「EO イーオー」
2022年・ポーランド・イタリア合作 88分
製作:Skopia Film=Alien Films 他
配給:ファインフィルムズ
原題:EO
監督:イエジー・スコリモフスキ
脚本:エバ・ピアスコフスカ、イエジー・スコリモフスキ
撮影:ミハウ・ディメク
音楽:パベウ・ミキェティン
製作:エバ・ピアスコフスカ
一頭のロバの目を通して、人間のおかしさと愚かさを描き出した寓話的ドラマ。監督は「イレブン・ミニッツ」のポーランドの巨匠イエジー・スコリモフスキ。出演は「脱走王ナイムロ」のサンドラ・ジマルスカ、「ザ・キャビン 監禁デスゲーム」のロレンツォ・ズルゾロ、「エル ELLE」のイザベル・ユペールなど。2022年・第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で審査員賞を受賞。第95回アカデミー国際長編映画賞ノミネート。
(物語)愁いを帯びた瞳と溢れる好奇心を持つ灰色のロバのEOは、心優しい女性カサンドラ(サンドラ・ジマルスカ)と共にサーカス団で幸せに暮らしていた。だがある日、サーカス団が動物愛護団体から動物虐待と糾弾された事でEOはサーカスを追い出され、ある家で飼われる事に。一度だけ会いに来たカサンドラを負って逃げ出したEOは、その後ポーランドからイタリアへと放浪の旅を続ける。その道中で遭遇したサッカーチームや若いイタリア人司祭(ロレンツォ・ズルゾロ)、伯爵未亡人(イザベル・ユペール)らさまざまな善人や悪人との出会いを通し、EOは人間社会の温かさや不条理さを経験して行く。
イエジー・スコリモフスキ監督は、”ポーランドの巨匠”と言われているが、同じポーランドの巨匠と呼ばれるアンジェイ・ワイダ、ロマン・ポランスキーらが映画史に残る名作・話題作(前者は「灰とダイヤモンド」「大理石の男」etc.後者は「ローズマリーの赤ちゃん」「戦場のピアニスト」etc.)を残しているのに較べ、スコリモフスキ監督は寡作で日本未公開作も多く、あまり知られた存在ではなかった。1991年以降は監督としては休業状態で、2008年、17年ぶりに監督した「アンナと過ごした4日間」がキネマ旬報ベストテンの7位に入り、ようやく名が知られるようになった。
で、私はこの監督の、1972年に公開された「早春」を観ている。年上の女性に憧れる少年の切ない思いを描いた青春映画の傑作だった。いびつな愛と言ってもいい。70歳で撮った前記「アンナと過ごした4日間」でも、「早春」にも似た片想いの恋を描いているが、70歳と思えない瑞々しい感性には唸らされた。私にとって気になる監督の一人である。
そして今年、「イレブン・ミニッツ」(2015)以来7年ぶりの監督作「EO イーオー」が公開された。御年85歳!ちなみに「イレブン・ミニッツ」もキネ旬8位にランクインしている。老境に至ってからの方が精力的な活動が目立つというのが凄い。
(以下ネタバレあり)
冒頭の、赤い照明が点滅するサーカスの舞台で、カサンドラとEOの演技が行われているシーンからして強烈な印象を残す。“赤い色”は「早春」で、プールに滴り落ちる赤いペンキなど、スコリモフスキ作品ではいつも印象的な使われ方をしている。ポスターも全面赤く彩られている。
この後も、何度か赤い画面が登場する。
ある時、動物愛護団体が、サーカスは動物を虐待していると抗議し、サーカス団は興行を続けることが出来なくなり、EOはカサンドラと離れ離れとなり一軒の家で飼われる事になる。
サーカスでカサンドラと一緒に暮らしていた時の方がEOにとっては幸せなはずなのに、“動物愛護”という人間側の自分勝手な活動で却って不幸な目に会うという皮肉。
カサンドラはある夜、EOの元を訪れるが、恋人と暮らし始めた彼女は、多分最後の別れを告げに来たのだろう。彼女にだって新しい人生を選択する権利はある。
去って行くカサンドラを追ってEOは柵を破って脱走する。だがもう彼女の姿は見えない
こうしてEOの、受難と放浪の旅が始まる事となる。
トボトボと夜道を歩いたり、草原を走ったり、農家の子供たちと交流したり、サッカー場に紛れ込んで、勝ったチームから勝利の貢献者にさせられ、その事で祝賀会に乱入した負けたチームから暴行を加えられ瀕死の傷を負ったり、回復してまた逃げ出して、捕らえられ屠殺場に向かう車に乗せられたり…。まさに受難である。
そして、どんな時もEOは、愁いを帯びた眼差しでその光景を見ているだけである。アップで撮られたEOの大きな目がとても印象的である。
車に乗せられたEOが、窓の外を車と並行して走る馬の群れを眺めるシーンをワンカットで捉えた映像も素晴らしい。捕らえられ自由のないEOと、自由に躍動する馬の群れとの対比が強調される名シーンである。
さらに素晴らしいのは、強烈な映像表現である。前述の何度か登場する赤いイメージ・ショット、EOが森をさまようシーンで、人間たちが振り回す緑色のレーザー光線など、EOの不安な心象を代弁する形で色彩が効果的に使われている。
後半、次々に登場する強い印象を残す映像も忘れ難い。ドローンで撮ったと思しい、小川を低空飛行で撮った長い移動シーンはシュールで幻想的だし、水が凄い勢いで流れ落ちるダムの前に架かるアーチ型の橋をEOが通り過ぎるシーンも、絵画的とも言える美しさだ。
森の風景も含めて、これらの映像は、大自然の雄大さ、美しさを強く印象付けている。
それらに比べて、人間たちと来たら身勝手な考えを押し付けたり、つまらない事で喧嘩したり、突然人を殺したり、家族間でいがみ合ったり(イザベル・ユペールが短いシーンながら巧演)、全くろくでもない愚行を繰り返している。
人間とは、なんと愚かな生き物である事か。ロバのEOの目を通して、スコリモフスキ監督はこんな人間たちを鋭く批判しているのである。
ラストは、屠殺場に送られる牛の群れに紛れ込んでしまったEOの姿を捉えて、映画は終わる。EOのその後の運命を暗示するエンディングが悲しい。
観終わって、深く考えさせられる映画である。
“動物愛護”で始まった映画が、動物を食肉として加工するシーンで終わる、なんたる皮肉。屠殺・食肉をスルーして動物愛護もないだろう。
人間のエゴ、身勝手さ、理不尽さを皮肉を交え、鮮烈な映像美を駆使して描き切った見事な力作である。84歳でこんな映画を作り上げたスコリモフスキ監督、敬服するしかない。
EO役のロバは、6頭が交代で演じているそうだ。どのロバも素晴らしい名演技。動物演技賞があれば差し上げたい。
ロバと言えば、今年2月公開のマーティン・マクドナー監督の「イニシェリン島の精霊」でもロバが重要な役割を果たしていた。今年はロバ映画の当たり年だ(笑)。 (採点=★★★★☆)
(さて、お楽しみはココからだ)
「EO」という題名、普通に読めば“イオ”、又は“エオ”だが、「イーオー」とアルファベット読みの副題が付いている。だとすれば何かの頭文字だろうか。
それで思い出すのがスピルバーグ監督の「E.T.」である。あちらも「イーティー」とアルファベット読みだ。
実は「E.T.」にも、仲間とはぐれ一人ぼっちになったE.T.が人間に追われ、森の中を彷徨うシーンが登場する。この作品でも、弱い生き物を捕らえようとする人間(大人)のエゴが強調されている。
で、その森の中でE.T.を探す人間たちが懐中電灯を振り回すシーンがあるのだが、霧に反射する細い光の線が、まるでレーザー光線のように見えたりもする。
本作の、緑のレーザー光線が森の中で揺れ動くシーンは、もしかしたら「E.T.」におけるこのシーンへのオマージュではないだろうか。
題名の「EO」もひょっとしたら「E.T. OTHER」(もう一つのE.T.)という意味ではないだろうか。いやこれは冗談(笑)。
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