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2023年10月13日 (金)

映画本「社長たちの映画史」

Shachoutachinoeigashi  タイトル:社長たちの映画史
      映画に賭けた経営者の攻防と興亡

 中川右介・著

 日本実業出版社・刊   2,200円+税

 初版発行日:2023年1月20日

 単行本ソフトカバー:544ページ


映画の黎明期から全盛・斜陽期へと至る日本映画の歴史を、経営者の視点から捕えたドキュメントです。


映画の歴史に関する本は、これまでも多く出版されていますが、本著のユニークな点は、膨大な資料を基に、映画会社やプロダクションの経営者(社長)、及びそのブレーンの人たちの業績、経営手法をメインストーリーとして、それらの会社の栄枯盛衰を通して日本映画史を語っている点です。

これは面白い視点ですね。確かに映画は芸術、創作物であると同時に、それを作るには多額の資金が必要で、興行によってその資金を回収しなければならない、つまり採算が取れなければ、いくらいい作品を作ったところで経営としては失敗です。映画会社(あるいは独立プロ)を持続し、安定した経営を行う為には、社長の経営手腕が問われるわけです。

本著は、最初に活動写真として日本に映画が導入された初期から、その経営を行って来た主な映画会社の社長たちを一人づつ取り上げ、その業績、手腕、毀誉褒貶ぶり、あるいは経営不振で倒産に至る経緯までも、細かく紹介して行きます。

映画史的には、1952年に日活と新東宝の提携話があったが反対があって流れた等、あまり知られていない事も書かれていて参考になります。

もっと面白いのは、自分のプロダクションを作った映画監督、俳優についても、あくまでプロダクション経営者としての立場に焦点を当てています。従ってその人たちが作った作品がどれくらいの興行成績を上げたかが中心で、映画の内容、作品的評価等についてはほとんど語られていません。あの黒澤明監督ですら、“黒沢プロダクションの社長”としての経営能力についてしか語られていません。徹底しています。

登場する社長は、大谷竹次郎、白井松次郎(共に松竹)、小林一三(東宝)、五島慶太(東横映画、東映)といった各映画会社の創業者たちに始まり、戦後に大手映画会社の社長となった永田雅一(大映)、大川博(東映)、堀久作(日活)、大蔵貢(新東宝)といったクセのあるワンマン社長たちを経て、有能プロデューサーとして頭角を現し、後に社長となった城戸四郎(松竹)、藤本真澄、田中友幸(共に東宝)、岡田茂(東映)といった方々、そして終盤は自分の作りたい映画を作る為、独立プロを興した黒澤明監督や、石原裕次郎、三船敏郎、勝新太郎、中村錦之助といった大物俳優たちの活躍、奮闘、苦闘ぶりが語られます。
社長にはならなかったが、常務、副社長として企画力を発揮し、経営を支えた江守清樹郎(日活・常務)、マキノ光雄(東映・専務)、森岩雄(東宝・副社長)、その他多くの実力派プロデューサーたちについてもきちんと網羅されています。

五社協定に歯向かい、あらゆる難関を乗り越え、石原プロ、三船プロの共同制作による「黒部の太陽」を完成させた石原裕次郎の奮闘ぶり、黒澤プロがハリウッドで作ろうとして頓挫した「暴走機関車」「トラ・トラ・トラ!」の顛末等、既にいろんな本で読んで知っている事も取り上げられていますが、“経営者”の視点に絞れば、また別の側面も見えて来る気がします。

本体としては、日本映画界が斜陽となり、大映が倒産、日活が経営規模を大幅縮小、ポルノ路線に舵を切る1971年までに力が注がれていて、その後については「長い後日譚」として四大スター・プロダクションの盛衰、角川映画の台頭、等が簡単に語られています。

著者の思惑としては、大映・永田雅一、日活・堀久作、東映・大川博といった、映画黄金時代を築いたワンマン社長たちが相次いで一線を退いた1971年頃が、一つの時代の終わり、という事なのでしょう。

とにかく、実に読み応えがありました。一気に読んでしまいました。544ページという長さですが、ソフトカバーという事もあって値段は2,200円(税抜き)と手ごろです。映画ファンにはおススメの労作です。

 

…と褒めた所で、実はかなりの数の誤植、事実に反する点などがあり、これは大いに減点ものです。以下列記します。

195P 大映の戦後期「フリーの監督を招聘して(略)撮ってもらう製作方式が生まれた。伊藤大輔、市川崑、増村保造、山本薩夫らが、フリーとして大映映画を撮り、名作を残していく。」
 →増村保造は大映に入社し、助監督から監督になった生え抜きの専属監督です。フリーではありません

339P 1963年「興行ランキング」に上がっている作品の題名「飛車角」(下段本文とも)は、正しくは人生劇場 飛車角」。ちなみに後の349Pでは「人生劇場 飛車角」と正しく表記。

381P 1965年「興行ランキング」、「網走番外地 北海編」(下段本文とも)は、正しくは「網走番外地 北海編」。「道」はつかない。

385P 「永田雅一の長男 秀が専務取締役から副社長に昇格した。」→「秀」ではなく「秀」が正しい(父親の名から1字取った)。Shachoutachinoeigashi2_20231013220801
以後数ヵ所すべて「秀」のまま。 496Pでようやく 秀が出て来る。
 あきれた事に、宣材の人物名一覧でも「秀」になっている(右)。

391P 「沓掛時次郎 遊侠一」。加藤泰監督の名作の題名を間違えるとは。無論正しくは「沓掛時次郎 遊侠一

438P 中村錦之助が製作・主演した映画「祇園祭」に関する記述で、原作者の名前が西克己となっている。これも正しくは西克己。西河克己は日活の映画監督。

471P 「興行ランキング」の作品名が「渡世人列伝」。「列」がダブっている。

479p 石原プロのカメラマンで後に役員にもなった方の名前が金宇司。正しくは金宇司。


ちょっと多過ぎますね。特に人名を間違えるのは失礼極まりない。ちゃんと校正したのか、あるいは著者も編集者も、映画にあまり興味がないのか。

二版以降では、訂正される事を望みます。映画史としての大切な資料なのですから。

 

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