「化け猫あんずちゃん」
2024年・日本・フランス合作 94分
アニメーション制作:シンエイ動画、Miyu Productions
配給:TOHO NEXT
監督:久野遥子、 山下敦弘
原作:いましろたかし
脚本:いまおかしんじ
キャラクターデザイン:久野遥子
撮影監督(アニメ):牧野真人
撮影(実写):池内義浩
音楽:鈴木慶一
プロデューサー:近藤慶一、エマニュエル=アラン・レナル、ピエール・ボッサロン、根岸洋之
人間のように暮らす化け猫と、父に捨てられた少女との交流を描くファンタジー・アニメーション。監督はアニメーション作家・イラストレーター・漫画家とマルチに活躍する久野遥子と「カラオケ行こ!」の山下敦弘との共同。声の出演は「ほかげ」の森山未來、「1秒先の彼」の五藤希愛、「ゴジラ-1.0」の青木崇高、「市子」の宇野祥平ほか。第77回カンヌ国際映画祭「監督週間」正式上映作品。
(物語)ある豪雨の日、寺の和尚さん(声:鈴木慶一)が段ボール箱の中で鳴いている子猫を見つける。その子猫は「あんず」と名付けられ、寺で大切に育てられるが、奇妙なことに何年経っても死ぬことはなく、30年経った頃には人間の言葉を話し、人間のように暮らす“化け猫”になっていた。現在37歳のあんずちゃん(森山未來)は、原付バイクに乗って移動し、マッサージ師のアルバイトをしている。ある日、親子喧嘩したまま行方がわからなくなっていた和尚さんの息子・哲也(青木崇高)が、11歳の娘かりん(五藤希愛)を連れて寺に帰ってくる。かりんの世話を頼まれたあんずちゃんは、仕方なく面倒を見る事になるが…。
今年に入って、「カラオケ行こ!」、「水深ゼロメートルから」、「告白 コンフェッション」と監督作が立て続けに公開されている山下敦弘監督。そこにまた本作の登場である。半年少々でもう4本目。どういう風の吹き回しか。
「カラオケ行こ!」はなかなかの秀作だったが、その後の2本は個人的にはいま一つで少しがっかりだった。初のアニメ作品となった本作の出来は?。
(以下ネタバレあり)
これは面白かった。まず、いまおかしんじの脚本が出色。化け猫と11歳の少女の冒険譚がメインのストーリーだが、実はこの少女かりんはいましろたかしの原作には登場しないのだとか。いまおかしんじのオリジナルという事になるが、この少女かりんが物語に違和感なく溶け込んでいる。
“ひと夏の、少女の冒険”というパターンの映画は相米慎二監督「お引越し」など秀作が少なくないが、本作もその1本に加えられるだろう。なお「お引越し」の主人公も11歳である。
そして何より、化け猫・あんずちゃんのキャラクターが秀逸。猫なのに、原付バイクに乗って登場し、ガラケーを首からぶら下げ、人間の言葉を喋る。マッサージ師のアルバイトもするし、家事もこなす。姿は猫だけど行動は人間とほぼ変わらない。
さらに少々下品で、人前で屁はするし、庭で立ちションベンはする。パチンコもするし、負けが込むと預かっているお金でも注ぎ込んでしまうダメ人間(もといダメ猫)ぶり。人間世界で37年も生きて来たせいで、人間よりも人間くさい(笑)オッサン猫である。
面白いのは、町の人間たちも、このあんずちゃんとごく普通に交流している。誰も化け猫だと言って怖がったりもしないし排除もしない。パトカーの警官ですら、スピード違反したあんずちゃんに「ダメだよ無免許でバイク乗っちゃ。37歳なら免許取れるんだから」と免許取得を勧めるのには笑った。
こういうまったり感、トボけたユルさがなんともたまらない。あんずちゃんの日常生活ぶりを眺めているだけでも楽しい。
もう一人の主人公、かりんのキャラクターも異色である。見た目は可愛いが、舌打ちはするし、悪態はつくし、あんずちゃんの自転車を隠してしまったりもする。
ただ、根っからの悪い子ではない。母が3年前に他界し、父の哲也はサラ金の借金に追われ、哲也の父の和尚さんに金を無心しては断られ、かりんには「母さんの命日に戻ってくるから」と言い残して去って行ってしまう。ダメな父親だ。そうした家庭環境も原因だと思われる。
よく似たムードの「となりのトトロ」のような子供向けアニメと違って、大人の身勝手さ、ダメさを鋭く描き、可愛らしい少女だって心の闇を抱えているという、やや棘のある人間描写が異色である。ここらがいかにもいまおかしんじらしい。
心配した和尚さんはあんずちゃんに、かりんの面倒を見るように頼む。ダメ猫だけど育ててくれた和尚さんへの恩義は忘れないあんずちゃんは、以後何かとかりんに付き添い、面倒を見る。
最初は突き放していたかりんも、徐々にあんずちゃんとの距離が縮まって行く。このプロセスをじっくり描いているのもいい。
物語後半は、父を探しに東京へ行くかりんに付き添ったあんずちゃんが、「お母さんに会いたい」と言うかりんの願いを叶えるべく、貧乏神に無理強いしてかりんと共に地獄へ向かう事となる。
やっと出会った母・柚季(市川実和子)を連れて現世に戻ったあんずちゃん、かりんたちを追って地獄の鬼たち、閻魔大王(宇野祥平)までが地上に現れ、バイクで逃げるあんずちゃんたちと壮絶なカーチェイスが繰り広げられる。前半のまったりとしたムードとは大違いである。
しかしカーチェイスにもアニメらしいギャグがあったり、閻魔大王がなぜか関西弁だったり、助っ人として駆け付けたあんずちゃん仲間の妖怪たちがまるっきり弱かったりと、どこかオフビートな笑いを交えた作品ムードは一貫していると言っていい。
結局母の柚季は地獄へ連れ戻される事となるのだが、ひと時でも愛する娘と再会出来た柚季に悔いはないだろう。逆立ちしてかりんと別れを告げるシーンは泣ける。
こうしてかりんのひと夏の冒険は終わるのだが、あんずちゃんとの冒険を通して、彼女も少しは人間的にも成長したようだ。そして、困ったときには頼りになり、そして母に合わせてくれたあんずちゃんとの間に、心からの信頼関係が成立した事が窺い知れる。
ラスト、迎えに来てくれた哲也と東京に帰ろうとする時、思い直し、あんずちゃんの元へ帰って行くかりんの姿にもちょっぴりジーンとさせられる。
観終わって、ほっこりとした気分にさせられる、いい映画だった。山下敦弘監督作品としては、「カラオケ行こ!」に並ぶ秀作である。
ロトスコープという手法で、山下監督が森山未來たち声の出演者が演技するシーンを実写撮影し、それを久野遥子監督がアニメ化するという作業を行っているが、これによってちょっとした動作、素振り等に人間らしい動きが反映されているようだ。セリフも俳優が演技しながら喋っているので、演技に沿った生の声が拾え、声優がアフレコで付けるセリフよりもずっとリアルで自然なセリフになっていたと思う。
実質的なアニメ監督は久野遥子の方だが、山下監督の実写演技指導があってこその作品的厚みと言え、この共同監督方式は新しいアニメ制作手段として、今後も広まって行くのではないか。その点も大いに評価したい。
ちなみに久野遥子は2015年の岩井俊二監督のアニメ「花とアリス殺人事件」でもロトスコープアニメーションディレクターを務めている。この時の久野は23歳という若さ。
本作は初の監督作品。今後もアニメ監督としての活躍を期待したい。
(採点=★★★★☆)
(付記・化け猫映画あれこれ)
ちなみに、私の世代だと「化け猫」と言えば、昭和20年代後半から30年代中期にかけて盛んに作られた、怪談映画の1ジャンル“化け猫もの”を思い出す。中でも戦前の大女優、入江たか子が化け猫を演じたシリーズ(「怪猫逢魔ヶ辻」(1954)、「怪猫有馬御殿」(1954)等)はお盆・正月興行で大ヒットして、入江は“化け猫女優”という有難くない異名を頂戴したが、本人は少しも卑下していないと言う。見上げた役者根性だ、
1983年には大林宣彦監督がテレビ映画として、入江たか子にオマージュを捧げた化け猫もの「麗猫伝説」を作り、入江たか子本人と娘の入江若葉が出演している(脚本は「HOUSE」の桂千穂)。これは後1998年には劇場版として劇場公開もされた。
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