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2023年1月 9日 (月)

「かがみの孤城」

Castleofmirror 2022年・日本   116分
製作:松竹=日本テレビ放送網
配給:松竹
監督:原恵一
原作:辻村深月
脚本:丸尾みほ
撮影監督:青嶋俊明、宮脇洋平
音楽:富貴晴美
企画・プロデューサー:新垣弘隆、櫛山慶
アニメーション制作:A-1 Pictures

2018年本屋大賞を受賞した辻村深月の同名ベストセラー小説のアニメ映画化。監督は「河童のクゥと夏休み」「カラフル」の原恵一。声の出演はオーディションで選ばれた當真あみ、「メタモルフォーゼの縁側」の芦田愛菜、「明け方の若者たち」の北村匠海、「怒り」の宮崎あおい、「バースデー・ワンダーランド」の麻生久美子、その他高山みなみ、吉柳咲良、梶裕貴などの声優陣が揃った。アニメーション制作は「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」等のA-1 Pictures。

(物語)学校での居場所をなくし、部屋に閉じこもっていた中学生・こころ(當真あみ)。そんなある日、突然部屋の鏡が光り出し、吸い込まれるように中に入ると、そこは海にそそり立つ不思議なお城の中で、6人の見知らぬ中学生がいた。さらに「オオカミさま」と呼ばれる狼のお面をかぶった女の子(芦田愛菜)が現れ、「ここにいる7人は選ばれた存在であること、そして城のどこかに隠された秘密の鍵を見つけた者は、どんな願いでも叶えてやろう」と告げる。期限は約1年間。戸惑いつつも鍵を探しながら共に過ごすうち、7人には一つの共通点があることが判って来る…。

泣ける傑作アニメ「映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」以来お気に入りの原恵一監督の新作。
前作「バースデー・ワンダーランド」が期待を裏切る出来だったので、心配していたのだが、やはり原監督作となれば観に行ってしまう。昨年末ギリギリに映画館にて鑑賞。

そして本作は、久しぶりの、原監督らしい少年・少女の心に寄り添った、素敵な秀作になっていた。

(以下ネタバレあり)

原作は第15回本屋大賞を受賞しているが、それだけでなく「このミステリーがすごい!」でも8位にランクインしている点に注目。つまり本格ミステリーとしても評価されているわけである(文春ミステリー・ベスト10でも10位入賞)。この点は留意しておくといい。

主人公の中学生・安西こころは学校でクラスメイトに苛められ、不登校になって家に引き篭もっている。両親とも勤めているので昼は家に一人っきり。母は心配してフリースクールに通わせようとするが、そこも何となく居心地が悪く、家に閉じこもったままだ。

現実によくある話である。こういう中学生は世間にいくらでもいるのだろう。重苦しさを感じてしまう出だしである。

そんなある日の午後、自室の鏡が突然光り出し、吸い寄せられるようにこころは鏡の中に入ると、そこは海に囲まれた西洋風の城だった。そして狼の面をつけた少女に無理やり城の中に引き摺り込まれると、城内には既に6人の子供がおり、いずれもこころと同じように家の鏡を通ってこの城に来た事が分かる。

狼の面をつけた少女は自分を「オオカミさま」と呼べと言い、この城でのルールを説明する。
1.城に居られるのは午前9時から午後5時まで。絶対厳守で、一人でもこのルールを破ると、城にいる全員が狼に食われてしまう。
2.その時間内であれば、鏡を通って元の家と自由に行き来しても構わない。気が向かなければ来なくてもよい。
3.城のどこかに鍵が隠されており、その鍵を見つけた者は一つだけ、どんな望みも叶えてくれる。但し期限は翌年3月30日まで。見つけられなくても特にペナルティはなし。

ロールプレイング・ゲームみたいなルールであるが、1.がかなり厳しい事を除けば、割とアバウトである。いつでも家に戻れるのだから、閉じ込められている訳でもない。

こころは気乗りせず、最初のうちはあまり城に行こうともしなかったが、他の6人は家にいても面白くないので、城にやって来てはゲームをしたり紅茶を飲みながら雑談したり勉強したりと、城の生活に馴染んで行く。そのうちこころもいつしか同世代の6人たちと話をするようになる。

そして会話を通して判って来た事は、全員が同じ中学に通う(または通う予定だった)生徒だという事。偶然ではなく、必然的に選ばれたようである。

6人はこころと同じ一年生のリオンとウレシノ、二年生のマサムネとフウカ、三年生のアキとスバル。リオンだけはハワイ留学中で、ちゃんと学校に通っているが、時差の関係で学校が終わった後に城にやって来る。留学しなければ同じ中学に通う予定だった。だが明るい性格で不登校でもないリオンが何故メンバーに選ばれたのかである。

話し合ううち、それなら一度登校して、学校で会おうという事になるが、皆何故か他の6人の誰とも学校では会えなかった。そんな名前の生徒はクラスにいないとも言われる。
これはどういう事なのか。もしかしたら全員がパラレルワールドの住人なのか…。は深まるばかりである。

…といった具合に、さすがミステリー作家・辻村深月らしく、随所に謎と伏線が仕込まれ、観客(と読者)は謎について考察する楽しみもある。

思えば原恵一監督が2010年に発表した「カラフル」も、中学生が主人公で、家にも学校にも居場所がなく、心に悩みを抱えている等、本作と似たようなテーマを持った秀作だった。本作の監督にはうってつけである。

本作でも7人のキャラクターがきちんと描き分けられ、特に主人公こころについては、学校での苛めや家庭での母との確執等で心を閉ざしている様や、そんなこころが仲間たちとの交流を経て、少しづつ心を開いて行くプロセス等もきめ細かく丁寧に描かれている辺りは、さすが原監督、見事である。

そして期限となる3月末、一人がルールを破った為に、たまたまその時城に居なかったこころを除いて6人が狼に食われてしまい、その仲間たちを救う為にこころが“望みが叶う鍵”を探すべく知恵と勇気を振り絞り、行動を起こして行く怒涛のクライマックスは感動的である。

そして明かされる、オオカミさまの正体、リオンの亡き姉に寄せる思い、ここも泣けた。原監督のセンシティヴな演出が光る。


前半にバラ蒔かれたいくつもの謎が、終盤に至って次々と解明されて行く辺りは、良質のミステリーを読んでいるような快感がある。さすが辻村深月、本屋大賞と「このミス」両方で評価されたのも納得である。

伏線の一つに、こころがカウンセラーの先生からプレゼントされる3個の紅茶のティーバッグがある。ここも見逃さないように。

鍵の在り処については、同級生の東条萌の家にあったグリム童話の絵からこころがヒントを得るのだが、冒頭から示される“狼に食われる”ルールと“7人”というキーワードから、カンのいい観客ならあの童話だなと早いうちから気付くかも知れない。

そんな謎解きも楽しめる一要素だが、本作がいいのは、現実に日本中のどこかで起こっている学校での苛め、不登校、引き篭もりといった深刻な問題に正面から向き合い、それでも決して心を閉ざさずに、勇気を出し、心を通わせる仲間を増やし、前に向かって進む事の大切さを映画は訴えかけている点である。

分厚い原作を読むのが億劫でも、2時間足らずのアニメなら誰でも観れるだろう。さまざまな悩みを抱えて苦しんでいる若い人には、是非観て欲しい。きっと勇気づけられるだろう。これはそんな素敵な秀作である。 (採点=★★★★☆

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(付記)
原監督と言えば「クレヨンしんちゃん」だが、本作における仲間との友情、冒険、そして鍵の在り処に向かってこころが長い階段を駆け上がって行くシーンはいずれも、秀作「映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」のしんちゃんとかすがべ防衛隊仲間との熱い友情、それにクライマックスでしんちゃんが東京タワーの階段を必死で駆け上がって行くシーンを思い出し、ニヤリとさせられる。原監督、やってくれますね。

 

 

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コメント

 謎の展開から怒涛のラスト。スピード感のある演出、最後まで目の離せないストーリーに泣かされました。

投稿: 自称歴史家 | 2023年1月21日 (土) 16:18

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