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2023年3月 3日 (金)

「銀平町シネマブルース」

Ginpeichoucinemablues 2022年・日本   99分
製作:クロックワークス=SPOTTED PRODUCTIONS
配給:SPOTTED PRODUCTIONS
監督:城定秀夫
脚本:いまおかしんじ
企画:直井卓俊
撮影:渡邊雅紀
音楽:黒田卓也
エグゼクティブプロデューサー:谷川寛人
プロデューサー:久保和明、 秋山智則

ある地方都市の小さな映画館を舞台に、そこに集まる人たちの人間模様を描いた群像劇。監督は「アルプススタンドのはしの方」「愛なのに」の城定秀夫。主演は「愚行録」の小出恵介。共演は「大コメ騒動」の吹越満、「罪の声」の宇野祥平、「朝が来る」の浅田美代子、「永遠の1分。」の渡辺裕之など。

(物語)元映画監督だったが今は一文無しの近藤(小出恵介)が、かつて青春時代を過ごした町・銀平町に帰って来た。ひょんなことから映画好きのホームレスの佐藤(宇野祥平)や、商店街の一角にある映画館「銀平スカラ座」の支配人・梶原(吹越満)と出会い、銀平スカラ座でアルバイトをする事になる。同僚のスタッフや老練の映写技師・谷口(渡辺裕之)、売れない役者、ミュージシャン、そして映画に夢見る中学生ら個性豊かな常連客たちとの出会いを通じて、近藤は映画を作っていた頃の自分と向き合い始める…。

最近監督作品が立て続けに公開されている売れっ子・城定秀夫が監督で、脚本が「れいこいるか」などのいまおかしんじ。このコンビで物語はつぶれかけた映画館に集う映画好きの人たちの出会いと交流を描く…と聞けば、もう映画ファンなら飛んで観に行きたくなる。

それにしてもこの所、「エンドロールのつづき」「エンパイア・オブ・ライト」に本作と、“映画館を舞台にした映画にまつわる映画”が連続して公開されているのは偶然だろうが面白い。

(以下ネタバレあり)

舞台となるのは、架空の町・銀平町にあるミニシアター「銀平スカラ座」。埼玉県川越にある「川越スカラ座」を借りて撮影されたそうだ。

主人公・近藤はかつて青春時代をこの町で過ごしたが、今は一文無しで泊まる所もない。友人を頼って銀平町に帰って来たが無理だと断られる。途方に暮れている時に出会ったのが映画大好きのホームレス・佐藤と「銀平スカラ座」の支配人・梶原。
梶原は住む所のない近藤の様子を見かねて銀平スカラ座の空き部屋をあてがい、アルバイトとして雇う事にする。経営不振で従業員の給料も遅配しているというのに。人のいい支配人だ。

Ginpeichoucinemablues3

スカラ座で上映しているのが「カサブランカ」「第三の男」というのがいかにも名画座らしい。ただ地方都市の映画館で上映しても、客が入りそうもない番組だが。
劇場内の壁には「風と共に去りぬ」「勝手にしやがれ」「危険な関係」「ローマの休日」「荒野の七人」等の映画史に残る名作のポスターが貼られている。これらを眺めるだけでも映画ファンにとっては楽しい。

佐藤は「生涯のベストワンは『カサブランカ』だ」と言う。金はなくても月に2本は映画を観たいと言い、「映画を観終わったら、両掌を合わせて感謝するのが映画に対する礼儀だ」とも言う。本当に、根っからの映画ファンである。さすがに私は終わって合掌したりはしないが(笑)。

物語が進むにつれて、近藤の過去も明らかになって来る。かつてはホラー映画を撮っていた映画監督だったが、彼の下で働いていて親しかった助監督が自殺し、そのショックから立ち直れず映画が撮れなくなり、借金に妻との離婚も重なる等、どん底生活の末故郷に戻って来たという訳だ。パソコンには撮影したが未編集の素材が残ったままだ。

映画はこうして、潰れかけた映画館を立て直す話と、近藤が周囲の善意と励ましに支えられて、映画監督として再起するという2つの話が並行して語られて行く。

どちらの物語もそれぞれよくあるパターンだが、この2つを1本の映画の中で描くというのはあまり聞いた事がない。スカラ座に集う生粋の映画ファンたちも登場させたり、さらには貧困ビジネスの話も出て来たりと、ちょっと欲張りと言うか詰め込み過ぎで、案の定テーマが分散され、やや散漫な出来になっている。

最後は、存続の危機にある映画館の起死回生の手段として、劇場創立60周年記念イベントを企画し、その経緯の中で近藤の未完成の映画を完成させ、記念行事の一環としてそれを上映しようという話になって行く。近藤もスカラ座再建に役立つなら、そして亡き友に捧げる為にもと思い、必死に編集作業を行い、ついに近藤監督作品がスカラ座で上映される事となり、町中の応援を受けてイベントは満員の観客を得て大成功となる。

映画館再建と、近藤の再起、両方が叶うわけで、これはいくらなんでもご都合主義である。近藤のホラー映画(タイトルは「はらわた工場の夜」)を観たい観客がそんなにいる訳がない。夢に溢れた理屈抜きに楽しい映画が完成したならともかくも。

細かい事を言うなら、撮影済の素材があるとは言え、監督一人で編集、仕上げまでやるのは難しい。学生が作るアマチュア映画じゃないんだから。


…とまあ厳しい事を書いたが、後で考えるに、これは作者たちがご都合主義を承知の上で、敢えて寓話として描いたのではないだろうか。

映画の完成までには音楽や効果音等、ポストプロダクションに相当のスタッフが必要なのだが、ベテラン城定監督がそんな事を知らないはずがない。マイナーな映画を上映して、それで映画館に客が戻って来るはずもない。…それでも映画作家は映画を作ろうとするし、映画館経営者は経営が苦しくても必死で頑張っている。

これは、映画作りの夢、映画館経営者の夢、映画ファンの見果てぬ夢…それらがすべて網羅された寓話なのではないだろうか。そう考えれば腑に落ちる。

映画が終わった後、佐藤がスカラ座の最前列の席で合掌したまま死んでいたのも、映画ファンの究極の願望だと言える。映画を観ながら死ねたら本望だろう。

そう考えたら、いろいろアラやツッ込みどころなどもあって秀作とは言えないけれど、映画ファンにとってはなんとも愛おしくなって来る作品である。

細かい所は目を瞑って、近藤、佐藤、梶原らの夢を信じてあげよう。そう思って観るのが正解なのかも知れない。

なお昨年亡くなった渡辺裕之が老練の映写技師を演じているが、迷っている近藤を励まし、ダンスに誘うシーンが印象的だった。映画好きの中学生に「坊主、映画好きか?」と聞くシーンにもジンと来た。エンドロールで渡辺に追悼の意を示す字幕がさりげなく出ていたのも良かった。ある意味では、渡辺裕之追悼映画にもなっていた気がする。 
(採点=★★★★

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(付記)
映画の撮影に使われた埼玉県の川越スカラ座は、戦前からの長い歴史のある映画館で、上映しているラインナップを見たら地味なミニシアター向け作品やポール・ニューマン特集など、なかなかユニークな番組を組んでいる。とは言え地方都市では経営はかなり厳しいのではないか。2007年には一度閉館した事もあったようだ。本作はそんな川越スカラ座を応援する映画にもなっている気がする。近くの映画ファンは是非足を運んで欲しいと思う。(劇場HPはこちら)。

 

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コメント

 ある種のゆるさも許せる出来だと思います。まったりと楽しめば良いのではないでしょうか。

投稿: 自称歴史家 | 2023年3月 6日 (月) 18:36

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