「ブルー・バイユー」
2021年・アメリカ 118分
製作:Entertainment One=ユニヴァーサル
配給:パルコ
原題:Blue Bayou
監督:ジャスティン・チョン
脚本:ジャスティン・チョン
撮影:マシュー・チャン、アンテ・チェン
音楽:ロジャー・スエン
製作:チャールズ・D・キング、キム・ロス、ポッピー・ハンクス、ジャスティン・チョン
養子としてアメリカにやってきた韓国生まれの青年が、法律の隙間で家族と引き離されそうになりながらも懸命に生きる姿を描いたヒューマンドラマ。監督・主演は「トワイライト 初恋」等に出演の韓国系アメリカ人ジャスティン・チョン。共演は「リリーのすべて」のアリシア・ヴィキャンデル、「メッセージ」のマーク・オブライエンなど。2021年カンヌ国際映画祭ある視点部門正式出品作品。
4ケ月ほど前に観た作品なのだが、劇場鑑賞時に少し寝てしまった事もあってレビューを書き辛くそのままになっていた。最近DVDで再鑑賞してとても感動したので、遅まきながら感想を書く事とする。
(物語)アメリカ・ニューオリンズの小さな町で暮らすアントニオ・ルブラン(ジャスティン・チョン)は韓国で生まれ、3歳のときに養子としてアメリカに連れて来られ、大人になった今はシングルマザーのキャシー(アリシア・ヴィキャンデル)と結婚し、娘のジェシーと3人で、貧しいながらも幸せに暮らしていた。ある時、些細な事で警官とトラブルを起こして逮捕されたアントニオは、その過程で30年以上前の養父母による手続きの不備が発覚、移民局へと連行され、国外追放命令を受けてしまう。最悪の場合、家族と引き離されて韓国に強制送還され、二度とアメリカに戻れなくなる。アントニオとキャシーは裁判を起こして異議申し立てをしようとするが、その為には高額な費用が必要となり、アントニオ一家は途方に暮れてしまう…。
つい最近観た日本映画「マイスモールランド」と同様、これも移民政策に関する法律の狭間で家族が引き裂かれる社会派テーマの力作である。
あちらは難民認定がなかなか通らない日本の現実が扱われていたが、本作はアメリカ人の養父母と養子縁組してアメリカで暮らしていた主人公が、杓子定規な法律のせいで市民権が与えられないままになっていた事がずっと後になって判明し、強制送還されそうになるというお話である。
どちらの作品も、外国人に冷たい法律のせいで父親が母国に強制送還され、家族が離れ離れになるという展開が共通している。
実際にそうやって強制的に家族と引き離され、韓国などに強制送還された人たちが多数いるとエンドロール前に字幕で説明される。
その現実に怒りを覚えた韓国系アメリカ人俳優として活躍するジャスティン・チョンが自分で脚本を書き、製作も担当して完成させたのが本作である。
(以下ネタバレあり)
冒頭の、小さな船が川を進んで来るシーンが幻想的で美しい。以後もこうした川や、水のシーンが主人公の心象風景として何度も登場する。その意味は物語が進むに連れて明らかになる。
主人公アントニオは3歳の時、韓国からアメリカにやって来て、養子縁組で養父母に育てられるが、里親の間を転々とし、最後の養父母の所でも養父に何度も虐待される等、辛い人生を背負って生きて来た。
大人になっても、アジア系人種は差別されたり、就職や待遇でも不当な扱いを受けて来た。それもあって何度か犯罪に手を染め、前科もある。
そして現在。アントニオは子連れの美しいシングルマザー、キャシーと結婚し、キャシーの連れ子ジェシーと3人で貧しいながらもなんとか幸せに暮らしている。
キャシーはもうじき出産を控えている。アントニオの仕事・タトゥー師は収入が不安定、生まれて来る子供の為に仕事を探すが、前科がある為なかなか仕事が見つからない。
ジェシーは義父のアントニオにとてもなついている。二人の交流シーンが微笑ましい。ただ、赤ちゃんが産まれたら自分は置いてきぼりにされないかとジェシーは不安に思っている。
夕暮れ時、ミシシッピ川にかかる巨大な橋のたもとで3人が夕景を眺めるシーンがとても美しい。
本作はデジタルでなく16ミリ・フルムで撮影されている。その為か、風景の映像が柔らかく温かみのある色調で記憶に残る。
キャシーの前夫・エースは警察官だが家庭を顧みず、キャシーと離婚している。ジェシーはキャシーが引き取ったが、今頃になって娘に会わせろと言って来る。キャシーは拒絶し、ジェシーも会いたくないと言う。
そしてある日、事件が起こる。エースの相棒で差別主義者のデニーがアントニオに執拗に絡み、抵抗したアントニオは逮捕されてしまった。その結果、不法滞在の疑いで移民・関税執行局(ICE)に身柄を移され、国外退去命令を受けてしまう。
実は子供の頃養子縁組をした時、当時の手続きの不備でまだ市民権を取得していないままになっていたのだ。
現在では養子縁組と同時に市民権が付与されるが、当時の法律では別途市民権取得手続きが必要だったという事である。
このままではアントニオは韓国に強制送還されてしまう。弁護士は裁判で異議申し立てをすれば国外退去を免れる場合があると言うが、その費用が手付だけでも5千ドルかかると聞いて彼らは途方に暮れる。
アントニオは必死で金策に駆け回り、仕事を探すが徒労である。切羽詰まって悪い仲間と組んでバイク強盗までやってしまう。その金で弁護士費用を調達出来たが、それをエースから聞いたキャシーはアントニオを厳しく責める。その為二人の夫婦仲まで危機を迎えてしまう。
アントニオを真面目一方でなく、犯罪も犯す困った人間としているのも監督の狙いだろう。そういうどこかで間違いを犯す弱さ、危なさも持っているのが人間なのである。
そしてサブ的な物語として、ベトナム難民としてこの国にやって来た一人の女性・パーカー(リン・ダン・ファム)とアントニオの交流も印象深い。
パーカーの人生も過酷である。ボートピープルとして国を脱出したパーカー一家だが、母親と兄が乗っていた船は沈み、父親と彼女だけが助かったという。なぜ家族全員同じ船に乗らなかったのかと問うアントニオにパーカーは、全滅を避けるためだと答える。
ここにも、アジア系難民、移民の悲しい過去がある。
さらにパーカーはガンの末期症状で余命いくばくもない。それでも明るく生きている。ベトナム移民の仲間たちとも集まり添い、アントニオたちをパーティに誘ってくれたりもする。
パーカーたちと交流する事で、アントニオの心にも変化が訪れる。自分がこうして生きている意味を振り返り、これまで心の底に隠して来た、自分が実の母に水死させられかけた事もパーカーに話す(これが何度か出て来る水の意味)。この水辺でアントニオとパーカーが語り合う時の夕暮れの映像も印象的だ。
いろいろ波乱があって、やっと裁判に漕ぎつけるが、アントニオはあのレイシスト警官デニーの仲間に暴行を受け出廷出来ず、とうとう強制送還が決定する。
そしてラストシーン、送還の為空港に向かうアントニオを、キャシーとジェシーが追いかけて来て、「別れたくない」と抱き合うシーンが泣ける。
特に娘のジェシーがたまらず「行かないで!お願いだから」と叫び、アントニオが戻って来てジェシーをきつく抱きしめるシーンでは号泣必至だ。多少あざといけれど。
いい映画だった。人間ドラマ、家族のドラマとしてもよく出来ているが、テーマ的にも、中心となる外国人養子縁組制度の法律の欠陥、移民問題、難民問題、有色人種差別(特にBLMを想起させる警官デニーの存在)への怒り、親子の絆など、いくつもの今日的問題を巧みに縒り合わせて1本の作品に纏め上げたジャスティン・チョンの脚本・演出がいずれも出色である。
出演者がみんな素敵な好演。中でもキャシーを演じたアリシア・ヴィキャンデルが特に素晴らしい。パーカー役のリン・ダン・ファムは実際に頭を剃り上げて熱演。
ジェシー役を演じたシドニー・コウォルスケちゃんも、見事な名演技だ。今後が期待出来る新星と言える。その他出番は僅かだけどパーカーの父、アントニオの養母役の人も渋い名演。
ただ、前半では嫌な奴だと思っていたエースが、終盤でどんどんいい人になって行くのはちょっと出来過ぎで不自然な気がした。まあその方がホッとはするけれど。
とにかく泣ける。ハンカチが必要だ。16ミリフィルムによる美しい映像も見どころ。ジャスティン・チョン、俳優としても監督としても、今後大いに期待したい。 (採点=★★★★☆)
(付記)
本作に登場するI.C.E(アメリカ合衆国移民・関税執行局)は、9.11を契機に、密入国者やテロ組織を摘発する目的で設立された政府機関である。目的は分かるが、結果的に本作のように、アメリカで平穏に暮らしている移民の家族が引き離される悲劇を生んでいる。
ところでそのI.C.Eを主人公にした映画が2009年に作られている。「正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官」( 監督ウェイン・クラマー )というアメリカ映画で、ハリソン・フォードが主演している。この映画の中でも、摘発された外国人就労者が家族と引き離され国外退去処分となるエピソードが登場する。
面白いのは、この作品にもジャスティン・チョンが出演しており、家族4人でコリアンタウンに暮らす高校生役を演じているが、ジャスティンはここでも不良グループに誘われ、リカーショップに強盗に入っている。
おそらくジャスティンはこの映画出演がきっかけでI.C.Eの存在と目的に興味を持ち、本作を作ろうとしたのではないだろうか。
ちなみにその「正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官」を製作したのが、ハーヴェイ・ワイスタイン率いるワイスタイン・カンパニー。社会派告発映画の力作なのに、本人がセクハラで告発されるとは何とも皮肉である。
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