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2023年7月23日 (日)

「リバー、流れないでよ」

Rivernagarenaiodeyo 2023年・日本   86分
製作:ヨーロッパ企画=トリウッド
配給:トリウッド
監督:山口淳太
原案:上田誠
脚本:上田誠
撮影:川越一成
音楽:滝本晃司
プロデューサー:大槻貴宏

劇団ヨーロッパ企画の「ドロステのはてで僕ら」に次ぐオリジナル長編映画第2弾。原案・脚本は劇団代表にして、「サマータイムマシンブルース」「夜は短し歩けよ乙女」等の脚本が高く評価された上田誠。監督は同劇団の映像ディレクター・山口淳太。出演は藤谷理子、土佐和成、石田剛太、中川晴樹、永野宗典、角田貴志、酒井善史などのヨーロッパ企画のメンバーが多数出演している他、鳥越裕貴、本上まなみ、近藤芳正らが共演、また乃木坂46の久保史緒里が友情出演している。

(物語)京都・貴船の老舗料理旅館「ふじや」で仲居として働くミコト(藤谷理子)は、別館裏の貴船川のほとりに佇んでいたところを女将・キミ( 本上まなみ)に呼ばれて仕事へ戻る。だが2分後、なぜか先ほどと同じ貴船川のほとりにに立っていた。ミコトだけではなく、番頭や仲居、料理人、宿泊客たちもみな、2分経つと時間が巻き戻り、元にいた場所に戻ってしまう。同じ時間がループしているのだ。そして、それぞれの“記憶”だけは引き継がれている。人々は力をあわせてタイムループの原因究明に乗り出すが、ミコトはひとり複雑な思いを抱えていた…。

6月23日から、全国20館という小規模で上映されているが、口コミで評判が高まり、連日満員の盛況で、7月21日より38館での拡大公開が始まるという人気ぶり。大阪でもTOHO系シネコンでの上映が続いており、時間もちょうど良かったので観る事にした。私が入った時も、ほぼ9割の席が埋まっていた。1ヵ月経ってもこの状況は凄い。

(以下ネタバレあり)

これはなかなか面白かった。同じ劇団ヨーロッパ企画の舞台劇を映画化した「サマータイムマシン・ブルース」(2005年・本広克行監督)も、やはり時間に関するSFコメディの秀作だった。私は見逃したが、劇団ヨーロッパ企画のオリジナル長編映画第1弾「ドロステのはてで僕ら」も2分間の時間のズレを描いたコメディだそうで、“時間SFファンタジー・コメディ”は上田誠のおハコと言えるだろう。

本作は、最近よく作られている、時間が何回も巻き戻る、タイムループものである。古くは押井守監督「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」、トム・クルーズ主演「オール・ユー・ニード・イズ・キル」、昨年も「MONDAYS このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない」があった。


本作のキモは、タイムループしている時間がたったの2分。これがなかなか絶妙である。ぼんやりしてたら気が付かない程の短さだ。ミコトは最初の頃は番頭(永野宗典)らと「何かヘンだねえ」と言いながら仕事を続けるのだが、2分経つとまたも最初の別館裏の貴船川のほとりに戻っている。時間は戻っても、記憶はそのまま続いているので、さすがに何度もループすると、客も含めてみんなおかしいと騒ぎ始める。

多彩な人物設定と、それぞれのリアクションが面白い。仲居のチノ(早織)は何度燗を温めても冷めるし、二人組の客はいくら食べても雑炊が減らない。作家先生(近藤芳正)はパソコンに原稿を何度打ち込んでもリセットされて前に進まない。その先生の編集者スギヤマ(中川晴樹)は何度洗ってもシャンプーの泡が頭に戻るのでバスタオル1枚で旅館の中をウロウロ。部屋で休憩中の料理人タク(鳥越裕貴)だけがなかなか気付かない…と、それぞれのてんやわんやぶりについ笑声を上げてしまった。

しかも、その2分間は毎回すべてワンシーン・ワンテイクである。地下から地上2階まで、ミコトや番頭、料理人たちが2分の間に館内を走り回り、階段を昇ったり降りたり。カメラも移動しながら人物たちを追っかける。時間内にエピソードを描かなければいけないので会話は早口、マシンガン・トークとなる。演じる俳優たちもカメラマンも大変だったろうと思う。
2分間で人間はどれだけ動けるか、短時間に何が出来るのかが試されているようでもある。

2分間が繰り返されるうちに、人々は不安になったり、喧嘩になったり、面白がって障子に穴を開けてみたりする者もいる。作家先生は試しに飛び降り自殺を図ったり。ここらはブラック・ユーモア的でもある。

撮影で面白いと思ったのは、2分前に戻る直前のミコトの顔の向きとカメラ位置が毎回ちょっとづつ異なるのだが、戻った時もその直前とほぼ同位置である点。これもよく考えられている

やがて女将( 本上まなみ)や料理人エイジ(酒井善史)、料理長(角田貴志)たちはループの謎を解明しようと、全員を広間に集めて状況を取りまとめてみたり、意見を求めたりする。これが2分ではとても収まらないので、次に戻った時の為に段取り決めて手早く動き回ったりと工夫するのも面白い。

その原因究明会議の中で、ミコトは自分が原因ではないかと語り始める。フレンチの修行のために日本から離れようとしているタクをなんとか引き止めたくて、貴船神社の御守りを握り、川に向かって祈った(これが題名の由来)。それで時間が戻ったのではないかと語る。
だが他の何人かも、やはり時間が戻ればと考えていた者がいた。

人間だれしも、過ぎた時間を悔やみ、元に戻れないかと願う事はある。タイムループはそうした人たちの願いを神様が引き受けてくれたのではないか(神社もすぐ近くにある)。この物語はそんなファンタジーではないかと観客は思ってしまうのだが、さすが原案・脚本の上田誠、題名も含めて巧妙なミスディレクションに誘い込んだ末に、ラストに思いがけないオチが待っている。それはここでは書かないでおく。


いやー面白かった。SF的発想を巧みに取り入れた上質のドタバタ・コメディであり、よく練られた脚本も秀逸だし、俳優のアンサンブル演技も楽しませてくれたし、騒動の末に、ミコトとタクの二人の絆も深まり、作家先生はこの不思議な経験に創作意欲をかき立てられたりと、ラストにほっこりした余韻ももたらしてくれる、人間ドラマとしてもよく出来ている。味わい深い秀作と言える。


ただ、旅館周囲の景色が、ループが進むごとに大雪だったり雪のない晴天だったりと微妙に違っているのが不思議で、映画の中では「世界線がズレている」と説明されていた。まあ毎回同じ景色では飽きるし、ラストに近づくに連れて、雪が溶け晴天になって行くのは、困難を乗り越え、ハッピーエンドが終盤に待っている事を暗示していると思えなくもない。

ところが、後で公式ページを覗くと、撮影は今年の1月から開始されたが、途中で10年に1度と呼ばれる最強寒波直撃による豪雪となり、一時は撮影が中止に追い込まれる事態となったそうだ。
それでもなんとか2~3月で追加撮影を行い、完成に漕ぎつけたという。それで納得した。予算の乏しい劇団としては仕方ないだろう。

“ワンカット撮影”“低予算のマイナー作品”、そして“口コミで上映館が拡大”という流れ、これ、いずれもあの「カメラを止めるな!」と似ている。

途中で大雪となったアクシデント、ハプニングを乗り越えて映画を完成させた点も「カメラを止めるな!」のゾンビ映画完成までの経緯を思わせる。本作完成までのメイキング映像もあれば見せて欲しいね。DVD発売時に付けてくれたら、ますます「カメラを止めるな!」とそっくりの気分を味わえる事になる(笑)。   (採点=★★★★

 

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コメント

これは面白かったですね。
大雪で撮影が中断したのですか。
それは大変でしたね。
「ドロステのはてで僕ら」も見たいのですが、、

投稿: きさ | 2023年7月25日 (火) 20:03

◆きささん
「ドロステのはてで僕ら」、私も見たいと思ってます。AmazonPrimeで有料レンタルやってるようなので、そちらで見ようかな。本当は劇場で観たいのですが。

投稿: Kei(管理人 ) | 2023年8月10日 (木) 10:53

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