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2024年9月17日 (火)

「スオミの話をしよう」

Allaboutosuomi 2024年・日本   114分
製作:フジテレビ=東宝
配給:東宝
監督:三谷幸喜
脚本:三谷幸喜
撮影:山本英夫
音楽:荻野清子
製作:大多亮、市川南

 

突然失踪した女性と、彼女について語り出す5人の男たちを描いたミステリー・コメディ。監督は「記憶にございません!」以来5年ぶりとなる三谷幸喜。主演は「ロストケア」の長澤まさみ。彼女を取り巻く5人の男に「ドライブ・マイ・カー」の西島秀俊、「流浪の月」の松坂桃李、「首」の遠藤憲一、「記憶にございません!」の小林隆、「審判」の坂東彌十郎。その他共演は「愛なのに」の瀬戸康史、「記憶にございません!」の宮澤エマ、「赤羽骨子のボディガード」の戸塚純貴など。

(物語)豪邸に暮らす著名な詩人・寒川しずお(坂東彌十郎)の新妻・スオミ(長澤まさみ)が行方不明となった。寒川邸を訪れた刑事の草野圭吾(西島秀俊)はスオミの元夫で、すぐにでも捜査を開始すべきだと主張するが、寒川は「大ごとにしたくない」と聞き入れない。やがて、スオミの過去を知る元夫たち、宇賀神守(小林隆)、十勝左衛門(松坂桃李)、今は寒川邸の庭師の魚山大吉(遠藤憲一)が屋敷に次々と集まってくる。誰が一番スオミを愛していたのか、誰が一番スオミに愛されていたのか。スオミの安否をそっちのけで熱く語り合う男たち。しかし、男たちの口から語られるスオミは、見た目も性格も、まるで別人のようだった…。

前作「記憶にございません!」以来5年ぶりとなる三谷幸喜監督作品。

私は三谷幸喜の大ファンなので、テレビドラマは主だったものは観ているし、監督作品はデビュー作を含め全作品を観ているが、最初の頃は面白かったのに、ここ数年の監督作は期待を裏切るものばかり。「記憶にございません!」も面白い題材だったのに、後半腰砕け。私の期待が高すぎるのかも知れないが、満足出来る作品ではなかった。

そして待望の新作。舞台を豪邸内部に限定し、そこに出演者の大半が集まり、舌鋒鋭く語り合う…という予告編を含めた情報を見聞きしていたので、これは三谷脚本の傑作「12人の優しい日本人」を思わせるシチュエーションではないか。それなら面白い作品になるのでは、と期待した。

(以下ネタバレあり)

冒頭は、明らかに黒澤明監督「天国と地獄」のパロディ。誘拐事件(と思われる)が発生し、2人の刑事がデパートの配送員に変装して豪邸を訪れ、捜査を開始する。刑事は「外から見られているかも知れないので、全部のカーテンを閉めるように」と指示する。いずれも「天国と地獄」そのまんまだ。ご丁寧に、カメラが会話する登場人物の間を縫う様に動き回る長回しショットまで黒澤演出そっくりという徹底ぶり。

笑ってしまったのが、電話を録音する機材が昭和レトロなオープンリール・テープレコーダー。刑事の草野は行方不明のスオミの元亭主で、豪邸の主人・寒川に個人的に依頼された為に上層部には内緒。その為通常の捜査機材が持ち出せなかったという事だが、このテープレコーダーまで「天国と地獄」に登場した物とそっくりのデザインだ。

もう一人の刑事は草野の部下の小磯(瀬戸康史)。神経質な草野とは対照的に、明るくて行動的だ。単に部下というだけでなく、オチにも重要な役割を果たす。

そこに草野の上司で警察課長の宇賀神が草野の動きを察知して寒川邸に現れる。実は宇賀神も3番目の夫だった。さらに寒川邸の庭師・魚山はスオミの最初の夫である事が判り、やがては2番目の夫でユーチューバーの十勝までやって来て、現・元5人のスオミの夫が寒川邸に勢揃い。彼らはそれぞれにスオミとの結婚生活を語るのだが、男たちの口から語られるスオミは、見た目も性格も、まるで別人だった事が判って来て、物語はドタバタの様相を呈する事となる…。


やはり思った通り、これは三谷幸喜の本領である、限定された空間で、出演者がああだこうだとまくし立てる会話が中心の舞台劇そのものだった。スオミは終盤に至るまで姿を見せず、5人の回想の中でのみ登場する。これが夫が変わる度に、まったく違う性格で、喋り方まで異なる。いったいどれが本当のスオミなのか、訳が分からなくなって来る。

この中盤までは、まさに三谷節。脚本もいいし、出演者たちも達者な演技で演出のテンポもいい。何よりスオミを演じる長澤まさみの変幻自在の演技が素晴らしい。これは最近作とは違う秀作になるのでは、と期待した…のだが。

映画は後半、急速に失速する。

(ここから重要ネタバレあり。未見の方は読まないこと)

 

 

スオミの性格が明らかになるにつれ、こんなに男を翻弄するしたたかな女だから、スオミが主導した狂言誘拐なのでは、と途中で想像がつく。夫たちの回想シーンで、スオミの近くに必ず登場する薊(宮澤エマ)も何やら怪しいし、二人で計画を練っているのでは、と思っていたら、まさにその通りだった。

“狂言誘拐もの”はこれまでも多く作られており、珍しい題材ではない。中でも:岡本喜八監督の「大誘拐 RAINBOW KIDS」 (1991)は、身代金も百億円とスケールでかいし、コメディでありながら国家批判も込められた秀作だった。東野圭吾原作の「G@me.」(2003・井坂聡監督。原作題名は「ゲームの名は誘拐」)もトリッキーな狂言誘拐物で、身代金の金額がなんと本作と同じ3億円
こういう先例があるのだから、もっと脚本を練りに練って、二転、三転のどんでん返しあり、最後にそう来たか、と我々を唸らせる笑いと感動のコメディに仕上げて欲しかった。
草野が、寒川が怪しいと推理を働かせる場面は、古畑任三郎を思わせニヤリとさせられたが(結局は勘違い)。

なのに、誘拐事件の全貌が判明し、スオミが現れてからは、彼女と夫たちの過去を蒸し返すだけの話が延々と続き、次第にダレて来る。ただ、スオミの相手ごとにガラリと人格が変わる七変化ぶりは面白かった。さすがは長澤まさみ。でも面白い所がそれだけでは困るのだ。

何故3億円もの身代金が欲しかったのか、その理由もいま一つピンと来ない。それだけの理由かいっ、と言いたくなる。

そして一番いけないのは、身代金受け渡しのくだり。今どき現金の札束を用意させるなんて時代錯誤。ネット振込という便利なものがあるだろうに。寒川を電子アレルギーにしてPCを使わせなかったのは、そういう理由も含まれていたのかも知れないが。

さらに、ジュラルミン・トランク2個に3億円を詰めて運ぶというのも、あまりに現実離れ。あんな小さなジュラルミン・トランク1個に1億5千万円も入るわけがない。猪瀬都知事が5千万円をカバンに詰めるのに四苦八苦していた映像が笑いのタネになっていたが、あの3倍の容量が必要だ。さらに凄く重たくなる。トランク1個ですら一人で持ち上げるのがやっとのはずだ。
それをセスナ機内で小磯が一人で2個持ち上げるのには仰天した。いくらなんでも、トランクが空っぽではないかと気づくだろうに。遥か上空からトランク落しても、どこに落ちるか分からないし、万一通行人の上に落ちたら即死だろう。コメディにしても笑えない。
その後の、小磯がセスナ機から落下して、また機内に戻って来るくだりには唖然とした。高速で飛んでいる飛行機に、上昇気流があったとしても、どう考えても追いつけるはずがない。マンガでも、マルクス兄弟でもこんなアホなギャグはやらない。誰か、止める人間はいなかったのか。


いろいろ書いたが、三谷さんがファンだというビリー・ワイルダーやエルンスト・ルビッチのコメディには遥かに及ばない、洒脱さもエレガントな笑いもない、くだらないドリフまがいのナンセンス、ドタバタ劇に、私は悲しくなった。昔の三谷さんは、どこに行ってしまったのだろうか。ラストのミュージカル・シーンも悪くはないが、本編が面白い場合にこそ生きて来る。挽回するまでにはとても及ばない。

さすがに「ギャラクシー街道」ほどの酷い出来ではないが、出来の悪さではワースト3に入る作品だと言える。もう監督は辞めて、舞台劇の脚本に専念してはどうだろうか。ファンとしてはつらい事だけれど。   (採点=★★☆

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コメント

「ギャラクシー街道」ほどつまらなくはなかったですが、私にもいまいちでした。
前作の「記憶にございません!」はまあまあ面白かったのになあ。
俳優陣はみな好演していて特に長澤まさみはキレイ。
ただお話がなあ、、コメディなのにあまり笑えないというのがツラい。
一応、次回作に期待します。

投稿: きさ | 2024年9月18日 (水) 07:09

◆きささん
本当に、コメディなのに全然笑えませんね。段々アホらしくなって、早く終わらないかと思いましたよ。一生懸命頑張ってる長澤まさみが可哀想になって来ます。
もう三谷さんに期待するのはやめようかな…。
と思いながらも、多分次回作も公開されれば観に行くかも?

投稿: Kei(管理人 ) | 2024年9月22日 (日) 14:09

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