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2024年4月19日 (金)

「リンダはチキンがたべたい!」

Linda-veut-du-poulet 2023年・フランス   76分
製作:Dolce Vita Films=Miyu Productions、他
配給:アスミック・エース
原題:Linda veut du poulet!
監督:キアラ・マルタ、セバスチャン・ローデンバック
原案:キアラ・マルタ、セバスチャン・ローデンバック
脚本:キアラ・マルタ、セバスチャン・ローデンバック
音楽:クレモン・デュコル
製作:マーク・イルメル、エマニュエル=アラン・レナール、ピエール・バウサロン

チキンをめぐって母娘が巻き起こす騒動を描いたコメディ・アニメ。脚本・監督は「Simple Women」などの映画作家キアラ・マルタと「大人のためのグリム童話 手をなくした少女」のアニメ作家セバスチャン・ローデンバック。声の出演は「ドント・ストップ」のクロティルド・エスム、「パパは奮闘中!」のレティシア・ドッシュなど。アヌシー国際アニメーション映画祭2023で最高賞のクリスタル賞、第49回セザール賞で最優秀アニメーション作品賞を夫々受賞。

(物語)フランスのとある郊外の公営団地に暮らす8歳の女の子リンダ(声:メリネ・ルクレール)とママのポレット(声:クロティルド・エスム)。ある日、憧れの指輪を盗んだとママに叱られたリンダだったが、やがてそれはママの勘違いだったと判り、ママはお詫びに何でもすると言う。そこでリンダは、亡きパパの得意料理だったパプリカ・チキンが食べたいとお願いする。しかしその日はストライキで、街ではどの店も休業していた。チキンを求めて奔走するリンダとポレットの行動は、警察官やトラック運転手、団地の仲間たちも巻き込んで大騒動に発展して行く。果たして、リンダは無事パプリカ・チキンを食べることができるのか…。

物語そのものは、娘の願いを聞き入れるべく、チキンを求めて走り回る母のややクレイジーな暴走が、周囲の人々を巻き込んでの大騒動になって行くドタバタ劇で、いかにもアニメらしい笑えるコメディなのだが、出色なのは、登場人物のキャラクターデザインである。
登場人物は全員、一人づつそれぞれ異なる単色で塗り潰されている。顔も服も同じ色。遠景になると、同じ色の小さな丸で囲まれる。極端なまでにシンプルなデザインである。

Linda-veut-du-poulet2

一人一人がみんな違う色なので、大勢が動くモブ・シーンでもその色で誰なのか判る。リンダはイエロー、ママはオレンジ色といった具合。但し警官は全員ブルー一色である。

こんなシンプルな色づかいのアニメは見た事がない。背景ですらまるで子供が描いたようなラフな図柄である。

Linda-veut-du-poulet3

まるでアニメの創世記に戻ったかのようである(いや昔だってもう少し丁寧にデザインされていたはずだが)。

最初は違和感があったが、慣れて来ると、現実から離れた、ファンタスティック・ワンダーランドに迷い込んだかのような心地良い感覚になって来る。

(以下ネタバレあり)

ストライキで肉屋もスーパーも閉店、どうしてもチキンを手に入れたいママは農家からチキンを盗んで逃げる。道徳的にどうかと思えるが、ファンタジー世界なのだからまあいいだろう。

不審な動きを警官たちに咎められ、リンダとポレットはスイカを積んだトラックに飛び乗るが、新米警官のセルジュが自転車でどこまでも追って来る。そしてポレットは手錠をはめられてしまう。

終盤は元気なチキンが団地内に逃げ込み、それを追って団地の子供たちが大騒ぎ。大きな木の上に逃げたチキンを捕まえようと、警官のセルジュも協力するハメになるのがおかしい。

まあすったもんだの大騒動の末に、無事パパのレシピ通り、パプリカ・チキンが作られ、団地の子供たちもご相伴に預かり、ついでに新たな数組のカップルも誕生するおマケ付きとなる。

だが最後に、リンダがパプリカ・チキンの味から、亡くなったパパを思い出すシーン、ここはしんみりとさせてくれる。

リンダのパパはリンダが1歳の時に亡くなっており、パパの記憶はほとんどない。8歳になった今では、パパを思い出す事もない。だがパパが作ってくれたパプリカ・チキンの味はちゃんと覚えている。
そんな時、ママが勘違いしたお詫びに、何でも叶えてくれると聞いて、あのパプリカ・チキンを食べたいと願望する。
そして、ママが必死で奔走した末に料理してくれたパプリカ・チキンを食べた時、リンダははっきりと昔食べた、パパの味を思い出す。それは、パパが確かにいた事、リンダを心から愛してくれていた事の証拠でもあったのだ。
これには泣けた。娘の為に大奮闘するママの強い愛情にも泣けた。

ドタバタ騒動で大笑いした末に、最後は泣ける。笑って泣ける感動の良質アニメであった。

Tonarinoyamadakunこうしたシンプルな描線のアニメ、どこかで観たようなと考えているうち、思い出したのが高畑勲監督の「ホーホケキョ、となりの山田くん」である。あるいはその発展形とも言える「かぐや姫の物語」か。どちらもシンプルな描線が奔放に動き回る。そうそう、これも高畑監督の「おもひでぽろぽろ」の小学生時代の回想シーンもやはりシンプルな描線で描かれていた。本作にも高畑監督の影響が見て取れる(なおローデンバック監督へのインタビューによると、やはり高畑監督を尊敬しているとの事だった)。

アニメとは本来、簡略化、単純化された絵が動く事で、子供も楽しめるエンタティンメントであったはずなのだ。高畑監督の前記作品も、そうしたアニメの原点回帰を狙ったと思われる。

それが近年では、3D・CGアニメが全盛になって、実写と見分けがつかないくらいにリアルな絵になって来ている。本作はその意味で、もう一度アニメをシンプルな絵に戻そうとの意図もあったのかも知れない。それは見事に成功している。

こういうアニメ、もっと作られてもいいのではないか。高畑監督亡き後、是非その後継者が出て来て欲しい。本作の成功に触発され、そうしたシンプルなデザインのアニメが誕生する事を期待したい。  
(採点=★★★★

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(で、お楽しみはココからだ)

Yellowsubmarine 本作にはミュージカル・パートもあり、映像にも工夫が凝らされていたが、これらのシーンを観てて思い出したのが、ビートルズ主演のアニメ「イエロー・サブマリン」(1969)である。既成のビートルズの曲に合わせて、個性的な複数のアニメーターたちがそれぞれ独自のデザインでアニメートしている。

本作も複数のアニメーターが参加し、それぞれに工夫が凝らされた独特のタッチで絵柄を変えており、この点でも「イエロー・サブマリン」と製作過程はよく似ている。

とりわけ同作の中の、「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウイズ・ダイヤモンド」の曲のシーンでは、登場するキャラクターがほぼ全身単色に近い、本作と同じコンセプトのデザインだった(下)。

Yellowsubmarine3

「イエロー・サブマリン」は当時としては斬新かつアバンギャルドな映像で、今もなお評価が高い。アニメ・ファンは必見の傑作である。DVDも出てるので、未見であれば是非鑑賞をお奨めする。

 

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コメント

 楽しい映画でした。管理人さんの推薦がなければ、まず見なかったと思います。ありがとうございます。絵は最初、取っ付きにくいですがすぐに馴染みました。ママが天然で笑えるし、リンダをはじめ子どもたちが可愛い。

投稿: 自称歴史家 | 2024年4月24日 (水) 12:18

◆自称歴史家さん
良かったですか。お奨めした甲斐がありましたね。
細部までギッシリ描き込まれた近年のアニメを見慣れていると、こうしたシンプルな絵のアニメが逆に新鮮に見えますね。セバスチャン・ローデンバック監督の他のアニメ作品も観たくなりました。

投稿: Kei(管理人 ) | 2024年4月30日 (火) 12:37

ご無沙汰しています。
鶴岡まちなかキネマで「ディス・マジック・モーメント」を鑑賞し、各地の名画座を巡りたい熱が高まり、新潟市の用事の際更に足を伸ばし、『高田世界館』で偶然鑑賞したのが本作です。
23年7月23日愛妻が49歳で急逝した為、冒頭のパパの急な旅立ちに涙していましたが、以後のかなり弾けた展開にホッと見守っていました。
私も後5年で還暦なのでシニア以後にまちキネや名画座巡りを夫婦で行うつもりでしたが、形は変わって妻写真とお出かけしています。唯一の救いは妻にそっくりな我が子がサポートしてくれる事ですね。
作品の感想から脱線して恐縮です。
本作の出会いは電車時間の合間に偶然でしたが、アニメ好きの私も新たな表現を体感できた貴重な作品でした。

投稿: ぱたた | 2024年5月 8日 (水) 15:37

◆ぱたたさん
奥様が昨年亡くなられたのですか。それはご愁傷様でした。お悔やみ申し上げます。
>アニメ好きの私も新たな表現を体感できた貴重な作品でした。
本当に、昔からアニメを観て来た人ほど楽しめる作品だと思います。私はフレデリック・バック(「クラック」「木を植えた男」)を連想しました。そう言えば「つみきのいえ」でアカデミー短編アニメ賞を受賞した加藤久仁生さん、その後新作がないようですが、こういう方に長編アニメーション作らせてあげたいですね。

投稿: Kei(管理人 ) | 2024年5月15日 (水) 11:53

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