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2023年4月16日 (日)

「ザ・ホエール」

Thewhale 2022年・アメリカ   117分
製作:A24=Protozoa Pictures
配給:キノフィルムズ
原題:The Whale
監督:ダーレン・アロノフスキー
原作:サム・D・ハンター
脚本:サム・D・ハンター
撮影:マシュー・リバティーク
音楽:ロブ・シモンセン
製作:ダーレン・アロノフスキー、 アリ・ハンデル、 ジェレミー・ドーソン
製作総指揮:スコット・フランクリン、 タイソン・ビドナー

劇作家サム・D・ハンターによる舞台劇を元に、過食症で健康を損ない死期の迫った男が娘との絆を取り戻そうとする姿を描くヒューマンドラマ。監督は「レスラー」「ブラック・スワン」のダーレン・アロノフスキー。主演は「ハムナプトラ」シリーズのブレンダン・フレイザー。共演はドラマ「ストレンジャー・シングス」のセイディー・シンク、「ザ・メニュー」のホン・チャウなど。第95回アカデミー賞ではフレイザーが主演男優賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞とあわせて2部門を受賞した。

(物語)40代のチャーリー(ブレンダン・フレイザー)は、同性の恋人アランを亡くして以来、現実逃避から過食状態になり、超肥満体となって健康を害してしまった。アランの妹で唯一の親友でもある看護師のリズ(ホン・チャウ)に助けてもらいながら、オンライン授業の講師として生計を立てているが、心不全の症状が悪化し、命の危険に及んでも病院に行くことを拒否し続けている。自身の死期が近いことを悟った彼は、8年前にアランと暮らすために家庭を捨ててから疎遠になっていた娘エリー(セイディー・シンク)との絆を取り戻そうと試みるが、彼女は学校生活や家庭に多くの問題を抱えていた…。

プライベートな問題で最近映画界から遠ざかっていたブレンダン・フレイザーが、特殊メイクで272キロの巨体の男に扮し、見事アカデミー主演男優賞を受賞した事で話題の作品。

監督が「レスラー」(2008)で、人気が凋落して忘れられた存在だったミックー・ロークを見事復活させたダーレン・アロノフスキーという点にも注目。ミッキー・ロークもこれで(受賞こそならなかったが)アカデミー主演男優賞にノミネートされた。忘れ去られかけた俳優を再生・復活させるのが得意な監督と言えよう。

(以下ネタバレあり)

主人公チャーリーは、かつては結婚し、妻と娘と3人家族で幸せに暮らしていた時期もあった。

しかしアランという恋人が出来て、娘のエリーが8歳の時に家族を捨ててアランの元に走ってしまった。ところがアランが自死してしまい、ショックを受けたチャーリーは過食を繰り返して体重は200キロを超え、歩行器の補助がなければ動く事も出来ない。
心不全の症状が悪化し、治療を受けなければ死んでしまうかもと言われても、頑なに病院へ行く事を拒み続ける。

物語は、死期が迫ったチャーリーの、月曜から金曜までの、最期の5日間の行動を追って行く。カメラは、一部を除いてほとんど彼の部屋から出て行く事はない。

登場人物も、チャーリーと、彼の世話をする看護師のリズ、時たま訪れる新興宗教ニューライフの宣教師トーマス(タイ・シンプキンズ)、別れた妻のメアリー(サマンサ・モートン)、娘のエリー、ほぼこの5人だけである。

しかしアロノフスキー監督の引き締まった演出、フレイザーの鬼気迫る熱演、その他の登場人物の好演も併せて実に見ごたえある力作となっている。

冒頭からしばらくは、チャーリーの何とも不摂生で自堕落で、破滅的な日常を容赦なく描く。心臓の病を抱えているのにゲイのポルノビデオを見て興奮し、心臓発作を起こしかけるが、たまたま訪れた宣教師のトーマスに救われる。また動けないほど太ってるのに、性懲りもなく毎日のようにデリバリーのピザを宅配させてはむしゃぶりつく。それを喉に詰まらせて窒息しかけたり。この時もリズが訪れて事なきを得る。困ったものだ。…と言うより、ほとんど死に急いでいるようにしか見えない。あるいは、死期が近い事を悟っていて、死ぬ前にやりたい事をやっておこうとの心境か。

そのチャーリーの、唯一つの心残りが、8年前に別れ、今は16歳となった娘エリーである。彼は何とか和解しようと模索する。それは娘に対する贖罪の意識から来るものだろう。

だがエリーは家族を捨てた父親への不信から、8年経った今も父を許そうとはしない。学校では問題を起こしてばかり。元妻のメアリーも、「あの子は邪悪」とまで言う。とても修復出来そうにない。

それでも、一縷の希望はある。エリーが書いた、メルヴィル原作の「白鯨」の感想文である。

実は冒頭で心臓発作を起こしかけた時、トーマスに「読んでくれ」と渡したのがこの感想文である。これを読むと、何故かチャーリーは心の安らぎを感じる。こんな文章が書けるエリーは決して邪悪ではない、内心は心優しい娘だと確信している。

最期の5日目、エリーと向き合ったチャーリーは、この感想文を媒介として自分の思いをぶつける。この終盤のクライマックスは圧巻である。

それまで、歩行器や車椅子なしでは歩く事も、立ち上がる事さえ出来なかったチャーリーが、苦痛に耐えながら自分の足で立ち上がるシーンは感動的だ。
その父の姿を見て、きっとエリーも、それまでのわだかまりが解けた事だろう。泣けた。

ここでチャーリーの身体が、一瞬光に包まれ浮き上がるシーンがある。不思議なシーンだが、思えば「レスラー」でもミッキー・ローク扮するランディがラストで、心臓の痛みに堪え、コーナーポストからジャンプするシーンで映画は終わっていた。
私はこのシーンは、ランディが死んで天使となった事を象徴しているのではと書いたが、そう考えれば本作のこのシーンも、チャーリーが死んで昇天した事を暗示しているのかも知れない。
思えば、「レスラー」のランディも、疎遠だった娘との関係を修復しようとしていた。両作品には何かと似た所が多い気がする。

そういう意味でも、本作はまさしくダーレン・アロノフスキーの世界そのものだと言えよう。

撮影の都度、毎日45キロのファットスーツを着込み、4時間かけて特殊メイクをほどこす苦行に耐え、チャーリー役を完璧に演じ切ったブレンダン・フレイザーの熱演には敬服せざるを得ない。どう見ても、とても特殊メイクとは思えないほどの自然な体躯にも感心する。アカデミー賞で主演男優賞とメイクアップ&ヘアスタイリング賞の2部門を受賞したのも納得である。


本作を要約すれば、病気の悪化で死期の迫った男が、残された時間をどう生きるか悩みぬいた末に、生きた証しを残そうとする話、と言えそうだが、これ、つい先日観たイギリス映画「生きる LIVING」とテーマ的にそっくりである。スクリーン・サイズまで、本作はスタンダード・サイズ(1:1.37)、「生きる LIVING」もスタンダードに近いサイズと共通点がある(冒頭タイトル部分は完全なスタンダード・サイズ)。

両作品がほぼ同時期に公開されているのも、何かの縁だろう。優れた人間ドラマの秀作であるこの2本、見比べてみるのも面白い。 
(採点=★★★★☆

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(付記)
Godsandmonsters 「ハムナプトラ」シリーズなどで、アクション・スターだと思われているフレイザーだが、実は出世作は1998年製作の隠れた秀作「ゴッド・アンド・モンスター」(ビル・コンドン監督)である。この作品でフレイザーは、イアン・マッケラン演じる引退した伝説の映画監督に庭師として雇われた男ブーン役を演じている。その監督はゲイで死にたがっており、ブーンと一緒に暮らすうち、次第にブーンに好意を寄せ、ブーンも最初はその性癖に嫌悪しながらも魅かれて行くという難しい役柄をフレイザーは好演している。

この作品は世界各国でも絶賛され、多くの映画賞を受賞した他、同年のアカデミー賞でも監督のビル・コンドンが脚色賞を受賞し、これで認められたコンドンは以後「ドリーム・ガールズ」「美女と野獣」等を監督して一流監督となって行く。フレイザーもこの作品での好演で役者として大きく飛躍した。

死が迫っているゲイの男が主人公という点も本作と似ているが、その伝説の監督の名前がジェームズ・ホエール「フランケンシュタイン」「透明人間」等で知られる怪奇映画の名匠)とは、偶然にしても出来過ぎている。

観ている人は少ないだろうが、なかなかの力作で一見の価値はある。私は当時レイトショーで観て大変感動した。機会があれば是非、特にフレイザー・ファンにはお奨めである。

 

DVD「ゴッド・アンド・モンスター」

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コメント

「レスラー」は、心を揺さぶられました。「ブラック・スワン」は、ナタリー・ポートマンが酷い目にあうのを、見たくない(笑)のでスルー。で本作、もともと舞台劇なのに映像でも引き込まれるのは、監督の才能か?見ている内に、こちらの体調も悪くなってきます。気性の激しい娘と和解して、あの世に行ったらしいのはハッピーエンドかも。レスラーは、娘にも見捨てられたような気がします。

投稿: 自称歴史家 | 2023年4月17日 (月) 19:06

◆自称歴史家さん
「ブラック・スワン」も是非見てください。傑作です。
「レスラー」と本作を合わせ、アロノフスキー監督の“肉体を極限まで痛めつける主人公”三部作(笑)と言えるかも知れません。

投稿: Kei(管理人 ) | 2023年4月20日 (木) 15:46

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