« 「西部戦線異状なし」 (2022) (VOD) | トップページ | 「銀平町シネマブルース」 »

2023年2月28日 (火)

「バビロン」

Babylon 2022年・アメリカ   189分
製作:Marc Platt Productions=パラマウント
配給:東和ピクチャーズ
原題:Babylon
監督:デイミアン・チャゼル
脚本:デイミアン・チャゼル
撮影:リヌス・サンドグレン
音楽:ジャスティン・ハーウィッツ
製作:マーク・プラット、マシュー・プルーフ、オリビア・ハミルトン

1920年代のハリウッド黄金時代を舞台にした人間ドラマ。脚本・監督は「ラ・ラ・ランド」のデイミアン・チャゼル。主演は「ブレット・トレイン」のブラッド・ピット、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」でもブラピと共演したマーゴット・ロビー、新人のディエゴ・カルバ、共演は「スパイダーマン」シリーズのトビー・マグワイア、「ブルックリンの恋人たち」のリー・ジュン・リーなど。第80回ゴールデン・グローブ賞で作品賞を含む主要5部門にノミネートされ作曲賞を受賞。第95回アカデミー賞では美術賞、オリジナル作曲賞、衣装デザイン賞にノミネートされた。

(物語)1920年代のハリウッド。夢を抱いてハリウッドへやって来た青年マニー(ディエゴ・カルバ)は、キノスコープ社の重役ドン・ウォラック邸で開かれるパーティーの為、象を運んでいた。パーティーの主役は、サイレント映画の大スター、ジャック(ブラッド・ピット)。その会場にアポなしでやって来た新人女優ネリー(マーゴット・ロビー)はマニーの助けでパーティに潜入、酒池肉林の騒ぎの中でネリーは妖艶な魅力を振り撒き、薬物過剰摂取で倒れた女優の代りに抜擢され映画デビューを果たす事となる。一方でマニーは酔ったジャックを自宅に届けた事からジャックの助手となり、映画業界での一歩を踏み出す。しかし時代はサイレントの黄金期からトーキーへと移り、3人はそれぞれの運命に翻弄されて行く…。

「ラ・ラ・ランド」でも、映画スターを夢見る女ミア(エマ・ストーン)と、ジャズ奏者を目指す男セバスチャン(ライアン・ゴズリング)の恋物語をきらびやかなミュージカル仕立てて描いたデイミアン・チャゼル。本作もまた映画女優としての成功を目指す女ネリーと、映画スタジオの職を得て業界での出世を目論むマニーとの恋が物語の芯となっているなど、前作と共通する要素もある。

(以下ネタバレあり)

しかし、爽やかで甘酸っぱく上品な仕上がりだった「ラ・ラ・ランド」に比べ、本作は冒頭から象が盛大にウンコを垂れ流したり、パーティでは放尿にセックスと下品で猥雑極まりないバカ騒ぎが延々30分も続く。中盤ではネリーが大量のゲロを吐いたりと、下品なシーンのオンパレード。こういうシーンが苦手な方にはあまりお薦め出来ない。

だが、1920年代と言えば、別名「ローリング・トゥエンティーズ(狂騒の20年代)」と言われているように、この時代のアメリカは第一次大戦が終わって好景気に湧き、映画産業も隆盛を極め、本作で描かれたような退廃的な乱痴気パーティも実際にあったようである。チャゼル監督は当時の状況をかなりリサーチしたようで、そんな負の側面も併せて、繁栄と混沌の'20年代ハリウッド史を描こうとしたのだろう。まあちょっとやり過ぎな気もするが、チャレンジ精神は買いたい。

物語の中心となるのは、サイレント映画の大スター、ジャック・コンラッド(ブラッド・ピット)、映画スターを夢見る新人女優ネリー・ラロイ(マーゴット・ロビー)、映画業界での出世の野望に燃えるマニー・トレス(ディエゴ・カルバ)である。実はもう一人、トランペット奏者のシドニー・パーマー(ジョバン・アデポ)も、前記3人ほどではないにしても重要な役割を占めているのだが、これについては後述。

ネリーは度胸と挑発するような演技が監督や製作者に気に入られ、次々と映画出演依頼が舞い込み、スターの階段を駆け上がって行く。マニーはジャックの助手を足掛かりにジャックの所属するMGMに入り、新しい企画を提案する等、社内で徐々に頭角を表して行く。

そして彼らの大きな転機となるのが、トーキーの出現である。

マニーはトーキーを偵察して来いとのジャックの依頼でニューヨークに飛ぶが、そこで観た“音が出る映画=トーキー”に魅せられたマニーは、新しい時代がやって来た事を実感する。

映画は言うまでもなく、トーキー第1弾「ジャズ・シンガー」なのだが、ここでの面白い演出が、スクリーンを見せずに観客席の様子だけを映し、やがてあの有名なセリフ"Wait a minute, Wait a minute. You ain't heard nothin' yet!"が聞こえて来る。観客はドッとざわめく。
熱烈な映画ファンなら、特に和田誠さんのファンなら聞いただけでピンと来るだろう。「ジャズ・シンガー」の中で主演のアル・ジョルスンが喋るセリフで、なにしろ" You ain't heard nothin' yet!"は字幕で「お楽しみはこれからだ」と訳され、和田さんの著書の題名にもなったくらい有名なセリフだからである(なお映画では何故か字幕が出なかった)。

そしてこのトーキーの出現で、時代は大きく変わった。それまでは大スターだった役者も、セリフの滑舌が悪かったり、声が甲高かったりしてトーキーに合わない者は淘汰されて行く。ジャックも非トーキーにこだわり続けたせいで仕事を失い、凋落の運命を辿る。
一方でマニーは黒人トランペッターのシドニーをトーキー映画に起用する案を出し、これが当ってキノスコープ社の重役待遇にまで昇り詰める。それまでは下積みだったシドニー自身も、トーキーのおかげでスターになって行く。

トーキーの出現で大スターは落ち目となり、逆に新人女優は有名になって行くという物語は、2012年公開のフランス映画「アーティスト」でも描かれている。多分チャゼル監督はこの作品をヒントにしたか、あるいはオマージュを捧げているフシが伺える。本作に登場する映画会社はキノスコープ社だが、「アーティスト」で主人公が所属するのはキノグラフ社であるし。

これ以外にも本作には、いろんな過去の名作からの引用、オマージュが散見される。

Singinintherain 本作と同じく、サイレントからトーキーに移り変わる時代を背景にした、MGMミュージカルの傑作「雨に唄えば」からの引用が特に目立つ。ネリーが出演するトーキー映画で、マイクの位置ズレやスタジオのドアの開閉による雑音などのトラブルで何度もテイクを重ねる描写は「雨に唄えば」にも登場している。あちらでは俳優の胸に仕込んだマイクが衣擦れで雑音を出したりの失敗を繰り返す。
また本作のトーキー初期の映画撮影で、「雨に唄えば」をコーラスと群舞で歌い踊るシーンもある(1929年のMGM映画「ハリウッド・レヴィユー」の1シーン)。これはMGMミュージカル・アンソロジー「ザッツ・エンタティンメント」の冒頭でも登場していた。
映画「雨に唄えば」は、ラストのクライマックスでも登場する。

他にも数本の映画オマージュがあるが、長くなるのでそれらは最後のお楽しみコーナーで。


そして物語は終盤、さまざまな破局を迎える。ジャックはトーキーに抗えず、批評家からも「あなたの時代は終わった」と酷評され、自死を選ぶし、ネリーは声質や素行の悪さから落ち目になり、ジャンキーとなって多額の借金を抱え、助けようとしたマニーは細工がバレてギャングに危うく殺されそうになって、街から出て行く条件で見逃してもらい、ネリーは行方不明となる。数年後、ネリーの死は新聞の片隅に小さく出ただけというのが哀れを誘う。結局その後もハリウッドで生き延びたのはシドニーだけだった。

そして25年後、ニューヨークで小さな店を経営し、妻や子供も得たマニーは、久しぶりに訪れたハリウッドを懐かしみ、映画館で「雨に唄えば」(1952)を観る。まさに自分が夢に燃えていたあの時代を描いた映画を観てマニーは涙する。

ここでチャゼル監督は、1秒にも満たないフラッシュカットの連続で、リュミエール兄弟の記録映像、最初の劇映画であるメリエスの「月世界旅行」、ブニュエルの「アンダルシアの犬」からキューブリックの「2001年宇宙の旅」、果ては最初のCG映画「トロン」まで、この100年の映画の歴史を辿るのだが、「ニュー・シネマ・パラダイス」のラストを思わせながらも、この幕切れは不要と言うかちょっと蛇足、やり過ぎである。マニーが「2001年-」や「トロン」など観ているはずはないのだから。これは無類の映画ファンである、チャゼル監督自身の思い入れであり、むしろ近日公開予定の「フェイブルマンズ」のような(遥か数十年後に作るであろう)自身の自伝的映画に取って置いた方がいいと思う。

それでも映画を観終わって、チャゼル監督の古き良き時代のハリウッド映画へのノスタルジー、憧憬は十分感じられたので、感動した事は確かである。

映画の中でゴシップ・コラムニストのエリノアが語る「映画に関わった人は死んでも作品の一部となり、50年後でも100年後でも、誰かがそれを観るたびに再発見される」は名言である。映画とはそういう物なのだ。古い映画を観る度に、我々はイングリッド・バーグマンやオードリー・ヘップバーンや原節子と再会出来、スクリーンの中の彼女たちはいつまでも昔のままの美しさで輝いている。不朽の名作は観る度に新しい再発見がある。
この名言を聞くだけでも、この映画を観る価値はある。チャゼル監督の映画への限りない愛が込められた、映画を愛する人すべてに捧げられた、これはそんな映画なのである。 (採点=★★★★☆

 ランキングに投票ください → にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

 

(付記)
タイトル「バビロン」は、20世紀初頭のアメリカ映画界のスキャンダル、ゴシップを虚実ないまぜで暴露した書籍「ハリウッド・バビロン」(ケネス・アンガー著)から頂いていると思しい。本作で描かれる、撮影中に俳優やスタッフが死ぬエピソードも「ハリウッド・バビロン」を参考にしているようだ。


(さらに、お楽しみはココからだ)

Goodmorningbabilonia “バビロン”繋がりで言うと、チャゼル監督が念頭に置いたと思しき映画が、パオロ&ヴィットリオ・タヴィアーニ兄弟監督の1987年作品「グッドモーニング・バビロン!」。題名もそうだが、映画自体も1910年代のハリウッドを舞台にした映画製作にまつわる話で、巨匠D・W・グリフィス監督の大作「イントレランス」(1916)に美術スタッフとして参加したイタリアの職人兄弟が奮闘する物語。
「イントレランス」は4つの物語が並行して進む構成で、本作でのジャック、ネリー、マニー、シドニーの4人のそれぞれの人生が並行して描かれるのは「イントレランス」を思わせるし、兄弟が作るのは栄華の都バビロンの神殿に配置される8頭の巨大なのオブジェである。本作の冒頭にが登場したのは、この作品へのオマージュなのかも知れない。

Babylon2

もう1本、ビリー・ワイルダー監督の名作「サンセット大通り」(1950)からの引用もある。これもサイレント時代の大スターだったが今は落ちぶれ見る影もない女優(グロリア・スワンソン)の物語で、ジャックのその後の人生を思わせる。映画は冒頭、プールに男(ウィリアム・ホールデン)の死体が浮かんでいるシーンから始まるのだが、本作でも酔ったジャックが2階の窓から階下のプールに転落するシーンがあり、うつ伏せで浮いているジャックを見たマニーが、彼が死んだのかと思い込む。この死んだようにプールに浮かぶジャックの姿は、恐らく「サンセット大通り」の冒頭シーンへのオマージュではないだろうか。

 

 

|

« 「西部戦線異状なし」 (2022) (VOD) | トップページ | 「銀平町シネマブルース」 »

コメント

 冒頭の猥雑なまでのパワー、主な登場人物を巡る時代の流れの厳しさ。グイグイ引き込まれました。ただ、少し長い。ラスト近く、トイレが我慢できず、少しだけ見逃してしまいました。もう一度見ようと思います。
 全く違うテイストながら、「エンパイア・オブ・ライト」も映画好きには、見逃せない出来です。是非、ご覧下さい。

投稿: 自称歴史家 | 2023年3月 2日 (木) 06:59

◆自称歴史家さん
確かに長いですね。ネリーのヘビ騒動のくだり等まるまる要らない気もします。それでも終盤の20分は感動します。見逃したなら惜しいですよ。是非もう一度劇場へ。
「エンパイア・オブ・ライト」先日観ました。感想はそのうち書きます。
それにしても「エンドロールのつづき」に城定秀夫監督の「銀平町シネマブルース」など、映画館にまつわる映画、最近多いですね。

投稿: Kei(管理人 ) | 2023年3月 3日 (金) 13:39

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「西部戦線異状なし」 (2022) (VOD) | トップページ | 「銀平町シネマブルース」 »