「雪道」 (VOD)
2015年・韓国 121分
製作:KBS = at9 Films
配給:NKAプロモート (提供:ギャガ)
原題:눈길 (英題:SNOWY ROAD)
監督:イ・ナジョン
脚本:ユ・ボラ
製作:ハム・ヨンフン
撮影:パク・ソン
音楽:ナム・ヘスン
太平洋戦争末期の日本の統治下における朝鮮の少女たちの過酷な運命を描いた歴史ドラマ。韓国で2015年に放送されたテレビドラマを再編集した劇場版。監督はTVドラマ「サム、マイウェイ ~恋の一発逆転!」等のイ・ナジョン。これが劇場初監督作となる。主演は「冬の小鳥」「私の少女」のキム・セロン、「無垢なる証人」のキム・ヒャンギ、「イカゲーム」のキム・ヨンオク。「バンフワールドメディアフェスティバル」最優秀作品賞、「中国金鶏百花賞」最優秀作品賞と主演女優賞(キム・セロン)他、数々の賞を受賞。
(物語)1944年、日本統治下の朝鮮。忠清南道の小さな村に2人の少女が暮らしていた。母や弟と貧しい生活を送るチェ・チョンブン(キム・ヒャンギ)と、裕福な地主の家に育ったカン・ヨンエ(キム・セロン)は共に15歳。ある日、ヨンエは女子勤労挺身隊に選抜され、日本の工場に行く事になる。そんなヨンエを羨ましく思っていたチョンブンだが、ある夜中、彼女は何者かによって拉致されてしまう。そして移送される列車の中で、日本に行ったはずのヨンエと出会い、2人はそのまま満州にある日本軍の慰安所に連れて行かれ、想像を絶する苦難と向き合う事となる…。
いわゆる、従軍慰安婦問題を扱った作品である。
KBS韓国放送公社が2015年に光復70周年特集ドラマとして製作・放映した作品を、追加シーンも入れて再編集し、2017年に劇場公開された。
各国の映画祭でいくつもの最優秀作品賞を受賞する等、高い評価を得たが、我が国ではテーマがテーマだけにどこの配給会社も腰が引け、ずっと未公開となっていた。
やがてU-NEXT他の配信サイトで公開されると、作品的評価が徐々に高まり、ようやく本年8月6日、一部地域で劇場公開される事となった。ちなみに映画.comでは5点満点中4.8点、KINENOTEでは81.3点と高得点を上げている。
幸い、私の加入しているAmazonPrimeでも有料レンタル配信していたので、こちらで鑑賞する事とした。
(以下ネタバレあり)
物語は、現代(2015年)、縫製の内職をしながら一人でひっそりと暮らす老女の日常を描く所から始まり、その老女の回想で71年前の彼女ともう一人の、共に15歳の少女の過酷な運命と生き様を描くパートとが並列して描かれて行く。
冒頭、老女の所に国家報勲処という役所から 父の独立運動の功績が認められ褒賞されるとの郵便が届く。宛名はカン・ヨンエ。よって観客はこの老女が15歳の少女の片方だと知る。
だが老女は役所の申請用紙に無意識に“チェ”と苗字を書いてハッと気が付き、書き間違えたからもう1枚用紙をと係に言う。この辺りから、この老女は本当はヨンエではなく、また誰にも明かせない秘密を抱えている事が推察され、観客を一気に物語に引き込む事となる。なかなかうまい出だしだ。
1944年の日本統治下の朝鮮。一人の少女の名はチェ・チョンブン、家が貧しく、学校にも行かせてもらえない。弟のチョンギルだけ学校に行ってるが、これは男が家を継ぐ為に文字を覚えないといけないので通わせている訳である。
もう一人はチョンブンとは対照的に裕福な家に住むカン・ヨンエ。兄のヨンジュ共々学校に通っている。チョンブンはヨンジュに密かに思いを寄せているが、それを察知したヨンエはチョンブンに「兄に近づくな」と言ったり、何かと辛く当る。“身分違いだ”という意識がヨンエにはあるようだ。
ヨンエの父は抗日運動に参加しており、当局からは目を付けられている。その事もあってヨンエは学校で教師に“非国民”と謗られ頬を叩かれたりもする。
ある日ヨンエの兄のヨンジュが当局に連行される。抵抗空しく、必死で兄の名を呼ぶヨンエを見たチョンブンはヨンエを小高い山に誘い、遠くからトラックに乗せられたヨンジュを二人で見送る。
この頃から少しづつ、ヨンエとチョンブンとの心の距離が縮まって行く。
小さなエピソードを積み重ねて、登場人物それぞれの心情、心の変化を繊細に描いた脚本が見事。
さて現代パートだが、時々この老女の前に15歳のヨンエの姿をした亡霊が現れ、老女も彼女を“ヨンエ”と呼んでいる。
つまりこの老女の本当の名前はもう一人の少女、チョンブンであり、カンのいい観客ならヨンエの運命もおよその察しがつく仕掛けとなっている。
そして、老チョンブンの家の隣には17歳の高校生の少女が住んでいるのだが、家賃も滞納し追い出されかけている。身よりもいないようだ。
少女にかつてのヨンエの面影を見たチョンブンは、何かと少女に優しくする。最初は反抗的な態度を見せていた少女も、次第にチョンブンと心を通わせて行く。
少女が学校で教師にやはり叩かれるシーンがあったり、補導した刑事が少女の頬を殴ったり、現代でもやはり女性に対する差別意識、弱者に冷たい社会構造は変わらないものだと認識させてくれる。
面白いのは、二人の住む住居が半地下になっている点。「パラサイト 半地下の家族」が公開されたのは2019年だが、本作の製作はその4年前。当時観てたら気が付かない所だが、今観たら“韓国ではやはり貧しい庶民は半地下の家に住んでるのだな”と意識して観てしまう。
そして過去パート。やがてヨンエに女子挺身隊に入らないかという誘いが来る。挺身隊に入れば日本の工場で働く事も出来る。ヨンエは喜んで挺身隊に参加し、村を後にする。
同じ頃、チョンブンに怪しい男が近づいて来て「いい仕事がある」と言う。数日後、チョンブンは深夜に何者かに拉致され、無理やり列車に乗せられてしまう。列車には大勢の同じ年頃の少女たちがいた。その中にはなんと、日本に行ったはずのヨンエまでいた。挺身隊の話は嘘だったのだ。
少女たちはやがて満州・牡丹江にある日本軍の慰安所に連行され、従軍慰安婦として日本兵の性の相手をする悲惨な日々を送る事となる。
映画はしかし直接的な描写はなく、慰安婦たちの名前が書かれた木札が釘にかけられたり、金券のようなものが回収されたり等の間接描写で、少女たちが地獄のような日々を過ごしている事が暗示される。この節度のある演出には好感が持てる。
ヨンエはやがて妊娠し、管理人の女性に堕胎薬を強制的に呑ませられる。このシーンも強烈だ。
身も心もボロボロになったヨンエは何度も「生きてる方が怖い」「死にたい」と訴え、ある時には寮を抜け出し凍った川に投身自殺を計ろうとするが、チョンブンはそれを防ぎ、「生きて帰ろう」とヨンエを励ます。
この、生きていることに絶望し死にたいと望むヨンエとは対照的に、何が何でも生きて故郷に帰る強い意志を持っているチョンブンとの対比が印象的である。
それは裕福な家に育ち、苦労を知らないヨンエと、貧しい家に生まれ、様々な辛酸を舐めて来たチョンブンとの生きる力の差でもあるのだろう。こうしたきめ細かいキャラクター設定が物語にうまく生かされている。
チョンブンはヨンエに、隠し持っていた本を読んでもらったり、文字を教わったりするうち、二人は身分を超え、心が強く結ばれた友人となって行く。この辺りの描写も心を打つ。
ある日、少女たちは夜中に外に出され、突然日本兵たちに無差別銃撃を受け、次々と倒れて行く。もう用済みという事なのだろうか。酷い。
だがヨンエとチョンブンは若い日本兵が怯んでいる隙に外へ逃げ出す。その際ヨンエは背中を撃たれてしまう。
雪の原野を歩いて逃げる二人。しかし出血がひどいヨンエは死期を悟り、チョンブンに「兄と結婚してもいいよ」と告げる。そして静かに息絶える。この別れのシーンは泣ける。
チョンブンは1年かけて歩き通し、ようやく故郷に辿り着くが、愛する母も弟もいない。そして日本は敗戦し、平和な日々がやって来るが、家族のいないチョンブンにとってはこれからも生き辛い日々は続く。外地から帰った人には手当が出るが、記録も残っていないチョンブンは、記録のあるヨンエの名を騙って手当金を貰う。戦後ヨンエと名乗っていたのはそんな理由があったわけだ。
あるいは、ヨンエの分まで一緒に、これから生きて行こうとする強い意志があったのかも知れない。
現代、老チョンブンは女子高生に、これまで誰にも離せなかったそんな過酷な過去を語りかける。
そしてチョンブンはこれからも少女と二人で手を携え生きて行く事を心に決める。チョンブンにも、ようやく心の休まる日がやって来たのだろう。
エンドロール前、「2017年1月現在、慰安婦被害者として登録された239人のうち、199人が亡くなり、今は40人が生存しています。きちんとした謝罪も受けず亡くなった多くの被害者と、今も戦争と暴力に苦しむ方々の事を忘れません」との字幕が出て、映画は静かに幕を閉じる。
重く、悲しい物語である。慰安婦問題は'93年の河野談話などで日本側が事実を認め謝罪し、一応の決着を見ているが、こうして映画になると、改めてこんな酷い事が戦争中に行われていたのだと思い知らされる。
本作は従軍慰安婦の方々へのインタビューを基に構成されているので、多少の誇張やフィクションがあるかも知れないが、概ね事実に即していると思われる。またことさら日本軍を悪者にするような描写は慎重に抑えられている。
思い起こすと、チョンブンは一度も、日本軍に対する憎しみや日本に対する恨みの言葉を発してはいない。この製作姿勢にも好感が持てる。決して、一部の人が思っているような、反日映画ではないのである。
悪いのは人間ではなく、“戦争”そのものという事なのである。
そして強調されるのは、どんな過酷な、絶望的な状況にあろうとも、それでも人間は生きる希望を失ってはならない、強く生きて行くべきなのだという力強いテーマである。この事に強く心を打たれた。
また、前掲のエンドロール前の字幕の最後に出る「今も戦争と暴力に苦しむ方々の事を忘れません」の言葉も重要である。それこそ、今のロシアによるウクライナ侵攻で苦しんでいるウクライナの人々に向けた応援メッセージのようにも思える。
映画の中にも出て来るが、当時の日本統治下の朝鮮では、学校で強制的に日本語教育が行われていた。そして現在、ウクライナのロシア軍が制圧した地域ではロシア語による授業が強制され、地名の標識もロシア語に付け替えられたという。なんと77年前のあの戦争中と同じ事が現代でも行われている、その事に愕然となる。
戦争は絶対に行ってはならない、他国を植民地化するという事は、人間の尊厳をも奪う非人道的な行為なのだと、改めて痛感する。
この映画が作られたのは7年前だが、ロシアによるウクライナ侵攻が行われている今の時期に劇場公開されるという事は、何か天啓のようなものを感じてしまう。是非多くの人に観ていただきたい。 (採点=★★★★☆)
なお私が配信で鑑賞した時には、関西での上映は未定だったが、その後大阪シネ・ヌーヴォで10月8日から、神戸元町映画館で10月15日からの上映がそれぞれ決定した。これは喜ばしい。私も時間があれば劇場でもう一度鑑賞出来ればと思っている。
公式ページでの劇場公開予定はこちら。
(付記)
書き忘れていたが、老チョンブンを演じたキム・ヨンオク、15歳のチョンブンを演じたキム・ヒャンギ、いずれも好演。そしてヨンエを演じたキム・セロン、「冬の小鳥」ではまだ9歳だったが天才子役として絶賛され、その後も「アジョシ」、「私の少女」と着実に演技力を身につけて来た。本作でも15歳ながらしっかりした演技で作品を支えている。今後も成長を見守って行きたい。
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コメント
載るかどうかわからないですが、キネ旬の読者評に出したんですが、完全に負けました。見事な評です。
天敵(笑)荒井晴彦みたいな言い草ですが、日本映画は戦争の被害部分を描くことが多いので、こういう加害面は日本映画にこそ作ってほしいですね。加害を描いた日本映画の戦争映画が無いわけでは無いですけど。
私も知人に教えてもらうまで全くノーマークだったんですが、劇場公開が広がるタイミングで広めてくださって何か嬉しいです。東京での公開当時は全く知られてなかったので。
観てくださった方から色々な感想を聞いておもしろいです。「独立愚連隊西へがあったね」とか(あの映画に慰安婦なんて出てきたっけ?)、「主人公は恐らく『少女像』に似せたね」とか。
投稿: タニプロ | 2022年9月 9日 (金) 00:52
◆タニプロさん
とても感動したのでつい力が入ってしまいました(笑)。
加害を描く映画は興行面も含めて難しいでしょうね。どうしても横槍が入ったり抗議する人がいますので。
「独立愚連隊西へ」に慰安婦出てきますよ。DVD見たら冒頭5分くらいと19分の二か所ほど。後の方では兵隊がドドッと女たちの部屋になだれ込みます。その入口の看板の一つに「肉弾の間」とあるのが今見ると笑えます。
投稿: Kei(管理人 ) | 2022年9月 9日 (金) 22:55