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2024年5月22日 (水)

「ミッシング」  (2024)

Missing 2024年・日本   119分
製作:スターサンズ=WOWOW
配給:ワーナー・ブラザース映画
監督:𠮷田恵輔
脚本:𠮷田恵輔
撮影:志田貴之
音楽:世武裕子
企画:河村光庸
プロデューサー:大瀧亮、長井龍、古賀奏一郎

ある日突然失踪した我が子を必死に探す母親を中心に、さまざまな人間模様をリアルかつ繊細に描いたヒューマンドラマ。脚本・監督は「空白」の吉田恵輔。主演は「シン・ゴジラ」の石原さとみ。共演は「ゴジラ-1.0」の青木崇高、「宇宙人のあいつ」の中村倫也、「ゾッキ」の森優作。

(物語)静岡県のある街。沙織里(石原さとみ)の娘・美羽(有田麗未)が突然いなくなった。懸命な捜索も虚しく3カ月が過ぎ、沙織里は少しずつ世間の関心が薄れていくことに焦り、夫・豊(青木崇高)との事件に対する温度差から夫婦喧嘩が絶えず、唯一取材を続けてくれる地元テレビ局の記者・砂田(中村倫也)だけが頼りだった。そんな中、沙織里が娘の失踪時にアイドルのライブに行っていたことが知られ、ネット上で育児放棄だと誹謗中傷の標的になってしまう。世の中に溢れる好奇の目に晒され続けた沙織里は、次第に過剰な言動を繰り返し、心を失って行く…。

「ヒメアノ~ル」「空白」と、異色の問題作を連打している𠮷田恵輔監督の新作だが、注目して欲しいのはこの作品が、2年前に亡くなられた、スターサンズ代表・河村光庸氏の企画によるものだという点。

これまでも何度も書いて来たが、河村氏は「新聞記者」「ヤクザと家族 The Family」、石井裕也監督の「茜色に焼かれる」「月」、そして𠮷田監督の「空白」と、常に社会的な問題に鋭く切り込む異色作、問題作を手掛けて来た辣腕プロデューサーである。

亡くなられた後も、河村氏の残したいくつかの企画作品が製作されていたが(「月」、藤井道人監督「ヴィレッジ」等)、本作はおそらくその最後の作品であろう。これは絶対に観なければと思った。

(以下ネタバレあり)

本作のテーマは、しばしばニュースで報道される、“幼女失踪事件”である。誘拐や山中で迷ったりの場合は数日後に無事発見される場合があるが、稀にまったく消息が分からないまま時間が経過し未解決のままのものがある。本作は後者のケースである。

映画は冒頭、あどけない6歳の少女・美羽と母親・沙織里との幸せそうな日常風景がしばらく続く。そしてタイトルが出た後、時制はその美羽が行方不明となって3ヵ月後に飛び、道行く人々に必死でビラを配る沙織里と豊夫婦の姿が描かれる。その様子を、地元のテレビ局の記者・砂田がカメラマンと共に取材している。

沙織里は、唇は荒れ、髪はパサつきボサボサ、服装もパーカーと質素なもので、愛娘が行方不明になってからの3ヵ月間の憔悴ぶりが感じ取れる。

Missing2

失踪から数ヵ月も経つと、世間の関心は薄れ、通行人もビラは取ってくれなくなる。テレビもあまり報道しなくなる。その上、沙織里が当日、弟・圭吾(森優作)に子供を預けて人気バンドのライブに行っていた事、圭吾が美羽を公園から一人で家に帰した事などがSNSで拡散され、沙織里は“育児放棄”だと誹謗中傷の標的にされ、圭吾までもが犯人ではないかと疑われる。
そんな事もあって、沙織里の神経はますますナーヴァスになり、何があっても冷静な夫・豊に「私がこんなに必死なのに」とくってかかり、弟の圭吾にも何で美羽を一人で帰したと責め、砂田にはもっとテレビで採り上げて欲しいと懇願したりと、周囲に怒りをぶつけまくる。

一方で砂田も、出来るだけ沙織里の気持ちを汲みたいとは思うものの、視聴率絶対のテレビ局側は、今話題になっているニュースがメインとなり、世間の関心が薄れているネタは報道しなくなる。上司は「視聴率が取れるネタを取って来い」と砂田に言う。局の壁には、「〇〇、何%」と赤字で書かれた紙が一面に貼られている。

そして上司は、圭吾が疑われているネット・ニュースを元に、圭吾に直接会って聞いて来いと砂田に命じる。砂田は気が進まないまま圭吾にインタビューするが、無口で小心な圭吾は何度も黙り込んでしまう。その様子がテレビで放映されると、世間はますます圭吾への疑惑を深める。圭吾は町で若者グループから意地悪されたりもする。そんな事が重なり、沙織里と圭吾たちは孤立を深めて行く。

ある時は、警察から、美羽が見つかったとの電話が入る。沙織里と豊は歓喜して警察に駆け付けるが、それはイタズラ電話だった。二人は落胆する。

一方、テレビ局では、砂田の後輩記者がスキャンダル記事をスクープした事で表彰され、栄転して行く。マスコミの使命は何なのか。砂田は自問する。

𠮷田監督は、こうした実際にもあるであろう、SNSでの誹謗中傷や、匿名の悪意、マスコミの視聴率万能主義に鋭い批判を込めて描いて行く。

沙織里も、もし美羽が行方不明にならなければ、子供思いの良き母親だったはずだ。世間の悪意、見えぬ悪意が、沙織里を変えて行く。

思えば𠮷田監督は「空白」でも、我が子を失った親が怒りにまかせて暴走する姿を描いていたし、興味本位の大衆、マスコミの愚かしさを鋭く告発していた。
そういう意味では、いかにも𠮷田監督らしい作品だと言える


しかし物語は終盤、一つの転機が訪れる。近隣の町でやはり幼女失踪事件が起きる。沙織里は、美羽の失踪と関係があるのではと考え、この失踪事件に協力を申し出る。一緒にビラを配ったりもする。藁をも掴む思いだろう。
しばらくして、幼女は見つかり事件は解決するが、美羽の失踪とは無関係だった。沙織里は落胆するが、娘が見つかった母親が今度は沙織里に協力したいと申し出る。

悪意と打算に満ちた世間に絶望し心が折れかかっていた沙織里たちは、この善意に感謝し、涙を流す。

世の中は悪意ばかりではない、この経験を通して、沙織里の心にも変化が訪れる。横断歩道で交通安全の旗を振る老人に感化され、彼女も横断歩道で旗を持ち、小学生たちを安全に誘導する。沙織里にも、僅かだが笑顔が見えるようになる。

また、美羽が昔壁に描いた落書きに太陽の光が反射して、虹のように見えるのを見て、沙織里は落書きを描いた美羽を叱った事を思い出し後悔する。

その後取材の砂田たちに涙ながらに、「壁の落書きをあんなに怒るんじゃなかった。何でもないような事が幸せだったんだ」と語る。
ここでカメラマンの不破(細川岳)がある言葉を発するのだが、ここは笑いを取るシーンじゃないだろう。そもそもあのグループを知らない観客には何の事だか分からないだろうに。
まあ、少しづつ元気を取り戻し始めた沙織里に、笑ってもらおうと考えたのかも知れないが。これ以外にも、商店街を沙織里が歩いている横で、男女が延々と口論していたり、深刻な中にちょっとした笑えるシーンを盛り込むのも𠮷田監督らしい所ではある。

ラスト、結局最愛の娘は見つからないままだったが、沙織里の心からは刺々しさが消え、とても穏やかな顔になっている。

いつまでも悩み、怒りにまかせていても、それで美羽が帰って来るわけではない。絶望の中にも、希望を持ち続けて、前に向かって歩き続けよう。それが生きるという事なのだ。


最後は泣けた。見事な秀作だった。

石原さとみの、役になり切った体当たりの熱演がまず素晴らしい。本人の代表作になるだろうし、本年度の演技賞は当確だろう。

そしてもう一人、圭吾に扮した森優作の演技も特筆ものである。独身で恋人もおらず、気が弱そうで終始オドオドとした態度。実際にそうした生活を送っている素人を起用したのかと思えるほど役にはまった自然な演技だったが、実は役者歴は長く、「佐々木、イン、マイマイン」「ゾッキ」では味のある好演ぶりを見せている。この人も助演賞ものだ。

沙織里の夫を演じた青木崇高、砂田を演じた中村倫也、いずれも落ち着いた好演。役者がみんないい。

そして𠮷田恵輔監督自身によるオリジナル脚本も出色の出来。

「空白」と同様、我々の身にいつ起こっても不思議ではない事件を題材に、人間という存在のおかしさ、嫌らしさ、悲しさを渾身の演出力で描き切った、これは本年を代表する傑作である。今の所日本映画としてマイ・ベストワンである。必見。 (採点=★★★★★

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コメント

私は「空白」の何が良かったかわからないんですが、本作は大変素晴らしかったです。この監督の代表作かもしれません。

なお、実は私もX(旧Twitter)で酷い誹謗中傷を受け続け、つい先日有名弁護士に発信者開示請求をお願いしました。終わったらもう旧Twitterやめようかなと考えてます。

別件ですが、とある映画の読者評でキネマ旬報最新号に載ってます。

ビックリしたことに、その映画会社から「監督が読んで感激したので、ポスターに一部文言を使わせてください」と連絡がありました。もちろん快諾しました。

色々事情を聞いたんですが、なかなか封切りにバンバン流すのが難しいので、その後の上映を繰り返すんだそうです。

話を聞いてて思ったのは、何だか一部の映画が小屋を使いまくってて、小さな映画が割を食ってるような気がしました。

投稿: タニプロ | 2024年6月 3日 (月) 01:19

◆タニプロさん
「空白」は秀作ですよ。良ければ私の作品評読んでください。
読者の映画評、読ませていただきました。素敵な文章だと思います。監督が感激してくれたって、素晴らしい事ですね。
監督の山田火砂子さん、知ってますよ。近年ずっと障碍者や福祉関係の作品を作り続けている92歳の現役監督というのも凄いですが、ご主人があの今井正監督「真昼の暗黒」を製作した現代ぷろだくしょんの山田典吾氏('98年逝去)ですから、夫婦二人三脚で独立プロを拠点に社会派作品を作り続けて来られたという事ですね。頭が下がります。
観たいなと思ってるのですが、関西では一般劇場の公開予定はなく、9月に市民センターなどのホール上映しか予定がないようです。これでは観るのは困難ですね。どっかのミニシアターが引き受けてくれればいいのですがね。山田監督、頑張ってくださいとエールを送っておきましょう。

投稿: Kei(管理人 ) | 2024年6月 5日 (水) 21:45

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