「セーヌ川の水面の下に」 (VOD)
2024年・フランス 104分
配信:Netflix
原題:Sous la Seine
監督:ザビエ・ジャン
原案:エドゥアール・デュプレ、セバスチャン・オーシャー
脚本:ヤニック・ダアン、モード・ハイバン、ザビエ・ジャン、ヤエル・ラングマン、オリビア・トレス
撮影:ニコラ・マサール
音楽:アンソニー・ダマリオ、アレックス・コルテス、エドゥアール・リゴディエール
製作:バンサン・ロジェ
製作総指揮:ダニエル・ドゥリューム
パリのセーヌ川に出現した巨大ザメが巻き起こす恐怖を描くパニック・スリラー。監督は「ヒットマン」、「FARANG ファラン」のザビエ・ジャン。出演は「アーティスト」のベレニス・ベジョ、「FARANG ファラン」のナシム・リエス、「恐怖ノ白魔人」のアンヌ・マリヴィンなど。Netflixで2024年6月5日より配信開始。
先日も日本製サメ映画「温泉シャーク」を紹介したが、サメ映画は世界各国で手を変え品を変えコンスタントに作られ続けている。この8月16日からも、墜落し海底に沈んだ飛行機の生存者に人食いサメが襲いかかる「エア・ロック 海底緊急避難所」が公開されている。また7月には東京で、第1回東京国際サメ映画祭(笑)が開催され、「エア・ロック-」が審査員賞、そして「温泉シャーク」が観客賞をそれぞれ受賞している(東京国際サメ映画祭の公式サイトはこちら)。今年の夏はサメ映画づくしだ。
そんな所に、今度は珍しい、フランス製サメ映画の登場である。それが本作。残念ながらNetflixの配信のみで劇場公開の予定はない。
(物語)海洋生物学者のソフィア(ベレニス・ベジョ)は、廃棄物で汚染された太平洋ゴミベルトに生息するサメ群を追跡調査していた。ソフィアはリーダー格の1頭のアオザメに「リリス」と名付けていたが、3か月前までは体長2.5メートルだったリリスは、今や7メートルの巨大ザメに成長していた。リリスは突然調査員一行に襲いかかり、ソフィアはかろうじて助かるが夫や仲間の研究員たちを失ってしまう。3年後、パリで暮らすソフィアの元に若き環境活動家ミカ(レア・レヴィアン)が現れ、あの巨大ザメ・リリスがセーヌ川にいる事を知らせる。折しもパリでは、トライアスロン世界大会の開催が目前に迫っていた。ソフィアはさらなる惨劇を阻止するべく、セーヌ川を管轄する水上警察と協力して巨大ザメの調査に乗り出すが…。
おバカB級映画ではなく、ちゃんとした動物パニック映画として作られているが、海洋汚染問題やパリ・オリンピックで露呈したセーヌ川の水質汚染、環境活動家の暴走など、随所に現代社会が抱える環境問題への痛烈な皮肉・風刺が込められており、これがパリ・オリンピック開催中に配信されているのが実にタイムリーである。
(以下ネタバレあり)
冒頭字幕で、ダーウィンの言葉「生き残るのは最も強い者でも、最も賢い者でもない、変化する者である」が引用される。これは意味深である。
次いで、プラスチックや漁網などのゴミが大量に海中に漂う様子が映し出されるが、その汚さはリアルで気持ち悪くなるほどである。さらに上空からの俯瞰映像では、見渡す限り海面を覆い尽くす夥しい量のゴミの光景。主人公ソフィアが「第七の大陸」と表現する、通称「太平洋ゴミベルト」である。その面積はフランスの4~6倍と言うから相当なものだ。これらはすべて事実だそうである(wikipedia参照)。
水中に潜ると、大量の廃棄網に引っかかっている子供のクジラの死体が。腹の中もプラスチックだらけらしい。可哀想に。
ここまでだと、深刻な環境汚染問題を告発するドキュメンタリーを観ているような錯覚を覚える。ザビエ・ジャン監督も半分はそうした狙いもあったと思われる。
だがそこに、ソフィアが「リリス」と名付けた巨大ザメが現れ、ソフィアの夫を含めた4人がリリスに襲われ殺されてしまう。助けに向かったソフィアも危うく死にそうになったがなんとか九死に一生を得る。
それから3年後、S.O.S(Save Our Seas)という海洋保全団体に所属する若い環境活動家のミカがソフィアの元を訪れ、以前ソフィアたちがリリスに埋め込んだビーコンの反応がセーヌ川であったと伝える。リリスが今度はフランス・パリに現れたのである。
リリスたちアオザメは淡水では生きられないはずとソフィアが疑問を呈すると、どうやら気候変動や環境汚染で淡水でも生きられるよう進化したらしい。しかも雌だけの単為生殖で増え続けているという。
そして遂に犠牲者が出る。ソフィアは死体を見て、間違いなくサメの仕業と断定。運悪く、もうじきパリではトライアスロン世界大会が開催される予定。
ソフィアは水上警察の巡査部長のアディル(ナシム・リエス)と協力して、パリ市長(アンヌ・マリヴィン)に、セーヌ川にサメがいる事を伝え、大会を中止するよう進言するが、市長は巨費をかけたトライアスロン大会を今さら中止出来ないと、サメの存在を隠して大会を強行しようとする。
問題があってもトップがなかなか中止に踏み切れないのは、洋の東西を問わないようだ。どことは言わないが。
一方、環境活動家のミカたちは、サメの保護を目的としており、リリスが見つかりそうになると、意図的にビーコンを遮断して妨害しようとする。
捕鯨を力づくで妨害するシーシェパードみたいなものか。しかしこれが後に災厄を招く事となる。
セーヌ川の川底に、第二次世界大戦時代の不発弾が数百発沈んでいるというエピソードも出て来て、これが終盤への伏線になっている。
映画用のフィクションかと思っていたが、ジャン監督によると、2年前に実際に154個もの不発弾が見つかったそうだ。怖い。
そして中盤、地下墓地にサメの群れがいる事を知った警察がそこに向かうと、ミカたち活動家がそこにいて、サメを殺すなと訴えるが、騒ぎが却ってサメたちを刺激し、やがて逃げようとして水路に転落した人たちが次々とサメに食い殺されて行く阿鼻叫喚の事態となる。そしてミカも食われてしまう。
ミカはもっと終盤まで活躍すると思ったが、意外に早く殺されてしまった。なんだか、暴走気味の環境活動家に対する皮肉とも取れる。
そしてトライアスロン大会の日がやってくる。あれだけ犠牲者が出てるのによくやるね。まあ軍隊まで動員してサメ撲滅作戦を実行しようとするわけだが。
ソフィアと警察は地下墓地に爆弾を仕掛け、サメを退治しようとするが、うまく行かず、とうとうリリスはトライアスロン中のセーヌ川になだれ込み、選手を次々と餌食にして行く。
焦った軍隊が水中のリリスに無茶苦茶に発砲する。「不発弾がある!」とソフィアたちが叫ぶも耳に入らない。案の定不発弾が爆発、連鎖的に他の不発弾も爆発、橋や水門も破壊され、パリの町は水没、リリスは逃げおおせるという最悪の結末となる。
エンドロールでは、地図上にサメの航跡を示す赤いラインが全世界に広まって行く(TOKYOも出て来る)。地球は、リリスを頭とするサメ軍団に支配された事を暗示しているようだ。
娯楽パニック・サスペンスでこんなバッドエンドは珍しい。
というわけで、サメが人間を襲うサメ・パニック映画のパターンをなぞってはいるが、テーマとして描かれるのは、気候変動や海洋プラスチック汚染等、地球環境破壊に対する警鐘、政治家・自治体トップのエゴ、おまけで行き過ぎた環境保全活動への皮肉、と現代が抱えるさまざまな問題提起を容赦なく行い、社会派的テーマと、サメ・パニック映画を見事に両立させている点が出色である。VFXもよく出来ている。
パリ・オリンピック直前に配信公開というタイミングもいい。映画の中で、セーヌ川の水中がかなりゴミだらけで汚染されている映像が何度も出て来るが、実際にセーヌ川が家庭排出ゴミで汚れていて、パリ市では巨費をかけて水質改善に取り組み、成果を示す為パリ市長が川で泳ぐというデモンストレーションもあったが、それでもトライアスロン選手が体調を崩したというニュースも流れている。
本作はそうした状況を予見したかのようである。それだけでもこの映画の公開は意義がある。
配信のみで劇場公開されないのはもったいない。多くの人に観て欲しい、サメ映画の力作である。
(採点=★★★★)
| 固定リンク
コメント