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2024年1月22日 (月)

「カラオケ行こ!」

Karaokeiko 2023年・日本   107分
製作・配給:KADOKAWA
監督:山下敦弘
原作:和山やま
脚本:野木亜紀子
撮影:柳島克己
音楽:世武裕子
企画:若泉久朗
プロデューサー:二宮直彦、大崎紀昌、千綿英久、根岸洋之

変声期に悩む男子中学生と、歌がうまくなりたいヤクザとの交流をコミカルに描いた和山やま原作の人気マンガの実写映画化。監督は「1秒先の彼」の山下敦弘。出演は「最後まで行く」の綾野剛、オーディションで選ばれた齋藤潤、「Arc アーク」の芳根京子、「ヘルドッグス」の北村一輝など。

(物語)中学3年生の合唱部部長・岡聡実(齋藤潤)は、ある日突然、ヤクザの成田狂児(綾野剛)からカラオケに誘われ、歌のレッスンを頼まれる。ヤクザの組長が主催するカラオケ大会で最下位になった者に待ち受ける恐怖の罰ゲームを回避するため、何が何でも上達しなければならないというのだ。狂児の勝負曲はX JAPANの「紅」。嫌々ながらも歌唱指導を引き受ける羽目になった聡実はカラオケを通じて少しずつ狂児と親しくなって行くが…。

題名を聞いた時点ではあまり観る気は起きなかったが、後で監督がお気に入りの山下敦弘と知って、それならと観る気になった。

結果は観て大正解。近年の山下監督作品では、久しぶりに楽しいコメディの快作だった。危うく見逃す所だった。

(以下ネタバレあり)

“ヤクザと中学生が、カラオケを通して仲良くなって行く”というプロット自体がユニークである、と言うかぶっ飛んでいる。現実にはそんな事あり得ないのだが、“通常ではあり得ない事が起きる”のがフィクション・ドラマの面白さである。原作者、よくこんなアイデアを思い付いたものだ。変わっている(誉め言葉。笑)。

冒頭、雨で濡れたシャツ越しにイレズミが見えている男の背中がアップになる。これだけでこの男がヤクザだと判る。うまい出だしだ。

その男、祭林組の若頭・成田狂児は、カラオケ好きの組長が主催するカラオケ大会で歌う事を怖がっている。もし最下位になれば、恐怖の罰ゲームを受ける事になる。そんな事は絶対に免れたい。そこで誰か、歌のうまい人物に歌唱指導をしてもらおうと思っているのだが、適当な人物が見つからない。

そんなある日、目についたのが「中学校合唱コンクール大会」の看板。このコンクールの出場者なら歌がうまいはずだ。狂児は会場に入って行く。

そして目を付けたのが、合唱部の部長でソプラノ担当の岡聡実。コンクールが終わった後、待ち構えていた狂児は聡実に、いきなり「カラオケ行こ!」と声をかける。そこにメインタイトル。なかなか快調なオープニングである。

聡実は、断れば何をされるか怖いので、仕方なくヤクザと一緒にカラオケルームへ行く。そこで狂児が歌うのがX JAPANの「紅」。高音を張り上げ熱唱する綾野剛が最高におかしい。

多少音程がズレる所もあるが、その真摯な熱唱ぶりに、このヤクザを少し見直す聡実。

こうして、中年ヤクザと、中学生の奇妙な交流が始まるのである。


聡実は、こんな難しい歌より、もっと歌いやすい歌にすればとアドバイスするのだが、狂児はどうしてもこの曲がいいと譲らない。仕方なく、歌唱指導を行う聡実。

舞台が大阪ミナミという事もあって、関西弁のトボけた会話が楽しい。その会話も、二人のテンポの間が微妙にズレて、それがまたおかしい。

聡実は曲冒頭の英語歌詞を日本語に翻訳してあげたりもするのだが、その日本語訳がまた関西弁。"still shining in my heart"の部分を「ピカピカやで~」と訳してるのも笑える。

ある時は狂児に誘われ、ヤクザたちが歌の練習をしているスナック・かつ子(組のカラオケ大会が催される会場)で、ヤクザたちが歌う歌の採点を頼まれたりもする。

彼らの歌いぶりは、どれもヘタクソ。で聡実が出した評価が「声が汚いです」、「うるさいです」、あげくに「カスです」(笑)。ヤクザが怖いはずなのに、遠慮なくズバズバ指摘するこのシーンも爆笑もの。

これにブチ切れたヤクザが聡実に殴りかかろうとするので、思わず狂児の腕にしがみつく聡実が可愛らしい。
しかし、こいつらに比べたら、狂児の歌の方がよっぽどマシだろう。聡実に教わらなくても大丈夫じゃない?(笑)。

こんな具合に、笑えるシーンがあちこちにあり、日本製のコメディの中では上出来の部類に入る作品と言える。

しかしコミカルなシーンばかりではない。やがて聡実は声変わりの時期(変声期)になって、高音域が出にくくなってしまう。その事で聡実は悩む。練習にも実が入らなくなり、練習を欠席したりもする。
それを後輩の和田(後聖人)が咎め、「やる気がない!」と怒り出す。

和田は合唱部の活動に熱心で、聡実を尊敬もしている。だからこそ許せないのである。そこを副顧問の森本先生(芳根京子)が間に入ってとりなす等、部活の状況も丁寧に描かれていて、青春部活ものの味わいもある。

また聡実は合唱部とは別に、「映画を見る部」の幽霊部員でもある。実は部長以外に部員は聡実しかいない。ビデオで古い名画を鑑賞するだけの部なのだが、DVDでもなくVHSカセットテープを使っているのがなんともアナクロ、いやアナログ(笑)。

聡実は合唱部をすっぽかし、ここで部長と一緒に昔の外国映画を観ている。タイトルは「白熱」「カサブランカ」「三十四丁目の奇蹟」「自転車泥棒」とクラシックな名画ばかり。このチョイスも映画ファンならニンマリしてしまう。ジャンルが皆違う(犯罪、ラブロマンス、ファンタジー、現実の厳しさ)のも面白いし、どこか聡実の心情と重なるものもある気がする。
これを知った和田はまたブチ切れ、リモコンでテープを巻き戻そうとするが、それが原因でビデオデッキが壊れてしまう。

この映画部のエピソードは実は原作にはないそうだ。本筋とあまり関係ないようにも見えるが、変声期で精神的に不安定になっている聡実にとって、映画を観て、映画部長と語り合うのも息抜き、心の癒しになるし、“テープを巻き戻そうとすると壊れてしまう”のは、「過ぎて行った時間は戻せない」事を暗示しているのではないかと考えると腑に落ちる。
人生も巻き戻しは出来ない。青春時代も、二度と帰っては来ない
だからこそ、人は一日一日を悔いのないよう、大切に生きなければならない。その事を伝えたい為に、このエピソードを追加したのではないかと思う。

そんな聡実の、心の支えになってくれるのも狂児だ。壊れたビデオデッキの代替品を買ってくれたり、聡実が声変わりで高い声が出ない悩みを打ち明けると、聡実をビルの屋上に誘い、ミナミの街を見下ろしながら、「なんでもかんでも綺麗なものだけがいいってなったら、この町もとっくになくなっとる」と言って、悩むことはないと励ましてくれる。
この言葉に勇気づけられて、聡実は合唱部に戻る事を決める。

このシーンがいい。二人の間には、友情のようなものが、あるいは疑似的な親子のような関係が生まれているのである。ここはジンと来た。

(以下完全ネタバレ。未見の方はご注意ください)

 

そして合唱コンクールの日、バスで会場に向かう聡実だが、あのカラオケ店の前を通過した時、大破した狂児の車と、ストレッチャーで運ばれて行く血まみれの男(顔は判らない)を聡実は目撃してしまう。

もしかしたら狂児が死んだのでは。会場に着いても気はそぞろ。いても立ってもいられず、聡実は会場を抜け出し、スナック・かつ子に向かう。
そこでは、祭林組のヤクザたちがカラオケ大会に興じていた。仲間が死んだのに呑気にカラオケなんてと聡実の怒りが爆発する。
そして聡実はマイクを奪い、あの「紅」を、まさにノドも潰れんばかりに熱唱する。変声期で、声がかすれたり裏返るのも構わずに。

「紅」の歌詞には、「もう二度と届かないこの思い 閉ざされた愛に向かい 叫び続ける」という一節があるが、これはまさに狂児を失った聡実の心情にピッタリだ。歌うと言うより、歌詞にもある魂の叫びに近い。これには感動した。

この後、サプライズがある。狂児がトイレから戻って来る。生きていたのだ。あの血まみれの男は狂児ではなく、彼を襲った男だった。道理でヤクザたちが平然と歌ってたわけだ。
歌っている聡実の隣りに、ふいと狂児が現れるタイミングも絶妙だ。聡実の驚きと安堵が混じった表情もいい。

こうして映画は終わるが、エンドロールが始まっても席を立たないように。最後におマケのエピソードがある。これもいい。狂児の腕のイレズミにも注目を。


観終わって、とてもいい気持ちになった。コメディなのに、ここまで感動させてくれる作品はめったにない。特に、X Japanの「紅」を実にうまく使っているのにも唸った。歌自体もいい。今までX Japanなんて一度も聴いた事がなかったが、この曲はじっくり聴いてみたいと思った。

綾野剛はいつもながらうまいが、聡実を演じた齋藤潤のピュアでナチュラルな演技がとてもいい。今後も注目したいと思う。

山下監督作品には「リンダ・リンダ・リンダ」「天然コケッコー」等の青春映画の傑作があり、それらに比べると落ちるが、それでも最近ちょっと低調気味だった山下監督作の中では久しぶりに復活の兆しが見えた佳作だと思う。今年も新作があと2本待機しており、さらなる活躍を期待したい。 
(採点=★★★★☆

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(付記)
Okasatomi 齋藤潤演じる聡実のフルネームは、“岡聡実”(おか さとみ)なのだが、我々古い映画ファンはこの名前を聞くとどうしても、昭和30年代に東映作品で活躍した女優、“丘さとみ”を思い出してしまう。

主に東映の時代劇に数多く出演、多い時で年間20本もの作品に出演、お姫様役が多く、“東映城のお姫さま”と呼ばれた。

偶然なのか、それとも原作者が丘さとみのファンなのだろうか(多分偶然(笑))。

 

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コメント

 綾野剛がなんとなく好きなので、ヤクザと少年の交流?くらいの印象で見ました。予想以上に面白く、ラスト近くスナックで岡くんがブチギレて歌う紅に感動しました。改めて映画は、世評を踏まえつつ自分のカンも頼りに見るべきだなと納得しました。

投稿: 自称歴史家 | 2024年1月23日 (火) 22:52

実は福岡のやはり映画好きの弟の勧めもあり、今日見ました。面白かったですね。山下監督の前作「1秒の彼」は悪くなかったですが、オリジナルと比べとちと微妙だったかな。

投稿: きさ | 2024年1月26日 (金) 19:08

◆自称歴史家さん
これは予想以上に面白かったですね。山下敦弘監督は要チェックです。もし未見でしたら「リンダ・リンダ・リンダ」がお奨めです。こちらも女子高校生たちがバンドを結成し、ロックバンドのコピー曲を歌うという、文化祭と青春を描いている点で本作ともちょっと似た要素がある秀作です。


◆きささん
「一秒先の彼」は見逃してます。オリジナルが傑作だっただけにどうかなと思ってましたが、やはり微妙でしたか。DVDが出たら見るかもです。

投稿: Kei(管理人 ) | 2024年1月28日 (日) 22:17

「一秒先の彼」は原作が傑作だっただけに、、
まあDVDだったら見る価値ありとは思います。

投稿: きさ | 2024年1月28日 (日) 22:35

リンダ・リンダ・リンダは未見です。DVDを探して是非みたいと思います。

投稿: 自称歴史家 | 2024年1月29日 (月) 18:56

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