« 「アメリカン・フィクション」 (VOD) | トップページ | 「落下の解剖学」 »

2024年3月11日 (月)

「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」

Kitaroutanjou 2023年・日本   104分
制作:東映アニメーション
配給:東映
監督:古賀豪
原作:水木しげる
脚本:吉野弘幸
撮影監督:石山智之

漫画家・水木しげるの生誕100周年を記念し、その代表作である「ゲゲゲの鬼太郎」の主人公鬼太郎の誕生までを描いた長編アニメーション。監督は「劇場版 ゲゲゲの鬼太郎 日本爆裂!!」の古賀豪。声の出演は関俊彦、木内秀信、その他沢城みゆき、野沢雅子、古川登志夫らテレビアニメ第6期のキャストが集結。

(物語)昭和31年、血液銀行の行員・水木(木内秀信)は、日本の政財界を裏で牛耳る龍賀一族が支配している哭倉村に、一族の当主の死去を弔う名目でやって来る。そこで出会ったのが幽霊族の末裔と称する不思議な男(関俊彦)。水木はこの男を仮にゲゲ郎と呼んだ。実はゲゲ郎がこの村に来たのは行方不明の妻を探す為だった。折しも哭倉村では、龍賀家の当主・時貞の死に伴い、醜い跡目争いが始まろうとしていた。そんな中、村の神社で一族の者が惨殺される事件が発生する…。

水木しげるの熱心なファンではないし、TVアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」もほとんど見ていない。なので公開されてもスルーしていたのだが、先月発売の「映画秘宝」誌ベストテンでこの作品が9位、読者ベストテンでも8位にランクされていた(「映画秘宝」のテンは時々意外な掘り出し物がある)。また興行的にも現在もなおロングラン中で根強い人気があるようだ。

これで俄然興味が沸いて、ちょうど昼間の時間帯でも上映中だったので劇場で観る事にした。

観て良かった。これは実に奥の深いテーマを内包した問題作だった。「映画秘宝」で評価が高いのも頷ける。

(以下ネタバレあり)

日本の政財界に大きな力を持つ、巨大製薬会社を経営する龍賀一族の当主、龍賀時貞が亡くなり、後目相続を巡って一族の間で醜い争いが起き、そして一族の人間が次々と何者かに殺される事件が起こる…。

と聞けば、横溝正史原作の金田一シリーズ「犬神家の一族」と筋立てがそっくりだ。パロディと言ってもいい。弁護士が発表する遺言が予想と違った事で妻たちが騒ぎ大混乱になる辺りまで同じだから念が入ってる。

なぜこんなエピソードを取り入れたかは、後に明らかになる。

水木が出会う、ゲゲ郎は実は後に鬼太郎の父親(即ち目玉おやじ)となる、幽霊族の末裔である。幽霊族は穏やかな性格で、人類よりもずっと以前から暮らしていたが、後から登場した人類によって地下に追いやられ、時々地上に出て来る姿が幽霊と呼ばれるようになったのだ。

水木とゲゲ郎は、龍賀一族が立入り厳禁としている湖の孤島に向かうのだが、そこで彼らは世にもおぞましいものを見てしまう。

龍賀製薬では戦前から“M“と呼ばれる、人間の肉体や精神を大幅に強化する特殊な血液製剤を軍に供給していたのだが、その原料は、龍賀一族が捕まえた夥しい数の幽霊族の血だった。そしてゲゲ郎の妊娠した妻もその中にいた。
血を抜かれた幽霊族はすぐには死なず、狂骨と呼ばれる妖怪になる、それらを閉じ込めているのがこの孤島だったのだ。

人間の底知れぬ欲望の醜さ、あさましさが強調されるエピソードである。「犬神家の一族」から筋立てを拝借したのは、本作ともテーマ的に重なるものがあるからだろう。

さらに終盤では、龍賀一族の欲望の大元であり、亡くなったはずの時貞の魂がこの世に残り、まさに悪魔的存在として、解き放たれた妖怪を操り、ゲゲ郎たちに襲いかかる。

欲望にまみれた人間が、この世で一番恐ろしい妖怪だった、というのが痛烈な皮肉である。そういえば昔、“昭和の妖怪”と呼ばれた政治家がいたね(笑)。


この物語と並行して、水木の戦時中のエピソードもサブストーリーとして本作に登場する。水木しげるが自身の体験に基づいて描いた漫画「総員玉砕せよ!」の内容も一部使われている。戦争末期、上官の命令で兵士たちが次々突撃し、無駄に死んで行く。本作の水木は、辛うじて生き延びて日本に帰るのだが、その記憶はトラウマとして水木の心の中に残り続けている。
このエピソードにも、“国民の命を平気で使い捨てる国家もまた、妖怪のような存在ではないか”という皮肉、というか水木(=作者)の怒りが込められている気がする。
幽霊族の身体を使い捨て、肥大して行く龍賀一族の姿が、戦時中の国家に重なって見えるのも狙いだろう。

ラストでは、ゲゲ郎の妻の遺体を埋めた墓から胎児の鬼太郎が這い出て来るのだが、新しい命の誕生に、絶望的な物語における、一筋の希望が感じられるエンディングであった。


いやあ、こんなに奥深いテーマが込められた意欲的な作品とはまったく予想しなかった。

特に感じられるのは、同時期に作られた「ゴジラ-1.0」との類似性である。
あの作品でも、特攻で兵士を無駄に死なせる軍部の戦略への批判が描かれていたし、水木が戦後復員して、焼け野原の我が家に戻って来るシーンが、「ゴジラ-」での敷島がやはり復員して我が家に帰るシーンと絵柄がそっくりであった。

ゴジラは、アメリカの原水爆実験が生み出した怪獣であるが、人間の(戦争に勝つ為の)欲望が、恐ろしい怪物を作り出した、という点も本作のテーマと重なる。

期せずして、同時期に公開された「ほかげ」とも、“戦争が生み出すものの恐ろしさ”という点で、3作は共通するテーマを内包している。世界のあちこちできな臭い戦争の影が忍び寄る現在、この3作が同じ頃に登場したのは決して偶然ではないだろう。

そういう意味でも、本作は昨年中に観ておくべき作品だった。観逃したのが悔やまれる。観ていればマイ・ベスト20に入っただろう。

水木しげるの「総員玉砕せよ!」等の戦記ものは読んでいたが、未読の「墓場の鬼太郎」も読んでみようと思った。

水木しげるが本当に伝えたかったテーマが詰め込まれた、水木生誕100周年にふさわしい、これは大人こそ観るべき秀作である。 
(採点=★★★★☆

 ランキングに投票ください → にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

 

|

« 「アメリカン・フィクション」 (VOD) | トップページ | 「落下の解剖学」 »

コメント

 あまり期待せずに見ましたが、良くできていてジワジワ人気が出たのが理解できます。しっかりゲゲゲワールドでありながら、水木しげるの思いを継いだ反戦映画になっています。飄々とした鬼太郎の親父が魅力的です。

投稿: 自称歴史家 | 2024年3月16日 (土) 17:49

◆自称歴史家さん
私もまったく期待してなかっただけに余計感動しました。
アニメ映画には、題名やポスター図柄を見ただけでは判らなくて、観てみれば意外な秀作、という作品がたまに登場するから侮れませんね。「若おかみは小学生!」や「映画 窓ぎわのトットちゃん」がそうですが、これもそうした作品の1本に加えていいと思います。

投稿: Kei(管理人 ) | 2024年3月20日 (水) 11:42

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「アメリカン・フィクション」 (VOD) | トップページ | 「落下の解剖学」 »