「辰巳」
(物語)裏稼業で働く孤独なヤクザの辰巳(遠藤雄弥)は、ある日元恋人・京子(龜田七海)の殺害現場に遭遇し、一緒にいた京子の妹・葵(森田想)を助け出し逃亡する。だが最愛の家族を失った葵は姉を殺した犯人に復讐する事を決意し、辰巳も犯人を追う旅に同行することになる。生意気な葵に振り回されながらも、共に過ごすうち、辰巳の中にある感情が芽生えて来る…。
小路紘史監督の前作「ケンとカズ」(2016)は、これが長編デビュー作とは思えないほどの力の入ったバイオレンス・アクションの秀作だった。私も注目し、次回作を待ち望んでいたのだが、2作目となる本作まで8年もかかっている(但し撮影は2019年に行ったもののコロナ禍で完成が遅れてしまったとの事だ)。
本作もまた前作同様、自主製作である。こういう将来性のある若手監督に手を差し伸べるプロデューサーはいないものだろうか。
(以下ネタバレあり)
冒頭シーンは辰巳が、シャブ中の弟・浩太(藤原季節)にシャブを止めさせようと忠告する場面。前作同様、手持ちカメラによるダイナミックなカメラワークだけで物語の先行きを予感させる。ツカミとしては申し分ない。小路演出は前作同様快調である。
それでも浩太は止められない。隠し持っていたシャブを射ち、結局はこれが元で後に浩太は死んでしまう。その事が辰巳の心に深く傷として残る。
ここまでがプロローグで、本編が始まると、悪党どもの殺人、暴力、ドラッグ密売等の荒っぽい犯罪シーンが続く。組の上層部らしき人物が登場しない所から見て、組織の最底辺で働く野良犬軍団なのだろう。
凄いのは、登場するワルたちの顔がどいつもこいつも見るからに凶悪な面相で、本物のヤクザかと思えるほど。特に凶暴な殺し屋兄弟の一人、竜二(倉本朋幸)のクレイジーぶりが強烈。よくまあこんな役者たちを見つけて来たものだ。
辰巳の仕事はなんと死体処理の専門家。リュック・ベッソン監督「ニキータ」に登場した“掃除屋”(ジャン・レノ)を思い出した。普段は漁業で生計を立てているという設定もユニーク。
悪党どもから仕事を頼まれると、ハサミやナイフ、ペンチを使って死体の耳や指の先、歯を削り取るシーンが2度程登場する。残酷なシーンだが直接的な描写はない節度ある演出が好感が持てる。
歯を抜くシーンを口の中からのアングルで撮ったショットが面白い。
もう一人、強烈な個性の登場人物がいる。自動車工場で働く少女・葵。常に反抗的で、悪党どもに絡まれるとガムやツバを吐きかけたり、恐れ知らずの狂犬ぶりだ。だけどどこか憎めない。森田想演じるこのキャラクターを創案しただけでも、この映画の成功は約束されたも同然だ。
ある時、ヤク絡みのトラブルから、辰巳の元恋人で葵の姉・京子が殺し屋兄弟に瀕死の重傷を負わされる。その現場を目撃した葵も殺されそうになるが、辰巳に救われる。
辰巳は京子と葵を連れて車で逃走するが、京子は途中で死んでしまう。
たった一人の肉親である姉を殺された葵は殺し屋兄弟に復讐を誓う。だが一人だけでは無理。そこで辰巳に協力して貰おうとする。辰巳は行き掛かりで、葵の復讐に手を貸す事となる。
…という訳で、物語後半は辰巳+葵対、殺し屋兄弟との壮絶な対決へとなだれ込んで行く。
辰巳が葵に協力して悪党たちと戦うのは、元恋人を殺された事よりも、弟を死に追いやった組織に対する怒りもあるのだろう。
辰巳は仲間からライフル銃を調達し、葵に使い方を教える。標的物を狙っての銃撃訓練に、広い原っぱで敵を待ち受けての決闘シーンと、西部劇のようなアクション・シーンが続く辺りも、小路監督、前作よりもエンタメ志向を目指していると見た。
そして、協力し合ううちに、辰巳と葵との間に奇妙な、バディのような連帯感情が生まれて来る。この辺、安易に男女の恋愛関係に持って行かないストイックな演出がいい。
最初は手のつけられない凶暴さを見せていた葵が、辰巳との逃避行を通して段々と可愛らしく見えて来るのも面白い。葵を演じる森田想、素晴らしい好演である。
ビルの屋上での対決、決着までのクールかつハードボイルドな小路演出も見事。まさにジャパニーズ・フィルム・ノワールである。
その後の辰巳の運命についてはここでは書かないでおくが、ラストシーンがいい。辰巳の愛車に乗った葵が、漁港で一人、辰巳との日々を懐かしむように佇み、そして車に乗って去って行く、その流れをクレーンを使ったワンカットの移動ショットで捉えた映像が素晴らしい。
途中の、辰巳の車が草原の一本道を走る姿を上空から撮った印象的なショットも含め、殺伐としたバイオレンス作品の中に、どこか詩情を感じるようなシーンが挟み込まれる辺りも、小路監督の演出は新人離れしている。見ごたえある秀作だった。
出演者全員、ほとんど名前を知らない人たちばかりなのに、全員がキャラが立ち、かつ自然な好演。
中でも殺し屋兄弟の一人、竜二を演じ強烈な印象を残した倉本朋幸は、実は舞台演出家で、俳優としては初めての出演なのだそうだ。よっぽど小路監督の演技指導が優れていたのだろう。
辰巳を演じた遠藤雄弥もいい。目の演技、表情だけで感情を伝える演技は主演男優賞ものだ。「ONODA 一万夜を越えて」では小野田少尉の青年時代を演じていて、あれも良かった。もっと注目されていい俳優だと思う。葵を演じた森田想の今後にも期待したい。
小路紘史監督、「ケンとカズ」に続き、またしてもハードボイルド・ノワールの傑作を完成させた。日本映画界は、こんな俊英監督をもっと活用すべきだろう。東映あたり、「孤狼の血」シリーズに並ぶヤクザ映画路線に起用したらいいのにと思う。是非一考して欲しい。
(採点=★★★★☆)
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コメント
本家フランスかつ韓国的な雰囲気もあるノワール映画に仕上がっていて見事。主演の男優、韓国映画に出ていても違和感ないなかなかの存在感でした。女優の方も、どことなく大竹しのぶっぽかったりして将来楽しみ。ラスト、女が清々しい表情で去るあたり本当フランス風で「fin」が似合ってたかも。「ケンとカズ」も見てみたいです。
投稿: 周太 | 2024年5月18日 (土) 15:25
◆周太さん
なるほど、フランス映画ですか。「フィルム・ノワール」の語源もフランス語ですし、自分を守ってくれた男が死んだ後、残った少女が前を向いて生きて行くラストはベッソンの「レオン」を思わせますね。「ニキータ」繋がりもあるし、小路監督はリュック・ベッソンのファンなのかも。
投稿: Kei(管理人 ) | 2024年5月19日 (日) 12:19