「パリタクシー」
2022年・フランス 91分
製作:Pathe Films=TF1 Films=CANAL
配給:松竹
原題:Une belle course
監督:クリスチャン・カリオン
脚本:シリル・ジェリー、クリスチャン・カリオン
撮影:ピエール・コットロー
音楽:フィリップ・ロンビ
製作:ロール・イルマン、クリスチャン・カリオン
パリのタクシー運転手が乗せた高齢女性との交流を通して、それぞれの人生に変化をもたらして行くヒューマンドラマ。脚本・監督は「戦場のアリア」のクリスチャン・カリオン。出演はフランスの国民的シャンソン歌手で「女はみんな生きている」にも出演のリーヌ・ルノー、「バツイチは恋のはじまり」のダニー・ブーン。
(物語)パリのタクシー運転手シャルル(ダニー・ブーン)は、人生最大の危機を迎えていた。金なし、休みなし、免停寸前、このままでは最愛の家族にも会わせる顔がない。そんな彼の前に、あるマダムをパリの反対側まで送るという仕事が舞い込む。92歳のマダムの名はマドレーヌ(リーヌ・ルノー)。目的地は終活の為の老人ホームだったが、途中彼女はシャルルに次々と寄り道をしてくれと依頼し、寄り道をする度、マドレーヌは彼女の秘められた過去をシャルルに語りかける。やがて単純だったはずのドライブは、いつしか2人の人生を大きく動かして行く事に…。
監督も出演者にも馴染みがないが、評判がいいので観る事に。
これはなかなか良かった。心温まるヒューマンドラマの佳作だった。
(以下ネタバレあり)
主人公の一人、シャルルはタクシー運転手だが、生活は苦しく、車のリース料も支払わなければならず、借金も抱え、必死で働くも焦って交通違反を繰り返し、残りは2ポイント、次に違反すれば即免停という絶対のピンチにある。
そういう不満や苛立ちが無意識に態度に現れるのか、客に対しても無口で不愛想。それでは客も逃げるだろう。まさに悪循環だ。
そんなどん詰まりのシャルルの前にある日、パリの反対側まで送って欲しいとの依頼が舞い込む。指定された家の前に着き、チャイムを押すが誰も出ず、クラクションを鳴らすと道路の反対側にいた老婦人が「近所迷惑よ」と声をかける。彼女が依頼主だった。
こうして、タクシー運転手シャルルと、マドレーヌと自己紹介した依頼主との短い旅が始まる事となる。
シャルルはいつものように無口だが、マドレーヌは話好きのようで、訊かれもしないのに何かとシャルルに話しかける。年齢は92歳で、家を処分してこれから入居する介護施設に向かうのだと言う。目的地までは直線距離で約20キロだ。
そしてマドレーヌはシャルルに、悪いがちょっと寄り道して欲しいと頼む。
距離が延びれば運賃も上がるのでシャルルは快く引き受ける。だがその寄り道先は1ヵ所だけではなかった。それらは、彼女の人生における思い出の場所だったのだ。
マドレーヌは、寄り道の都度、自身の思い出、秘められた過去をシャルルに語りかける。その人生は、想像を絶するほどの過酷なものだった。
要約すれば、父は第二次大戦のさ中にナチスに殺され、戦後は駐留アメリカ兵と恋に落ちるが彼はその後帰国、お腹にいた子供は私生児に。
働きながら息子を育て、その後再婚した夫は子供にも妻にも手を上げるDV男で、我慢出来ずに夫に報復、その罪で禁固25年の刑で服役…。
現在92歳、という事は終戦当時は17~8歳か。つまりは、マドレーヌが語る過去は、戦後の女性史、でもあるわけだ。
駐留米兵の子を産む、という話は敗戦直後の日本でもよくあった事。他人事とは思えない。
1950年代はまだまだ男尊女卑の風潮は根強く、夫の暴力にも我慢せざるを得ない女性は多くいただろう。裁判でも、陪審員は男ばかり。
マドレーヌの夫に対する報復はちょっとやり過ぎかも知れないが、同情の余地はある。なのに25年の禁固刑は厳し過ぎるが、女性の権利など今とは比べ物にならないほど低かった当時ではこれが普通だったのだろう。
模範囚だった事もあって13年で出所出来たが、成長した息子は報道カメラマンになっており、折しもベトナム戦争の真っ最中で息子はベトナムに行き、戦死…。
犯罪者の子、というレッテルを貼られた息子の人生も辛かった事だろう。母との間にもわだかまりがあったはずで、それもあって母の元を去ってベトナムに向かったと想像出来る。
回想で描かれるマドレーヌの人生はなんともやりきれない。それでも、今の彼女は、そんな辛い生涯を送ったとは思えないほど穏やかで慈愛に満ちた表情に見える。
そんなマドレーヌに同行し、彼女の思い出の地を巡るうちに、シャルルの表情・態度にも変化が見えて来る。顔も穏やかになり、マドレーヌへの親近感が湧いて来て、二人の距離は徐々に縮まって行く。
笑えたり、微笑ましくなるエピソードもうまく配置されている。シャルルがうっかり赤信号を見落とし、警察官に呼び止められるくだりは、これで免停確実とハラハラさせられるが、ここをマドレーヌの機転と演技でうまく切り抜けるシーンは笑える。
窮地を救ってくれたお礼にと、シャルルがレストランでの食事に誘うシーンも、心安らぐ名シーンだ。今ではシャルルは、少しでもマドレーヌと過ごす時間を長く持ちたいとさえ思っているようだ。
そして夜遅く、ようやく目的地の介護施設に到着する。「まだ料金を払っていない」と言うマドレーヌにシャルルは、「また今度会った時に」と受け取らない。
恐らくシャルルは、近いうちにでも施設に入居のマドレーヌに会いに行くつもりなのだろう。
マドレーヌと出会ったおかげで、シャルルの心境にも大きな変化が訪れる。不満ばかり言っていた自分の人生を見つめ直し、優しい心を持って強く生きて行く事の大切さをマドレーヌから学ぶ事が出来た、その事に何より感謝したい気持ちなのだろう。
だが、数日後に施設を訪れると、悲しい知らせが待っていた…。
ここから後は書かない。悲しいけれど、心温まる感動の物語に泣けた。
エンドロールの、マドレーヌが初めて恋した男とのダンス・シーンにも泣けた。それは彼女の人生でいちばん輝いていた、至福の時だから。
いい映画だった。
マドレーヌ役のリーヌ・ルノーは、現在94歳だが、とてもそんな歳に見えないほどふくよかで威厳すら感じさせる堂々たる名演。シャルル役のダニー・ブーンはフランスで国民的人気を誇るコメディアンだそうで、こちらも巧演。この二人の名演技を見てるだけでも楽しく、いい気分にさせてくれる。
タクシーで巡るパリの街並みもとても美しい。エッフェル塔、シャンゼリゼ通り、凱旋門等の名所から、狭い通りの下町まで。これも見どころだ。
途中で何度か流れる、"On the sunny side of the street"をはじめとするアメリカン・ジャズ・スタンダードの名曲も効果的。
上映時間が91分と短いのもいい。濃密な時間を過ごす事が出来た。
運転手と老婦人の、ドライブを通しての心の交流と友情というお話は名作「ドライビング・MISS・デイジー」を思い起こさせるが、あちらが25年にも亙る長い物語であるのに対し、こちらは僅か半日の物語。それでも感動に変わりはない。
決して傑作、秀作と呼べるほどの作品ではないけれど、いかにもフランス映画らしい、笑えて泣けて、爽やかな気分で劇場を後に出来る、ウエルメイドな佳作である。
(採点=★★★★)
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コメント
迷っていたのですが、GWにでも見てみるかな。
投稿: きさ | 2023年4月27日 (木) 09:42
昨日見ました。いい映画でした。
ほぼ二人芝居だから、二人が魅力的でないと見ていられませんね。
二人とも良かったですが、94才のリーヌ・ルノーが素晴らしかったです。
投稿: きさ | 2023年5月 1日 (月) 13:44
◆きささん
リーヌ・ルノーは良かったですね。日本でリメイクするとしたら、マドレーヌ役は草笛光子さんがピッタリだと思います。
投稿: Kei(管理人 ) | 2023年5月 2日 (火) 21:22