「そばかす」
(物語)物心ついた頃から「恋愛がよくわからず、いつまで経っても恋愛感情が湧かない」自分に不安を抱きながらも、マイペースで生きてきた蘇畑佳純(三浦透子)。30歳になった今もその気持ちは変わらず、現在は地元のコールセンターで苦情対応に追われる日々を送っている。妹・睦美(伊藤万理華)が結婚・妊娠したこともあり、母からも頻繁にプレッシャーをかけられており、ついには無断でお見合いをセッティングされる始末。しかしそこで彼女が出会ったのは、結婚よりも友だち付き合いを望む男性だった…。
正月最初に観た映画がこちら。当地では昨年の12月23日から封切られていたが、年内には観れなかったので。
監督の玉田真也は全然知らない方だが、企画・原作・脚本のアサダアツシは2020年の今泉力哉監督「his」の企画・脚本を担当しており、これがなかなか面白かった。昔愛し合ったゲイの相手の男が、数年後結婚し娘を連れて現れるという物語で、性的マイノリティをテーマにしながらも、ゲイへの偏見や親の親権とか、現代的テーマも込められた人間ドラマの秀作だった。
で、本作はあまり聞き慣れない、“アセクシュアル”(他者に対して性的欲求や恋愛感情を抱かないセクシュアリティ)が中心テーマ。
"LGBTQIA"の最後の"A"がそれだそうで、LGBTQは知っていたが、さらに2項目追加されてたとは知らなんだ。世の中は知らぬ間に進歩している(笑)。
原作・脚本のアサダアツシ、前作に続き性的マイノリティをテーマに選んでいるのが興味深い。
というわけで、「ドライブ・マイ・カー」で一躍注目された三浦透子の初主演作という事もあって観る事にした。
(以下ネタバレあり)
三浦透子扮する主人公・蘇畑佳純(そばた・かすみ)は、男性に対して恋愛感情が抱けない、いや、恋愛・結婚で何だろうという疑問を持ちながら、30歳になるまで生きて来た。
しかしレズという訳でもなく、男とも、女とも友人として対等に付き合う事は出来る。だから仕事も日常生活もごく普通の人間としてこなしている。
母の菜摘(坂井真紀)は、妹の方が先に結婚し、もうじき子供も生まれるというのに、長女がいつまでも独身でいる事にやきもきしている。頻繁に「恋人いないの?」「作る努力をしなさい!」とプレッシャーをかけても効果なし。とうとう業を煮やして、一緒に服を買いに行くと言って佳純を誘い出し、無理やりお見合いをセッティングする始末。
娘がなかなか結婚しないので親が心配する、というドラマは名匠・小津安二郎監督が「晩春」、「麦秋」、「秋日和」から遺作「秋刀魚の味」まで好んで扱って来た、いかにも日本的な題材なのだが、アセクシュアルを持ち出した所がいかにも21世紀的・現代的である。もっとも、“見合い”とはいかにも昭和的だが。
ところが、その見合い相手が佳純の行きつけのラーメン屋の店員で、佳純と同じく恋愛に興味がない事を知って意気投合、友人として付き合う事となる。
だがその後、二人で千葉県のラーメン屋に行き、遅くなってホテルに泊まった時、彼が佳純にキスしようとしたので佳純は慌てる。そして気まずい思いでホテルを出る。恋愛に興味がないとは嘘だったのか、それとも佳純と出会って恋愛に目覚めたのか。佳純は自分の方がヘンなのか、悩み始める。そしてコールセンターの仕事を辞め、保育園で働き始める。
こうしてドラマは、佳純の仕事ぶりや家族との交流、友人たちとの出会い等の日々の生活を細かいエピソードも交えて淡々と描いて行く。
佳純が音楽家を目指して音大を出たものの挫折した過去や、蘇畑家の個性的な面々、特に救命士だが鬱で休職中の彼女の父が佳純のチェロをこまめに手入れしているシーンなど、登場人物それぞれのキャラクターがきめ細かく設定されているのがいい。脚本がよく練られている。
冒頭、合コンでの会話で、佳純が好きな映画としてトム・クルーズ主演「宇宙戦争」を挙げ、その理由としてトムがブルーカラーの労働者で、いつも全力疾走で逃げているからだと言う。
カッコいいヒーローでなく、必死で逃げる主人公に魅かれる辺りが佳純らしい。このエピソードはラストにも登場する。
物語が動くのは、佳純の中学生時代の同級生で元AV女優の 世永真帆(前田敦子)との再会からである。
真帆もまた世間のありふれた価値観に強い反発心を持っており、保育園で佳純がデジタル紙芝居「シンデレラ」を上演すると聞いた真帆は、「王子様に求婚されて女が幸せになるという物語は男の勝手な価値観の押し付け」と言い、シンデレラが王子の求婚をきっぱり断るという新解釈の「新・シンデレラ」物語を二人で考案し、保育園での上演を実行する。結果的には親たちの戸惑う声に気押されて上演を途中で止めてしまうのだが。
真帆はまた、県議会議員の父親が紙芝居上演について「子供には正しい価値観を教えるべき」とクレームをつけた事を知ると、選挙演説中の父親の所に押しかけ、猛前と怒りをぶつける。
その気骨ある行動に、佳純の心にも変化が訪れる。今までのように、引っ込み思案で言いたい事も言えなかった自分の生き方を反省する。
真帆を演じた前田敦子、威勢のいい啖呵を切るシーンが立て板に水でカッコ良く、絶妙の好演である。
真帆と意気投合した佳純は、二人で共同生活をしようと物件を探し始めるのだが、その矢先、真帆は突然結婚してしまう。またしても同志に裏切られてしまう佳純。
それでも、結婚式に招待された佳純は、真帆を祝福し、祝辞代わりのチェロ演奏を行う。人にはそれぞれの生き方があり、自分なりの価値観を他人に押し付けるべきではない…それは、真帆の生き方、行動から学んだ佳純なりの新しい人生哲学でもあるわけなのだ。
何かを吹っ切るように一心不乱にチェロを演奏する佳純の姿を、長回しワンカットで捕らえたシーンが素晴らしい。
そしてラスト、保育園の新任保育士・天藤(北村匠海)から、佳純らによる新解釈シンデレラを見て、「自分と同じ考え方を持つ人がいて安心した」と告げられる。それを聞いた佳純は、とても嬉しそうに走り出して行く。トム・クルーズのように。映画はそこで終わる。
天藤と意気投合し、今度こそ同じ考えの同志と、友人として付き合って行く事が出来るのか、それは分からない。
たった一つ言えるのは、佳純は多くの人たちと巡り会う中で、確実に人間的に成長し、古い価値観に囚われる事なく自分の道を歩み始めたという事である。爽やかなエンディングであった。
エンドロールで流れる主題歌「風になれ」も三浦透子が歌っている。これもなかなかいい歌声で聴き惚れた。
日本全体に何となく漂う“同調圧力”、性的マイノリティの人たちが感じる息苦しさ、生き難さに、映画はやんわりと批判の眼を向け、そんな中でも人は自分なりの生き方を見つけ、前を向いて歩いて行く事の大切さを訴えているのである。
玉田真也監督の演出は、冒頭の居酒屋のシーンに始まり、ほぼワンシーン、ワンカットの長回しが多い。舞台演出家だけあって、長いシーンを通しで演技してもらう事の緊張感が伝わる事を狙っているのだろう。これは見応えがある。玉田監督、次回作も期待出来る。
三浦透子のアセクシュアルという難しい役を的確にこなした熱演に、寡黙な父親役の三宅弘城、マイペースの祖母役の田島令子も含め、役者がみんないい。そして断然、前田敦子、素敵な女優になったと思う。
2022年度のベスト20には間に合わなかったけれど、昨年に観ていたらどこかに入れたと思う、捨て難い味の佳作である。
(採点=★★★★☆)
(付記1)
題名だけど、主人公はそばかすでもないのにと思ったら、主人公の名前が「そばた・かすみ」なのでそこから来ているようだ。シャレのつもりもあるだろうが、“そばかす”のイメージを“マイノリティだけど個性的”という主人公のキャラクターに重ね合わせたのかも知れない。
(付記2)
この映画を鑑賞したシネリーブル梅田では、1月6日からこちらも三浦透子出演(実質主演)の「とべない風船」が公開されている。“三浦透子祭り”状態だ(笑)。
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コメント
三浦透子良いですね。TVドラマのエルピスでも重要な役を演じてました。今年も活躍しそうです。
投稿: 自称歴史家 | 2023年1月19日 (木) 20:54
◆自称歴史家さん
「ドライブ・マイ・カー」から1年空いたと思ったら、立て続けに出演作が2本公開されました。「とべない風船」も観ましたがこれも良かったですよ。これからもどんどん映画に出て欲しいですね。
投稿: Kei(管理人 ) | 2023年1月21日 (土) 20:27