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2023年3月10日 (金)

「エンパイア・オブ・ライト」

Empire-of-light 2022年・イギリス・アメリカ合作   115分
製作:サーチライト・ピクチャーズ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
原題:Empire of Light
監督:サム・メンデス
脚本:サム・メンデス
撮影:ロジャー・ディーキンス
音楽:トレント・レズナー、アティカス・ロス
製作:ピッパ・ハリス、サム・メンデス
製作総指揮:マイケル・レーマン、ジュリー・パスター

1980年代初頭のイギリスの映画館を舞台にしたヒューマン・ラブストーリー。監督は「1917 命をかけた伝令」のサム・メンデス。主演は「女王陛下のお気に入り」のオリビア・コールマン。共演は新鋭マイケル・ウォード、「英国王のスピーチ」のコリン・ファース、「裏切りのサーカス」のトビー・ジョーンズなど。

(物語)厳しい不況と社会不安に揺れる1980年代初頭のイギリス。南部の海辺の町、マーゲイトで地元の人々に愛されている映画館・エンパイア劇場でマネージャーとして働くヒラリー(オリヴィア・コールマン)は、辛い過去の経験から心に闇を抱えている。そんな彼女を、映画館の従業員たちは温かく見守っていた。ある日、大学で建築を学ぼうとしていたが道を阻まれた黒人青年スティーヴン(マイケル・ウォード)が、エンパイア劇場の新たなスタッフとして加わる。前向きに生きるスティーヴンとの交流を通して、ヒラリーは少しづつ生きる希望を見出して行くのだが…

この所娯楽アクションや、「1917 命をかけた伝令」などの大作を手掛けて来たサム・メンデス監督が、「最も個人的な思いのこもった作品」と語る小品力作を完成させた。脚本も初めて単独で書いたと言う。映画館が舞台というのも映画ファンの心をくすぐる。

製作したのは、つい先ごろ公開の「イニシェリン島の精霊」も作ったサーチライト・ピクチャーズ。この会社提供の作品に外れはない。

(以下ネタバレあり)

時代は1980年。厳しい不況と社会不安に揺れていたこの時代、映画館にも不況の波が押し寄せ、海辺沿いにある由緒ある映画館、エンパイア劇場も4スクリーンあったうちの上階の2つを閉鎖している。

残った2つの劇場の内装はなかなかゴージャスで階段も広く立派な造り。さすがエンパイア(帝国)劇場と名付けられるだけの事はある。“大英帝国”と言われていた時代の名残りか。

この劇場で統括マネージャーを任されているヒラリーは、一応仕事はテキパキ、きちんとこなしているが、心に闇を抱え、心療内科に通って抗うつ剤を処方してもらっている。そして支配人のエリス(コリン・ファース)からは性的な奉仕を強要されている。なかなか複雑な人物設定である。

ある日この劇場に黒人青年スティーヴンが新規雇用され、マネージャーのヒラリーは仕事のやり方を指導し、また劇場内を案内する。

ヒラリーが閉鎖された上階を案内した時、スティーヴンは怪我をした鳩を見つけ、優しく介抱する。
スティーブンは大学で建築を学ぼうとしていたが、さまざまな障害もあって夢を諦め、生活の為にこの劇場で働く事になった経緯などをヒラリーに語る。
心優しく、過酷な現実にあっても明るく前向きに生きているスティーヴンにヒラリーはいつしか心を寄せて行く。

心にを抱えたヒラリーにとって、スティーヴンは一筋のとなったようである。そして、二人は年の差、人種の壁を越えていつしか愛し合うようになる。

老練な映写技師・ノーマン(トビー・ジョーンズ)が、スティーヴンに映写の仕組みを教えるくだりがある。
映画はコマとコマの間をシャッターで暗闇にしているので滑らかに絵が動いているように見える。つまり映画の半分は暗闇なのだが観客は気付かないとノーマンは語る。

このメカニズムは最近の映画館に関する映画「浜の朝日の嘘つきどもと」「エンドロールのつづき」でも語られていたのを思い出す。
たまたま重なったとも言えるが、コロナ禍で映画館が閉鎖されたり、配信鑑賞が急増した経験を経て、映画作家たちが改めて映画館をなくしてならないという思いを強くしたのかも知れない(サム・メンデス監督もそのような事を言っている)。

同時にこの“闇と光”が、ヒラリーの心の内面の暗喩にもなっているのが秀逸。

二人が夜の屋上で花火を見上げるシーンも印象的だ。花火もまた、暗闇に踊る光の芸術とも言える。


物語は、ヒラリーがさまざまな出来事によって精神が不安定になり、劇場から姿を消したり、不況に抗議するデモの白人たちが黒人のスティーヴンを見つけ、暴行を加えたりの事件が起きたり、かと思うとヒラリーが劇場で「炎のランナー」プレミアム上映会という晴れの日に突然劇場に現れ、夫人の前でエリス支配人の不倫を暴露したりと、物語は緩急自在で、人種差別問題に斬り込んだり、笑えるシーンもあったりで最後まで飽きさせない。

終盤、ヒラリーが夜にタクシーを飛ばして劇場に向かい、仕事が終わって帰ろうとしていたノーマンに「お願い、何でもいいから映画を観せて」と懇願する。
たった一人の観客となったヒラリーにノーマンが観せてくれたのが、ピーター・セラーズ主演の「チャンス」(79年・ハル・アシュビー監督)。
純真無垢な庭師があれよあれよと言う間に大統領にまでなってしまう、心がほっこり洗われるコメディの秀作である。心に闇を抱えるヒラリーには癒しになる。ノーマン絶妙のチョイスである。

実はヒラリーは映画館に勤めているにも関わらず、マネージャーとしての業務に追われて、ちゃんと映画館で座席に座って映画を観た事がなかった。
画面を食い入るように眺め、感動するヒラリー。恐らく彼女は、映画の素晴らしさを初めて実感した事だろう。

彼女の、その姿を見て我々は改めて思う。映画って、こんなに人の心を豊かにし、感動を与えてくれる素晴らしいアートであり、エンタティンメントであるのだ。そして映画はやはり外界と遮断された、大スクリーンの、映画館の暗闇の中でこそ鑑賞するものだと。

これが、サム・メンデス監督が本作で言いたかった事なのだろう。それに私は感動した。

スティーヴンは大学に入る事が出来、エンパイア劇場を去って行く。また一人になってしまったヒラリーだが、映画館にはノーマンをはじめ、心を許せる仲間も大勢いるし、何より、映画という、素晴らしき友を得たのだ。ヒラリーにとっての、心が平穏な日々が続く事を願いたい。


やや話が広げ過ぎの感もなくもないが、役者それぞれの熱演、軽妙な演技も相まって最後まで楽しく観られた。特にオリヴィア・コールマン、いつもながらの名演技はさすがである。スティーヴンを演じたマイケル・ウォードも好演。そして映写技師ノーマンを演じたトビー・ジョーンズが飄々とした中に人生の重みを感じさせる巧演。スティーヴンに映写の仕組みを教えたり、ヒラリーに的確なアドバイスをしたり、なかなか重要な役柄である。映写室内には昔懐かしい映画スターのピンナップが所狭しと飾られていたりもする。こういう人物を配する事によって、映画はグンと厚みを増すのである。

映画館主義の人には特にお奨めの、珠玉の秀作である。出来るなら、いや是非、これは映画館で観て欲しいと願う。 
(採点=★★★★☆

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(付記)
コリン・ファース、オリヴィア・コールマン扮するヒラリーにセクハラを働く嫌な支配人を怪演しているが、よく考えたらファースとコールマン、それぞれかつて英国王(英国王のスピーチ)と女王陛下(女王陛下のお気に入り)を演じていた。考えたら凄いキャスティングだ(笑)。

 

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コメント

 素晴らしい映画でした。コールマンが可愛くなっていくのは、演技と映像のマジックでしょうか。あの映画館は、実際に行ってみたい建物です。ジョーンズの映画ファースが演じた人物としては、過去最悪クラスでしょうね。

投稿: 自称歴史家 | 2023年3月11日 (土) 06:34

 失礼しました。文章が切れてました。
「ジョーンズの映写技師が泣かせます。ファースの演じた人物としては、今回の支配人は過去最悪クラスでしょうね」
 でした。

投稿: 自称歴史家 | 2023年3月11日 (土) 06:42

◆自称歴史家さん
オリヴィア・コールマン、本当にうまい役者ですね。劇場で映画「チャンス」を観る時の表情の変化なんて絶品です。コリン・ファース、こういうゲスな役は珍しいですが、ちゃんと作品にハマってましたね。
なおあの映画館はマーゲイトに実在するDreamland Cinemaという映画館でロケされたとの事です。写真みつけました。↓
https://modernisttourists.com/2017/12/21/dreamland-cinema-margate-england-1935/
本当に、行ってみたいですね。

投稿: Kei(管理人 ) | 2023年3月12日 (日) 17:47

 管理人様 
映画館の写真ありがとうございます。良い画像ですね。行きたくなります。

投稿: 自称歴史家 | 2023年3月13日 (月) 16:16

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