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2023年11月19日 (日)

「キリエのうた」

Kirienouta 2023年・日本   178分
製作:東映=ロックウェルアイズ
配給:東映
監督:岩井俊二
原作:岩井俊二
脚本:岩井俊二
撮影:神戸千木
音楽:小林武史
企画・プロデュース:紀伊宗之

歌うことでしか“声”を出せない路上ミュージシャン“キリエ”を中心に、男女4人の13年間にわたる愛の物語を描いたヒューマン・ドラマ。監督は「ラストレター」の岩井俊二。主演はこれが映画初主演となるアイナ・ジ・エンド、「ラストレター」の広瀬すず、「リップヴァンウィンクルの花嫁」の黒木華、SixTONESの松村北斗。共演は江口洋介、吉瀬美智子、奥菜恵、村上虹郎、浅田美代子など実力派が顔を揃える。

(物語)住所不定の路上シンガー、キリエ(アイナ・ジ・エンド)は歌うことでしか“声”を出せない。ある夜、過去と名前を捨てたという謎めいた女性イッコ(広瀬すず)が、キリエの歌を聞いてマネージャーを買って出る。イッコはキリエの歌を人脈を生かして売り込みを行うが、ある日イッコは突然姿を消してしまう…。

「Love Letter」以来、ファンとなった岩井俊二監督の新作である。

2016年公開の岩井監督作「リップヴァンウィンクルの花嫁」も3時間もある長編だったが、本作もほぼ3時間の長編。にも関わらず、「リップヴァン-」と同様、これもまた見事な青春ドラマであり、重厚で胸迫る人間ドラマの秀作にだった。一時期の低迷を脱して、最近の岩井監督は絶好調だ。

(以下ネタバレあり)

物語冒頭は現在の東京・新宿。“キリエ”という名のストリート・ミュージシャンが街頭ライブを行っている所に、イッコ(広瀬すず)と名乗る女性が歌をリクエストし、その歌声に感銘を受けたイッコは彼女のマネージャーになると宣言する。だがキリエは何故か、歌っている時以外は声を出せないのだと言う。

イッコはキリエを自宅に泊めるが、翌朝化粧を落としたイッコを見て、キリエは彼女が帯広の高校時代の先輩、広澤真緒里だった事に気付く。余りに雰囲気が変わっていたので最初は気付かなかったのだ。真緒里は何故名前を変えたのか。

イッコはキリエにマイクやアンプなどの機材を買い揃えてくれ、キリエのストリート・ライブも少しづつ人気を得て行く。だがある時、イッコは突然姿を消してしまう。

…といった具合に、謎めいた出だしで、いったい物語はどう進んで行くのか興味津々となる。

この後も物語は、場所も東京から大阪、石巻、帯広と移動し、時制も4つの時間軸を行ったり来たりするので、じっくり観ていないと混乱するかも知れない。しかし観ているうちに、次第にさまざまな秘密や状況が明らかになって行く。よく練られた脚本である。

物語のバックグラウンドには、あの東北大震災がある。キリエも、本名は小塚路花(ルカ)であり、姉の名前が希(きりえ)だったのだ。

12年前の石巻。路花の姉・希は大学進学を目指していた潮見夏彦(松村北斗)と交際していた。夏彦は希との結婚を真剣に考えており、希は夏彦の子供を身籠っていた。夏彦は路花を自分の妹のように可愛がっていた。

だが2011年、東北大震災の津波で路花の姉も母も行方不明になり、辛うじて助かった路花はそのショックで声が出せなくなってしまう。

夏彦は最愛の女性と彼女の腹の中の我が子を同時に失い、失意のどん底に立たされる。そして大学進学をあきらめ、石巻に留まってボランティアをしながら希を探していた。

一方、一人ぼっちになった路花は、兄のように慕っていた夏彦が大阪の医大に進学すると聞いていたので、トラックに便乗して大阪までやって来る。

9歳になっていた路花は大阪・藤井寺の公園の木の上で生活していたが、その姿を見咎めた小学校教師・寺石風美(黒木華)が彼女を保護し、夏彦に連絡する。夏彦は路花を引き取ろうとするが、血縁関係がない事を理由に、児童相談所は2人を引き離してしまい、二人は離れ離れとなる。

そして2018年、北海道の大学に進学していた夏彦は、帯広の高校に通っていた路花と再会する。夏彦は高校生の真緒里の家庭教師をしていた事から、路花と真緒里は親しくなる。

夏彦は路花にギターを教え、その事から路花は、姉の名前・キリエを貰って、東京に出て路上ライブを行うようになるのである。

真緒里は大学受験に合格していたが、実家の経済的な理由で学費が払えず大学生活を断念していた。そこで彼女は名前を一条逸子(イッコ)と変えて過去と決別し、別の人生を歩もうとする。

そんな曲折を経て2023年、東京でキリエはイッコこと真緒里と再会するわけである。

二人とも名前を変えているからややこしい。しかもキリエを演じるアイナ・ジ・エンドは石巻時代の姉の希(キリエ)と二役だから余計混乱する。

イッコが東京で突然姿を消したのも、実はイッコは男性を騙してお金を巻き上げる結婚詐欺のような事を行っており、それで警察に追われていたからである。

イッコを演じる広瀬すずは最初はブルーのウィッグを付けていたりするので、本人とはまったく気付かなかったし、結婚詐欺事件で逃げ回ったりする屈折した役柄を絶妙にこなしている。彼女の新境地と言えるだろう。

イッコから機材の援助を受けた事もあって、キリエの歌はネット上でも評判となり、またギタリストやキーボード奏者など、新しいメンバーも加わってバンドを結成、遂には大がかりな路上フェスが企画されるまでになる。

そしてそのライブには、キリエの晴れの姿を見ようと、イッコも花束を持って駆けつけるのだが…。


大震災で家族、愛する人を失ったキリエや夏彦が、さまざまな人々と触れ合う事で心の傷を癒し、明日に向かって旅立って行く、13年にも及ぶ壮大な物語を、過去、現在を往還して淀みなく、爽やかに描く岩井監督の演出はさすがである。3時間があっという間だった。

何より、キリエ(と姉の二役)を演じたアイナ・ジ・エンドが素晴らしい。心を振り絞り、時に強烈に、時に優しく、人々を魅了して行くアイナの歌声を聴いているだけでも感動を覚える。

この映画の為にアイナが自作した主題歌を含む7曲のオリジナル曲も聴き応えがある。
昭和世代としては、キリエが歌う久保田早紀の「異邦人」やオフコースの「さよなら」にもジンと来てしまった。本年度の新人女優賞に一押しである。

岩井監督は1996年の「スワロウテイル」でもミュージシャンのCharaを起用して成果を上げたが、本作でもアイナ・ジ・エンドを抜擢してまたまた大成功である。その嗅覚の凄さには敬服する。

岩井監督のファンなら必見と言える。次作がまた楽しみだ。  
(採点=★★★★☆

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(付記)

本作の企画・プロデュースを担当したのが、東映の気鋭のプロデューサー、紀伊宗之である。これまでも「孤狼の血」シリーズ2本や同じく白石和彌監督「麻雀放浪記2020」、三池崇史監督「初恋」、今年の「リボルバー・リリー」など、東映としては異色の作品を企画プロデュースしている。本作も従来の東映なら作れなかったタイプの作品であり、こういうプロデューサーがいる事は心強い。

そして今年の8月、紀伊氏は東映から独立して自身の新会社、K2Picturesを設立、代表取締役CEOに就任し、今後はここを拠点に意欲的な映画作りを目指して行くそうだ。どんな異色作を作るのか、今後が楽しみである。期待したい。
紹介記事はこちら。→ http://animationbusiness.info/archives/14775

 

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コメント

kyrie名義のCD「DEBUT」買ってしまいました。
アイナ・ジ・エンドの存在感に圧倒された映画でした。

投稿: 周太 | 2023年11月21日 (火) 12:38

これは面白かったです。まさに岩井ワールドを堪能しました。
実は岩井監督の映画はあまり見ていなかったのですが、しばらく前に「リップバン・ウィンクルの花嫁」がとても面白かったのでこの1年で旧作をDVDであらかた見ました。
本作もいかにも岩井監督らしい映画で面白かったです。
3時間近くと長く、2010年、2011年、2018年、2023年の出来事が交互に描かれるのでご指摘の通り話がちょっと分かりにくいです。
アイナ・ジ・エンドは二役で歌もたっぷりと聞かせます。
俳優としても熱演しています。
広瀬すず、黒木華、松村北斗など俳優陣は好演しています。
岩井人脈か出演者が豪華なのも楽しい。

投稿: きさ | 2023年11月22日 (水) 11:14

◆周太さん
アイナ・ジ・エンドは素晴らしかったですね。これからメジャーな存在になって行く気がします。Charaにしろ、こういう知られていないミュージシャンを発掘して主演に抜擢した事も本作の成功の大きな要因でしょうね。岩井監督恐るべし。


◆きささん
個人的には岩井監督の集大成的作品だと思います。「Love Letter」その他、過去の岩井作品のセルフオマージュも随所に感じられます。
確かに一度見ただけではちょっと分かり難いですが、いろいろ情報を仕入れて見直せば、良さが分かって来る作品だと言えるでしょう。また観たくなりました。

投稿: Kei(管理人 ) | 2023年11月23日 (木) 10:14

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