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2024年1月 8日 (月)

「映画 窓ぎわのトットちゃん」

Madogiwanotottochan 2023年日本   114分
制作:シンエイ動画
配給:東宝
監督:八鍬新之介
原作:黒柳徹子
脚本:八鍬新之介、鈴木洋介
キャラクターデザイン:金子志津枝
総作画監督:金子志津枝
撮影監督:峰岸健太郎
音楽:野見祐二
製作:黒柳徹子

黒柳徹子が自身の子ども時代をつづった世界的ベストセラーの自伝的小説「窓ぎわのトットちゃん」のアニメーション映画化。監督は「映画ドラえもん」シリーズの八鍬新之介。声の出演は主人公トットちゃん役を子役の大野りりあな、その他「PERFECT DAYS」の役所広司、「キャラクター」の小栗旬、「翔んで埼玉 琵琶湖より愛をこめて」の杏、「君たちはどう生きるか」の滝沢カレンなど芸達者が揃った。

(物語)好奇心旺盛な小学1年生のトットちゃん(声:大野りりあな)は、落ち着きがない事を理由に小学校を退学させられてしまう。新しく通うことになったトモエ学園は、電車の教室がある一風変わった学校だった。独自の教育方針を持つ校長の小林先生(声:役所広司)は、出会ったばかりのトットちゃんに優しく語りかける。「君は、ほんとうは、いい子なんだよ」。子どもの自主性を大切にするトモエ学園の自由でユニークな校風の元で、トットちゃんはのびのびと成長して行く。だがやがて戦争の影が忍び寄って来て…。

正月最初に鑑賞した映画が本作。実はアキ・カウリスマキ監督の「枯れ葉」を観る予定だったがなんと満席札止め。地味な映画がヒットしてるのは喜ばしいけれど。
それで時間がちょうど合った本作を観る事に。

これが予想外に面白かった。評判が良かったのは知ってたが、我々の世代にもピッタリ心の琴線に触れる秀作だった。もっと早く観てれば、昨年度のベストに入れたかも知れない。


黒柳徹子の子供時代については、ずっと昔だがベストセラーとなった「窓ぎわのトットちゃん」を読んだ事があるし、また6年前、テレビ朝日で「トットちゃん!」の題名で放映された連続ドラマも観ているので、大体は知っている。

これまでも映画化の依頼が何度もあったが、黒柳さんはその都度断って来たと言う。その理由は「どうしても私がイメージしているトモエ学園やお友だちの姿にはならないんじゃないかと思い、ずっとお断りしてきた」そうだ。

今回は「アニメではどうか」との提案で、「アニメであれば幻想的な雰囲気にもなって、自分のイメージに近いものになるのかも知れない」と黒柳さんは考え、また原作に惚れ込んだ「映画ドラえもん」シリーズの八鍬新之介監督の熱意にもほだされ、映画化を承諾した。

(以下ネタバレあり)

“好奇心旺盛な”トットちゃんは、学校の授業よりも目にするものに興味が移り、フタ式になってる机が珍しくて何度もバタンバタンと開閉したり、チンドン屋が来ると窓を開けて呼びかけたりして結果的に授業を妨害してしまう。
とうとう先生から、授業を妨害するような子はこの学校に置けません。どこか別の学校に移ってくださいと言われてしまう(つまり退学勧奨)。

今なら、情緒不安定とか多動症とか呼ばれたりで、特別学級に移されたりする事もあるが、トットちゃんはよく喋り、性格も明るく誰とでも友だちになれるので、決して特別な子供ではない。好奇心が強いだけだ。
トットちゃんのママ(声:杏)は彼女を受け入れてくれる学校を探し、自由が丘にあるトモエ学園を知ってそこに彼女を入学させようとする。
まず校長の面接を受ける事になるが、校長の小林先生は、面接でトットちゃんと二人きりになり、トットちゃんのお話を何時間でも聴いてくれる。そして入学が決まる、

トモエ学園は電車を教室にしたり、授業も子供たちが好きな事を自由にやらせてくれる、一風変わった学校である。トットちゃんはすぐにこの学校に馴染んで行く。

やがてトットちゃんは、小児麻痺(ポリオ)の少年泰明ちゃんと仲良くなる。足が不自由な為、遊び時間も教室に篭もって本ばかり読んでる泰明ちゃんを外に連れ出し、休日には倉庫から脚立を出して来て木登りを体験させようとする。
懸命に下から支え、木の上に泰明ちゃんを引っ張り上げようと奮闘するトットちゃんの姿を見ていると、思わず頑張れと声援を送りたくなり、無事に木の上に二人が上がった時は涙が出そうになった。

あるいは水泳の時間、トモエ学園ではなんと子供たちを素っ裸にさせて自由に泳がせる(今なら絶対親から抗議され、教育委員会に訴えられるだろう)。
この時、水中を泳ぐ泰明ちゃんはとても楽しそうで活き活きしている。身体が浮く分、普通の子供と変わらないくらい動けるからだ。
そして泳ぐトットちゃんと泰明ちゃんの姿がやがてパステル画風の絵になり、空想で宇宙を飛び回る幻想シーンがとても美しい。

もう1ヵ所あるトットちゃんの空想シーン共々、とてもファンタスティックで感動的である。アニメにした効果が絶大に発揮されている(注)

ある日両親と行った縁日で、トットちゃんはヒヨコを買う事をおねだりする。ママは「あなたが泣く事になるから、よしたほうがいいと思うのよ」と説得するが、トットちゃんは泣きじゃくり、「一生のお願い。死ぬまで何か買ってって言わないから買って」と言う。根負けしたパパとママはとうとう買ってあげる。トットちゃんは一生懸命に世話するが、数日後、ヒヨコは死んでしまう。トットちゃんは泣く。ママが「あなたが泣く事になる」と言ったのはこの事だった。
命あるものはいつか死ぬ事、命の尊さをトットちゃんが知るこのエピソード、終盤の重要な伏線にもなっている。


そして物語後半、日本は太平洋戦争に突入し、戦争の影が色濃くなって行く。

パパ、ママは敵性語として使えなくなる。ママのカラフルで綺麗なドレスはこの非常時にけしからんと警官に咎められる。銀座の街を、割烹着を着た婦人たちが「贅沢は敵だ!」とシュプレヒコールを上げながら行進する。子供たちの遊びも、ガスマスク姿で相手を銃剣で突き刺す戦争ごっこに変わる…。

さらに戦況が悪くなって行くと、トットちゃんの家の大きな犬もいなくなる。昼の弁当も、トットちゃんの家ですら豆だけになる。電車の改札係も男性から女性になっている。街を歩くとすれ違う男たちは、片足が無かったり、目が見えなかったり。白い箱を抱いて泣いている女性もいる。トットちゃんのパパもいなくなる。
何の説明がなくても、大人にはそれらの理由が分かる。戦死者が増え、兵隊が不足して男たちはみんな戦場に送られる。多くは戦死、生き残っても障害者になって戻って来る者もいる。

戦時色一色になって、国民は否応なく戦争に加担させられる、誰もその流れに抗えない。それを無言の絵だけで強烈に感じさせてくれる

原作にも反戦の要素はあるが、文字よりも絵で見る方がよりインパクトがある。ほのぼのとした子供たちの世界に、戦争が侵蝕して来るから余計に怖さを感じるのである。

さらに悲しい事が起きる。泰明ちゃんが亡くなる。理由は示されないが、食糧不足の影響もあったかも知れない。

泰明ちゃんの葬儀に参加したトットちゃんは、命の儚さ、生きる事の大切さを知る。
そしてトットちゃんは走る。出征する兵士たちの間を全速力で走り抜ける。泰明ちゃんの出来なかった事を代行するかのように。このシーンも感動的だ。

更に戦況は厳しくなり、空襲での火災延焼を防ぐ為にトットちゃんの家も間引き破壊される。トモエ学園も空襲で焼けてしまう。
戦争は、大切なものを何もかも奪ってしまう

子供向けのアニメでありながら、戦争の恐ろしさをこれほど静かに訴えるアニメはめったにないだろう。子供向けではないが「この世界の片隅に」とも共通したテーマが感じられる。
悲しみを乗り越え、かけがえのない先生、友との出会い、別れ、さまざまな経験を通して、少女は成長して行くのである。

ラストは、東北に疎開して行くトットちゃん一家を捉えて映画は終わる。この時、列車の横をあのチンドン屋一行が行くのが見える。トットちゃんの幻想のようにも見えるが、必ず、あんな平和な時代がやって来る、その願望の表れなのかも知れない。


何度も泣けた。トットちゃんが明るく元気なだけに、そんな小さな子供にも忍び寄る、戦争の恐ろしさが強く心に残る。そしてトットちゃんの人生に大きな影響を与えた小林先生という、素晴らしい教育者の存在にも感動した。先生がトットちゃんに語り掛ける、「君は、本当はいい子なんだよ」の言葉が心に残る。

本当の教育とは何か、戦争は如何に理不尽で、子供たちの心に深い傷を残すのか…。原作のテーマをシンプルにかつ力強く打ち出した本作は、子供が観ても、大人が観てもそれぞれ感動する見事な秀作である。

忘れる所だったが、本作を企画し、脚本・監督も手掛けた八鍬新之介の名前も記憶に留めたい。アニメ界の新しい才能の登場に拍手を送りたい。

世界各地で戦争が起こり、小さな子供たちが傷つき死んで行く、今の時代にこそ観るべき素敵なアニメーションだと言える。是非親御さんは自分の子供に見せて、一緒に語り合って欲しいと強く願う。  
(採点=★★★★☆


(注)

この2ヵ所の空想シーンは本編と別のプロダクションが手掛けており、明らかに画調が異なる。エンドロールを見ると、コミックス・ウェーブ・フィルム プロダクションI.G スタジオコロリドなど錚々たるアニメスタジオが参加しており、なかなか壮観だ。
個人的には、ビートルズがアニメで主演する傑作アニメ「イエロー・サブマリン」(1969)を思い出した。曲ごとにパステル調だったり、シュールな絵だったりと画調が異なる作り方が本作と似ている。

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コメント

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。この映画、気にはなっていたんですが、見たいと思います。

投稿: 自称歴史家 | 2024年1月 8日 (月) 18:51

◆自称歴史家さん
こちらこそ、今年もよろしくお願いいたします。
これ、昨年見逃したことが悔やまれます。
原作本を読むのは、小さい子供にはちょっと難しいと思っていましたので、こうして子供にもわかり易く、それでいて映像によって戦争の恐ろしさが伝わる素敵なアニメーションに仕上がっていて、とても感動しました。幸いよく客が入っているようで(私が観た時は9割の入りでした)、是非多くの、特に子供たちに観ていただきたいですね。

投稿: Kei(管理人 ) | 2024年1月12日 (金) 11:35

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