「青春18X2 君へと続く道」
2024年・日本=台湾合作 123分
製作:JUMPBOYS FILMS=BABEL LABEL
配給:ハピネットファントム・スタジオ
監督:藤井道人
原作:ジミー・ライ
脚本:藤井道人
撮影:今村圭佑
音楽:大間々昂
エグゼクティブプロデューサー:チャン・チェン
プロデューサー:ロジャー・ファン、 前田浩子、 瀬崎秀人
台湾の作家藍狐(ジミー・ライ)による人気紀行エッセイ「青春18×2
日本慢車流浪記」の映画化作品。18年前の台湾と現在の日本を舞台に、国境と時を超えて繋がる初恋の記憶をエモーショナルに描く。監督は「余命10年」、「最後まで行く」の藤井道人。出演は「僕と幽霊が家族になった件」のシュー・グァンハン、「1秒先の彼」の清原果耶、「あなたを、想う。」のジョセフ・チャン、その他黒木華、松重豊、黒木瞳らが脇を固める。
(物語)18年前の台湾。カラオケ店でバイトする高校生のジミー(シュー・グァンハン)は、日本から来たバックパッカーのアミ(清原果耶)と出会う。天真爛漫でどこかミステリアスな彼女に、ジミーは恋心を抱く。アミもまた、ある秘密を抱えながらもジミーに惹かれて行く。だが突然、アミは帰国することに。意気消沈するジミーに、アミはある約束を提案する…。
ノワール・サスペンス、社会派ドラマ、ヤクザもの、ファンタジー、難病ものから、最近では韓国映画リメイクのアクションと、あらゆるジャンルを股にかけて活躍し好調の藤井道人監督。最新作である本作は、台湾との合作による青春ロードムービーである。まったくどれだけ引出しを持ってるのやら。感心する。
藤井監督の作品は「デイアンドナイト」(2019)以来ほぼ全部追いかけて来ているし、その作品に出ていた清原果耶が、「宇宙でいちばんあるい屋根」(2020)に続いての藤井作品主演とあっては、これは見逃す訳には行かない。
(以下ネタバレあり)
映画は冒頭、いきなり36歳の主人公・ジミーが、自分が興した会社のCEOを取締役会で解任されるシーンから始まる。ジミーは友人とゲームソフト会社を設立し、成功を収めるのだが、最近は経営陣と対立するような事があったのか、何らかの理由で会社を追われる事になったようだ。
Apple創設者のスティーヴ・ジョブスが一時解任され、Appleを去る事になったエピソードを思い出す。
失意のジミーは、久しぶりに実家に帰り、そこで古い絵葉書を見つける。それは18年前に知り合った日本人の女性・アミから送られたものだった。
初恋の思い出が蘇ったジミーは、その後昔の仕事仲間と東京へ行った折りに、アミの元を訪ねようと思い立ち、彼女の故郷・福島へ向かう旅に出る。
そこから映画は、ジミーの日本での旅を描く現在偏と、18歳だったジミーのアミと過ごした青春の日々を描く過去篇が交互に描かれる構成となる。
タイトルの「青春18X2」とは、18歳と、その2倍の36歳の2つの時代を描いている所から採られているようだ。
過去篇は甘酸っぱい青春の記憶、現在編はロードムービーと、スタイルを変えているのが面白い。それでいて現在の旅で体験するエピソードと過去の記憶とが巧みに重なり合い、感動を呼び起こす仕掛けになっているのが秀逸。脚本がよく出来ている。
過去篇、ジミーは大学受験の勉強の傍ら、カラオケ屋でアルバイトをしているが、いつも寝過ごしては店長に叱られている。やや不器用な性格のようだが、これが後の初恋物語にも微妙に影響して来る。
そんな時、バックパッカーで台湾を旅している日本人旅行者・アミがこのカラオケ店に立ち寄り、旅先で財布を無くし、旅費を稼ぎたいのでここで働かせて欲しいと願い出る。
普通なら無理な所だが、幸いにも店長が日本人だった事で採用が決まる。
この店長のキャラクターが面白い。関西出身のようで、日本語での会話にコテコテの関西弁が頻出する。ケッサクなのが、中国語で喋る会話の日本語字幕まで関西弁丸出しだ(笑)。店の名前も「カラオケ神戸」。神戸出身なのだろう。ヒゲダルマのような風貌の店長を演じる北村豊晴が快演。
舞台が大都市の台北でなく、台湾の南にある台南市というのもいい。どこかのんびりした空気感が作品にマッチしている。
アミはすぐに仕事に慣れ、明るい性格で、店の人気者になって行く。ジミーは多少日本語を喋れるので、ジミーを通してのコミュニケーションも増えて来る。それもあって、ジミーはアミに、密かな恋心を抱いて行く。
「どうやって日本語を覚えたの」と聞くアミに、「日本のアニメを沢山見たから」と答えるジミー。「スラムダンク」が特に好きだと言う。アニメを通して、日本への親密さが増して行く状況はとても素敵だ。この「スラムダンク」ネタは後半にも登場する。
ジミーはアミに、ぎこちないながらも心を寄せて行くのだが、アミもそれが分かっていながら、何故か距離を置いている。アミが22歳という年齢差もあるだろうが、それだけでもなさそうだ。
ジミーの運転するオートバイに二人乗りして夜の街を走ったり、高台から二人で街の夜景を見下ろすシーンや、二人で映画を観るシーン(なんと岩井俊二監督の「Love Letter」)でも、普通ならラブシーンになりそうなのに、そうはならない。なんとももどかしいが、それもまたほろ苦い青春の一断面と言えるだろう。
台湾でも岩井俊二作品は人気のようだ。「Love Letter」の看板には「情書」と書かれていた。台湾ではそう呼ぶのか。
アミは絵を描くのも得意で、メルヘンチックな絵をいっぱい描いたスケッチブックを持っている。それを見た店長以下全員の要望で、店の壁に絵を描く事になる。
この“絵”というアイテムも随所で効果的に使われており、かつ、ラストで見事に生きて来る。藤井監督自身の脚本は本当にうまい。
だがある日、アミは突然、日本に帰ると言い出す。理由は言わない。こうしてジミーとアミの別れの時がやって来る。
ここまでで、いくつもの謎が浮かび上がる。アミはジミーの気持ちを解っているはずなのに、何故距離を置くのか、何故ジミーの気持ちに応えようとしないのか。突然日本に帰る事になった理由は何なのか。
さらに現在においても、ジミーがすぐにアミの故郷・福島に向かわず、あちこち寄り道するのは何故なのか。逢いたいならまっすぐ向かうと思うのだが。
ラストに至って、それらの謎がすべて解明される。ここは号泣必至だ。脚本が本当によく出来ている。
さて現在。ジミーがまず向かったのが「スラムダンク」ゆかりの地、鎌倉。これはアミとの会話で出て来た大好きなアニメ作品の聖地なのだから当然。
次に長野の松本。ここではある居酒屋の看板の、目立たない位置に中国語が書かれているのを見つけてそこに入る。思った通り店主は台湾人リュウ(ジョセフ・チャン)だった。親切なリュウは夜の松本城を案内してくれる。
本筋とは一見関係がないとも思えるが、アミ自身も、異郷の地で同じ日本が故郷のカラオケ店長と出会った事で新しい道が開けたわけだから、これはその裏返しの出会いという訳だ。またこれは、この後次々出て来る、ジミーが旅で出会った人の親切に触れるエピソードの発端でもある。
そこから今度は列車で新潟・長岡に向かうのだが、この列車内ではやはりバックパッカーの幸次(道枝駿佑)と親しくなる。トンネルを抜け出た瞬間、一面の雪景色となるシーンが素晴らしい。
幸次に誘われ、途中下車した雪の風景にアミと観た映画「Love Letter」の名シーンを思い出し、ジミーが思わず「お元気ですか~」と叫ぶシーンは、「Love Letter」 ファンなら頬が緩むだろう。
ジミーの旅は、アミとの思い出を辿る旅でもあるのだ。
次の長岡では、インターネット・カフェに立ち寄る。ほとんど客のいないネカフェで暇を持て余す店員の由紀子(黒木華)がやってるゲームが、ジミーが作ったゲームだった事で由紀子とも親しくなる。
そこに掲示されていた「長岡ランタン祭」のポスターに見入っていたジミーに気が付いた由紀子は、わざわざ車でランタン祭会場まで案内してくれる。
実はアミと別れる直前、ジミーとアミは台湾のランタン祭に行っていたのだ。長岡に寄ったのは、そのランタン祭を見たかったからだろう。
由紀子と二人でランタンを揚げるシーンに、アミと二人でランタンを揚げた想い出のシーンが重なり、感動的だ。この映画で、最も美しいシーンである。
ランタンには、ジミーは願い事として「夢を見つけて実現する」と書き、アミは「いつまでも旅が続きますように」と書いた。そして二人は、「願いが叶ったら、必ずまた会おう」と約束していた。
祭の夜、ジミーが遂にアミの手をギュッと握りしめるシーンも切なくて泣ける。
(ここから重要ネタバレあり。未見の方は読まないように)
ジミーはその後大学で知り合った友人とゲームソフト会社を立ち上げ、大成功を収める。
夢を叶えたのだから、アミと再会できると喜んだジミーだが、彼女に電話しても、アミはそっけなく電話を切ってしまう。ジミーには理由が分からない。この謎も最後に明かされる。
ジミーの旅はようやく最後の目的地、福島・只見に到着する。道を尋ねた配達店員・中里(松重豊)はアミの家を知ってるという事で、彼も親切に軽トラで送ってくれる。
車中で中里がポツリと「神様は、意地悪だよな」と呟く。これでカンのいい観客なら、それまで薄々と感じていた悪い予感が当っていた事を感じるだろう。
そして、アミの母親・裕子(黒木瞳)は待っていたかのように、彼を迎え入れてくれる。その家でジミーが見たのは、仏壇に飾られた、アミの遺影だった。
実はジミーは既に以前、アミが若くして不治の病で亡くなった事を知らされていた。すぐに福島に行かなかったのは、アミとの想い出巡りを済ませて、気持ちの整理をつける為だったのだろう。
裕子は、アミが残した画集をジミーに渡してくれる。そこには、ジミーと暮らした日々の想い出、ジミーには決して明かさなかった秘密が書かれていた。
前半ではジミーの目線から描かれていたいくつかのシーンが、今度はアミの目線で語られて行き、すべての謎が一つ一つ解明されて行く。
アミがどれだけ、ジミーを思っていたか、それでも重い病に冒されながらも、心配をかけまいと気丈に明るく振舞っていたアミの思いやりにジミーは涙を零す。
ここで私も涙腺が決壊してしまった。ボロボロ泣いた。
やはり難病ものの「余命10年」でも、ことさらに泣かせようとする描写を極力排していた藤井監督は、ここでも抑制の効いた、ジワリジワリと心に沁みる静かな演出で魅せてくれる。
ラストは、台湾に帰ったジミーが、もう一度友人と共に新しい人生をスタートさせる所で映画は終わる。アミとの想い出の日々を振り返りながら。
良かった。とても感動し、爽やかな涙を流す事も出来た。見事な青春映画の傑作である。
藤井演出は、緻密に構成された見事な脚本、細部にまで手を抜かない丁寧かつ情感豊かな描写がいつもながら素晴らしい。
旅とは、いろんな人と出会い、別れ、一期一会の大切さを知る貴重な体験であるというテーマも感じさせられる、ロードムービーとしても優れた作品である。
ジミーを演じたシュー・グァンハンは、18歳と36歳を眼鏡と髪型できちんと演じ分けてて違和感がない。年齢を知ってびっくり、なんと33歳なのだそうだ。清原果耶より11歳も年上である。
清原果耶も、4年前の「宇宙でいちばんあるい屋根」の頃よりずっと大人っぽくなっていい女優になって来た。ちゃんとジミーより年上に見えるのが凄い。
今年一番泣かされた映画と言っていい。お奨め。
(採点=★★★★☆)
(付記)
劇中で、アミが描く絵がとても素敵だったので、誰が描いたのかと思ってたら、すべて画家の吉田瑠美(よしだ るみ)さんによるもので、なんと吉田さんは藤井道人監督のお姉さんなのだそうだ。
→ https://blog.goo.ne.jp/stafield/e/0755c9986fb73366fc4f0b0c198e87ad
姉弟揃って、それぞれの分野で大活躍しているわけだ。素晴らしい。
ついでに、吉田瑠美さんのHPも紹介。→https://www.ruruontheroof.com/
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コメント
ストーリーを知らずに、清原果耶目当てで見ましたが、感動しました。おっしゃる通り、脚本が良いし、アミの描く絵がマッチしていて感動を増幅させます。藤井監督は、こんごも注文ですね、
投稿: 自称歴史家 | 2024年5月18日 (土) 18:45
失礼しました。今後も注目です。
投稿: 自称歴史家 | 2024年5月18日 (土) 19:47
実は、全くのノーマークで、友人が絶賛していたのでやっと昨日見ました。
とてもいい映画でした。個人的には今のところ今年のベストワンかな。
とにかく清原果耶がきれい。
10代から30代まで演じるシュー・グァンハンもいいですね。
ラストは涙々。エンディングにミスチルが流れるのも泣ける。
今年一番泣いた映画です。
岩井俊二の「love letter」を映画の中で主人公二人が見ます。
「love letter」が好きな人にはたまらないです。
JR東日本全面協力で台湾の鉄道も出てきます。
鉄道好きの人にはお勧め。
この映画の邦題はもうちょっと何とかならなかったですかね。
投稿: きさ | 2024年5月19日 (日) 17:35
◆自称歴史家さん
藤井道人監督は今一番脂が乗ってる俊英監督と言えるでしょうね。力量のある監督は他にもいますが、青春もの、エンタメ作品を撮ってもベストテン級の秀作に仕上げる演出力では随一と言えるのではないでしょうか。今後も目が離せませんね。
◆きささん
藤井監督はマークしてなきゃダメですよ(笑)。
私もベスト3くらいには入れたいですね。
それにしても、まだ今年に入って5ヵ月も経っていないのに、日本映画だけでも「夜明けのすべて」、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」、「辰巳」、本作、そして「ミッシング」と、ベストテン上位に入れたい作品がもう5本も登場。さらに昨年見逃した「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」やお気に入り濱口監督の「悪は存在しない」も入れたいし。
年末はベストテン選考に悩みそうです。
投稿: Kei(管理人 ) | 2024年5月24日 (金) 12:27
藤井監督がこんな映画を撮ったのは意外でした。
実は藤井監督には社会派のイメージが強く、社会派ってのに苦手意識があります。
右でも左でも社会派の人って自分が正しいと思いこんでいそうで。
まあ、今後はマークします。
投稿: きさ | 2024年5月26日 (日) 21:17
◆きささん
藤井監督の出世作とも言える「青の帰り道」(2018)も爽やかな青春映画だったし、青春ファンタジー「宇宙でいちばんあかるい屋根」や難病ものラブストーリー「余命10年」と、青春ものはむしろ得意分野なんですね。
「新聞記者」「ヤクザと家族」「ヴィレッジ」などの社会派ものはいずれもスターサンズの河村光庸プロデューサーからのオファーを受けて監督した作品で、本人は社会派にはこだわっていないと思います。どんなジャンルでも撮れてどれも秀作になるというのは、ある意味凄い事ですけどね。
投稿: Kei(管理人 ) | 2024年5月27日 (月) 12:02
まあ色々と藤井監督を誤って理解していたという事が分かったので色々と見てみようと思っています。
とりあえずDVDで「宇宙で一番明るい屋根」見ました。
いいですね。
色々見てみようと思います。
https://kisa1.blog.ss-blog.jp/2024-06-02
投稿: きさ | 2024年6月 2日 (日) 21:39