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2023年12月29日 (金)

「PERFECT DAYS」

Perfect-days 2023年・日本   124分
配給:ビターズ・エンド
監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬
撮影:フランツ・ラスティグ
製作:柳井康治
プロデューサー:ヴィム・ヴェンダース、 高崎卓馬
エグゼクティブプロデューサー:役所広司

東京・渋谷を舞台にトイレの清掃員の男が送る日々の小さな揺らぎを描いたヒューマン・ドラマ。監督は「パリ、テキサス」「ベルリン・天使の詩」のヴィム・ヴェンダース。主演は「ファミリア」の役所広司。共演は新人・中野有紗の他、柄本時生、田中泯、麻生祐未、石川さゆり、三浦友和のベテラン勢が集結。2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、役所広司が男優賞を受賞した他、人間の内面を豊かに描いた作品に贈られるエキュメニカル審査員賞も受賞した。

(物語)東京・渋谷でトイレの清掃員として働く平山(役所広司)。規則正しく、淡々とした同じ毎日を繰り返しているように見えるが、彼にとって日々は常に新鮮な小さな喜びに満ちている。昔から聴き続けている音楽と、休日のたびに買う古本の文庫を読むことが楽しみであり、清掃の合い間に見つける木漏れ日が好きだ。いつも小さなフィルムカメラを持ち歩き、自身を重ねるかのようにそんな風景の写真を撮っていた。そんなある日、思いがけない再会を果たしたことをきっかけに、彼の過去に少しずつ光が当たって行く…。

本作は、東京・渋谷区内17カ所の公共トイレを、世界的な建築家やクリエイターが改修するという「THE TOKYO TOILET プロジェクト」に賛同したヴェンダースが、それらのトイレを舞台にして1本の映画を作る事になったという訳である。映画を観れば、なるほど、面白いデザインや変わった仕掛のあるトイレが沢山出て来て、それらを眺めるのも面白い。

ヴィム・ヴェンダースは、小津安二郎を敬愛していて、1985年には小津安二郎に関するドキュメンタリー「東京画」を監督している。あの作品でも、東京の何気ない街の風景が映し撮られていた。本作にも、随所に小津オマージュが感じられる、いい作品に仕上がっていた。

(以下ネタバレあり)

役所広司が演じる主人公の名前は平山。これは「東京物語」をはじめ、小津作品に何度も登場する名前である。「東京物語」では笠智衆が演じる主人公の名前が平山周吉だった。

平山は毎朝、近所の老女が掃除する竹ぼうきの音で目覚め、煎餅布団を丁寧にたたみ、髭をハサミで揃え、自動販売機で缶コーヒーを買い、ライトバンを運転して仕事場に向かう。車の中ではカセットテープから流れる音楽を聴く。その曲もアニマルズの「朝日のあたる家」、オーティス・レディングの「ドッグ・オブ・ベイ」、キンクスの「サニー・アフターヌーン」、ルー・リード「パーフェクト・デイ」(これが題名の元)など、1960年代に流行った古い歌ばかり。
トイレ清掃の仕事が終わると、公園で昼飯のサンドイッチをパクつき、木漏れ日を眺め、古いフィルム・カメラで写真を撮り、夕方には一番風呂の銭湯へ行き、浅草の古い地下街のなじみの居酒屋で食事を取る。
家に帰ると、古本屋で買った文庫本を寝床で読んで、そのまま寝る。翌日も、その翌日も全く同じパターンだ。変化があるのはカセットの曲と、寝る時読む本のタイトル、そして睡眠中に見る夢の内容くらいだ。それら以外は毎日判で押したように同じ事の繰り返しだ。

そして平山は寡黙だ。ほとんど喋らない。仕事の相棒のタカシ(柄本時生)が饒舌に話しかけても喋らない。居酒屋で食事を取る時も、黙って座るだけで店主は心得たようにいつものメニューを出す。ひょっとして口が利けないのかとも思ったりするが、トイレに迷子の子供がいたりすると、やさしく話しかけ、親を探してあげたりする(後半では会話するシーンも多くなる)。

傍から見れば、こんな単調な変化のない生活はつまらないように感じる。何が楽しいのかとも思える。

だが平山にとっては、毎日が充実して楽しいのだろう。トイレを清掃する時は、実に丁寧に、念入りに磨く。これが実に楽しそうだ。
朝起きて家を出る為ドアを開け、空を見上げる時の表情が、「今日もいい一日になるぞ」とでも言いたいかのようににこやかだ。

これで思い出すのが、小津監督の「東京物語」の終盤。妻が亡くなった朝、周吉は燈篭のある広場に行き、朝日を眺める。探しに来た紀子(原節子)に「綺麗な夜明けじゃった。今日も暑うなるぞ」と語りかける。
朝の太陽を眺めるだけでも、綺麗だと感じる心の余裕。これが本作の平山の朝の表情に繋がっているのだろう。

公園で木漏れ日を見る時も、木漏れ日の様子は日々変わる。だから毎回、カメラでその風景を撮る。これだって平山には楽しい。

さまざまな、「THE TOKYO TOILET プロジェクト」による新しいデザインのトイレを眺めるのも楽しい。輪切りにした木を貼り付けたり、通常は透明だが人が中に入ると外から見えなくなるトイレも楽しい。

中盤で、平山の姪のニコ(中野有紗)が訪れるシーンがある。どうやら母親と喧嘩して家出して来たようだ。この後しばらくは平山とニコが二人で生活する様子が描かれる。物語上の変化と言えばこの程度だ。
しかしやがて、母親(麻生祐未)が迎えに来る。その時、お抱え運転手付きの車で来た事からも、平山の実家はかなり裕福である事が判る。二人の会話から、平山は父親と確執があって家を出たものと思われる。平山の過去はこれだけしか分からない。でも過去なんかどうでもいい。今を大切に生きる事こそが人生にとって重要なのだ。

終盤の、バーのママ(石川さゆり)の別れた亭主・友山(三浦友和)が戻って来て、ママに少し気がある平山と友山との、夜の隅田川で語り合い、まるで子供のように影踏みに興じるシーンも楽しい。実は友山は病気を患っていて長く生きられないらしい。人生は悲喜こもごもだ。

ラストは、車を運転しながらいろいろな思いが頭を駆け巡り、笑っているような、泣いているような平山の姿を捉えて映画は終わる。


大きな事件も起こらず、淡々とした日常を描くシーンも、小津映画にはよく登場する。「お早よう」(1959)も1週間の平凡な日常を描くだけの作品である。それでも観終わって、少し心がほっこりした気分になる。58年の「彼岸花」でも、娘が父親に相談もなく結婚を決めた事で父親がムクれるという事以外、大した事件は起きない。全体的には平凡な日常を描いた作品である。ちなみに佐分利信が演じた父親の名前も平山渉だった。

小津監督の作品を多く観ていれば、この作品にもそうした小津映画に通じる、“変化のない日常の中にも幸せはある”テーマを感じ取って、ジーンとさせられるものがある。まさに小津ファンのヴェンダースらしい、観終わってとても心が温かくなる、素晴らしい作品だった。小津安二郎監督作品のファンには必見である。
今年最後に観た映画がこんな素敵な作品だったので、とても気分がいい。よい年を迎えられそうだ。  (採点=★★★★☆

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コメント

良い映画でしたね。個人的には、今年のベストワンかもしれません。淡々とした中にも、人の喜び、悲しみが滲んできて深い余韻があります。年明けにまた見たいと思います。管理人さん、来年もブログを綴って下さい。楽しみにしてます。良い年をお迎え下さい。

投稿: 自称歴史家 | 2023年12月31日 (日) 16:29

◆自称歴史家さん
今年も当ブログをご贔屓賜り、まことにありがとうございました。こうしたコメントいただくと、とても励みになり、また頑張ろうという気になります。
来年もよろしくお願いします。良いお年を。

投稿: Kei(管理人 ) | 2023年12月31日 (日) 20:02

日常でそれほど劇的な出来事が起こることはまれですが、でも時として小さなさざなみは起こることもある。そんなとき慌てず騒がず自分のできる範囲で対処しようとする平山さんが素敵でした。演じる役所広司、最高。特にラストシーンの表情の変化はよかったですね。

「せかいのおきく」第1位納得です。
ウ◯コの表現もいろいろ受け取り方はあるでしょうが。
何はともあれ、今年もよろしくお願いいたします。

投稿: 周太 | 2024年1月 2日 (火) 17:18

◆周太さん
役所広司はいつもながら名優ですね。カンヌで主演男優賞も納得です。2023年度対象作品だったら、1昨年に続いてキネ旬主演男優賞間違いなしだったでしょうね。
「せかいのおきく」1位納得ありがとうございます。モノクロ映像の素晴らしさを再認識しました。
というわけで、本年もよろしくお願いいたします。

投稿: Kei(管理人 ) | 2024年1月 3日 (水) 10:52

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