいと思っていた(受賞は逃した)。昨年末に配信が開始され、他の配信作品のように劇場でも公開されるかなと待っていたのだが、遂に劇場公開はされなかったので、仕方なく配信にて鑑賞。
ルシル・ボール主演の公開テレビドラマ「アイ・ラブ・ルーシー」はいつ頃かは覚えてないが、テレビで何話かを見た記憶がある。日本語吹替版だったので1961~62年に放映されたものか、その再放送だったかも知れない。
ルシル・ボールのコメディ演技が絶品で大笑いしたものだ。当時不思議に思ったのは、どう見てもスタジオ収録なのに、観客らしい笑い声がタイミングよく何度か入っていて、どうやって収録していたのか不思議だった。この映画を観て、その謎が解けた。
(以下ネタバレあり)
物語の中心となるのは、月曜日の台本読み合わせに始まり、脚本の練り直し、リハーサルを経て金曜日の本番収録までの、ドラマの製作過程である。ルシルは何度も脚本にダメ出ししたり、新しいアイデアを提案したりと、番組に賭ける熱意は相当なものである。ある時には真夜中に共演者をスタジオに呼び出し、思いついたギャグを演じさせる事までやってのける。それでも番組は高視聴率だから誰も文句は言えない。
物語はその合間に、デジの浮気疑惑が新聞に載った事で夫婦仲が険悪になりかけたり、ラジオ番組でパーソナリティのウォルター・ウィンチェルが「ルシル・ボールは共産主義者だ」と暴露したりと、さまざまなトラブルが起き、こんな状態で金曜日の公開収録は無事に終える事が出来るのか、サスペンスを孕んで物語は展開する。
1952年と言えば、有名な赤狩り旋風の只中で、多くの映画関係者が非米活動委員会に召喚されていた時期だが、ルシル・ボールまでも共産主義者の疑いをかけられていたとは知らなかった。
映画の中でも語られるが、ルシルの祖父が共産党員だったのは事実で 祖父を喜ばせたくて党の有権者登録名簿に名前を書いたが、当人は党員ではなかった。しかし二流新聞社が嗅ぎつけ、金曜日の放送当日に「ルシルは共産党員か?」との記事が掲載されてしまう。はたしてこのピンチをルシルとデジ夫婦はどう乗り切るのかが終盤の山場となる。
しかし映画全体は、当時「アイ・ラブ・ルーシー」の脚本チームだったジェス・オッペンンハイマー、マデリン・ピュー、ボブ・キャロル・ジュニアの3人が年老いた晩年になって、当時を回想するという形式を取っている。いずれも本人ではなく、別の俳優が演じているが、これによってあたかもドキュメンタリー映画のような雰囲気が出ている。
さらにまた番組製作過程の合間に、ルシルとデジが出会い、夫婦となり、下積み時代を経て「アイ・ラブ・ルーシー」で成功するまでの過去の物語が随時挿入されるという、二重の回想形式になっているので、一度観ただけでは少し判り難いのだが、そこは配信の便利な所、判らなかった所は見直したりで、きっちり物語は把握出来、面白く観る事が出来た。映画の観かたとしては邪道だが(笑)。
さすがは「ソーシャル・ネットワーク」でアカデミー脚本賞を受賞したアーロン・ソーキン、周到に練り上げられた脚本が見事で、観る度に面白さが増して来る。
デジの浮気疑惑も、マスコミの虚報だと分かり、そしてルシルの共産党員疑惑も、収録直前におけるデジの見事な機転とパフォーマンスで解決し、スタジオに集まった観客の拍手で感動的な幕切れとなる。
電話で「ルシルは潔白です」と伝えるのがあの人(未見の方の為名前は秘す)だったのには驚いた。これはサプライズである。誰かは映画を観てのお楽しみ。

デジはキューバ人だったので、ドラマ出演(しかもルーシーの夫役)にテレビ局は難色を示すが、ルシルは毅然と主張を通し、夫婦共演を実現させてしまう。そして自身の妊娠・出産という現実をドラマの中にそのまま取り入れるという前代未聞のテレビ放映も局側の猛反対を押し切って実現させてしまう。
当時は女性の地位は低く、業界はほとんど男性優位だったのだが、ルシルはコメディエンヌとしての実力を武器に、果敢に業界に風穴を開けて行き、女性地位向上にも一役買った事は高く評価していい。映画はその点をきっちり描き切っているのが素晴らしい。
なお映画では詳しくは描かれていないが、ルシルとデジは共同でデシル・プロダクション(注)を設立し、二人の離婚後はルシルが単独のプロダクション経営者となった。彼女はプロダクション会社の社長となった最初のテレビ女優でもある。これも素晴らしい事だ。
ルシルに扮したニコール・キッドマンがメイクや髪型も本人そっくりで、見事ルシル・ボールになり切っている。モノクロ映像で再現された「アイ・ラブ・ルーシー」の一場面では、ルシル・ボール本人としか思えない表情と演技に唸った。
ルシル・ボールという、希代の名コメディエンヌで、かつ強い意志を持って時代を切り開いた女優の生きざまと、デジ・アーナズとの夫婦愛に感動させられる、これは素敵な人間ドラマの秀作である。
(採点=★★★★☆)
(注)ルシルらが設立したデシル・プロダクションはその後、数本のテレビドラマを製作するのだが、その中にはテレビ史に残る次のような作品がある。
「アンタッチャブル」、「宇宙大作戦」、「スパイ大作戦」…。
いずれも日本でも大ヒットとなった作品で、「宇宙大作戦」の原題は「スター・トレック」、「スパイ大作戦」のそれは「ミッション・インポッシブル」。言うまでもなく、後に映画の方でもシリーズ化され大ヒットし、今なお続編が作られている。
これらのヒット・シリーズを生み出した会社の代表が「アイ・ラブ・ルーシー」のルシル・ボールだったとは驚きである。「ミッション・インポッシブル」はトム・クルーズの代表シリーズとなったが、そのトムと本作でルシルを演じたニコール・キッドマンが一時夫婦だったというのも不思議な縁である。
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