「東京2020オリンピック SIDE:B」
本来なら、公式記録映画である以上は、アスリートの活躍ぶり、肉体の躍動ぶり等をさまざまなアングルから捕えたり、世界のいろんな国から集まって来た選手たちの素顔、お国柄なども交えて描くべきだろうが(1965年公開の市川崑監督「東京オリンピック」はまさにそんな作り)、前作「SIDE:A」は観客が期待するそんな作品にはなっておらず、イメージショットやさまざまな断片映像がコラージュされた、カンヌで称賛される映画作家・河瀬直美らしい人間観察ドキュメントになっていた。
当然ながら観客からはブーイング、レビューサイトでは酷評される事となって観客動員も記録的な不入りとなったのは御承知の通り。
本作「SIDE:B」は、非アスリートの人たちに焦点を当てたという事なので、さらに選手の映像は少ない。それもコロナ禍による1年延期、それによる開会式/閉会式の総合演出担当の野村萬斎の辞任や、直前になっての森会長をはじめスタッフの辞任劇に無観客開催など、最後までトラブル続きだった東京2020オリンピックの、そのドタバタと混沌ぶりがメインに置かれている。
表の「SIDE:A」と裏の「SIDE:B」の両方を観る事によって、混乱の東京2020オリンピックの全体像が見えて来るという仕掛けである。
こりゃ前作以上に不評だろうなと思った。実際私が観に行った劇場では、封切り2日目にも関わらず観客は私を含めてたった2人だった(笑)。
(以下ネタバレあり)
河瀬直美監督の演出は、相変わらず自然の風景、子供たちの日常を随時挿入する、いつもの作り。
一応「開催まであと〇〇日」のテロップが何度か出て来て、時系列通りに進んでいるように見えるが、不意にバトンリレーを失敗した男子400メートルリレーや、水泳の瀬戸選手、バドミントンの桃田選手らの映像が脈絡なく挟み込まれたりする。非アスリートの人たちを描くというコンセプトの作品なのだから、さすがにこれらは不要ではないかと思えるが、もしかしたら、混乱(と失策)続きの2020オリンピックを遠回しに揶揄しているのかも知れない。
IOCバッハ会長や、組織委員会・森会長の映像も何度か登場する。前作と同様、顔の超クローズアップで一部は画面からはみ出している。これも狙いだろう。
バッハ会長の映像は、来日する度に何度も登場する。開催反対派の人たちがマイクでがなり立てていると「話し合いたいならいつでも会いますよ」とバッハ会長が余裕の表情を見せる。
一見、「バッハ会長は思っていたよりいい人だ」と印象付けているように見えるが、マラソン会場がバッハ会長の鶴の一声で札幌に急遽変更させられたり、スタート前夜になって1時間の前倒しが決定され、スタッフがてんやわんやとなった事も描かれる。
森会長も、失言とその後の会見で記者団に「面白おかしく書くんだろう」と捨てゼリフを吐き、結果辞任に追い込まれる辺りも容赦なく描かれている。
こうして映画は、両会長の毀誉褒貶をありのままに描く事で、観る人によってこの二人を持ち上げているようにも、批判しているようにも、どちらとも取れるような描き方をしているのが面白い。
野村萬斎の総合演出担当辞任会見の様子はかなり尺を取って描かれる。はっきりと名指しで開会式/閉会式を仕切る電通を批判しているシーンもある。
半面、食事を作る人たちや、芝生や設備のメンテナンスをする人たち、コロナ対策に従事する医療関係者、トラブルにもめげずひたむきに努力を重ねる関係者など、表からは見えない裏方の人たちの献身ぶりは丁寧に描かれる。これら裏方の人たちが頑張ったからこそ、なんとかオリンピックは成功裏に終わる事が出来たのだろう。
ある意味本作は、オリンピック記録映画と言うより、その裏側で起きたドタバタ劇、そんな中で地道な努力を重ねた裏方の人たちの仕事ぶりを追った、まさに昔のレコード盤で言う「B面」(裏面)に相当する作品だったと言えよう。「SIDE:B」とはよくも名付けたり。
大将はボンクラばかりだけれど、下層の兵卒が優秀なおかげで結果的に戦いに勝利する、戦争の一面を見るようだ。
これこそが河瀬直美監督の狙いだろう。
そんなわけでこのA・B二部作は、「オリンピック競技の記録」ではなく、最後まで混乱とドタバタ劇に終始した「東京2020オリンピックの負の記録」映画だったと、観終わって改めて感じた。こんな“公式記録映画”は前代未聞だろう。それをIOCの肝入りで堂々完成させた河瀬直美監督は大したものである。
出来上がった映画を観て、配給を担当した東宝は頭を抱えた事だろう。公開日が近づいても、パブリシティや宣伝をほとんど行わなかったのは故に当然である。“観客にあまり見せたくない映画”なのだから。不入りも当然である。
私は面白く観たが、評価は別れるだろう。ただ、ややまとまりに欠けた点がいくつかあり、前作よりは★半分だけマイナス採点とする。
(採点=★★★☆)
(付記)
映画.comを含め多くの紹介記事では、この「SIDE:B」のメインテーマ曲も「SIDE:A」と同じ藤井風となっているが、実際は藤井の曲は使われておらず、エンドクレジットでは「作詞・作曲:河瀬直美」となってる。
河瀬監督が作曲も出来るとは知らなかったが、何故藤井風の曲が「SIDE:B」では使われなかったのか謎である。それよりも、このいいかげんなスタッフ表記自体が配給側(東宝)のやる気のなさを象徴しているようで笑える。
(追記)その後映画.comではいつの間にかスタッフ表記から「メインテーマ:藤井風」が削除されているが、KINENOTE、MOVIE WALKERは今もそのままになっている。
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