「エルヴィス」
(物語)冴えないカントリー歌手のマネージャーをしていた、大佐と呼ばれるトム・パーカー(トム・ハンクス)はある日、黒人音楽を歌う白人歌手、エルヴィス・プレスリー(オースティン・バトラー)を目に留め、新しいスターの可能性を感じた大佐は彼のマネージャーを引き受ける。やがて腰を小刻みに揺らし、つま先立ちする独特でセクシーなダンスを交えたパフォーマンスでロックを熱唱するエルビスの姿に、女性客を中心とした若者たちは興奮し、小さなライブハウスから始まった熱狂はたちまち全米に広がっていった。しかし保守的な価値観を持つ人たちからは敵視され、ライブコンサートは警察の監視下に置かれる。逮捕を恐れた大佐はエルヴィスに過激なパフォーマンスを禁じるが、それでも自分の心に素直に従ったエルヴィスのライブはさらなる熱狂を生んで行く…。
エルヴィスの曲は、私の大好きなビートルズほどではないが、よく聴いた。CDも何枚か持っている。「ハートブレイク・ホテル」、「ラブ・ミー・テンダー」、「監獄ロック」などは特に好きな曲である。
なので、本作については予告編を観る度に、是非観たいと前から思っていた。公開されるや早速映画館に駆け付けた。
(以下ネタバレあり)
映画は冒頭から、エルヴィスのマネージャーであったトム・パーカー大佐が晩年になって、エルヴィスと二人三脚でやって来た過去の栄光を振り返る所から始まる。以後もパーカー大佐の視点から見たエルヴィス、という構成で物語は進んで行く。彼はこの映画のもう一人の主人公でもあるのだ。頭が禿げ、醜く太ったパーカー大佐をトム・ハンクスが巧演。
「ムーラン・ルージュ」等の技巧派バズ・ラーマン監督らしく、スプリット・スクリーンを活用したり、短いカットを積み重ねて過去と現在を縦横に行き来するめまぐるしい演出に最初は戸惑うかも知れないが、慣れて来ると気にならなくなる。
プレスリー一家はエルヴィスが13歳の時にテネシー州メンフィスに引っ越すが、やがてエルヴィスは教会で歌われるゴスペル唱歌や、黒人シンガーがクラブで歌うソウルフルなリズム&ブルース(以下R&B)に魅せられ、歌手を志す。ゴスペル、R&Bはやがてエルヴィスの歌手としての素地となって行く。
家が貧しい為、トラック運転手の仕事をしながら歌手活動を続け、やがて地元の小さなレコード会社に認められてレコードを出し、徐々に人気が高まって行く。
そんな時、あまり売れないカントリー歌手のマネージャーをしていたパーカー大佐が、“黒人の歌を歌う白人歌手”というエルヴィスの噂を耳にし、そのコンサートでの激しく腰を揺する独特の歌いぶりに、これは売れると確信し、パーカーはカントリー歌手を見限ってエルヴィスのマネージャーになる事を申し出る。
マネージャーとなったパーカーは、エルヴィスの父に彼の為の会社設立を持ち掛け、大手レコード会社・RCAとの契約に漕ぎつけ、コンサート開催、テレビ出演と猛烈なエルヴィス売り込みに奔走する。
後にはエルヴィスのキャラクター・グッズ、バッジまで作る商魂逞しさぶりには感心するより呆れてしまう。
しかし、こうしたパーカー大佐の辣腕を振るうマネージメントがあったからこそ、エルヴィスは世界的なスーパースターになれたのだろう。
エルヴィスのコンサート・シーンが面白い。ピンクのスーツを纏ったエルヴィスが、激しく腰を振るセクシーかつダイナミックな歌いぶりに若い女性観客たちは熱狂し、立ち上がり、やがて絶叫して行く。
カメラがそのエルヴィスの揺れる腰付近をアップで撮っているから余計煽情的だ。こりゃ女性はシビれるだろうな。
後には女性ファンが下着までステージに投げ入れるシーンもあるのには笑った。
歌う曲目も、白人的なカントリーと黒人系のR&Bを融合した、新しいタイプのロックンロールであるのがユニークだ。ヒット曲「ハウンド・ドッグ」が実は黒人シンガーの歌うブルースが原曲だった事も本作を観て初めて知った。
エルヴィスは黒人歌手たちとも親交を深め、特にB.B.キングとは親友となった。
しかしこうしたエルヴィスの卑猥とも言える歌いっぷりや黒人音楽への傾倒ぶりは、白人至上主義が根強いアメリカ保守層から敵視され、政治的な圧力も受けてコンサートは警察の監視下に置かれ、腰を振りながら歌うことを禁止されてしまう。逆らったら逮捕の可能性すらある。パーカー大佐からも大人しくしろと言われる有り様。
悩み迷ったエルヴィスだが、B.B.キングにも励まされ、ステージではわざと小指を立て(「小指すら動かすな」と言われていた)、毅然と自分のやりたい事をやってのける。腰をくねらせ「Trouble」を熱唱するシーンは圧巻だ。
当然のようにエルヴィスはますます保守層から睨まれ、逮捕か、それとも兵役かの選択を迫られ、結局2年間西ドイツでの兵役を務める事となる。
こうして観て来ると、私が抱いていたエルヴィスのイメージと実態とはかなり異なっていた事に気付かされた。
私が知っているのは、ヒット曲を次々と出した人気歌手で、また映画俳優としても多くの映画に出演しているスターであるという事。
彼が出演した映画も数本観ているが、物語はほとんどがハンサムな青年が女にモテまくり、仕事に、スポーツに大活躍し、最後は美女と結ばれてハッピー・エンドとなる他愛ないものばかり。また映画の中でヒット曲を歌いまくる。我が国で言えば加山雄三主演の「若大将」シリーズとほとんど同パターンである(「若大将」シリーズがエルヴィス主演映画のいただきなのだが)。
しかし、本作から知るエルヴィスは、保守的なアメリカ国家に反抗し、タブーに挑戦し、人種差別が根強い当時の風潮にも反旗を翻し、理不尽な権力の横暴に毅然と立ち向かった、反骨の人であった。これはまさに眼からウロコであった。
中盤には、エルヴィスがキング牧師やロバート・ケネディ司法長官の暗殺事件にショックを受け、クリスマスTV番組の中で二人への哀悼を込めた歌を歌うシーンも登場する。これも知らなかった。
後にニクソン大統領に面会した事で、保守的な人物と思われていた面もあるが、実際はリベラル、人種融和的な考えの持ち主で、ニクソンに会ったのも、アメリカに蔓延る差別、分断を少しでも解消したいという思いの表れではないだろうか。
だが'60年代後半になると、エルヴィス人気にも翳りが見え始め、映画もヒットしなくなる。確かに毎回同じワンパターンでは飽きられるだろう。尤も、映画にしてもパーカー大佐が金儲けの為に無理やり獲って来た仕事だったのだが。
そんな1969年、エルヴィスは起死回生のプロジェクトとして、ラスベガスのインターナショナル・ホテルでのコンサートを希望する。 このインターナショナル・ホテル・コンサートの模様は、日本でも71年に公開されたドキュメンタリー「エルビス・オン・ステージ」(デニス・サンダース監督)に描かれている。私は当時この映画を観ているが、ステレオ音響の70mm巨大スクリーン上で、身体全体を指揮棒のように振り回し熱唱するエルヴィスの姿には圧倒された。コンサートも映画も大ヒットし、エルヴィスは見事な復活を遂げたのだ。
本作でも、このインターナショナル・ホテル・コンサートは終盤のクライマックスになっている。エルヴィスを演じたオースティン・バトラー、エルヴィスにはあまり似てないのだが、このシーンでは揉み上げを太くし、白い衣装で、「エルビス・オン・ステージ」の実物のエルヴィスとそっくりに見える。このシーンは感動した。
映画はその後も、晩年クスリの影響だろうか、ブクブクと太ったエルヴィスがピアノに向かい歌うシーンも登場する。ここはどうやらエルヴィス本人の実写映像を使ってるようだが、正直言ってこんなエルヴィスの醜い姿はあまり観たくなかった。インターナショナル・ホテル復活コンサートの成功で幕を閉じた方がずっと良かったと思う。まあそうすれば「ボヘミアン・ラプソディ」の二番煎じと言われたかも知れないが。
そういった不満もあるが、映画としては素晴らしい出来だった。エルヴィス、パーカー大佐二人の人間の実像に迫った脚本構成、バズ・ラーマン監督のケレン味ある演出、その演出意図を理解したオースティン・バトラーの熱演、トム・ハンクスの怪(?)演、いずれも素晴らしい。「ボヘミアン・ラプソディ」に勝るとも劣らない見事な音楽伝記映画の秀作である。人間ドラマとしては本作の方が上かも知れない。
エルヴィス・ファンは必見であるが、'50~'60年代アメリカの歴史、音楽に興味のある方にもお奨めの、本年を代表する力作である。(採点=★★★★★)
DVD「エルヴィス・オン・ステージ」 |
DVD[エルヴィス・オン・ツアー」 |
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コメント
これは面白かったです。
最初にエルヴィスが登場するシーンが素晴らしい。
エルビスの音楽のルーツがブルースとゴスペルとカントリーである事を描きつつ衝撃的なデビューを見事な演出と音楽で見せます。
このシーンだけでスクリーンで見る価値があります。
晩年はパーカー大佐の支配に苦しむ描写がちょっとツライですね。
トム・ハンクスが演じているのでいい人オーラが漂っていますが、悪徳マネージャーと言っていいでしょうね。
もっと悪役として描く演出もあったかも。
2時間40分の長い映画ですが長さをあまり感じませんでした。
投稿: きさ | 2022年7月 6日 (水) 22:11
◆きささん
これは素晴らしかったですね。この所「ボヘミアン・ラプソディー」、「リスペクト」と音楽伝記映画の秀作が続いてますが、本作もその仲間入りですね。あ、忘れてた、イーストウッド監督の「ジャージー・ボーイズ」もありました。
パーカー大佐、確かにエルヴィスを金づるにした悪人とも言えますが、エルヴィスの妻だったプリシラは大佐の事を悪く言ってないし、大佐の葬儀にも出席して心のこもった弔辞を述べたそうですから、やはり彼らの心を惹きつける何かがあったのでしょうね。人間とは単純に割り切れない存在だという事をラーマン監督は描きたかったのかも知れません。
投稿: Kei(管理人 ) | 2022年7月17日 (日) 09:51
近況拝読。ご自愛ください。
遅まきながら、「エルヴィス」よかったです。
オースティン・バトラー熱演。
神戸元町のバー「チャーリー・ブラウン」のマスターはエルヴィスの大ファン。この映画7回見たそうです。
それだけ素晴らしい映画だったということですね。
わたしもいまだに予告編、酒のアテにしてます。笑
投稿: 周太 | 2022年9月10日 (土) 18:10
◆周太さん
エルヴィスのファンなら、何回もリピートしたくなる気持ちも分かります。私ももう一度観たくなりました。
予告編、確かにシビれますね。特に映画.Comで見られる「特別映像2」は一番カッコいいです。
投稿: Kei(管理人 ) | 2022年9月14日 (水) 21:06