「マイ・ブロークン・マリコ」
(物語)ブラック企業に勤めながら鬱屈した日々を送っていたOLのシイノトモヨ(永野芽郁)は、ある日、親友のイカガワマリコ(奈緒)がマンションから転落死した事をテレビのニュースで知る。マリコは幼い頃から、実の父親に酷い虐待を受けていた。そんなマリコの魂を救うため、シイノはマリコの父親(尾美としのり)と再婚相手が暮らす家を訪れ、マリコの遺骨を強奪し逃亡する。行く先は、学生時代にマリコが行きたがっていた東北の海。二人で仲良く暮らした日々を回想しつつ、シイノとマリコの“二人旅”が続く…。
タナダユキ監督作品は、昨年の「浜の朝日の嘘つきどもと」がとても良かった。“閉館の近い映画館の立て直し”というメイン・エピソードよりも、回想で描かれる、主人公の女性(高畑充希)と、彼女の人生に大きな転機をもたらした女性教師との心の交流が丁寧に描かれていて感動した。
続く本作は、2019年にウェブサイトで連載され、20年に単行本が発売された人気コミックの映画化。
原作ものだけれど、一人の女性が主人公で、亡くなった親友の為に強い意志を持って行動する点において、前作との共通性が感じられる。そしてこちらの作品もなかなか面白い作品に仕上がっていた。
(以下ネタバレあり)
主人公シイノはあるブラック企業(と上司が自分で言っている)に勤めるOL。これがタバコはスパスパ吸うし(中学生の頃から既に吸っている)、仕事はあまり有能ではなさそうだし、仕事仲間との付き合いもほとんど無いようで、上司(スマホには“クソ上司”とある)からもしょっちゅう怒鳴られているというやや困った人物。家でも一人暮らしで親とも絶縁しているようだ。
ある日、中学時代からの親友・マリコが自殺したとのニュースをテレビで見て衝撃を受ける。
マリコの住んでいたマンションに駆け付けるが、既に遺骨は実家に引き取られていた。
マリコは小さい時から、父親に虐待されていた。シイノが学校で会う時も、いつも顔にアザを作っていた。
シイノは、そんなマリコを慰め、彼女の心の支えになっていた。二人はいつしか無二の親友になっていた。いつも二人で行動していた。
マリコは、「もしシイちゃんが誰か男の人と付き合ったら、私死ぬから」とまで言う。そのくせ自分は男と付き合ってはDV等の暴力で酷い目に遭わされて、それでも懲りずにまた男と付き合っては捨てられる。
父親と離れても、男の理不尽な暴力からは逃れられない、不幸な人生である。タイトル通り、まさに“ブロークン(壊れている)マリコ”である。
そしてとうとう、自ら命を絶って、本当に壊れてしまった。
親友の命を救えなかった事を、シイノは悔やむ。そしてマリコの遺骨があの酷い父親の元にある事がどうしても許せない。
そこでシイノが取った驚きの行動が、包丁を持って父親の家に行き、マリコの遺骨を強奪する事だった。遺骨を奪ったシイノはなんと2階の窓から裸足で飛び降りるという無茶な事までやってのける。幸い降りた所が川に近い草むらだったから事なきを得たものの、普通なら足を骨折してただろう。
このぶっ飛んだシイノの行動も、それまでの生活、仕事ぶりを見ていれば納得が行く。ある意味、シイノもどこか壊れている人物だ。彼女のスマホの画面が割れているのも、その事の暗喩だろう。
父親が警察に訴え出ているかもと心配になったシイノは、そのまま遺骨を持って当てのない旅に出る事にする。
靴をあの父親の家に置いたままなので(1足しか持ってないのか(笑))、押し入れに長年置きっぱなしの、ボロボロで臭いドクターマーチンの靴を代りに履いて出発する。
ふと、昔マリコが、観光ポスターで見かけた東北の「まりがおか岬」に行きたいと言ってた事を思い出す。頭の2文字が自分の名前と同じだった事もあるのだろう。シイノは、そこに行く事に決める。
夜行バス、電車、路線バスを乗り継ぎ、目的のまりがおか岬までの旅の途中、シイノはマリコとの楽しかった日々を何度か回想する。時には現在のシイノの目の前にもマリコの姿が現れる(無論シイノの幻想)。
一人旅ではあるけれど、心の中ではマリコとの二人旅でもあるのだ。この回想シーンが、中学時代の二人を演じた子役の演技ともども、とてもきめ細かく描かれていて心地良い。
ロードムービーなのだが、意外と早く目的地のまりがおか岬近くに着いてしまうのがややあっけない。もっと出会いや事件があってもよさそうだが。せいぜいバスの中で、マリコに似た少女を見つめるだけである。
ところが、物語はここから急転する。バスを降りて岬に向かおうとした時、バイクが近づき、財布やマリコの手紙等、大切なものを入れたバッグをひったくられてしまう。
途方に暮れている時、釣り道具を下げた一人の若い男(窪田正孝)が「大丈夫ですか」と近づいて来て、シイノがマリコの遺骨を放置したままバイクを追いかけて行くと、わざわざ遺骨のお守りをしてくれたうえ、「お金がないと困るでしょう」と1万円札を渡してくれる等、とても親切だ。
シイノが「必ず返すから名前と住所を」と聞いても名乗ってくれない。しかし釣りのボックスには「マキオ」と名前が書いてあった。
マキオはこの後も何度かシイノの前に現れ、その都度何かプレゼントしてくれる。目的のまりがおか岬で、シイノが崖から飛び降りそうな素ぶりを見せると止めに来てくれたりもする。まるでシイノの守護天使のようだ。
そこに、フルフェイスヘルメットの暴漢に追いかけられ、必死で逃げる少女がこちらにやって来る。それはあのバスで同席した少女だった。
シイノは、思わずマリコの遺骨が入った骨壺を思い切り暴漢に叩きつける。少女は助かるがマリコの遺骨は海の方に飛んで行く、それを追ったシイノは…。
少女を助ける、という事は、マリコを助けてあげられなかったシイノの、もう一人のマリコを助ける、贖罪にも似た行動なのである。その道具にマリコの遺骨を使った事にも、その意思が感じられる。結果的にマリコの骨は海に散骨された事となる。
崖下に落ちたシイノだが、足の骨折だけで無事だった。マキオは「なかなか死ねないもんですよ」と言う。そのマキオも実は以前にここから飛び降りて死のうとした事があったようだ。
助けた少女から、きれいな字で感謝の言葉を綴った手紙を受け取るシイノ。そしてこの時から、シイノの中で何かが変わった。
これまでほとんど、他人と接して来ず、投げやりな生き方をして来たシイノだが、マキオの親切や、少女からの感謝の気持ちなどを受けて、人と優しい気持ちで触れ合う事が、人生にとってどれほど大切な事か、マリコとももう少し、優しさと労りの気持ちで接していれば、彼女の人生も変っていたのでは。そして自分の人生も、これから変えて行くべきではないかと思い始める。
会社に迷惑をかけたとして退職願を上司に差し出すシイノだが、それを受け取ったクソ上司は、「迷惑かけたと思うんならちゃんと仕事しろよ」と言って退職願をビリビリと破いてしまう。
口が悪く、イヤな奴だと思っていた上司も、内心は実はいい人なのかも知れない。クソ上司を演じた人、名前は判らないけどいい味を出している。
顧客と応対するシーンでも、出だしの頃とは変わって丁寧で、仕事ぶりも進歩しているようだ。気のせいかタバコを吸うシーンも減っていたように思えた。マリコ(の遺骨)との旅を通して、シイノは人間的に、少しは(いや大いに)成長したようである。
ラスト、父親の後妻(吉田羊)が、置き忘れた靴と一緒に、マリコの最後の手紙を届けてくれた。この人もいい人である。
そのマリコの手紙を見て、シイノがとても嬉しそうに微笑む所で映画は終わる。手紙の文面はあえて観客に見せないのも、いい終わり方だ。その文面は観客それぞれが想像すればいいのである。
観終わって、とてもホッコリとした、いい気持ちになれた。さすがタナダ監督、いつもながら女性の繊細な心理描写がうまい。
回想を通して、主人公の内面、そして無二の親友だった女性との心の交流と深い絆がじっくりと描かれている点でも、前作「浜の朝日の-」との共通性が感じられるし、一人の女性の、何かを求めての旅を描くロードムービーという点では、出世作「百万円と苦虫女」とも共通する。
そう考えれば、原作ものであるにも関わらず、本作は紛れもなく、タナダユキ監督作品になっているのである。
出演者では、シイノを演じた永野芽郁が絶妙の好演。キレたり怒鳴りまくったり、鼻水垂らして泣いたりのエキセントリックな演技は見ものだ。本人はタバコを吸った事がなかったのに、特訓の成果で本当の喫煙者に見える(但しニコチン、タール抜きタバコだそうだ)。マリコを演じた奈緒もいい。マキオを演じた窪田正孝も、「初恋」の頃よりずっと大人の演技になっていた。そしてマリコを虐待する毒親を演じていたのが大林宣彦映画の常連、尾美としのり。これまでとは全く異なる役柄を見事にこなしていた。
上映時間が85分と短いのもいい。ダラダラと無駄に長い映画を作る監督は見習って欲しい。タナダ監督のファンは必見の秀作である。 (採点=★★★★☆)
(付記)
それにしても、つい先日観たばかりの「川っぺりムコリッタ」に続いて、これも遺骨の入った骨箱が登場する作品である。最後は散骨となる点も共通する。
そして本作にも、「川っぺり-」と同様、食べるシーンがよく登場する。冒頭ではシイノはラーメンを食べてるし、中盤でもシイノは牛丼を2人分注文し、一つにはマリコへの供養で、仏壇に供える仏飯(ぶっぱん)のように真ん中に箸を立ててるのが笑える(下)。そして終盤のマキオとの別れ際、マキオが差し入れてくれた駅弁を列車出発前からうまそうにパクつくシーンも印象的だ。
コロナ禍のせいで公開時期がずれ、この2本がほぼ同時期の公開となったのも、何か運命的なものを感じる。どちらも女性監督の作品という共通性もある。
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コメント
永野芽郁がこんな役で、違和感なく見れるとは思わなかった。奈緒も上手い。ラストの後味の良さは、ほっこりする。キツい話でも淡々と進むのは、監督の個性なのかも。管理人さんの言う通り、90分くらいでも十分楽しめる。
投稿: 自称歴史家 | 2022年10月16日 (日) 17:49
◆自称歴史家さん
永野芽郁は良かったですね。本年度の主演女優賞候補に挙げたいです。タナダユキ監督、この所ノッてますね。次回作が楽しみです。
投稿: Kei(管理人 ) | 2022年10月24日 (月) 09:15
ちょっと遅くなりましたが、先週金曜日に観てきました。
素晴らしく良かったです。私が観てる範囲内では今年の日本映画で5本の指に入ります。
キネマ旬報読者の映画評に出しました。私は既に今年2回載ってるので掲載されなさそうですが。
noteに軽く書きました。Instagramのコピペなんですが、なかなかの数の永野芽郁ファンからのリアクションが(笑)
https://note.com/tanipro/n/nb4fc6715981d
投稿: タニプロ | 2022年10月24日 (月) 19:12
◆タニプロさん
noteに書かれてました、
>タナダユキも脚本担当の向井康介も過小評価されていると確信。
私もそう思います。タナダ監督の「浜の朝日の嘘つきどもと」はとてもいい作品なのに、昨年のキネ旬ベストテンでは42位。
石川慶監督の出世作「愚行録」は原作が全編モノローグだけという、映画化が難しい作品なのですが、これを実に巧妙にシナリオ化した向井康介の手腕は高く評価されるべきなのに、キネ旬の脚本賞部門ではたった2人しか投票してなかったのにはガックリ。
その石川慶監督・向井脚本コンビの新作「ある男」が間もなく公開されます。今度こそは本作と「ある男」とで脚本賞を受賞して欲しいですね。
投稿: Kei(管理人 ) | 2022年10月25日 (火) 10:35
キネマ旬報に載らなかったんでnoteに転載しました。
Twitterが散々な有り様になったので、今後はInstagramとnoteを頑張っていきます。
https://note.com/tanipro/n/n19245a47ddca
投稿: タニプロ | 2022年11月20日 (日) 20:54
◆タニプロさん
遺骨をどうするか、って日本映画が続いてますね。先日見た「土を喰らう十二ヵ月」でもジュリーが妻の遺骨をずっと手元に置いてて、最後にある決断をします。「川っぺりムコリッタ」と併せて遺骨三部作(笑)。
投稿: Kei(管理人 ) | 2022年11月23日 (水) 16:51