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2023年1月25日 (水)

「モリコーネ 映画が恋した音楽家」

Ennio 2021年・イタリア   157分
製作:Piano B Produzioni=Terras=Gaga 他
配給:ギャガ
原題:Ennio
監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ
撮影:ファビオ・ザマリオン、 ジャンカルロ・レッジェーリ
製作:ジャンニ・ルッソ、 ガブリエーレ・コスタ

映画音楽の巨匠、エンニオ・モリコーネの軌跡を数々の音楽と映像で辿るドキュメンタリー。監督は「ニュー・シネマ・パラダイス」以来の盟友となるジュゼッペ・トルナトーレ。クエンティン・タランティーノ、クリント・イーストウッド、オリバー・ストーン、トルナトーレ本人ら映画作家やクインシー・ジョーンズ、ハンス・ジマー、ジョーン・バエズら音楽家など、モリコーネを敬愛する70人にも及ぶ人たちのインタビューと担当した映画の名シーンも交えて映画音楽の制作秘話やモリコーネの人間性にも迫る。

 

芸術の世界に名を遺した偉人のドキュメンタリー映画はこれまでも多数作られているが、これほど年月をかけて(製作期間は5年にも及ぶ)、2時間37分にも及ぶ上映時間で徹底的に掘り下げたドキュメンタリー映画は観た事がない。

何より凄いのは、当のモリコーネ本人に密着した長時間の映像である。
冒頭から、膨大な本や資料が並ぶ書斎に現れたモリコーネが、寝転がってゆっくりとストレッチ体操を始める。その顔、手のアップ。そして立ち上がると指揮をするように両手を振り始める。
なんとカメラはモリコーネ自身の視線で前に伸ばした両手を映し出すのである。ドキュメンタリー映画でこんなに、文字通り本人に密着した映像は見た事がない。

そして映画は、モリコーネが語る回想、さまざまな思い、心情吐露を中心に、彼を敬愛する人や、一緒に仕事をした監督、俳優、歌手へのインタビュー、担当した500本にも及ぶ映画の中から厳選された45作品のフッテージを組み合わせ、モリコーネの少年時代に始まり、音楽の世界に入った経緯や、さまざまな人たちとの出会いを通して、彼が如何にして映画音楽の巨匠となったかをつぶさに描いて行く。

これまで知られていなかった事実も含め、これだけ長い本人へのインタビューが実現出来たのも、「ニュー・シネマ・パラダイス」以降、全ての監督作品で音楽を担当してもらい、モリコーネの弟子であり生涯の親友でもあったジュゼッペ・トルナトーレ監督だからこそ可能になったと言える。


モリコーネは、父親がプロのトランペット奏者だった事もあって、本人も若い頃はトランペット奏者として活躍していた。
やがてもっと本格的に音楽を学びたいと思い、父の勧めもあってサンタ・チェチーリア音楽院に通い、作曲家のゴッフレード・ペトラッシに師事して音楽を基本から学んでいる。ペトラッシは以後彼の生涯の心の師となる。

卒業後、恋人のマリアと結婚するが、生活を支える為、RCAレコードと契約、いくつもの流行歌を作曲、編曲している。それらと並行して、1961年頃からは映画音楽にも携わるようになる。
以前に追悼記事にも書いたが、映画「太陽の下の18才」(1962)の音楽を担当、挿入歌「サンライト・ツイスト」を作曲してこれが当時大ヒットした。続いて「サンライト・ツイスト」を歌ったジャンニ・モランディの「貴方にひざまづいて」(作曲は別人)の編曲も手掛けこれまた大ヒット、人気作家となる。
「サンライト・ツイスト」はアップテンポの軽快なツイスト・メロディで、音楽院でクラシックを学んだ作曲家がこんな若者向けポップ・ミュージックも作って大ヒットさせる、その幅の広さに驚いてしまう(本作ではチョロッとしかメロディが流れなかったのが個人的には不満)。

そして64年、セルジオ・レオーネ監督「荒野の用心棒」の音楽を手掛けるが、レオーネとモリコーネは実は小学校の同級生だったというのも不思議な奇縁である。これが映画も音楽も世界的大ヒットとなって、モリコーネは映画音楽の第一人者の地位を不動のものとする。レオーネとモリコーネの固い絆はレオーネが亡くなるまで続く事となる。

「荒野の用心棒」の主題曲「さすらいの口笛」を聴くとよく分かるが、口笛による静かな出だしから、やがて鞭の音、鐘の音、エレキギターが加わり、男性コーラスから管弦楽シンフォニーと盛り上がって行く、その変幻自在の編曲が見事である。続編「夕陽のガンマン」でも、オルゴールや電子オルガン、トランペットの高らかな響きと、いろんな音、楽器を巧みに組み合わせる大胆なアレンジは他に類を見ない。モリコーネ独自の世界と言える。コンビ3作目「続・夕陽のガンマン 地獄の決闘」では本人も語っているが、コヨーテの遠吠えをメロディーに取り入れる等、実に斬新、実験的な事をやっている。個人的にはその「続・夕陽のガンマン」のラストでテュコ(イーライ・ウォラック)がサッドヒルの十字架が立ち並ぶ墓場の中を走り回るシーンに流れる「ゴールドの恍惚感」が大のお気に入り。ハイソプラノの女性のスキャットを組み入れた壮大なメロディは、聴く方も恍惚感に浸れる(この文章もそれらのサウンド・トラックCDを聴きながら書いている(笑))。

そうしたモリコーネが担当した数多くの映画の映像と音楽を見て聴くだけでも、懐かしさで胸が一杯になる。何度か涙が出てきてしまった。

モリコーネ自身は、映画音楽に携わる事への葛藤もあったようだ。特に師のペトラッシが、音楽院出の音楽家が商業音楽を手掛ける事は道徳的に非難されると考えていた事が心の重荷、わだかまりとなっていた。事実本人も、10年経ったら映画音楽を辞めると何度も思っていたという。結局10年ごとにその思いは延長されるのだが。

そうした苦悩を抱えながらも、モリコーネは優れた映画音楽を発表し続ける。終生の友・レオーネとの共同作業は「ウエスタン」を経て、レオーネの遺作となった「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」(84)まで続き、本人もこれで区切りがついたと思いながらも、その2年後、ローランド・ジョフィ監督「ミッション」(86)のラッシュを観て心を揺さぶられ、渾身の音楽を書き上げる。この作品でアカデミー賞作曲賞にノミネートされるが、受賞は「ラウンド・ミッドナイト」のハービー・ハンコックに攫われる。本人自身も悔しがってる様子がインタビューから感じられるのが微笑ましい。その翌年、ブライアン・デ・パルマ監督「アンタッチャブル」でもアカデミー賞にノミネートされるが、ここでも「ラスト・エンペラー」が受賞し、又も苦杯をなめる。アカデミー賞ノミネートは2000年までに5回に及ぶが受賞は逃し続ける。不当とも言えるだろう。

こうした事もあってモリコーネは一時映画音楽との決別も考えるが、そんな時に1本の映画のオファーが舞い込む。モリコーネは最初は断るが、プロデューサーから送られて来た新人監督の脚本に感動し、曲を書く事を即決する。それがジュゼッペ・トルナトーレ監督「ニュー・シネマ・パラダイス」。映画もモリコーネの音楽も大評判となり、彼は映画音楽を続けて行く事を心に決める。まことに人との巡り会い、縁とは不思議なものである。
後年には、師であるペトラッシがモリコーネの功績を評価し、認めた事にもホッとさせられる。これで心の重荷からも解放された事だろう。

モリコーネの口から語られる、いろんな知られざるエピソードも面白い。ジョン・ヒューストン監督の「天地創造」やスタンリー・キューブリック監督「時計じかけのオレンジ」にもオファーされていたが諸事情でボツになった事も初めて知った。また担当する予定の作品で、監督が既成曲を使いたいと言うと即座に拒否、降りた事も何度か。信念に反することは断固拒否する、反骨の人でもあった。

作曲する時はピアノ等の楽器を使わず、直接五線譜に書き込んで行くとか、曲が完成するとまず妻のマリアに聴いてもらい感想を聞くとか、興味深い話もいっぱい出て来る。

2007年には、アカデミー名誉賞を受賞している。これまでモリコーネに作曲賞を与えなかったアカデミー協会の反省の意も込められているのだろう。そして2015年、タランティーノ監督「ヘイトフル・エイト」で、6回目のノミネートでやっとアカデミー作曲賞を受賞する。これで受賞出来るなら「ミッション」「アンタッチャブル」でとっくに受賞されていたはずだ。まあ遅まきながらも、やっと正当に評価された事は喜ばしい。その授賞式で、妻のマリアに感謝の言葉を述べるシーンも感動的だ。


観終わって、ジーンと心に沁みた。エンニオ・モリコーネという希代の音楽家の素晴らしさを改めて認識させられた。

膨大なモリコーネの映画音楽担当作品から抽出された名画の数々とその音楽、70名以上にも及ぶ所縁の人たちや彼を敬愛する人たちのインタビューを絞り込み纏め上げる作業は相当な根気とエネルギーを要した事だろう。製作に5年もかかり、上映時間が2時間半を超えたのも納得である。完成は2021年だが、モリコーネは2020年7月、この映画の完成を待たずして91才で亡くなったのが残念だった。

それでも映画は残り続ける。生前のモリコーネの姿、思いのたけを余す所なくスクリーンで観る事が出来ただけでも喜ばしい。モリコーネの盟友、トルナトーレ監督でなければ絶対作れなかった映画だと断言出来る。トルナトーレ監督の映画作品として最高作と言っても過言ではない。映画ファンなら、映画音楽ファンなら絶対観るべし。

またモリコーネが音楽を担当した映画が観たくなった。しばらくはその作品のDVDを観たり、CDを聴いたりの日々が続くかも知れない。それほどこの映画には感動した。トルナトーレ監督、こんな素晴らしいドキュメンタリーを作ってくれて本当にありがとう。 
(採点=★★★★★

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