「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ」
2023年・アメリカ 133分
製作:ミラマックス=ユニバーサル映画
配給:ビターズ・エンド
原題:The Holdovers
監督:アレクサンダー・ペイン
脚本:デビッド・ヘミングソン
撮影:アイジル・ブリルド
音楽:マーク・オートン
製作:マーク・ジョンソン、ビル・ブロック、デビッド・ヘミングソン
1970年代の寄宿制名門高校を舞台に、クリスマス休暇を過ごす教師と居残り学生との交流を描くヒューマンドラマ。監督は「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」のアレクサンダー・ペイン。主演は「サイドウェイ」(2004)以来20年ぶりのタッグを組むポール・ジアマッティ。共演は新人のドミニク・セッサ、「ラスティン ワシントンの『あの日』を作った男」のダバイン・ジョイ・ランドルフ。第96回アカデミー賞では作品賞、脚本賞、主演男優賞、助演女優賞など5部門にノミネートされ、ダバイン・ジョイ・ランドルフが助演女優賞を受賞した。
(物語)1970年の暮れ、マサチューセッツ州の全寮制寄宿学校に勤務する古代史の非常勤教師ポール(ポール・ジアマッティ)は、その頑固で偏屈な性格ゆえ、生徒たちからはもちろん、校長や同僚たちからも疎まれていた。そんな彼が校長から、多くの生徒や教師たちが家族と過ごすクリスマス休暇に家に帰れない学生たちの監督役を命ぜられる。やがてポールは、母親が再婚した為に休暇の間も寄宿舎に居残る事になった学生アンガス(ドミニク・セッサ)、ベトナム戦争で息子を亡くしたばかりの料理長・メアリー(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)らと3人だけで2週間のクリスマス休暇を過ごす事になり…。
サンダー・ペイン監督作品は「サイドウェイ」、「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」を観ているが、どれも味わい深い秀作だった。
本作は「サイドウェイ」以来20年ぶりのポール・ジアマッティとのタッグという点でも注目作である。これは見逃せない。
なお、ホールドオーバーズとは「居残り」といった意味である。
(以下ネタバレあり)
冒頭の会社ロゴにまずおおーっとなった。製作のユニヴァーサル・ピクチャーズのロゴが懐かしい1970年代当時のものだし、まるでフィルム時代の古い映画を上映しているかのようなフィルム傷まである。撮影はデジタルで行われたが、わざわざフィルムに近い画質に加工しているのだそうな。
音楽も'70年代のヒット曲が次々出て来るので、当時青春時代を送った世代にはたまらない。ショッキング・ブルーの大ヒット曲「ヴィーナス」も懐かしい。
ポール・ジアマッティ扮する主人公の古代史教師ポール・ハナムのキャラクターが面白い。偏屈で気難しくて、曲がった事が嫌い。多額の寄付をしてくれた議員の息子でも勉強が出来なければ容赦なく落第させてしまうので、校長に睨まれている。生徒からも嫌われており、「斜視」と仇名をつけられている。
字幕では「斜視」と硬い表現だが、英語では多分もっとくだけた俗称(当時の日本語なら「やぶにらみ」とか「ロンパリ」)だろう。
やがてクリスマス・シーズン到来。学校はクリスマス休暇に入り、教師も生徒も多くは帰省したり旅行に行ったりするのだが、校長はハナムを呼び出し、事情があって帰省出来ない生徒たちの監督役を命じる。議員の息子を落第させたハナムへの嫌がらせだろう。
ハナムは早速、居残りの5人の生徒たちに宿題を与え勉強を強制するので、生徒たちはまた不満たらたら。
生徒の一人、アンガスは、クリスマス休暇は母親と南の島へ行くと喜んでいたのに、母親から電話があり、再婚相手と二人で旅行に行くからアンガスとの旅行はキャンセルと言われてしまい、学校に残らざるを得なくなる。
さらに数日後、一人のリッチな生徒の父親がヘリコプターで現れ、親の許可を得た生徒も一緒にスキー旅行に連れてってくれると言う。残りの4人のうち3人は親と連絡が取れたが、アンガスだけは母親と連絡が取れず、置いてけぼりになってしまうのだ。何ともヒドい母親だ。
もう一人、同じくクリスマスを学校で過ごす事となる食堂の料理長、メアリーにも複雑な事情がある。彼女には最愛の息子カーティスがいたのだが、貧しい故に大学に進めず、徴兵されてベトナム戦争に従軍する事となる。無事除隊すれば大学の学資も援助してもらえるはずだったが、ベトナムで戦死し、メアリーは一人ぼっちになってしまう。
戦争に行かされるのは黒人や貧困世帯など、マイノリティが多かったのだろう。1970年という時代状況が巧みに物語に反映されている。
こうして、ハナムとアンガス、メアリーの3人による奇妙なクリスマスの共同生活が始まる事となるのである。
物語後半は、3人それぞれのキャラクターが生かされ、3人が時にぶつかり合ったりしながらも、次第に心を通わせ合い、それぞれの心に秘めた悩み、秘密をも曝け出して行き、やがては疑似家族のような関係を築いて行く事となる。
終盤にかけては、3人が車に乗ってボストンへと向かうロードムービーとなる。思えばペイン監督の「サイドウェイ」も「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」もロードムービーだった。ペイン監督のお得意分野と言える。
ここで物語に大きな変化が訪れる。アンガスはハナムの目を盗んで、こっそりタクシーを拾ってどこかに行こうとする。それを察知したハナムは止めようとする。
生徒が単独行動を取って、何かあればハナムの監督責任が問われる。そもそもボストンに行く事だって学校には内緒だ。露見すれば、ハナムを追い出したがってる校長にとっては思う壷だ。
だがアンガスから、ボストンの精神病院に入院している父に逢いたいと聞かされたハナムは、その願いを聞き入れ、アンガスを父に会わせてやる。
自身も若い頃にある事件で心に傷を負っているハナムは、ここで初めて、生徒の気持ちに寄り添おうとするのだ。
しかし学校に帰った後、アンガスの母と義父が学校にやって来て、アンガスが規則に違反して精神病院の実父に面会した事がバレてしまう。
このままではアンガスは退学処分となってしまう。彼は窮地に追いやられる。
その時、ハナムが取った行動は…。
前半では、杓子定規に規則遵守を貫き、誰とも心を通わそうとしなかったハナムが、ここではアンガスを守る為に嘘をつき、自ら学校を去って行く。
自分の、もうあまり残っていない人生よりも、これから将来あるアンガスの人生を守ってあげる事の方が大切だと決断するのである。
学校を追われる事となったが、ハナムはむしろさばさばとした気分だろう。車に荷物一式を積んで出て行くハナムとアンガスが別れの言葉を交わすシーンもいい。
それぞれに辛い過去を背負ったハナム、アンガス、メアリーの3人が出会い、短い期間だけれど一緒に生活し交流を重ねる中で、渇いていた心に、ジワジワと温かいものが充たされて行く。そのプロセスをきめ細かく、丁寧に描く脚本、演出が見事である。
3人を演じたポール・ジアマッティ、ドミニク・セッサ、ダバイン・ジョイ・ランドルフ、それぞれ心に沁みる見事な巧演。ランドルフのアカデミー助演女優賞受賞は当然だが、アンガスを演じたドミニク・セッサはオーディションで選ばれた全くの新人だというから凄い。将来が楽しみだ。
こういうのが、大人が観る映画である。じっくりと俳優の演技合戦、ペイン監督の腰の据わった演出を堪能して欲しい。 (採点=★★★★☆)
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