「ネクスト・ゴール・ウィンズ」
2023年・イギリス・アメリカ合作 104分
製作:サーチライト・ピクチャーズ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
原題:Next Goal Wins
監督:タイカ・ワイティティ
脚本:タイカ・ワイティティ、イアン・モリス
撮影:ラクラン・ミルン
音楽:マイケル・ジアッキノ
製作:ジョナサン・カベンディッシュ、ギャレット・バッシュ、タイカ・ワイティティ、マイク・ブレット、スティーブ・ジェイミソン
世界最弱のサッカーチームがワールドカップ予選で起こした奇跡のような実話を元にした感動のスポーツ・ドラマ。監督は「ジョジョ・ラビット」のタイカ・ワイティティ。主演は「それでも夜は明ける」のマイケル・ファスベンダー、共演は「ハント・フォー・ザ・ワイルダーピープル」のオスカー・ナイトリー、「透明人間」のエリザベス・モスなど。
(物語)米領サモアのサッカー代表チームは、2001年、ワールドカップ予選史上最悪の0対31の大敗を喫して以来、1ゴールも決められずにいた。次の予選が迫る中、サッカー協会会長タヴィタ(オスカー・ナイトリー)の発案でアメリカからプロの監督を呼ぶ事になり、白羽の矢が立ったのが破天荒な性格でアメリカを追われた鬼コーチ、トーマス・ロンゲン(マイケル・ファスベンダー)。サモアに到着したロンゲンは、早速チームの立て直しを図ろうとするが…。
タイカ・ワイティティ監督は、2020年公開の「ジョジョ・ラビット」が、コメディ・タッチの中に鋭い戦争批判、人間ドラマを盛り込んだ秀作で、これで私はファンになった。
本作は、2014年のドキュメンタリー「ネクスト・ゴール!世界最弱のサッカー代表チーム 0対31からの挑戦」でも描かれた、2001年のワールドカップ予選で、史上最悪となる0対31の大敗を喫した米領サモアのサッカー代表チームが、2011年の予選で屈辱を晴らすまでの実話がベースになっている。
なお冒頭のタイトルで「ほぼ実話」とあるように、一部フィクションも交じってはいるが大筋では実話通りである。
パターンとしては、“最弱チームが努力を重ね、全員が結束して闘い、最後に勝利する(あるいは善戦する)”という、これまでも数多く作られて来た王道の物語で、代表的な作品に「がんばれ!ベアーズ」(1976)、「メジャー・リーグ」(1989)、日本では周防正行監督「シコ、ふんじゃった。」、矢口史靖監督「ウォーターボーイズ」など枚挙にいとまがない。
実話ベースではジャマイカのボブスレー・チームが冬季オリンピックに出場する「クール・ランニング」があるし、思いっきり荒唐無稽コメディの「少林サッカー」てのもあった。
いずれも秀作・佳作で、大好きな作品ばかりである。このパターンの作品に外れはない。そんな映画をお気に入りのタイカ・ワイティティ監督が作ったと聞いて、これは是非観ようと思った。
(以下ネタバレあり)
出だしは、その2001年の0対31の屈辱的大敗を喫した試合の様子がニュース映像で描かれる。相手チームが格上のオーストラリアという事もあるが、何とも惨めな負けっぷりである。米領サモアはその後も出ては負け続け、本作で描かれる2011年予選まで、30戦全敗という成績であった。その間、1度もゴールを決めた事がない。FIFAランキングは無論最下位。
本作の副主人公とも言える米領サモア・サッカー協会のタヴィタ会長は、「せめて1点くらいは得点してくれ」と望む。このタヴィタのキャラクターが面白い。親善試合でも負けて、賭けをした相手に顔中オッパイの落書きをされてしまうくだりには大笑い。
ちなみに、お顔が野球御意見番・張本勲氏とそっくりなのもおかしい(笑・右)。
米領サモアは国名通りアメリカの自治領なので、タヴィタは本国に誰かコーチを派遣してくれと要請する。それで選ばれたのが、鬼コーチとして知られるトーマス・ロンゲン。
ロンゲンはコーチとしての腕は確かだが、気が荒く、カッとなると試合中でも物を放り投げたりと怒りをコントロール出来ない。そのせいでサッカー連盟からは、「米領サモアに行くか、さもなければクビか」の二者択一を迫られる。
というわけで、ロンゲンはやむなく米領サモア・サッカー・チームのコーチを引き受ける事となる。
サモアに到着すると、何もかもがそれまでの生活と違うのでロンゲンは面食らう。車は制限時速が32キロとかで、自転車にも追い抜かれるし、携帯電話は圏外で繋がらず、島民は敬虔な宗教信者で時間が来ると仕事ほったらかしでお祈りを捧げる始末。そして何より、のんびりした大らかな性格の人たちばかり。このトボけた空気感がなんともおかしい。
コーチを始めても、選手たちはやる気があるのかないのか、ヘマばかり。島ののんびりムードが選手たちにも伝染しているようだ。それでロンゲン自身もぶち切れたり、これでは無理だと諦めかけたりもする。
一方で、ロンゲンが携帯電話に残されている娘のメッセージを聴くシーンが何度か登場する。電波が繋がらないので退屈紛れに聴いているのかと最初は思ったが、これが実は後の伏線になっている。聞き逃さないように。
選手の中に一人、トランスジェンダーらしき人物がいる。名前はジャイヤ・サエルア(カイマナ)。髪を長く伸ばし、女性っぽく見えるが生まれは男性である。ポリコレ重視の最近の風潮で創作したキャラクターだと思っていたのだが、実在の人物だと知って驚いた。
後で調べたが、南太平洋の島国にはこうした人たちが多く存在しており、サモアでは“ファファフィネ”と呼ばれているそうだ。男でも女でもない、「第三の性」という意味である。島民や選手たちも、ごく普通にジャイヤに接している。LGBTQ的には先進国よりも進んでいるというのが面白い。
ちなみにジャイヤ役を演じたカイマナは、自身もファファフィネだそうだ。
ロンゲンは最初のうちは「こんなナヨナヨした選手はいらない」と邪見に扱っていたが、男たちに交じり、ひたむきに練習に取り組むジャイヤの姿を見て、徐々に考えを改めて行く。
ロンゲンはさらに、10年前に0対31の惨敗を喫した時のゴールキーパー、ニッキー・サラプ(ウリ・ラトゥケフ)を呼び戻す。本人はその時のトラウマで引退していたのだが、実力はあると認めたロンゲンは彼にリベンジのチャンスを与え、ゴールキーパーとしてチームに参加させる。このニッキーも実在の人物である。
(ここから完全ネタバレ。未見の方は読まないように注意)
こうして、ロンゲンの指導もあってチームは次第に力を付けて行き、遂にW杯予選の試合の日がやって来る。相手は当然格上のトンガ。試合前、両者がラグビー・ワールドカップでもお馴染みとなったシバタウ(踊りのような伝統儀式)で挑発し合うくだりも笑える。
試合前半は健闘するもなかなか点が入らない。ロンゲンは試合中に癇癪を起こしてクーラーボックスを放り投げたりもする。そしてタヴィタ会長に「もう辞めて帰る」とまで言ってしまう。今度も惨敗か、とハラハラさせる。
だがタヴィタの懸命の説得に、ロンゲンはふと今までの考えを改めようと思い直す。そして前半終了後のハーフタイムに、ホワイトボードの作戦図を消し、大きくニッコリマークを描く。
「勝つ事にこだわり過ぎるからみんなコチコチになっている。勝とうと思うな。試合を楽しめ」とロンゲンは宣言する。
これで固さが取れた選手たちは後半のびのびと戦い、ジャイヤの活躍、GK・ニッキーのファインセーブなどもあって、W杯予選初のゴールどころか2点目もゲット、最後に大逆転勝利を呼び込むのである。
この終盤の戦いぶりは、ワイティティ監督のテンポよく迫力ある演出もあって感動させられる。最後には涙まで出てしまった。まさに典型的な王道パターンの展開である。これが実話とは信じられないくらいドラマチックだ。
ロンゲンが何度も怒りをぶつけるのは、実は2年前に最愛の娘を交通事故で失っており、その悲しみのやり場がなかったから、という事も後半で明らかになる(娘の携帯メッセージを何度も聴く伏線が生きて来る)。
この映画が並みの王道スポーツ・ドラマと異なるのは、娘を失ったロンゲン、第三の性を持つジャイヤ、屈辱のトラウマを抱えたGKニッキー、といった、それぞれに苦悩を抱えた人物の心情を丁寧に描き、試合の戦いぶりを通して、各々が過去を乗り越え再生して行くプロセスがきちんと描かれているからである。
ロンゲンによってサモア・チームは強くなって行くのだが、ロンゲン自身も彼らと心を通わせる事で、娘を失った悲しみを克服し、共に人間的にも成長して行くのである。その事にとても感動した。
随所に笑い、トボけたユーモアをまぶしつつ、最後は涙と感動で締め括るワイティティ演出が見事である。「ジョジョ・ラビット」に感動した方、王道スポーツ・ドラマが好きな方には特にお奨めである。
なおワイティティは、冒頭、怪しげな神父役で出演もしている。エンドロール後にもチラっと出て来るので席を立たないように。
(採点=★★★★☆)
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コメント
これ見逃してました。
今週なら近くのシネコンでやっている様なので見ようと思っています。
投稿: きさ | 2024年2月28日 (水) 11:29
さっそく昨日見ました。面白かったです。
実話が元ですが、弱小チームがワールドカップ予選で起こした奇跡の様な出来事を描いています。
主人公は弱小チームの監督のマイケル・ファスベンダー。
オスカー・ナイトリーのサッカー協会の会長や、チームの選手も好演していました。
色々あって最後のマイケル・ファスベンダーの告白が泣かせる。
その後の予選の描き方も泣けました。
投稿: きさ | 2024年3月 1日 (金) 11:29
◆きささん
面白かったですか。お奨めした甲斐がありましたね。
こんなドラマチックな話が実際にあったとは驚きですね。ロンゲン・コーチの娘さんが若くして亡くなったのも実話だそうです。私も何度か泣いてしまいました。
投稿: Kei(管理人 ) | 2024年3月 2日 (土) 22:33