「神阪四郎の犯罪」 (1956) (VOD)
(物語)三景書房の編集長神阪四郎(森繁久彌)は、関係のあった女、梅原千代(左幸子)を心中を装って殺害した罪で起訴される。裁判には評論家・今村徹雄(滝沢修)、編集部員永井さち子(高田敏江)、歌手の戸川智子(轟夕起子)、神阪の妻・雅子(新珠三千代)の4人が証人として出廷したが、証言は少しづつ食い違う。果たして真実はどこにあるのか…。
連休中はコミックやゲームのアニメ化作品や漫画のハリウッド実写化作品、テレビドラマの劇場版などがスクリーンを占拠し、観たい作品がほとんどない。たまにあれば劇場が遠かったり時間が遅かったり。仕方ないのでAmazonPrimeの配信作品を探してたらこれを見つけた。これ、以前から観たかった作品だ。
(以下ネタバレあり)
あるアパートで女の死体と、部屋の外で倒れて意識不明の男が発見される。男は雑誌編集長の神阪四郎、女は以前から神阪と関係のあった梅原千代。最初はよくある心中事件と思われたが、神阪が会社の経費200万円を横領した疑いが発覚、事件は横領を隠す為に神阪が千代の所有するダイヤを詐取する目的で偽装心中を図ったとして、業務上横領と殺人の罪で神阪が起訴され、裁判にかけられた。
物語は、冒頭と結末部を除いて、ほとんどが裁判所の法廷内で展開する。出廷した証人4人の証言内容を回想で描くこの裁判シーンは、実力のある名優たちによる火花散る迫真の名演技合戦で見応えがあり、引き込まれる。
事件を取材する新聞記者の役で、まだ頬が膨らんでいない宍戸錠が出ているのも見どころだ。
面白いのは、それぞれの証言が少しづつ食い違い、誰が本当の事を言ってるのか、あるいは全員が嘘を言ってるのか、訳が分からなくなる点である。さらに、死んだ千代の日記が検事によって読み上げられ、これもまた微妙に異なる。
こう書けばピンと来る人もいるだろう。芥川龍之介の「藪の中」、およびその映画化、黒澤明監督の「羅生門」と物語構成やテーマがよく似ているのである。証人の証言、及び千代の日記の内容も回想シーンで描かれ、同じ場面が証言ごとに違うのも同じ。原作者はある程度「藪の中」か映画「羅生門」にインスパイアされたのかも知れない。
今村徹雄、永井さち子はそれぞれ神阪は利己主義者で嘘つきだと証言し、妻の智子は、仕事と家庭の為に粉骨砕身努力する夫が罪を犯すはずがないと擁護し、戸川智子は神阪は世間知らずで利用されているだけだと言う。そして千代の日記からは、信頼していた神阪に裏切られ、絶望して死ぬ気になった事が書かれていた。
素晴らしいのは森繁の演技で、証言ごとに異なる神阪の人物像を見事に演じ分けている。女たらしでずるくて嘘つきの面が強調される最初の2人の証言と千代の日記からは、本当にそんな風にいかがわしい人物に見え、妻の証言では誠実そうな善人、戸川智子の証言では小心者の憎めない男にそれぞれ見えて来るのだから不思議だ。いったいどれが本当の神阪の姿なのか、観客も混乱して来る。
そして最後に証言台に立った神阪は、今村やさち子の証言をひっくり返し「全部嘘だ。みんな自分に都合のいい事ばかり言っている」と言い、「裁判というものは、客観的事実を検証する活動のはずだが、客観的真相なんてものはどこにもない」と大演説をぶち上げる。
だが、神阪自身も嘘を言っている可能性もある。「全部嘘だ」という言葉は、自身にも向けられているのかも知れない。
そして映画は、真実が明らかにならないまま、護送車に乗せられる神阪の姿を見送って終わる。このシーンであの新聞記者の宍戸が「みんな嘘ばかり言ってやがる」と吐き捨てるのがオチになっている。
面白かった。まさに真相は「藪の中」だ。「羅生門」では最後に木こり(志村喬)が赤ん坊を育てる決心をして、黒澤らしい人間を信じるヒューマニズム的な結末を迎えるが、“人間なんて誰も信用できない”と虚無的に突き放して終わる本作の方がテーマ的にはむしろ黒澤作品の上を行ってるのではないかとさえ思えて来る。
森繁は本作の前年(1955年)、「夫婦善哉」(豊田四郎監督・キネ旬ベストテン2位)と「警察日記」(久松静児監督・同6位)の2本の秀作で絶妙の名演技を見せ、この年も他にやはり豊田四郎監督「猫と庄造と二人のをんな」(キネ旬4位)の名演で気を吐いている。脂の乗り切った時期である。
上記3本では軽妙でコミカルな演技を見せたが、本作ではシリアスな性格的演技で違う一面を見せている。本当にうまい俳優だ。この後、東宝の「社長」シリーズや「駅前」シリーズ等の主演作がヒットしたおかげでコメディ俳優と思われているが、そう思っている人は是非本作を観て欲しい。森繁の俳優としての凄さを再認識させられるだろう。
俳優ではあと、千代に扮した左幸子のエキセントリックな怪演も見どころ。金子信雄が検事役を演じているのも見逃せない。
久松静児監督は前掲の「警察日記」シリーズでも確かな演出力を見せていたが、本作も代表作と言えるだろう。もっと評価されていい。
(採点=★★★★)
アマプラは最近、昭和30年代の日活作品を続々と配信している。鈴木清順監督や蔵原惟繕監督の初期のモノクロ作品なども出しており、観たかった作品ばかりで有難い。
ただ作品が多過ぎて全部観きれないのが痛し痒し。まあ少しづつ観るつもりだが。
(付記)
ちょっと気になるのは、KINENOTE等の資料では上映時間が126分となっているのだが、私が観た本作は110分だった。DVDも同タイム。
資料が間違っているのか、それとも公開後カットされたのか。もし後者なら16分ものカットは大きいと思うが。謎である。
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