「オマージュ」
2021年・韓国 108分
製作:June Film
配給:アルバトロス・フィルム
原題:Hommage
監督:シン・スウォン
脚本:シン・スウォン
撮影:ユン・ジウン
音楽:リュウ・チャン
製作総指揮: イム・チョングン、 シン・スウォン
ヒット作に恵まれない女性映画監督が、フィルムの修復作業を通して自分の人生と向き合う姿を描く人間ドラマ。脚本・監督は「ガラスの庭園」のシン・スウォン。主演は「パラサイト 半地下の家族」のイ・ジョンウン。共演は「あなたの顔の前に」のクォン・ヘヒョ、「愛の不時着」のタン・ジュンサンら。第15回アジア太平洋映画賞でイ・ジョンウンが最優秀演技賞を受賞。第34回東京国際映画祭コンペティション部門正式出品作品。
(物語)映画監督のジワン(イ・ジョンウン)はヒット作に恵まれず、新作を撮る目処が立たない状態。そんな彼女に、1960年代に活動した韓国の女性監督、ホン・ジェウォンが残した映画「女判事」の音声修復プロジェクトの仕事が舞い込む。作業を進めるうち、フィルムの一部が失われている事が判明、ジワンはホン監督の家族や関係者を訪ね、失われたフィルムを探す旅を続ける。そこでジワンは、今よりもずっと女性が活躍することが困難だった時代の真実を知り、フィルムの修復と共に自分自身の人生も見つめ直し、新たな一歩を踏み出す事となる…。
ミニシアターでひっそりと公開されている韓国映画だが、テーマが“映画作りと、失われたフィルム探し”というのに魅かれて観る事にした。
最近、映画と映画館とフィルムに関する映画が続いているが、これもその1本である。面白い傾向だ。
(以下ネタバレあり)
主人公の女性映画監督・ジワンはこれまで3本の映画を作って来たが、作る度に観客動員は落ち込み、最新作「幽霊人間」は閑古鳥が鳴く状態。息子からも母さんの映画はつまらないと言われてしまう有り様。次回作の目途も立たず、おまけに夫は家計も家事にも無頓着で、生活費にも困りかけている。
そんな時、映画祭の実行委員会から、映画祭で上映予定の、'60年代に活躍した女性監督ホン・ジェウォンの作品「女判事」に音声欠落部分があるので、その修復を行って欲しいとの以来が舞い込む。そこそこの報酬が出るので、いいアルバイトになるとジワンはこの仕事を引き受ける。
なんとか脚本も見つかり、声優を起用して音声収録作業を行ううち、脚本に書かれているのに、一部のシーンのフィルムが欠落している事が判明する。ジワンはホン監督の家族や関係者を当って、失われたフィルムを探す旅を続けて行く。
何故フィルムの一部が欠落しているのか、失われたフィルムはどこにあるのか…といった具合に、映画は一種のミステリー・タッチで、ジワンが探偵役となって関係者を探し、謎の究明と失われたフィルムを発見すべく動き回るわけである。
調査を進めるうち、当時は朴正熙大統領による軍事独裁政権の下で当局の検閲も厳しく、その検閲に引っかかって一部がカットされたらしいという事も判って来る。
また当時は女性の地位が低く、女が社会的に活躍するのは困難な時代で、女性の判事や映画監督も珍しく、映画では「女判事」を撮ったホン監督は子供をおんぶしながら撮影したというエピソードが語られる。映画「女判事」も、女性で初の判事になった人物の実話に基づいているという事だ。
やがて、「女判事」で編集を担当した女性が存命である事が分かり、ジワンはその元編集者、イ・オッキ(イ・ジュシル)に会いに行く。
彼女もまた女性編集者の草分けだが、当時は女が編集室に入るのは縁起が悪いと塩を撒かれた事もあったと言う。ひどい時代だ。
イ・オッキの記憶で、当時「女判事」を上映していた映画館が今もあり、もしかしたらそこにフィルムが残っているかもと聞いて、ジワンはその映画館を訪れる。
映画館は既に閉館されていたが、映写室には何巻かのフィルムが残っていた。だが探しても「女判事」のフィルムは見当たらなかった。落胆するジワン。
だが、ひょんな事から、目的のフィルムが見つかる。なんと帽子の飾りになっていた。
昨年公開の「ワン・セカンド 永遠の24フレーム」でも、フィルムが電気スタンドの飾りになっていたのを思い出す。
映画館の天井に開いた穴の下で、ジワンがフィルムを陽光にかざすシーンが印象的である。
ジワンはかき集めたフィルムをイ・オッキの下に持ち込み、一緒にフィルムの繋ぎ合わせ作業をするシーンも高揚感に溢れている。遂にジワンは目的を果たしたのだ。
イ・オッキの家にある映写機で一緒に映画を観るジワン。なんとカットシーンの中には、主人公の女判事が海辺でタバコを吸うシーンも含まれていた。女性がタバコを吸うのも忌避されていたわけだ。
ところで、見つかったフィルムはよく見ると35mmではなく16mmのようだ。検閲でカットされたのなら映画館の上映フィルムもカット版のはずだが、おそらくノーカットの16mm版も別にプリントされていた、という事なのだろう。それがたまたま映画館にあったというのは都合が良すぎる気もするが、映画の流れとして大目に見ておこう。
そしてフィルムを探す旅を通してジワンは、女性が働き難い、辛い時代の中でも、判事の職務を全うする女性を描く映画「女判事」を作ったホン・ジェウォン監督の孤独な闘いに胸打たれ、彼女自身も自分の人生を見つめ直すのである。
フィルムの修復作業が、ジワンの人生の回復作業のメタファーにもなっていると言える。
シン・スウォン監督インタビューによると、シン監督は2011年、韓国初の女性映画監督パク・ナモクと、2人目のホン・ウノンについてのテレビドキュメンタリーを手掛けたが、その過程でホン・ウノン監督の映画「女判事」の存在を知り、また2人と親交のあった当時80歳の女性編集者に出会った事が本作を作るきっかけとなる。
ドキュメンタリー撮影の最終日、その女性編集者はシン監督の手を強く握り、「最後まで映画監督として生き抜くように」と言ったそうだ。その手から伝わってくる熱い魂を感じた時、シン監督は「この人たちの物語を映画にしようと決意した」と語っている。いい話だ。
映画に登場するホン・ジェウォン監督は、そのホン・ウノン監督がモデルである。元編集者のイ・オッキもシン監督が出会った女性編集者がモデルのようだ。本作に出て来る「女判事」のシーンはホン・ウノン監督作品の映像をそのまま使っている。但し主人公がタバコを吸うシーンなどは新たに撮影したフィクションである。
本作の主人公ジワンは、シン監督自身がモデルに違いない。映画作りに迷いが生じかけた時に、映画「女判事」の存在を知って、その映画を監督した女性に触発されるように、自分の人生を見つめ直したジワンの思いはまさにシン・スウォン監督自身のこの映画にかける決意と重なっている。シン監督のお顔(右)もイ・ジョンウン扮するジワンとそっくりだ。
タイトルの「オマージュ」とは、女性監督ホン・ウノンや、編集者、女性判事などの、時代に抗い苦闘したすべての女性たちに寄せる、シン監督の思いを示している。
いい映画だった。女性監督だからこそ、過酷な時代を生きた女性の先駆者たちに寄せるシン監督の思いは格別のものがあり、それが映画の力にもなっている。
ジワンを演じたイ・ジョンウンは、「パラサイト 半地下の家族」でも高台の豪邸に暮らす社長一家の家政婦を絶妙に演じていたが、初めての主演となる本作でも素晴らしい名演技を見せている。今後も注目して行きたい。そして女性編集者を演じたイ・ジュシルがまたいい。苦労を重ねた老女の歴史が顔に刻まれている。彼女も主役の一人と言っていいだろう。
前述したように、これも 映画とフィルムに関する作品ではあるが、他とは一味違った心温まる作品として、映画ファンにはお奨めしておきたい。
(採点=★★★★☆)
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