「13人の命」 (VOD)
2022年・イギリス 149分
製作:MGM = イマジン・エンタティンメント
提供:Amazon Studios
原題:Thirteen Lives
監督:ロン・ハワード
原案:ドン・マクファーソン、ウィリアム・ニコルソン
脚本:ウィリアム・ニコルソン
撮影:サヨムプー・ムックディープロム
音楽:ベンジャミン・ウォルフィッシュ
製作:P・J・ファン・サンドバイク、ガブリエル・タナ、カレン・ランダー、ウィリアム・M・コナー、ブライアン・グレイザー、ロン・ハワード
2018年にタイ北部の洞窟で起きたサッカーチームの少年たちの遭難と救出劇を描いた実録ドラマ。監督は「ラッシュ プライドと友情」のロン・ハワード。脚本は「マンデラ 自由への長い道」のウィリアム・ニコルソン。出演は「グリーンブック」のヴィゴ・モーテンセン、「ジェントルメン」のコリン・ファレル、「ある少年の告白」のジョエル・エドガートン、「ナイル殺人事件」のトム・ベイトマンなど。Amazon PrimeVideo配信作品。
(物語)2018年6月、タイ北部。地元のサッカーチームの少年とコーチ計13人が、友人の誕生会の前に、近くのクンナムナーンノーン森林公園にあるタムルアン洞窟を探検をしようという事になり、13人は洞窟に入る。しかしこの時期としては異例の豪雨が突然降り注ぎ、洞窟内はあっという間に水没してしまい、少年たちは閉じ込められてしまう。彼らを救出する為、タイ海軍や多くのボランティアが現場に駆け付けるが救出は遅々として進まない。そんな時、イギリスのベテラン水中洞窟ダイバー・チームは、ある奇策に打って出る…。
4年前、タイで起きた、洞窟に閉じ込められたサッカー・チームの少年とコーチ13人の救出劇は当時話題となり、私もニュースで知っていた。
しかし実際にはニュースだけでは分からない、想像を絶する困難と、奇跡とも言える救出活動があった。本作はその一部始終を事実に沿って忠実に描いた、感動のドラマである。
監督は名プロデューサー、ブライアン・グレイザーと組んで設立したイマジン・エンタティンメントを根城にいくつもの秀作を発表して来たベテラン、ロン・ハワード。実話の映画化作品としても「アポロ13」「ビューティフル・マインド」「ラッシュ プライドと友情」等があり、中でも「アポロ13」は絶体絶命の状況下での奇跡の救出劇を描いている点で本作ともテーマは共通する。監督にはうってつけだろう。
なお詳しくは後で述べるが、本作を製作した大手会社MGMが経営不振でAmazonに買収された為、我が国では劇場公開されずAmazon PrimeVideoでの配信のみとなった(アメリカでは先行して一部で限定劇場公開されている)。
(以下ネタバレあり)
舞台となったタイ北部の森林公園内にあるタムルアン洞窟は、雨期になると水没するので7月からは閉鎖されるはずだった。従って事件が起きた6月23日はまだ誰でも入れる状況だった。少年たちが洞窟に入った時には、雨も降っていなかった。
ところがその後天気は急変し、豪雨となって洞窟に雨が降り注ぎ、少年たちが気付いた時には水位が上昇して出られなくなってしまう。
当日催されるはずだった誕生会の時刻になっても誰も帰って来ない事を心配した母親たちが探しに出て、洞窟の前に13人の自転車が置き去りにされているのを見つけて大騒ぎになる。
洞窟入口は完全に水没しており、警察・レスキュー隊でも手におえず、タイ海軍ネイビー・シールズも投入されるが、海に潜水するのは慣れていても、狭い岩だらけの洞窟への潜水は勝手が違う。ダイバーたちも途中で行き詰まってしまう。
当地のナロンサック県知事(サハジャック・ブーンタナキット)も現地にやって来て陣頭指揮を取る。この知事がなかなかいい味を出している。
そんな時、近くに住む洞窟探検家のヴァーン・アンスワースが洞窟内部の地図を海軍に提供するが、同時にヴァーンは海外の熟練ケーブダイバーの名前を書いたメモを渡し、この人たちに連絡する事を勧める。その中にイギリス在住のリック・スタントン(ヴィゴ・モーテンセン)、ジョン・ヴォランセン(コリン・ファレル)の名前があった。
かくしてタイ政府からの連絡を受けたリックとジョンは現地に飛び、救出活動に加わる事となるのである。
撮影で素晴らしいのは、実際の洞窟を忠実に再現したセットで、岩の質感や濁った水、泥等も本物とほとんど見分けがつかない。カメラはその水中に潜り、狭い洞窟内を俳優たちと共に動き回る。そのリアリティが見事。
さらにヴィゴ・モーテンセン、コリン・ファレルら主要俳優は、スタンドインを使わず実際に本人たちが潜水している。当初はスタンドインを使う予定だったが、モーテンセンらが自分で潜水したいと監督に要望したのだそうな。そのおかげで潜っている俳優の顔もはっきり判り、迫真性に富んだ見事な効果をあげている。エラい!
リックたちは洞窟への潜水を開始するが、最初はよそ者扱いされ、海軍も協力する気がない。
それでもケーブダイバーとしての経験から、かなり奥まで進む事に成功するが、1,600メートル先の急角度に折れ曲がったT字路で急流に巻き込まれ、一旦引き返す途中で、取り残されていた作業員を発見し、連れて帰るが、狭い水路にその作業員は慌てパニックとなる描写がある。これが後の伏線となる。
何度か潜水するうち、発生後10日目になって、リックたちはようやく4キロ先の狭い岩棚に少年たちの姿を発見する。空腹で痩せていたが、13人ともまだ生きていた。ここでまず感動するが、実はここまで上映が始まってまだ45分しか経ってない。これはまだ物語の序の口なのである。
リックたちは持参した僅かの食べ物を与え、「必ず助けを呼んで戻って来る」と約束して、生存者の姿をビデオに収めて引き返す。
ビデオを見た母親たちや現地の人たちは歓喜する。これで子供たちは助かる、との期待を胸に。だが本当の困難はこれからである事をリックたちは知っている。
ネイビー・シールズたちは早速予備の潜水服とボンベを持って助けに行こうとするが、リックは押し留め、こう言う。
「救出は不可能だ。短い距離でも作業員が溺死寸前だった。あの長い距離を潜らせたら、出て来た時は死体だ」
確かに、4キロもの長い距離、潜水時間は6時間以上にもなる行程を、潜水に慣れていない少年たちを連れて帰ろうとすればパニックになり、マスクが外れて溺死するのは目に見えている。住民たちに期待を持たせた分、生きて連れ帰る事が出来なければ非難は倍になって帰って来る。
しかも、現地の酸素濃度は15%以下。さらに7月に入り、本格的な雨季がやって来たら少年たちのいる場所も水没する。刻々とタイムリミットは迫っている。
さんざん思案の末に、「もうこの方法しかない」とリックが考えたのは、驚くべき奇策である。なんと、少年たちに麻酔を打って、眠らせたまま潜水させるという案である。
その為にリックは友人の麻酔科医、リチャード・ハリス(ジョエル・エドガートン)を現地に呼ぶ。リチャードも最初はこの提案に無謀だと反対するが、リックの強い意志に、やがて協力する事となり、麻酔潜水作戦は実行に移される。
このプロセスもハラハラ、ドキドキ、観ているこちらも手に汗握ってしまう。ロン・ハワード監督のサスペンスフルな演出が光る。
途中で何度か、「〇日目」の表示や、洞窟の地形、入口からの距離等が字幕・地図で表示されるのも親切だ。
救出作戦中には、一人のダイバーが酸素パイプを岩に引っ掛け、溺死するという痛ましい事故も起こる。これも史実で、エンディングにはその死者への哀悼の意も字幕で示される。
また同行したもう一人のダイバー仲間、クリス(トム・ベイトマン)が道案内のロープを離してしまい、迷子になるエピソードも出て来る。本当に危険と隣り合わせの困難なミッションだった事を改めて知る。
結末は既にニュースで知っている通り、13人全員が奇跡の生還を成し遂げ、世界に感動を呼ぶ事となるのだが、映画はニュースだけでは窺い知れない、とてつもない困難、障害を一つ一つ乗り越え、多くの人たちの勇気と献身的な行動があったればこその生還劇だった事を余さず伝えている。
また洞窟に流れ込む雨水を減らす為、山から流れ込む水の流れを変え、その為に田んぼをダムにして農民たちが大事に育てた稲を犠牲にするエピソードも出て来る。この時も子供たちを助ける為に躊躇なく「分かった」と答える農民たちの姿も感動的である。
そして観終わって改めて考えさせられるのは、“人の命の重さ”である。
「人間一人の命は地球より重い」とはよく言われる言葉だが、13人の命を救う為に、世界中から延5,000人ものボランティア、ダイバーが集まり、政府、海軍、現地の人たちが力を合わせ、大救出作戦を展開する。その経費だって莫大なものになるだろう。作戦参加者から死者も出ている。
それでも、どれだけの犠牲を出しても、少年たちの命が助かった事に、多くの人たちが喜び、感動する。命とはそれほどかけがえのない、大切なものなのである。
翻って、ウクライナでは連日ロシア軍の砲撃が繰り返され、毎日、小さな子供たちを含む多くの命が失われて行く。それを誰も止める事が出来ない。無論、両軍兵士の死者の数も夥しいものになっている。
この大いなる矛盾。人間の命とは何なのだろうかと考えさえられる。
今の時代だからこそ、この映画が作られる意義は大きい。劇場で公開されないのは残念だが、是非多くの人に観て欲しい。本年度ベスト上位に入る傑作である。 (採点=★★★★☆)
(付記)
本作を製作したMGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)はアメリカの老舗映画会社で、設立は1924年、以後数多くのハリウッドを代表する名作を作り続けて来た。
代表作には、1939年の「風と共に去りぬ」、同年の「オズの魔法使」、1959年の「ベン・ハー」(ウィリアム・ワイラー監督)、1968年の「2001年:宇宙の旅」等、映画史に燦然と輝く名作がある。また近年では「007」シリーズのヒットもある。
そして何より、アーサー・フリードがプロデュースした、数多くのMGMミュージカルがある。「踊る大紐育」「雨に唄えば」「バンドワゴン」「巴里のアメリカ人」「水着の女王」「掠奪された7人の花嫁」等々、ジーン・ケリー、フレッド・アステア、シド・チャリシーらが歌い踊ったMGMミュージカルは何度観てもうっとりさせられる。さらにそれらの名シーンを繋ぎ合わせたアンソロジー「ザッツ・エンタティンメント」シリーズも実に楽しく見応えがある。
そんなMGMも1960年代以降、何度か経営危機が訪れ、いろんな映画会社との合併や資本参加、スタジオ売却等で難局を切り抜けて来た。
しかし21世紀に入って経営難は深刻化し、何度も破産寸前にまで追い込まれるが、その都度「007」シリーズや「ホビット 思いがけない冒険」等の世界的大ヒット作が登場してかろうじて倒産は免れて来た。
しかしとうとう、2020年のコロナ禍でとどめを刺される。映画館は閉鎖され、収益が悪化してMGMは2022年3月、Amazonに買収される事となり、以後の公開予定作品はすべてAmazonによって配信される事となり、本作もその1本となった。
歴史ある映画会社の今回の顛末はファンとしては何とも残念である。それでも倒産だけは免れ、今後もMGMはAmazon傘下で映画製作は続けて行く事が出来るだけでも良しとすべきだろう。これも時代の流れである。それでも、出来うれば本作のようなスケール感のある作品はAmazon配給でいいから、劇場公開して欲しいと切に願う。
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