「ソウルフル・ワールド」 (VOD)
2020年・アメリカ 101分
製作:ピクサー・アニメーション・スタジオ
配信:Disney+
原題:Soul
監督:ピート・ドクター
共同監督:ケンプ・パワーズ
原案:ピート・ドクター、マイク・ジョーンズ、ケンプ・パワーズ
脚本:ピート・ドクター、マイク・ジョーンズ、ケンプ・パワーズ
音楽:トレント・レズナー、アティカス・ロス
製作:ダナ・マーレイ
製作総指揮:ダン・スキャンロン、キリ・ハート
ピクサー・アニメーションによる冒険ファンタジー・3Dアニメ。監督は「インサイド・ヘッド」のピート・ドクター。声の出演は「ジャンゴ 繋がれざる者」のジェイミー・フォックス、その他ティナ・フェイ、フィリシア・ラシャド、ダヴィード・ディグスなど。2020年、Disney+により配信。第93回アカデミー賞、第78回ゴールデングローブ賞でそれぞれ長編アニメーション賞、作曲賞を受賞。
(物語)ニューヨークに暮らし、ジャズミュージシャンを夢見ながら音楽教師をしているジョー・ガードナー(声:ジェイミー・フォックス)は、ニューヨークでいちばん有名なジャズクラブで演奏するチャンスを掴む。だが、浮かれ気分で街を歩いている最中にマンホールへ落下し、そこから「ソウル(魂)」たちの世界に迷い込んでしまう。ジャズクラブで演奏する日まで残りあとわずか。ジョーは地上へ戻る方法を探す為、生きる目的を見つけられない22番と呼ばれるソウル(ティナ・フェイ)と共に、魂の世界を旅することになるが…。
当初は劇場公開の予定だったが、2020年の新型コロナウイルス感染拡大により公開は延期、そして2020年12月、劇場公開を断念し、Disney+での独占配信に切り替えられた。
そんなわけで見たかったのに、鑑賞する機会がなく現在に至っている。
やっと最近、Disney+が短期無料で観られる機会があり、早速鑑賞したのだが、さすがピクサー、素晴らしい秀作だった。「カールじいさんの空飛ぶ家」「インサイド・ヘッド」のピート・ドクター監督、相変わらずクオリティの高い作品を連打している。
(以下ネタバレあり)
冒頭から、ほとんど実写に近い、細部までリアルに作り込まれた背景描写に唸らされる。ニューヨーク市街の風景、暗いジャズクラブの映像など、アニメっぽい人物がいなければ実写映画かと錯覚しそうである。ジャズピアノ、アルトサックスの演奏シーンもリアルで丁寧だ。
タイトルも、ジャズや黒人音楽が“ソウル・ミュージック”と呼ばれている事と引っ掛けているのだろう(原題は只の"SOUL")。
物語の主人公ジョーは、学校で音楽教師をやりながら、ジャズピアニストになる夢を追い続けている。ある日、ついに憧れのジャズクラブで演奏するチャンスを手にする。しかし浮かれ過ぎたのか、よそ見して運悪くマンホールに落下してしまい、目を覚ますとそこは人間が生まれる前にどんな性格や興味を持つかを決める“魂(ソウル)の世界”だった。ジョーは手違いでソウルになってしまったのだ。
簡単に言えば、天国や地獄といった死後の世界の逆で、生まれる前の魂が作られる世界というわけだ。ここでちゃんとどんな自分になりたいか(“きらめき”と言われている)を決めないと、地上で人間にはなれない。その為には、メンター(師匠)と呼ばれる存在とセットで行動し、きらめきを見つけなければならない。
ジョーは、ここで22番と呼ばれるソウルと出会う。22番は人間の世界が大嫌いで、何の興味も見つけられず、何百年もソウルの姿のままだった。
もし22番が自分のきらめきを見つけられ、人間になれたら、メンター役のジョーも元の人間世界に戻れるかも知れない。ジョーは22番に、夢や情熱といった人生の素晴らしさをなんとか伝えようと奮闘する。
ここまででも、結構複雑なテーマを持った作品だと分かる。魂(ソウル)だのメンターだの生きる意味だのと、子供には難しすぎる。
まあいろいろあって、ジョーと22番は一緒に地上に降りる事に成功するのだが、どういう訳かジョーの体には22番の、その傍にいた猫の体にジョーの魂が移ってしまった。
ここから後は、猫になったジョーが、自分の体を持った22番に思っている事を伝えて喋らせ、時間までにジャズクラブに到着しようと悪戦苦闘するくだりがドタバタ・タッチで描かれており、このシークェンスは大いに笑える。
そして、人間世界での、ジョーの母とのやりとり等、さまざまな経験を通して、22番は少しづつ、人間として生きるのも悪い事じゃない、と気づき始めるのである。ここらはちょっぴり感動させる。
なんとかジョーは本人の体に戻り、ジャズクラブでのライブ演奏も大成功を収め、遂に夢をつかみ取る。
普通のドラマなら、ここで目出度し目出度しでハッピーエンドを迎えるはず…なのだが、さすが「インサイド・ヘッド」のピート・ドクター、さらにもう一捻りを加えている。
夢を実現し、ほっとしたジョーだったが、ふと「自分の人生はこんなものだったのか、人生のきらめきって何だろうか」と懐疑的な気持ちになる。日常は何も変わらない。
そんな時、ふと思い出したのが、行きつけの床屋の主人の言葉。彼は別のなりたい職業があったのだが、家庭の事情で断念し、親の後を継いで床屋をやっている。それでも後悔はない、今の生活が幸せだと語る。
そしてジョーは、22番との日々を回想し、22番の言った言葉を思い出す。空を見上げる事、風に舞う葉っぱを眺める事、ピザを美味しいと感じる事、それだって人生のきらめきかも知れない。
何気ない日常の中にこそ、実は人生のきらめきがある、それが生きているという事だ。その事をジョーは思い知るのである。
いやあ、これにはやられた。観終わって、深く考えさせられた、人生という概念を根底から覆された気分だ。
大きな夢を抱いて、そこに向かって走り続け、最後に夢を実現する、という映画はこれまで数多く作られて来た。
だが現実には、夢を実現するのは非常に難しい。途中で挫折する人の方が圧倒的に多い。中には人生に絶望する人だっているだろう。
この映画は、そんなに人生をあくせく生きる必要なんてないよ、夢を追えなくても悲しむ事はないよ、平凡な日常に感謝し、日々を大切に生きる、その事こそが“人生のきらめき”であり、大切な事なのだと教えてくれるのだ。
中年を過ぎて、「自分の人生は何だったのだろう」と悩んでいる人は、これを観れば少しは気分が楽になるかも知れない。そういう意味では大人こそが観るべき映画である。
ソウルの世界のビジュアルも美しいし、白っぽくてまん丸い無数のソウルが地球に降りて行く映像も素晴らしい。
ふと、宮﨑駿監督の新作「君たちはどう生きるか」の“ワラワラ”を思い出した。あちらも生まれる前の魂である、白くて丸い無数のワラワラが人間世界に向かって飛んで行く。本作とは逆に上に向かって飛んで行くけれど。
宮﨑さんが「君たちはどう生きるか」の製作を開始したのは7年前だから、本作(2020年公開)にヒントを得たわけではなく、偶然だろう。ピクサーと宮﨑アニメはそれこそ魂が繋がり合ってるのではと思える。
こんな傑作が劇場未公開なのはもったいない。細部まで作り込まれたCG映像は劇場で観てこそ何倍も楽しめる。コロナも落ち着いたし、今からでも是非劇場で公開する事をディズニーに強く要望したい。 (採点=★★★★☆)
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