「哀れなるものたち」
2023年・イギリス 142分
製作:サーチライト・ピクチャーズ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
原題:Poor Things
監督:ヨルゴス・ランティモス
原作:アラスター・グレイ
脚本:トニー・マクナマラ
撮影:ロビー・ライアン
音楽:イェルスキン・フェンドリックス
製作:エド・ギニー、アンドリュー・ロウ、ヨルゴス・ランティモス、エマ・ストーン
スコットランドの作家アラスター・グレイの同名ゴシック小説の映画化。自殺した女性が天才外科医の手により奇跡的に蘇り、新たな人生を歩みだす物語。監督と主演は「女王陛下のお気に入り」のヨルゴス・ランティモスとエマ・ストーン。共演は「永遠の門 ゴッホの見た未来」のウィレム・デフォー、「アベンジャーズ」シリーズのマーク・ラファロなど。
(物語)19世紀後半のイギリス・ロンドン。不幸な女性ベラ(エマ・ストーン)は若くして自らの命を絶ったものの、風変わりな天才外科医ゴッドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)の手により奇跡的に生き返る。蘇ったベラは世界を自分の目で見たいという強い欲望に突き動かされ、放蕩者の弁護士ダンカン(マーク・ラファロ)の誘いに乗り、大陸横断の旅に出る。ベラは貪欲に世界を見つめるうちに、平等と自由を知り、驚くべき成長を遂げて行く…。
前作、「女王陛下のお気に入り」で米アカデミー賞に10部門がノミネートされた他、第75回ベネチア国際映画祭では銀獅子賞を受賞し、一躍国際的に評価されたヨルゴス・ランティモス監督。本作ではそのベネチア国際映画祭(第80回)で最高賞の金獅子賞を受賞し、第96回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、脚色賞ほか計11部門にノミネートされた。
1作ごとに評価は鰻上り。これは凄い事だ。さっそく劇場に観に行った。
(以下ネタバレあり)
アラスター・グレイの同名小説が原作だが、発想がぶっ飛んでいる。主人公は天才外科医ゴッドウィン・バクスター。ある日、自殺した妊婦の死体を見つけ、そのお腹にいた胎児の脳を取り出し、それを母親の脳と入れ替えてしまうのだ。
身体は大人の女性だが、脳(=思考)は赤ん坊のまま。また身体が母親、頭脳はその子供、という事になる。こういう発想を思いつくのが凄い。
死んだ人間を、科学の力で蘇らせる…というのは小説・映画で有名な「フランケンシュタイン」を思わせる。その手術を行った天才外科医ゴッドウィン・バクスターの顔も、やはり外科医だった父親に実験体として切り刻まれ、まさにフランケンシュタインの怪物のように継ぎはぎだらけの醜怪な容貌になっている。
なおゴッドウィンは略して“ゴッド”と呼ばれているが、まさにゴッドウィンは創造主=神(ゴッド)のような存在であると言えるだろう。
ついでに、ゴッドウィンの屋敷には上半身ブタ、下半身ニワトリといった異形の生き物が飼われている。これもゴッドウィンが接合手術して作ったのだろう。まさにマッド・サイエンティストだ(「映画秘宝」復刊号の特集になぞらえば「恐怖理系人間」だ(笑))。
物語は、こうして不思議な身体となった女性、ベラ・バクスターが、さまざまな数奇な体験を経て成長し、やがて自我に目覚めて行くまでを2時間22分の上映時間の中で描いて行く。
映像的にも凝りに凝りまくっている。前作同様、超広角レンズを多用して、まさに歪んだ世界をビジュアル化しているし、19世紀末であるにも拘わらず、空にはケーブルで空中移動する物体が浮かんでいる。空の風景も、明らかに実写ではなくファンタスティックな色彩の異世界的映像で統一されている。
物語も含めて、すべてが非現実的世界である事が強調されているのだ。まさにランティモス・ワールド。この世界観を眺めるだけでも楽しめる。

ベラは、最初のうちは手掴みで料理を食べるは気に入らないと吐き出すは、その辺の物を投げるは壊すは、歩く姿もヨチヨチ歩き、まさに赤ん坊そのままである。
ベラがピアノを無茶苦茶に弾く(と言うより叩く)シーンがあるが、全体の音楽まで不協和音のようで、歪んだ作品世界を象徴しているかのようである。
やがてベラの脳の思考は、短期間の間に赤ん坊から幼児、少女、大人へと急速に成長して行く。それに連れて歩き方や行動まで段々としっかりしたものに変化して行く。
ベラを演じるエマ・ストーン、この変化を見事に演技で体現しているのが素晴らしい。
ゴッドウィンは助手のマックス・マッキャンドレス(ラミー・ユセフ)にベラの成長を観察し記録させるのだが、やがて心も大人になったベラにマックスは恋心を抱き、ゴッドウィンの許しを得て二人は婚約する事となる。
だが二人の結婚の契約書を仕上げる為に現れた弁護士のダンカン・ウェダバーン(マーク・ラファロ)は、一目でベラを気に入り、世界を自分の眼で見たいというベラの願いを叶えるべく、彼女を連れてリスボンを皮切りに、豪華客船による世界への旅に出かける事となる。
この旅においても、ベラの好奇心はますます広がりを見せ、客船で知り合った老貴婦人からは読書と哲学を教わったり、またある港町では貧困にあえぐ住民たちを見てショックを受けたりもする。世界には、富める者と貧しい者の格差が厳然とある事をベラは知る。
ベラはダンカンが酔って寝ているうちにダンカンがギャンブルで儲けた全財産を貧しい人々に分け与えてしまう。ダンカンは怒るが金は戻って来ない。二人は一文無しになる。
その後着いたパリでは、生活の為に売春宿に雇われ、欲望に飢えた男たちの慰み物になる。しかしこれもベラにとっては世界を知る新しい経験でもあるのだ。
ベラを演じるエマ・ストーン、ヘア丸出しのセックス・シーンも堂々と演じているのが凄い。
その後ベラは、迎えに来たマックスとゴッドウィンの屋敷に戻り、マックスと結婚式を挙げようとするのだが、そこに現れたのが、ベラの元夫だったアルフィー・ブレシントン将軍。傲慢でサディスティックな性格で、ベラを徹底的に苛め支配下に置こうとしていた。そんな生活に耐えられずベラは自死を選んだのだ。
以前なら、暴虐な夫の仕打ちにも耐え忍んでいたベラだが、世界の広さを知り、さまざまな知識を得て自立心に目覚めたベラは、もう耐え忍ぶ女ではない。夫に毅然と対峙し、遂に復讐を果たすのである。アルフィーがどんな運命を辿ったかは映画を観てのお楽しみ。
いやー面白かった。痛快だ。ランティモス監督作品で、こんなに笑い、かつ爽快なラストを迎えた作品は初めてだ。
題名の「哀れなるもの」とは誰なのか。最初は、夫の暴虐に耐えかね死を選んだベラだろう。しかし最後まで観れば、欲望に溺れ、ベラに棄てられ、精神を病んでしまうダンカンや、女性を見下しサディスティックに苛める事にしか快楽を得られないベラの元夫アルフィーといった男たちこそ、哀れなるものたちそのものだという事が判って来る。
19世紀には、まだそんな自己本位や、男尊女卑的な考えの男たちが多くいたのだろう。
この映画は、そうした古い(現代も根強い)傲慢な思考を持つ男たちへの、一人の女性の痛烈な反抗と怒り、そして学び行動する姿を通して、人間は理不尽な状況の中で、どう考え、どう生きるべきかを現代に問い直す、優れた人間洞察、人間賛歌のドラマになっているのである。それが素晴らしい。
ランティモス監督の壮大かつ斬新な映像美に酔いしれるもよし、エマ・ストーンの体当たりの熱演を賛美するもよし、そして作品に込められた奥深いメッセージを読み取り考察するもよし、いろんな楽しみ方が出来る秀作である。早くも本年度ベストワン候補作の登場だ。アカデミー賞でどれだけ受賞するかも今から楽しみだ。
(採点=★★★★★)
(付記) エマ・ストーンは本作でプロデューサーも担当しているが、彼女は2022年、夫のデイブ・マッカリーと共に映画/TV制作会社「Fruit Tree」を設立し、第1回作品として先般日本でも公開されたジェシー・アイゼンバーグ監督デビュー作「僕らの世界が交わるまで」を発表している。本作にもFruit Treeが製作に名を連ねている。
今後も、Fruit Treeを拠点に、意欲的な作品を手掛けて行くと言っている。女優としても今が旬だが、プロデューサーとしての活躍も期待出来る。まさに二刀流だ(笑)。注目して行きたい。
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コメント
奇怪な語り口ながら、段々とクセになる作風でした。なかでもエマ・ストーンのまさに、体当たりの演技に圧倒されました。想像するに、原作・台本の理解力が高く、頭脳も相当優秀なんだろうなと思います。「バードマン」の小生意気な娘役から、「ラ・ラ・ランド」など、着々とビッグになってます。次作が楽しみです。
投稿: 自称歴史家 | 2024年2月15日 (木) 12:50
なんだかえらい映画を見てしまった、という感じ。
得も言われぬユーモア、素晴らしい映像、そして強烈なテーマ性。ここ数年での総合的なマイベスト作品と言ってもいいほどです。いやぁ映画ってほんとにいいもんですね。by水野晴郎、笑。
ラストのエマ・ストーンの表情がほんと印象的で素敵でした。
投稿: 周太 | 2024年2月17日 (土) 16:45
◆自称歴史家さん
エマ・ストーンいいですね。2作続いたヨルゴス・ランティモス監督との息もピッタリ。今後が益々楽しみです。
◆周太さん
>なんだかえらい映画を見てしまった、という感じ。
ホント、とんでもない映画、だけど傑作。
こんな映画、なかなか撮れるもんじゃないです。異形の映画を創造するランティモス監督自身が本作のゴッドウィンと重なって見えますね(笑)。
投稿: Kei(管理人 ) | 2024年2月18日 (日) 14:57