「NO 選挙,NO LIFE」
候補者全員を取材することを信条に、国政から地方選、海外までさまざまな選挙の面白さを伝えてきた畠山理仁。カメラは畠山の2022年7月の参院選・東京選挙区で候補者34人への取材に挑む姿に密着する。1人で選挙現場を駆け巡り、睡眠時間は平均2時間、本業である原稿執筆もままならず、経済的に回らないという本末転倒な生き方を続けてきた。そんな畠山ももう50歳。この生き方もそろそろ潮時と、同年9月の沖縄県知事選の取材を最後に引退を決意する。そんな彼が沖縄で出会ったのは、他の地域では見られない有権者の選挙への高い参加意識と、民主主義をあきらめない県民たちの思いだった。
前回の「劇場版 センキョナンデス」に続いて、またもや選挙に関するドキュメンタリー映画の紹介である。でも、これまた面白い作品だった。「映画『立候補』」(2013)以後、選挙ドキュメンタリーにハズレはないと言えそうだ。
本作の監督・前田亜紀はテレビディレクター出身で、大島新監督の「園子温という生きもの」(2016)以後、大島の製作会社「ネツゲン」に所属し、ネツゲン製作のドキュメンタリーでプロデューサー及び撮影を担当して来た。「香川1区」での、平井陣営に脅されながらもカメラを回していた姿が記憶に新しい。
そして本作では「カレーライスを一から作る」(2016)以来2本目となる監督を担当する事となった。
本作は、これまでネツゲンが製作して来た政治家や選挙現場、それを取り巻く選挙民等に密着して来た作品群とは異なり、“選挙取材を25年も続けて来た一人のフリージャーナリスト(畠山理仁)”が主人公である(右)。
前田監督自身がカメラを担ぎ、2022年7月の参院選・東京選挙区、同年9月の沖縄県知事選を取材する畠山にピタリ密着し、候補者にカメラを向ける畠山の姿を追う。
畠山は一つの選挙で、候補者全員を公平に取材する事を記事執筆の信条としていて、一人でも取材が出来なかったら記事にしないと決めているそうだ。
候補者が少ない時ならともかく、候補者が34人もいる参院東京選挙区なんかだと大変だ。中には奇人・変人もいる、いわゆる泡沫候補(畠山自身は“無頼系独立候補”と呼んでいる)などはどこのマスコミも無視したり相手にしないのだが、畠山はそれでも律儀に一人一人丁寧に取材を申し込みカメラに収めて行く。
時には次の候補者を探して、三脚とカメラを抱えて走る、階段を駆け上がる。その後ろを前田監督がカメラを持って走って追いかける。取材は体力勝負だ(笑)。
無頼系独立候補の中には、あのマック赤坂(「映画『立候補』」参照)のスマイル党から立候補した込山ひろしがいて、なんとマック赤坂のお古のスーパーマン衣装を着ている。笑えて来るが本人は真剣だ。
その他、議席を減らします党のセッタケンジ、平和党のないとうひさおとか、何ともユニークな候補者ばかり。無所属の中村高志候補は、自分には超能力があり、その超能力で世界を変えると真面目に訴えている。
まさに奇人・変人ばかりで、マスコミが相手にしないのも当然だろう。それでも畠山はそんな候補者たちにも熱心に質問し、選挙に出る目的、信条を聞き出そうとする。立憲民主党の蓮舫候補が長野にいると聞くと、わざわざ自分が運転する車で長野に向かう。前田監督もその車に同乗し、横で畠山にインタビューする様子もカメラに収められる。
前田監督が畠山に話しかけるのは、車に同乗している時だけで、畠山が取材中はカメラを向けるだけで話しかけない事をルールにしているようだ。
そんな取材の中で、いい光景もあった。ある独立候補が、誰もいない場所で演説している時、立てかけた候補者の幟が風で倒れそうになると畠山はカメラを止め、幟が倒れないようにしてあげたり、ギターを弾きながら主張を歌う候補が、手が震えて楽譜を捲れないと見るとそっと助けたり…。そんな畠山のやさしい人情家の一面が見えるシーンが感動的だ。
こんな調子で、畠山はまるで憑かれたようにひたすら候補者の姿をカメラに収め続ける。そんな取材を25年も続けている。
取材費がかかり過ぎて原稿料を上回り、赤字になる事もしばしば。睡眠時間が少なくて本業の原稿書きもままならず。
50歳を迎えて、年齢的にもきつくなり、またこれまで家族にも散々迷惑をかけて来た事もあって、参院選の取材が終わる頃、“引退”も口にする。
次の沖縄県知事選挙の取材を最後に、引退する覚悟を決めた畠山だが、沖縄に到着し、候補者の地道な選挙活動や、辺野古基地反対闘争等の沖縄県民の選挙参加意識の高さを取材するうち、その覚悟も揺らいで来る。
畠山はインタビューで、「どの候補者もパワフルでとても面白い方ばかり。皆さんとても元気。僕自身が選挙のたびに『明日も頑張ろう』と勇気をもらっています。だから自分はそういう人たちに光を当てる存在になりたい」と語っている。
畠山にとって、やはり選挙はとても魅力的で、人生の一部、生きる勇気の源泉にすらなっているという事なのだろう。これではやめられない。
題名の「NO 選挙,NO LIFE」とは、“選挙なくして人生なし”という意味だろう。畠山の生き方を示す、いいタイトルだ。
畠山の家族の姿も出て来るが、妻も息子たちも、畠山を応援して様子が感じられる。いい家族だ。
映画はその他にも、NHK党が諸派候補も党公認とする事で得票率が2%を超え、年間3億5千万円が手に入る政党助成金制度のカラクリを暴いたり、参政党がフリーランスの畠山の取材をNGとした事に畠山が怒る姿も捉えられていたりするが、本作の良さはやはり、畠山理仁という魅力的な人間に密着し、その人物像を的確に描き切っている点にある。
これは原一男監督が「ゆきゆきて神軍」で奥崎謙三を、「全身小説家」で井上光晴を取り上げ、徹底的な密着取材でそれぞれ傑作となった、あの手法を思い出す。
畠山はこの二人ほど過激でも尖ってもいないが、魅力的であるのに変わりはない。
本作は、選挙に立候補する人たちの内面と行動原理を追及したドキュメンタリーであるが、それ以上に、畠山理仁というユニークな人物の魅力にも迫った、人間ドラマである点が出色である。カメラを向けて取材する畠山を、さらに前田監督が撮っている、一種のメタ構造になっている点も見逃せない。
選挙ドキュメンタリーの、新しいスタイルを開拓したと言えるだろう。
音楽を、「劇場版 センキョナンデス」の監督の一人でラッパーのダースレイダーが率いるバンド、The Bassonsが手掛けている。ダースは畠山を師匠と慕っているそうだ。
なお、ダースが監督する「シン・ちむどんどん」にも畠山が登場し、ダースたちと交流する様子が収められている。
大島新監督や本作の前田亜紀、ダースレイダーやプチ鹿島、それに畠山などが互いにコラボし合って、選挙の面白さ、選挙の重要さを伝えようとしている点は誠に心強い。多くの人がこうした映画を観て、選挙に行ってみよう、もっと選挙に関心を持とうと考えてくれるようになったら、日本の政治も少しは良くなるのではと思えて来る。
ちょうど、政治資金パーティーの裏金疑惑で政界が揺れ、国民の怒りが沸騰しているこの時期に本作が公開されているのは絶妙のタイミングである。是非多くの人に観て欲しい。 (採点=★★★★)
(付記)
本作は大阪・十三の第七芸術劇場で鑑賞したのだが、映画上映の後、前田亜紀監督をお呼びしての舞台挨拶があった。いろいろ製作裏話を聞けたのも良かった。
畠山は「香川1区」の現場にも来ていたそうだ。前田が出演交渉を依頼したら、しばらく連絡が途絶えたので、これはダメかなと思っていたら快諾の連絡があってほっとしたとも言っていた。
もっとお話を聞きたかったが、次の予定があったので途中退席したのがちょっと残念。それでも生のお顔を見れたのは良かった。次回作も頑張って欲しいと願う。
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