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2024年3月17日 (日)

「落下の解剖学」

Anatomiedunechute 2023年・フランス   152分
製作:Les Films Pelleas=France 2 Cinema 他
配給:ギャガ
原題:Anatomie d'une chute
監督:ジュスティーヌ・トリエ
脚本:ジュスティーヌ・トリエ、アルチュール・アラリ
撮影:シモン・ボーフィス
製作:マリー=アンジュ・ルシアーニ、ダビド・ティオン

雪山の山荘で起きた不可解な転落事故死を巡るサスペンス・タッチの人間ドラマ。監督はフランスの女性監督で、これが長編4作目となる「愛欲のセラピー」のジュスティーヌ・トリエ。主演は「ありがとう、トニ・エルドマン」のザンドラ・ヒュラー。共演は、「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」のスワン・アルロー、「BPM ビート・パー・ミニット」のアントワーヌ・レナルツほか。第76回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した他、第81回ゴールデン・グローブ賞で脚本賞、最優秀非英語映画賞受賞、第96回アカデミー賞でも作品賞他5部門にノミネートされ、脚本賞を受賞した。

(物語)人里離れた雪山の山荘で、視覚障害をもつ11歳の少年ダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)が、血を流して倒れていた父親サミュエル(サミュエル・セイス)を発見する。母親のサンドラ(ザンドラ・ヒュラー)がすぐに救助を要請するが、父親はすでに息絶えていた。当初は単なる転落事故かと思われたが、その死には不審な点も多く、前日に夫婦ゲンカをしていた事などから、妻であるベストセラー作家のサンドラに夫殺しの疑いがかけられ起訴される。サンドラは無罪を主張するが、やがて夫婦の間に隠された秘密や嘘が露わになって行く…。

カンヌ国際映画祭で、女性監督による史上3人目のパルムドールを受賞した他、米アカデミー賞でも作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、編集賞の5部門にノミネートされる(結果は脚本賞のみ受賞)等、評判の話題作という事で、これは映画館で観ようと決めていた。最近エンタメ系でない渋い作品(「PERFECT DAYS」「枯れ葉」「哀れなるものたち」)でも満席で入れなかった事が続いているので、早めにネット予約で座席を確保しようと思ったのだが…。

なんと上映2時間前に座席を確認したら、もう満席札止めだった(アカデミー賞が発表される前の2月末)。それもミニシアターでなく東宝系シネコンで。昨年末からこれで4度目だ。

仕方なく、後日早めにネット予約してなんとか観る事が出来たが、やはり8割がた席は埋まっていた。こういう渋いアート作品に観客が押し寄せるのはいい事なのだけれど。

(以下ネタバレあり)

冒頭から、謎めいた出来事が次々と起こる。作家であるサンドラが山荘のリビングでインタビューを受けていた時、突然大音響の音楽が流れる。どうやら夫のサミュエルが流しているらしい。インタビューはやむなく中止となり、インタビュアーは帰って行く。

インタビューの来客があるのを知っていて、夫は何故インタビューを邪魔するような行動を取るのか、不可解だ。またサンドラが、夫に邪魔しないように言いに行かないのもおかしい。

この後、視覚障害の息子ダニエルが愛犬スヌープと散歩に行き、帰って来ると父サミュエルが血を流して倒れていた。サンドラは救急車を呼んだが、サミュエルは既に死んでいた。

警察の検視で、サミュエルは3階の屋根裏部屋の窓から転落し、下にある物置に頭をぶつけた事が致命傷だった事までは判明する。

誤って転落した事故か、自殺かとも思われたが、遺書はない。やがて警察は、サンドラが故意に突き落としたのではないかと疑い、サンドラを夫殺害容疑で起訴する。
ここから映画は、1年以上にも及ぶ裁判劇となって行く。

サンドラは元恋人の弁護士ヴィンセント(スワン・アルロー)に弁護を依頼し、無実を主張する。裁判では検察側が再現実験やCGシミュレーションを行って検証するが、決め手にはならない。検事と弁護士が互いに主張を繰り広げ、対決する様子がスリリングに描かれる。

ちょっと面白いのが、アントワーヌ・レナルツ扮する検事。赤と黒を強調した目立つデザインの法服を着て、ネチネチとサンドラを責め立てる憎たらしい役で、本作の中でも結構キャラが立っている。


裁判劇というのは、これまでも数多く作られている。代表的なものでは、アガサ・クリスティ原作のビリー・ワイルダー監督「情婦」(1957)や、松本清張原作「疑惑」(1982年・野村芳太郎監督)などがあり、ミステリー系のジャンルで秀作が多い。「疑惑」では妻が事故に見せかけて夫を殺したのではと疑われるという、本作と似た展開となる。

だが本作は、出だしこそミステリー・タッチだが、裁判で明らかになって行くのは、それまで見えていなかったサンドラとサミュエル夫婦の愛憎渦巻く人間関係である。

妻サンドラは、作家として成功しているが、夫サミュエルは教師の傍ら小説を書くもまったく売れない。また息子ダニエルが視覚障害となった原因もサミュエルにあるようだ。それらが負い目となってサミュエルの心を苛む。妻が小説執筆に専念している為、家事はサミュエルが担当し、その為自分の執筆活動もままならない。双方の不満が溜まって行く。
妻がドイツ人、夫がフランス人で妻がフランス語が得意でないという設定も、夫婦間の溝や裁判での証言に微妙に影響を与えている事が窺え秀逸である。

トリエ監督とパートナーのアルチュール・アラリと共同で書いた脚本は、この夫婦の心の機微、次第に明らかになる隠された真実を、実にきめ細かく丁寧に描いている。ゴールデン・グローブ賞とアカデミー賞で脚本賞を受賞したのも納得である。ちなみにアルチュール・アラリは「ONODA 一万夜を越えて」の監督である。この作品も人間の内面心理に迫った力作だった。


後半では、USBメモリーに記録された、サンドラとサミュエルの口論の一部始終が明らかになる。サミュエルは小説執筆の材料として、二人の会話を常時録音していたのだ。その会話の内容も強烈。言い争いがエスカレートし、遂にはつかみ合いの大喧嘩となり、食器を投げ合う乱闘にまでエスカレートする。

サンドラは録音されている事を知らないが、サミュエルは知っていてこんな喧嘩を、ある意味意図的にやっている。その狙いは何なのか。これも重要なカギである。

終盤、それまでは前面に出ていなかったダニエルが、この辺りから重要な存在となって行く。ダニエルは裁判の傍聴を通して、それまで知らなかった父と母の秘密、苦悩を知り、少しづつ、大人の世界の複雑さを理解して行く。

そして彼は愛犬スヌープを使ってある実験を行うという、思い切った行動に出る。このワンちゃんの演技が凄い。カンヌで「パルム・ドッグ賞」を受賞したのも納得である。

こうした結果を踏まえ、ダニエルは裁判で重要な証言を行い、これによって裁判はある決着を見る。…だが本当にサンドラは無実だったのか。ダニエルは本当に母を信じていたのか…。真実は観客に委ねられたままに映画は幕を閉じる。


観終わって、ズッシリと心に響いた。人間とは、なんとも困った、愚かしい生き物である。けれどもそれが人間である。そうした人間の心の内面を、映画はまさに題名にある如く解剖して行くのである。

役者ではサンドラを演じたザンドラ・ヒュラーが素晴らしい。アカデミー主演女優賞ではエマ・ストーンに軍配が上がったが、甲乙つけ難い名演技だった。ダニエルを演じたミロ・マシャド・グラネールも好演だった。

緻密に構成された脚本、その意図を理解した俳優たちの名演技、トリエ監督の一部の隙もない渾身の演出、いずれも完璧である。本年を代表する秀作だと断言したい。
(採点=★★★★★

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(さて、お楽しみはココからだ)

Tsumahakokuhakusuru この映画を観て、ある作品を思い出した。1961年の日本映画、増村保造監督の「妻は告白する」である。主演は若尾文子。

小沢栄太郎、その妻若尾文子、若尾の愛人・川口浩の3人が北穂高の山岳登山をしていたが、一人が足を滑らせ、3人とも崖にザイルで宙吊りになってしまう。一番上が川口、二番目が若尾、一番下が小沢である。川口は二人を引上げようとするがとても一人では無理である。川口の手からは血が滴り落ちる。このままでは3人とも墜落しかねない。その時若尾がナイフで自分の下のザイルを切り、小沢は転落死してしまう。そのおかげで二人は助かるのだが、若尾が愛人と一緒になる為に夫を殺したのではとの疑いがかけられ、裁判となる。裁判の中で、夫婦間で確執があった事も明らかになって行く、という物語。

山中の高い所から夫が転落死し、妻に夫殺害の容疑がかけられ、裁判が続けられる中で、夫婦の隠された人間関係が明らかになって行く、という展開が本作とよく似ている。裁判の結果、妻が無罪となるのも同じ。もっともこちらはその後もお話は二転三転して行くのだが。

若尾文子が妖艶で美しい。公開当時のキネマ旬報ベストテンでは17位とあまり評価されなかったが、現在では増村保造監督、若尾文子のそれぞれの代表作として評価が定着している。興味ある方はご覧になる事をお奨めする(AmazonPrimeでも配信中)。

 

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