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2024年9月 7日 (土)

新東宝 映画まつり その2

前回に続いて、「新東宝 映画まつり」で鑑賞した映画の感想を。順番は公開年月日順。

 

Kurosentitai  「黒線地帯」

 1960年   80分
 製作:大蔵貢 
 企画:佐川滉 
 監督:石井輝男 
 脚本:石井輝男、宮川一郎 
 撮影:吉田重業
 音楽:渡辺宙明

「白線秘密地帯」に続く、“ライン”シリーズ2作目。


冒頭いきなり、一人の女が必死に雑踏の中を逃げる。その後を一人の男が追いかける。それを手持ちカメラが追う、そのバックに渡辺宙明のジャズ風の軽快な音楽が流れる。

このスピーディかつダイナミックな映像と音楽でいきなり観客を映画の世界に誘い込む石井監督の演出が見事だ。

男はトップ屋の町田(天知茂)。秘密売春組織=黒線地帯=を取材している。女もその関係者らしい。
映画館(新宿東急)の前で女を見失い、胡散臭そうな女易者からサブというチンピラを紹介され、女を待つ間に出されたコップの水に睡眠薬が入っていたらしく、町田は眠らされてしまい、目が覚めた時には隣に女の絞殺死体が転がっていた。町田は罠に嵌められたと悟り、逃げだす。警察の聞き込みで、町田が容疑者として捜査線上に浮かびあがる。町田は警察の追及を逃れつつ、自分で真犯人を探すべく行動する。

といった具合に、犯人と間違われた男が警察から逃げながら犯人を追う、というヒッチコック映画でお馴染みのパターンが展開する。
特に似ているのが「第三逃亡者」だが、本作製作時点ではこの作品は日本未公開(正式公開は1977年)。なので多分、戦前の「三十九夜」、又は前年公開の「北北西に進路を取れ」辺りにヒントを得たと思われる。
また女の首を締めていたのが町田のネクタイなのだが、この絞殺方法は本作よりずっと後に公開されたヒッチの晩年の作品「フレンジー」(1972)に登場している。偶然とは言え面白い。

(以下ネタバレあり)

町田は、ちょっとした手掛かりから、少しづつ関係者を辿り、核心に近づいて行く。このプロセスの演出もキビキビとしていて手際良い。脚本が思ったより良く出来ている(石井と宮川一郎の共作)。

調査を続ける中で、黒線地帯では売春のみならず麻薬の売買も行われている事も明らかになる。その組織に絡んでいると思われる女・麻耶(三原葉子)とも知り合い、麻耶から情報を得てさらに関係者を辿って行く。

横浜に車でやって来た町田の前に、女子高生の美沙子(三ツ矢歌子)が現れ、「乗せてって頂だい」と強引に車に乗り込む。町田をアッシー君として利用するちゃっかりぶりも面白いが、美沙子がアルバイトで運んでいる人形の中に実は麻薬が仕込まれていたのを町田が発見する、というのは偶然過ぎるし、その人形店の前で偶然麻耶を見つけて車に乗せる、という偶然重なりはどうかと思うが、石井監督のスピーディな演出でそんな事も気にならなくなる。

警察に見つかりそうになり、町田は車を捨て、麻耶と二人で逃げるが、町田と麻耶の人相がテレビのニュースで流れ、二人が何とかごまかして逃げるうちに、二人の間の距離が少しづつ縮まって行く。

麻耶が転倒して怪我し、麻耶の家に連れ帰った町田が一晩看病していた事を知った麻耶は、いつしか町田に恋心を抱き、彼女が知っている事を町田に話した事で、町田は遂に組織の黒幕・橘(大友純)に辿り着く。美沙子もそこに監禁されていた。そして女を殺した殺し屋・ジョー(宗方祐二)も現れる。
ジョーに狙われ、ピンチとなるが美沙子の機転で形勢は逆転し、格闘の末、ジョーは逃げ出す。町田は美沙子に警察に連絡するように言い、逃げるジョーを追って行く。

終盤のジョーと町田の対決は、貨物列車への飛び乗り、貨車内での格闘、列車から海への転落、船に這い上がりまた格闘、と矢継ぎ早のアクション・シーンは本作の白眉。
ようやくジョーは逮捕され、町田の嫌疑は晴れる。

ラスト、逮捕される麻耶と町田の別れ際の会話が切ない。警察に連行されて行く麻耶を見送る町田の姿をロングで捉えて映画は終わる。


登場した時は妖艶なヴァンプぶりを見せていた麻耶が、終盤では町田を愛する可憐な女に変貌して行く。この変化を演じ分ける三原葉子が素晴らしい。
そう言えば、行き掛かりで一緒に逃亡する事になった男女がいつしか愛し合うようになって行く、というパターンもヒッチコック映画によく登場する。石井監督はヒッチコック作品をはじめ、洋画のサスペンス映画にかなり影響を受けているようだ。

冒頭の新宿周辺のロケ撮影に始まり、一部の屋内シーンを除いて、ほとんどが東京、横浜の市街ロケである。時にはビルの屋上からの俯瞰撮影もあり、これがドキュメンタリー的な効果を挙げている。雑踏の中を進むカメラや俯瞰撮影などは、多分ゲリラ的な隠し撮りを行っている可能性もある(大勢のエキストラを雇う経費など当時の新東宝では出せないだろうから)。

町田と麻耶が何度か警官と遭遇するシーンはハラハラさせられる。中でも、バスに警官が同乗し、それだけでも緊迫感が高まるのに、降り際警官に呼び止められ、これまでか、と思った途端、バスに置き忘れた品物を返してくれただけなのでホッとするシーンは、よくあるパターンとは言え、うまい。
また、町田のライバルのトップ屋・鳥井(細川俊夫)が町田を犯人として追いかけ、町田が鳥井から48時間の猶予をもらって、その間に事件を解決しようとするタイムリミット・サスペンスもある。

ミステリー、犯罪サスペンス、ラブロマンス、最後はアクションと、娯楽映画のエッセンスがぎっしり詰め込まれた、これは意外な掘り出し物である。石井監督のシャープな演出も見ごたえがある。 
(採点=★★★★
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Nyotaiuzumakijima  「女体渦巻島」

 1960年   76分
 製作:大蔵貢 
 企画:小野沢寛 
 監督:石井輝男 
 原作:岡戸利秋 
 脚色:岡戸利秋、石井輝男 
 撮影:鈴木博 
 音楽:渡辺宙明
 助監督:武部弘道

石井監督が「黒線地帯」と、シリーズ3作目「黄線地帯(イエローライン」の間に撮った作品。題名に「女体」「渦巻」が入ってるのでエログロ路線ものかと思ってしまうが、中身は拳銃の名手のヒーローと悪の組織との対決を描くアクション映画である。
派手な撃ち合いシーンもあり、当時日活で作られていた小林旭主演の「渡り鳥」「流れ者」シリーズを巧妙にパクッている。


冒頭の字幕で「東洋のカサブランカ、対馬戦後は密輸・密航の基地と化し、悪徳と汚濁にまみれていた」と出るが、フィクションとは言え対馬の人がよく抗議しなかったものだ(笑)。

続いて、対馬の断崖に立つ主人公・大神信彦(吉田輝雄)のモノローグで状況を簡潔に説明する。
大神は香港を根城とする麻薬密輸団のボス・陳雲竜(天知茂)の配下で、恋人の真山百合(三原葉子)を日本に残し香港で陳の命令で働いていたが、その間に陳が百合を自分の情婦にし、対馬のキャバレー“怒濤”を根城に百合を麻薬取引・人身売買の頭目として働かせている事を知って、大神は日本に帰り、この対馬にやって来たのである。

(以下ネタバレあり)

対馬に到着するなり、キャバレー“怒濤”に現れた大神が、鮮やかな拳銃の腕前を発揮して陳の配下をケムに撒くシーンが面白い。

さらには配下の黒づくめの男と拳銃の腕前を披露し合い、チンピラの頭にリンゴ等小さな的を乗せて、互いに見事命中させる。的はだんだん小さくなり、最後にはマッチの軸を持たせ、大神が銃弾でそれに火を付けるという離れ業をやってのけるのには笑った。
この辺りも、小林旭主演の無国籍アクションで、アキラと宍戸錠の対決で見たようなガンプレイである。

大神は百合と再会して、自分を裏切った理由を聞こうとするが、陳に麻薬漬けにされ、薬欲しさに仕方なく陳の言う通りに動いている事を知り、さらに陳への憎悪の炎を燃やす。

大神は百合に麻薬取引をやめさせる為に、百合の金庫にあった麻薬の束を奪い取る。
しかし汚れ仕事を積み重ねて来たせいか、百合は結構肝が据わっていて、支配人の本田(近衛敏明)を強請って、本田が隠し持っていた麻薬を取り上げてそれを取引に使おうとする。
しおらしさと、ギャングの情婦としての豪胆ぶりを見事に演じ分ける三原葉子がいい。

この後、その麻薬を韓国の密輸団、張(大友純)の一味との取引に使うのだが、大神が警察に連絡していた為、張たちは逃げる羽目となり、大神は張一味、本田たちそれぞれから狙われる事となる。それでも大神は腕と度胸で敵を翻弄する。

見どころは、大神と、本田たちと張一味が待ち受ける断崖の上での一対敵数十人の決闘シーン。ここはまるで西部劇だ。大神は巧みに身をかわし拳銃を乱射し、一人また一人と倒して行く。と言っても腕や肩を打ち抜くだけで殺しはしないのが大神流らしい。
フィクションとは言え、敵の弾は一発も当らないのに大神の銃弾は確実に敵に当るのはマンガチックと言うかご都合主義。
それでも不利かと思われた時、百合がライフルを持って現れ、加勢したおかげで敵は散って行き大神たちの勝利となる。
この時、あの拳銃の腕を披露し合った黒服の男が崖にぶら下がっているのを見た大神は手を伸ばし助け上げる。ライバルとして、一目置いていたのかも知れない。これは後の伏線になっている。

そして終盤、陳雲竜が現れ、女たちを海外に売り飛ばそうとする所をまたも大神が邪魔し、最後の銃撃戦が始まる。その過程で百合は陳に撃たれてしまう。
大神が危ない時、あの黒服の男が大神を助け、撃たれて死んで行く。助けてもらった恩返しと言う訳か。いい見せ場なのだが、映画を観る限りでは役名も役者の名前も判らないのが残念。日活アクションなら宍戸錠の役どころである。

警察も駆け付け、陳の組織は壊滅し、観念した陳は崖から飛び降り自ら命を絶つ。百合は大神の腕の中で死んで行く所でエンド。


天知茂の出番は終盤のほんの僅か。それでも悪のボスとしてのオーラが感じられるのはさすが。海岸で大神と陳雲竜が、互いに拳銃を捨て、殴り合い、取っ組み合いの格闘を繰り広げるシーンがあるが、これも西部劇を思わせて楽しい。

吉田輝雄はこれが本格主演第一作。演技にはやや硬さが見られるが、ポスターには「全女性あこがれの吉田輝雄の魅力!」とある。会社としても吉田を大々的にスターとして売り出そうとしたのだろう。

三原葉子は毎度お馴染みの下着姿を見せたり、キャバレーで派手にスカートを広げ踊ったりの大サービス。ライフルを構える姿もなかなかサマになっている。

逃げだした女たちを裸に剥いてリンチしたりのお色気シーンもあるが、それは付け足しで、全体的には石井輝男監督らしい、西部劇タッチのアクション映画の快作である。これも面白かった。 
(採点=★★★☆
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Yellowline  「黄線地帯(イエローライン)」 

 1960年   79分
 製作:大蔵貢 
 企画:佐川滉 
 監督:石井輝男 
 脚本:石井輝男 
 撮影:鈴木博 
 音楽:渡辺宙明
 助監督:武部弘道

“ライン”シリーズ第3作。本作はシリーズ初めてのカラー作品である。今回は石井輝男の単独脚本。主演は前作に続いて吉田輝雄と、こちらも石井作品常連の天知茂。

(以下ネタバレあり)

天知茂扮する殺し屋・衆木は、裏組織の男・阿川(大友純)に依頼され、神戸税関長を暗殺する。ところが直後に警察が駆け付けたので、衆木は阿川に騙された事を知る。東京駅から列車に乗ろうとするが警察が張り込んでいるので、窮余の一策として、公衆電話ボックスで恋人の新聞記者・真山(吉田輝雄)に電話をしていた踊子のルミ(三原葉子)を脅し、アベックを装って警察の目を逃れ、なんとか神戸行きの列車に乗り込む事に成功する。

一方で真山は、急に電話が切られた事を不審に思い、ルミが行くと言っていた神戸が本店の新日本芸能社の東京事務所を当たると、急に事務所が閉鎖され連絡も取れなくなったと聞き、もしかしたら新日本芸能社は神戸の国際売春組織=黄線地帯と関連があるのではないかと睨み、デスク(沼田曜一)に神戸行きを承諾させる。こうして舞台は神戸のカスバ街に移る事となる。

衆木が殺しを請け負った阿川は実は新日本芸能社のボスで、衆木がたまたま出会ったルミが働きに行く予定だったのもその新日本芸能社だったというのは偶然にも程があるが、B級娯楽映画なのだからまあいいだろう。

いつも悪役を演じる沼田曜一が、今回は新聞社の敏腕デスクに扮しているのが、意外性があって面白い。

衆木とルミの逃避行の途中、ルミが「絶対警察に言わないから」と言うと、衆木が「女の約束と貞操を信じる奴は低能だ」と返すのが笑える。このセリフは“名セリフ集”に入れたいくらいだ。

本作でユニークなのは、小道具の使い方である。ルミが真山に知らせる為にわざと赤いハイヒールの片方をホームに置き去りにする。これで真山がルミに何かあったと気付く。
さらに神戸に着いて、新しい靴を買う為に二人は靴屋に寄るのだが、この靴屋がまた後の物語にも絡んで来る。

また、列車のトイレでルミが百円札(懐かしい板垣退助)にペンで「つれの男は殺人犯です 助けて下さい」と書き、これをなんとか誰かに渡そうとするのだが、なかなかうまく行かない。
まず百円札は先の靴屋で代金として支払われるが、靴屋は気付かずそれを海運会社の事務員・弓子(三条魔子)に釣りとして渡し、その弓子が何者かに攫われ、車の窓から落とした百円札をチンピラが拾って…といった具合に、百円札が次から次へと目まぐるしく移動し、やっと真山の手に渡るまでがなかなかスリリングで楽しい。

拾った人間がいずれも事件に微妙に絡むのも面白い。石井輝男の脚本が実にうまく練られている。前作「女体渦巻島」から僅か2ヵ月後の公開という忙しさなのに、よくこんな捻ったアイデアを考える時間があったものだ。

そして舞台は神戸のカスバと呼ばれる歓楽街に移動し、衆木らはここの安宿に投宿する。撮影所に組んだ、まるで迷路のようなセットがなかなかよく出来ていて、ジャン・ギャバン主演の「望郷」に出て来るカスバを連想させる。
石井監督は後に東映に行っても、高倉健主演「ならず者」等いくつかの作品でも”カスバ”を登場させている。

安宿で衆木はルミに、自分の生い立ちを語る。「刑務所で生まれ、孤児院で育てられた。正業に就く事も出来ず、殺し屋になった」…ルミはいつしか、衆木に同情の念を寄せて行く。

衆木は単独で出かけ、売春組織を探るが、その間、真山が安宿にやって来るニアミスがあったり、一方でルミは安宿の老マダム(若杉嘉津子)に助けてあげると騙されて秘密クラブ「プランタン」に連れて行かれる。そこにあの阿川がいた。
ここで阿川の依頼で、ルミが薄い衣装でダンスホールで踊るシーンがあるのはサービス・ショット…にしても、唐突でほとんど物語に関係ない(笑)。第一、大手新聞社(毎朝新聞)の記者の恋人が裏組織絡みのクラブで妖しいダンス踊ってちゃマズいでしょう。

ここに衆木も現れ、阿川から、黄線地帯の真の親玉は、慈善事業家という表の顔を持った松平(中村虎彦)だという事を知る。
衆木は阿川を脅し、ルミと一緒に松平の家に案内させる。その後をやはりプランタンを見張っていた真山が追いかける。真山は途中警察に通報する。

松平の屋敷には、弓子も連れて来られ、松平の相手をさせられようとしていた。そこに衆木が現れ、松平に迫る。松平と阿川は互いに、本当のボスはこいつだと責任のなすり合いを始めるのが笑える。

結局衆木は悪人二人とも射殺するが、そこに警官隊が駆け付ける。衆木はルミを連れて逃げるが、波止場の小屋に追い詰められる。真山は拳銃を撃つ衆木にも臆せず立ち向かい「僕たちは愛し合っているんだ。殺すなら二人とも殺せ」と迫る。衆木は二人に拳銃を向けるが、どうしても撃てない。二人の愛の強さに負けた、という事だろう。そして衆木は外に飛び出し、自滅する形で警官隊に撃たれて死ぬ所でエンドとなる。


この頃の日本映画で、殺し屋が主人公と言うのは珍しい。数年後には日活を含め多く作られるようになるが。それと、殺し屋自身が、自分を雇った人間を探すという物語は、映画ファンならドン・シーゲル監督の「殺人者たち」を思い起こすだろうが、この作品が製作・公開されたのは4年後の1964年。本作が先である。

そういう点も含めて、石井輝男監督の洋画的センスはずば抜けていると言えるだろう。日本製フィルム・ノワールの佳作と断言したい。 (採点=★★★☆

(付記)
前述の石井監督が東映で撮った高倉健主演の「ならず者」(1964)は、健さんは殺し屋で、殺しを実行したのに金はもらえず警察に密告され復讐の為雇い主を探したり、最後は死んでしまう等、本作とよく似たお話で、本作のリメイクとも言える作品である。三原葉子も出演しているし、見比べてみるのも面白いだろう。 
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Sexyline  「セクシー地帯(ライン)」

 1961年   82分
 製作:大蔵貢 
 企画:佐川滉 
 監督:石井輝男 
 脚本:石井輝男 
 撮影:須藤登 
 音楽:平岡精二 
 助監督:深町幸男

石井輝男監督による“ライン”シリーズ最後の作品。前作がカラーだったのに、本作ではまたモノクロになっている。新東宝末期で製作費が足りなかったのだろう。

前作の吉田輝雄が今回は単独主演である。

(以下ネタバレあり)

オープニングのクレジットの背景が、新聞や雑誌の切り抜きのコラージュというのが斬新で洒落ている。まるでソウル・バスが担当したタイトル・デザインみたいだ。(↓・某ブログより拝借)

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そしてバックに流れる音楽がいつもの渡辺宙明でなく、平岡精二というのも心憎い。演奏も平岡精二クインテットによるヴィブラフォンをフィーチャーしたモダン・ジャズ・タッチ。このオープニング・クレジットだけでもハートをギュッと鷲掴みにされる。

タイトルが終わると、夕刻の銀座。一人の謎の女(三原葉子)がいきなり主人公・吉岡(吉田輝雄)の腕を取り、強引に雑踏の中を進む。吉岡が君は誰だと問うと「あなた、ハンサムね」と答え、女は地下鉄の階段を降りて行く。そこに刑事が現れ、女はスリでお前も仲間だろうと署に引っ張って行く。内ポケットには他人の財布があり、逆に吉岡は勤務先の森川部長(九重京司)から預かっていた大事な書類を盗まれていた。

翌日、疑いが晴れて吉岡は会社に戻るが、書類を盗まれた責任を問われ、大阪転勤を命じられる。踏んだり蹴ったりだ。

吉岡には同じ会社に勤務する滝川玲子(三条魔子)という恋人がいるが、玲子は離れ離れになるのは嫌だと言い、吉岡に、部長に取り消してもらうよう談判しろと言う。

だが玲子は実は森川部長とも密会を重ねており、吉岡の大阪転勤を取り消さなければ二人の肉体関係を周囲にバラすと脅迫し、さらに手切れ金までせしめる。
また一方で、クロッキー・クラブという秘密売春組織にも所属し、ここでも金を稼いでいた。なんともドライでしたたかな女だ。純情な吉岡が可哀想だ。

しかしさすがに吉岡の事を考えたら、もうこんな乱れた生活は止めようと考え、玲子はクロッキー・クラブのボス・瀬川(沖竜次)に脱会したいと申し出る。瀬川は拒否するが、玲子はそれなら組織のことを暴露すると開き直る。悪辣なボスにそんな事言えばタダで済むはずはないのだが。ここは脚本がちょっと無茶。

吉岡は森川部長に会えず(その頃は玲子といたのだから当然)、玲子のアパートに寄っても返事はなく、隣人に怪しまれる。

そうこうするうち、ニュースで玲子が自分のアパートで絞殺死体となって発見され、直前にアパートを訪れた吉岡に疑いがかかっていると報じていた。吉岡は警官の目を逃れながら夜の街を彷徨う。

…と言った具合に、前掲の「黒線地帯」と同じく、濡れ衣を着せられた男が警察から逃げながら犯人を捜す、というヒッチコック映画でお馴染みの巻き込まれ型サスペンスが展開されて行く。やっぱり石井監督は熱烈なヒッチコック・ファンのようだ。

撮影も「黒線地帯」と同様、銀座を中心に、築地、新橋、浅草などの東京の街中を手持ちカメラを前作以上に駆使してゲリラ的に隠し撮り撮影を行っている。
1960年当時の東京の風景を知る、貴重な資料でもある。

中でも、銀座・服部時計店の時計塔が冒頭から結末まで何度も登場し、これが時間の経過を知らせる小道具にもなっている。


さて、物語の方は、吉岡が偶然、あの三原葉子扮するスリの女・真弓と出会い、「盗んだものを返せ」と迫るが、真弓はあっけらかんとした態度。逆に吉岡が警官を見ると避けようとする様子を見て、今度は真弓の方が吉岡を追いかけ、警察に追われている理由を聞こうとする。

二人で「バッカス」というバーに寄って、真弓は盗んだ物を返すが、それはあの「クロッキー・クラブ」の会員証だった。こんなものを無くしただけで、何で森川部長は自分を左遷しようとしたのか。
その上、バッカスのバーテンが、吉岡がカウンターに置いた会員証を見て、場所と時間のご希望は、と訊いて来る。つまりこのバーも秘密クラブと繋がっているという訳だ。

こうして、吉岡と真弓はタッグを組んで、クロッキー・クラブを根城とする秘密売春組織の実態を解明しようと動き出す事となる。

吉岡が、愛する玲子を死に追いやった犯人を探し出し、自身の濡れ衣を晴らすという明確な目的があるのに対し、真弓が事件に関わる動機が弱い気がする。間違えれば命の危険もあるわけだし。
多分冒頭で二人が出会った時、真弓が吉岡を「ハンサムでいい男」と言っているように、吉岡に出会って一目惚れしたのかも知れないが。それならもう少し真弓の吉岡に対する思いを丁寧に描くべきだろう。まあ低予算B級映画だから大目に見るか。

Sexyline4真弓はバッカスで聞いた相手の女とホテルで会い、身代わりで東京駅で男と待ち合わせる。目印が当時爆発的な人気を得たダッコちゃん人形(右)なのが面白い。いかに人気があったかよく分かる。結局男からは新しい情報は得られず、男が風呂に入ってる間に金だけ抜いてトンズラするのがいかにも真弓らしい。

その後新橋に現れた真弓は、いつもの悪いクセで通りかかった男から金をスろうとするが捕まってしまう。なんとそいつがあのクロッキー・クラブのボス・瀬川だったという、例によってのご都合主義。

瀬川は真弓をクロッキー・クラブに連れて行き、ここでの仕事を強要する。仕事はヌードモデルとなって、それをスケッチする男性が選んだ女と売春行為をするというわけだ。真弓は逃げようとするが見張りがいて逃げられない。

一方、吉岡は銀座の狭い路地、裏通りを1軒1軒目的の店を探し回るのだが、セットではなく現地でロケを行っている。これもゲリラ的撮影だろう。
そしてある喫茶店の柱にあのクロッキー・クラブのプレートを見つけ、店が開店後、客として店内に入り、秋子と呼ばれる女性(池内淳子)がマネージャーの遣いでどこかに行くのを見て、彼女に近づこうとする。やはり秋子もクロッキー・クラブに絡んでいた。吉岡は、この秋子を経由してクロッキー・クラブに辿り着く事となる。

後に映画、テレビで家庭的な奥さん役で人気が出た池内淳子が、この頃には新東宝“エログロ路線”作品にも出演していたとは知らなかった。

吉岡がクロッキー・クラブに現れた頃、真弓は紙に「監禁されています。拾った方は警察に届けてください」と書いて、それを紙飛行機に折って窓から飛ばす。

そして真弓はスケッチする男性たちのモデルとなるのだが、残念ながらカメラはバストから上しか写してくれない(笑)。吉岡は真弓に合図を送るが、吉岡がクラブを探っていた事がばれ、真弓と共に縛られて地下室に監禁されてしまう。そして瀬川は、客が帰る深夜1時半に二人を抹殺する事を決める。

ここからは、二人がその時間までになんとかここを脱出しようと悪戦苦闘するタイムリミット・サスペンスとなる。例の時計塔が何度もカットバックされるので余計緊迫感が高まる。

真弓が飛ばした紙飛行機は子供が遊び道具として飛ばしていて、なかなか警察には届かない。こちらもハラハラさせられる。

ようやく緊縛を解いた二人は地下室から脱出するが、気付かれて追われ、危ない所にやっと紙飛行機の手紙を見た警察が駆け付け、危機一髪、二人は助かる事となる。

ラストは、すっかり意気投合した吉岡と真弓が銀座の街を歩く、シリーズには珍しいハッピーエンドで終わる事となる。

エンドマークまで冒頭と同じような粋な雑誌切り抜きデザイン。もう参りましたと言うしかない。

Sexyline6

タイトル・デザインや音楽も含め、石井輝男監督のモダニズム精神やヒッチコック・オマージュなど遊び心に溢れた、サスペンス映画の快作である。

モノクロに戻ったけれど、前にも書いたがやはりこうしたフィルム・ノワール的作品にはモノクロ映像がよく似合う。モノクロで却って良かったと思う。

石井輝男は、長編としてはこの作品を最後に新東宝を退社、東映に移る事となるので、石井監督の“ライン”シリーズは本作が最後となった。
なお“ライン”シリーズはこの後、石井監督の助監督を長く務めていた 武部弘道の監督昇進第1作となる「火線地帯」がある。脚本に石井輝男の名前があるので、退社後ではあるが弟子の昇進祝いに書いたのだろう。 (採点=★★★☆


(付記)

クレジットで、助監督として深町幸男の名前があった。NHKのディレクターとして、向田邦子脚本「あ・うん」、吉永小百合主演「夢千代日記」等の優れたテレビドラマを手掛けた名演出家である。
そんな偉い方が、若い頃には新東宝エログロ路線の助監督をやっていたとはまったく知らなかった(調べたら新東宝末期の秀作と言われる「地平線がぎらぎらっ」にも助監督としてクレジットされていた)。いろいろと新発見がある新東宝まつりであった。
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という具合に、なんとか8本の新東宝映画をまとめて観れて、面白い作品も多かったし、特に石井輝男監督作を5本も観る事が出来たのは、本当に良かった。

8月30~9月1日には台風10号が接近し、もしかしたら休館、休映になるかも、とシネ・ヌーヴォのお知らせに出ていたので気を揉んだが、なんとか無事上映が出来たのも幸いだった。

ちょっと残念だったのは、一部かなりの観客が入った作品もあるものの、私が観た、特に後半の上映回では空席が目立った。本数が多かった為、いくらファンでも全部は観きれず分散したせいかも知れない。
出来れば評判の良かった作品を集めてアンコール上映でも行っていただければ有難いのだが。検討していただけたらと思う。

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