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2023年12月16日 (土)

「劇場版 センキョナンデス」  (VOD)

Senkyonandesu 2023年・日本   109分
配給:ネツゲン
監督:ダースレイダー、プチ鹿島
エグゼクティブプロデューサー:平野悠、加藤梅造
プロデューサー:大島新、前田亜紀
撮影:LOFT PROJECT
音楽:The Bassons

YouTube番組「ヒルカラナンデス(仮)」を配信するラッパーのダースレイダーと時事芸人のプチ鹿島が、同番組のスピンオフとして立ち上げた選挙取材企画を基に映画として完成させた長編ドキュメンタリー。

ラッパーのダースレイダーと時事芸人のプチ鹿島の二人は、2021年の衆院選では香川、22年の参院選では大阪・京都を訪れて合計十数人の候補者に突撃取材を敢行し、ドキュメンタリーの作法などお構いなし、自らも喋りまくり、聞きたいことをズケズケ聞き、相手から思わぬ本音を引き出して行く。2022年7月8日。関西での選挙取材を予定していた2人は、その前に大阪のホテルで『ヒルカラナンデス(仮)』の配信を始めるが、そのさ中、奈良で安倍元首相が銃撃されたという一報が入り、取材の旅は予想外の方向へと展開する。

ラッパーと時事芸人の二人が毎週配信するYouTube番組から派生した選挙突撃取材の劇場版、という内容なのだが、YouTube番組なんかほとんど見ない私なので二人の事もまったく知らず、映画が公開された時も、どうせくだらないおフザケものだろうと思い見逃していた。公開規模がごく小さかった事もあるが。

最近、テレビの有料チャンネルで放映されたので、大して期待もせず観たのだが、これが予想外に面白かった。スタッフ・クレジットでプロデューサーが「なぜ君は総理大臣になれないのか」「香川1区」の大島新、前田亜紀だったと知ってしまったと思った。それを知っていたら観てみようと思ったかも知れない。


二人の経歴を見れば、ダースレイダーはロンドン育ちで海外メディアの情報に精通しているそうだし、プチ鹿島は新聞14紙を毎日読み比べしているという。只のラッパーや芸人ではないわけだ。

(以下ネタバレあり)

映画はまず、二人が映画「香川1区」でもお馴染みの2021年の衆院選、香川1区に乗り込み、3人の候補者、小川淳也候補(立憲民主党)、平井卓也候補(自民党)、それに後から参戦した日本維新の会の町川順子候補にそれぞれ突撃取材を行う。その間、現地を歩きながら饒舌に会話する二人の姿をカメラが捉える。

Senkyonandesu2

YouTube番組という事もあって、手持ちカメラの映像はブレたり傾いたりアングルがいまいちだったりと、素人っぽい映像が目立つ。その上舞台も候補者も「香川1区」と同じなので二番煎じ感もある。小川候補の清貧選挙ぶりや選挙事務所のカラフルな応援メッセージ風景も、同作で見たのとまったく同じだ。

正直、最初のうちは「これで映画として成立するのか?」という不安が頭に浮かんだ。

Senkyonandesu3ところが、平井候補への取材辺りから俄然面白くなる。最初のうちは仲良くスリーショットに応じていた平井候補だが、二人が平井の選挙カーに近づくと、多分「香川1区」に登場したのと同じ人物だろうが、近寄れないよう妨害したり、カメラのレンズを手で覆ったりと、露骨に取材妨害を行って来る。

小川候補が維新の町川候補に出馬取り下げを依頼した件について、平井の同族企業である四国新聞が執拗に批判記事を載せていた事は「香川1区」でも描かれていたが、本作で判ったのは、四国新聞が小川にまったく取材していなかった事である。公平であるべきマスコミが身内を守り、対立候補を取材もせず一方的に叩くのは大いに問題ありだろう。

さらに呆れたのが、鹿島たちが四国新聞社に乗り込み、「小川候補に取材せずに記事を書いた理由」を問い質すと、応対した社員は「質問はFAXで送ってください」と言うのみ。

ここで鹿島が、不愛想な相手にも丁寧に理論だてて説得しているのには感心した。この人、なかなか弁が立つし知識も豊富、言ってる事は実に正論である。ちょっと見直した。

二人は質問事項をまとめ、FAXで新聞社に送ったのだが、3日後にFAXで届いた回答は、「問題はないと考える」の一行。まともに答える気がないのがありあり。

鹿島が「デジタル担当大臣の会社のくせにFAX対応か」とツッ込むシーンには大笑いした。

さらに、後でプレイバックした映像を見ると複数箇所で、取材する二人を「四国新聞」の記者か関係者がスマホで撮っているシーンが写っていた。

「香川1区」でも感じたが、地方都市とはいえ、地元でかなりの発行部数を有する新聞社の、およそマスコミとは思えない独善、身内贔屓、監視といった閉鎖的体質はもっと糾弾されるべきだと改めて思った。

ここまでが前半で、大島新監督の「香川1区」で描き切れなかった部分を補完する役割を果たしていると言えるだろう。


そして後半は、2022年夏の参議院選挙に舞台が移る。二人は大阪に移動し、参院選候補者一人一人に密着取材する。与党、野党関係それぞれ満遍なく取材し、意見を聞き出そうとする姿勢がいい。こういう取材はテレビや新聞こそやるべきだろう。

立憲民主党・菅直人元総理の維新敵対発言の真意や、自民党の松川るい候補の、明快で筋の通った発言もきちんと映し出されていて、一方に肩入れしないスタンスも好感が持てる。

そして7月8日、あの安倍元総理銃撃事件が起きる。ちょうど大阪のホテルでYoutube「ヒルカラナンデス(仮)」の配信を始めた頃、そのニュースが飛び込んで来た。二人は考え込み、言葉も少なくなる。相当なショックだった事が分かる。

二人は気を取り直し、大阪の街へ出て行き、取材を続けようとする。幾人かの候補者は街頭演説を取り止めたりしていたが、立憲民主党の辻元清美候補は敢えて街頭演説を続行する。その姿もカメラが捉える。

辻元氏が意外にも、安倍元総理の身を真剣に案じている様子も写っている。互いに党派を超えて“戦友”として認め合っていた事が映像からも判る。

二人が辻元氏の間近で話を聴いているその時、安倍氏死去の報が入った。それを聞いた辻元氏が絶句し、しばらく言葉が出ない姿もカメラが捉えている。

こういう瞬間を映像として遺す事は貴重である。この映画は、辻元氏のそうしたリアクションを通して、事件の重さ、この2022年という時代の空気を、絶好のタイミングで見事に映し出したと言えるだろう。


恐らく当初は、これらの映像をYoutube番組で流すだけのつもりだっただろう。

だが安倍元総理銃撃事件が起きた事で、前半のマスコミの不遜で独善的体質も含め、“この国の民主主義は大丈夫なのか”という、Youtube受信者という狭い空間だけに留まらない、大きなテーマを抱える事になった。

それでこれまで政治をテーマにしたドキュメンタリーを撮って来た大島新監督がプロデューサーを買って出て、映画にする流れが生まれたのだろう。

無論、いかにもYoutube的な映像も含め、原一男監督や大島新監督らが作って来たドキュメンタリー映画に比べればクオリティはかなり落ちるし、これが映画かと疑問を感じる人もいるかも知れない。

それでも全編を通してじっくり観れば、ダースレイダーとプチ鹿島のお二人からは、選挙をお祭り化し、選挙を楽しもうとする姿勢が感じられ、選挙に興味がない人にも、一度選挙演説でも聞いてみようかなと考え、投票に行く気になってくれれば、製作した意味もあろうと思われる。

選挙とは何か、民主主義とは何かを考えさせられる、素敵なドキュメンタリーだった。面白かった。

エンドロールの後には、二人が沖縄に向かった様子も映し出され、これは沖縄を舞台にした続編もあるのではと思われた。是非そちらも作って公開される事を望みたい。  (採点=★★★★

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(付記)
キネマ旬報3月上旬号の特集記事を読んでいたら、ダースレイダー氏の祖父は、日活を中心に活躍された名プロデューサー、大塚和氏だと知って驚いた。

大塚和氏と言えば、今村昌平監督「豚と軍艦」「にっぽん昆虫記」、浦山桐郎監督「キューポラのある街」「私が棄てた女」、熊井啓監督「日本列島」「地の群れ」、鈴木清順監督「けんかえれじい」、長谷川和彦監督「青春の殺人者」等々の映画史に残る傑作、社会派の問題作を多く製作した、日本を代表する名プロデューサーである。

会社側が尻込みしそうな政治的な問題作も臆せず作って来た、骨のある祖父のプロデューサー魂がダース氏にも受け継がれているのではないか、そんな事も思った。今後も動向を注目して行きたいと思う。

 

(追記)
後日知ったが、実は上に書いた沖縄を舞台にした続編「シン・ちむどんどん」が今年8月、既に公開されていて、これも本作同様有料チャンネルで放映された。昨年の沖縄県知事選を題材にしたしたもので、こちらも面白そうなので近日観る予定。

しかしこの題名を聞いただけでは、本作の続編とは思いつかない。せめて「センキョナンデス2 沖縄編」とでもした方がよかったのでないか。
というか、この題名ではテレビの朝ドラ「ちむどんどん」の続編と勘違いする人もいるのでは(笑)。

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