「ベイビー・ブローカー」
(物語)古びたクリーニング店を営みながらも借金に追われるサンヒョン(ソン・ガンホ)と、赤ちゃんポストのある施設で働く児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォン)は、「ベイビー・ブローカー」という裏稼業手を染めていた。ある土砂降りの雨の晩、2人は若い女ソヨン(イ・ジウン)が赤ちゃんポストに預けた赤ん坊をこっそりと連れ去る。しかし、翌日思い直して戻ってきたソヨンが、施設に赤ん坊が居ないことに気づいて警察に通報しようとしたため、2人は仕方なく赤ちゃんを連れ出したことを白状する。「赤ちゃんを育ててくれる家族を見つけようとしていた」という言い訳に呆れるソヨンだが、成り行きで彼らと共に養父母探しの旅に出ることに。一方、サンヒョンとドンスを検挙するため尾行を続けていたスジン刑事(ぺ・ドゥナ)と相棒のイ刑事(イ・ジュヨン)は、決定的な証拠を掴もうと、彼らの後を追う…。
是枝裕和監督は、いつもテーマの取り上げ方がうまい。「赤ちゃんポスト」とはいい所に目を付けた。
しかも、これもまたいつもの是枝作品と同じく、物語りが進むに連れて、“家族とは何なのか”というテーマが浮かび上がって来る。
本作は韓国を舞台にした韓国映画。前作もフランスで撮った「真実」と、外国で監督した作品が続いている。
日本にも「赤ちゃんポスト」はあるので、日本で撮る事も出来たのではとも思ったが、日本はまだ2ヵ所しかなく(しかも2ヵ所目は今年出来たばかり)、預けられる数も少ない。韓国では、これまで2,000人近くの利用があり、本当かどうか分からないが、ベイビー・ブローカーも実際にいるそうだ。日本でベイビー・ブローカーは現実味がなく、これは韓国向きの題材と言えそうだ。ちなみに韓国では赤ちゃんポストは「ベイビー・ボックス」と呼ばれている。
(以下ネタバレあり)
土砂降りの雨の中、一人の女(ソヨン)がベイビー・ボックスの前に来て、赤ちゃんをボックスの前に置き去りにする所から物語は始まる。それを監視していたスジン刑事が「捨てるなら産むなよ」とつぶやいて赤ちゃんをボックスに入れる。
ソヨンは何故直接ボックスに入れなかったのか(最悪凍死する可能性もある)、スジン刑事は何故雨の中ボックスを監視していたのか、あの呟きにはなにか意味があるのか…
等々、いろんな謎を散りばめ、是枝監督は観客を一気にドラマの中に引き込んで行く。
ところがその赤ちゃんは、ボックスのある施設で働く、児童養護施設出身のドンスがこっそり持ち出し、クリーニング店を営むサンヒョンの所に持ち込まれる。サンヒョンとドンスは共謀して、持ち出した赤ちゃんを裏ルートで養子を求める親に販売するという、阿漕な商売をやっている。
これはれっきとした犯罪であり、サンヒョンとドンスは悪人だと言っていい。
物語は、思い直して我が子ウソンを取り戻しに来たソヨンが、施設にウソンが預けられていない事に不審を抱き、警察に通報しようとするがそれに気付いたドンスがソヨンをサンヒョンの所に連れて来る。サンヒョンは「赤ちゃんを大切に育ててくれる里親を探すつもりだった」と言い訳する。
ソヨンは最初呆れるが、自身も我が子を捨てた負い目があり、ウソンを取り戻した所でちゃんと育てられるかどうか自信を持てず迷っていたソヨンは、サンヒョンたちと一緒に、ウソンをちゃんと育ててくれる里親を見つける旅に出る事となる。
かくして物語は、サンヒョン、ドンス、ソヨン、それにウソンの4人が乗った中古ワゴンが、新しい養父母を探して旅するロード・ムービーへと進展する。その後をスジン刑事とイ刑事の乗った車が犯罪の現場を押さえるべく尾行する。
途中から養護施設から逃げ出した少年ヘジンも加わり、旅は5人連れとなる。旅が進むに連れ、5人はいつしか血の繋がらない同士の疑似家族のようになって行く(ソヨンとウソンだけは血が繋がっているが)。“犯罪絡みの疑似家族”という是枝作品「万引き家族」のテーマが引き継がれているのが面白い。
サンヒョンたちは何度かウソンの養父母となる事を希望する夫婦と会って面談するが、いずれも愛情をもってちゃんと育ててくれるかどうか怪しいと見て断わり続ける。ブローカーでありながら、サンヒョンとドンスもウソンを愛おしく思い、この子が幸せな環境で育ってくれる事を望んでいるのだ。
最初は悪人かと思わせておきながら、彼らは実は我が子をベイビー・ボックスに捨てる母親よりもずっと人間的に優しい心を持っている、むしろ善人である事が明らかになって来る。
遊園地で5人が、まるで本当の家族であるかのように和やかに戯れる姿はほっこりとさせられる。観覧車でソヨンと二人きりになったドンスは、ウソンの父になれるかなとも思い始める。
ドンスも少年ヘジンも、共に親に捨てられて養護施設で育てられ、親の愛も家庭の温かさも知らずに育った故に、旅を通じて初めて、家族とはなんと大切な存在であるかを知って行くのである。
そして面白いのは、ずっと彼らを尾行するスジン刑事が、次第に(疑似)家族としての絆を深めて行く彼らに半ば羨望と、嫉妬に近い感情を抱いて行く点である。
最初は単に、赤ちゃん売買という犯罪を摘発する職務を遂行しているだけと思われたスジンだが、やがては職務そっちのけで、旅する5人と感情を通わせて行く。まるでスジン自身もウソンの行く末を案じているかのようにすら見えて来るのである。
はっきりとは描かれていないが、スジンは家庭を持ってはいるが、子供を産む事が出来なかったのだろう。だから子供を授かったのにその子をボックスに捨てたソヨンを許せなかったのである。スジンが冒頭で我が子を捨てるソヨンに「捨てるなら産むなよ」と吐き捨てた言葉がここで意味を持って来る。幸せそうな疑似家族を妬むのもそれで理解出来る。
なお冒頭でソヨンがウソンをボックスに入れずに立ち去った理由は最後まで不明だが、あるいは自分の子供を抱くことが出来なかったスジンが、自分の手で赤ちゃんを抱いてボックスに入れる所を見せる為に敢えてこうした描き方にしたのかも知れない。
尾行する刑事を女性にしたのも、そういう事だったのかと思い至る。スジンもまた、この物語のもう一人の主人公なのである。
そして物語りは終盤に急転直下となる。ネタバレになるので詳しくは書かないが、警察の介入で遂に5人の疑似家族はバラバラになってしまい、ソヨンはある罪で服役する事となる。ここらは「万引き家族」のラストとよく似ている。
意外なのは、一人ぼっちになった赤ちゃんのウソンを、スジンが引き取って育てる事となるくだりである。しかしこれも、母親になれなかったスジンが、ソヨンとウソンに心を寄せ、すべてが落ち着くまでの間、一時にせよウソンの母となろうと思い至った事を示している。是枝作品の題名をもじれば、スジンは「そして母になる」のである。
一方でサンヒョンはある罪を背負い、姿をくらますのだが、3年後、ウソンを育てているスジンを遠くから見つめるサンヒョンの姿がある。彼は影ながらウソンを、それこそ我が子のように見守っていたのである。これもジンとさせられる。サンヒョンもまた、そして父になったようだ(ここらは「パラサイト 半地下の家族」のラストにおけるソン・ガンホをちょっと思わせニヤリとさせられる)。
家族とは何か、母親はどうあるべきか、子供の幸せとは…。これまで是枝監督が一貫し描いて来たテーマをさらに深化させた、これは見事な快作である。
やや無理やりな点や辻褄の合わない所も散見されるが(サンヒョンたちを逮捕するならウソンを盗み出した冒頭で誘拐罪で逮捕出来るはず)、そこらはテーマを重視する為の許容範囲であろう。
ソン・ガンポは相変わらずうまいが、彼なら当然。カンヌでの初主演男優賞は遅すぎたくらいだ。その他ペ・ドゥナをはじめ、出演者がみんな好演。だが何と言っても赤ちゃんウソンを演じた子がとても可愛いい。
韓国で映画を撮っても、是枝監督は日本で撮ってる時とまったく変わらず、是枝節全開。日本の映画監督で今一番絶好調と言えるだろう。でも次はそろそろ、日本を舞台に映画を撮って欲しいと願う。
(採点=★★★★☆)
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コメント
安定した是枝節で、楽しめます。特に養父母探しに、動き出してからは快調。ファミリーのような雰囲気が出始めた分、ラストあたりはしんみりさせられました。ラスト直前の車から、ソヨンを写す映像は、サンヒョンの目線なんでしょうね。
投稿: 自称歴史家 | 2022年7月31日 (日) 16:00
◆自称歴史家さん
ラストの車にいたのはサンヒョンでしょうね。姿は見えませんが、車の中に遊園地で撮った5人の写った写真があったように思います。こういう粋な終わり方も、是枝監督の進化と言えるでしょうね。
投稿: Kei(管理人 ) | 2022年7月31日 (日) 22:27
ソヨンが働くガソリンスタンドの個人ロッカーにも、皆んなで写った写真がありましたね。気持ちはつながっているという事なんでしょう。
投稿: 自称歴史家 | 2022年8月 1日 (月) 12:41
是枝裕和監督がTwitterに書いてましたが、次回作は日本で撮る予定で進めてるそうですよ。
ちなみに、今年から日本共産党の後援会ニュースで映画コラムを書いてます。2ヶ月に一度くらいのペースで、700字か800字で原稿依頼が来ます。
聞いたら思ってたより読者が多いそうで、ビビりながら書いてます。もしかして、映芸を買って読んでる人とそんなに変わらないのでは?なんて思ったり。
書き上げて提出してからニュースに載るまで間があるので、今までは「キューポラのある街」「エッシェンシャル・キリング」「真空地帯」と、旧作を取り上げてきたんですが、今回は読者の方からリクエストが来たとのことで、「ベイビー・ブローカー」を取り上げました。
https://note.com/tanipro/n/n33d957582dd6
コラムに趣旨があるので、それに則って書かないといけないので毎回頭を悩ませてます。
なお、韓国映画と言えば先日凄いのを観ました。右派の人や保守派の人はカンカンに怒るんでしょうが、慰安婦を描いた「雪道」という映画です。
思想信条を超えた、人の絆を描いた大傑作です。
そちらで上映の機会があったら、是非観てほしいです。打ちのめされること必至です。
投稿: タニプロ | 2022年8月18日 (木) 20:31
◆タニプロさん
映画コラムを書いているのですか。頑張ってください。さすがに後援会ニュースは読む機会はないので、noteで読ませていただきます。
「雪道」、いろんなレビュー読むと、結構評判がいいようですね。上映されれば観たいと思ってるのですが、今のところ関西での上映は予定されていないようです。未公開にならないよう祈りたいですね。
投稿: Kei(管理人 ) | 2022年8月21日 (日) 07:34