「シビル・ウォー アメリカ最後の日」
2024年・アメリカ 109分
製作:A24=DNA Films
配給:ハピネットファントム・スタジオ
原題:Civil War
監督:アレックス・ガーランド
脚本:アレックス・ガーランド
撮影:ロブ・ハーディ
音楽:ベン・サリスベリー、ジェフ・バーロウ
製作:アンドリュー・マクドナルド、アロン・ライヒ、グレゴリー・グッドマン
内戦の勃発により戦場と化した近未来のアメリカの姿を、ジャーナリストの視点で描いたSFサスペンス。監督は「MEN 同じ顔の男たち」のアレックス・ガーランド。出演は「パワー・オブ・ザ・ドッグ」のキルステン・ダンスト、「グレイマン」のワグネル・モウラ、「エイリアン:ロムルス」のケイリー・スピーニー、「DUNE デューン 砂の惑星」のスティーブン・マッキンリー・ヘンダーソン。
(物語)分断が進行し、連邦政府から19もの州が離脱したアメリカでは、テキサスとカリフォルニアの同盟からなる“西部勢力”と政府軍の間で内戦が勃発し、各地で激しい武力衝突が繰り広げられていた。就任 “3期目”に突入した権威主義的な大統領は、勝利が近いとテレビ演説で力強く訴えるが、首都ワシントンD.C.の陥落は目前に迫っていた。戦場カメラマンのリー(キルステン・ダンスト)をはじめとする4人のジャーナリストは、14ヵ月もの間、一度も取材を受けていない大統領への単独インタビューを行うため、ニューヨークからホワイトハウスを目指して旅に出る。だが彼らは、戦場と化した道を進むにつれて、内戦の恐怖と狂気に呑み込まれて行く…。
これまでA24を拠点に、「エクス・マキナ」、「MEN 同じ顔の男たち」などの異色作を監督して来たアレックス・ガーランド。本作もA24製作だが、制作費はA24配給作品としては過去最高の5千万ドル。これまで小規模の異色作を監督して来たガーランドにこんなビッグ・バジェット(と言ってもアメコミ大作よりはかなり少ないが)の映画を作らせるとは相当な冒険だが、このチャレンジは大成功、全米興行収入ランキングで2週連続1位を獲得、A24史上最高のオープニング記録も樹立している。
映画の舞台は、内戦が始まったアメリカ。その原因は、最大で2期8年というアメリカ大統領任期を、憲法を改正して3期目を可能とさせた大統領の権威主義的な専横政治にある。これに反発した19の州が連邦政府から離脱、さらにはテキサス州とカリフォルニア州が同盟を結んだ“西部勢力”(WF)が大統領を倒すべく、武力で政府軍と対決して、各地で激しい戦闘が起きる、という事態に発展する。
これで思い出すのが、前回の大統領選に落選したトランプが、選挙に不正があったと言い、これに煽動された熱狂的な支持者たちが2021年1月にワシントン連邦議会を襲撃した事件。あれこそまさに内戦だった。なんとか騒動は収まったが、もし全国各地でそんな暴動が多発したら、本当に内戦になった可能性もある。恐ろしい事だ。民主主義の危機だ。
本作は近未来のフィクションだが、現実に起きかねないという不気味なリアリティがある。実際、もし今年の大統領選でトランプが落選したら、再び暴動が起きるかも、と言われている。
そんな緊迫した時期にこんな映画を作り、大統領選真っ只中の今年の4月に全米公開したガーランド監督及びA24の英断は賞賛されるべきである。日本ではとてもそんな冒険は出来ないだろう。
(以下ネタバレあり)
映画は、なぜ内戦が起きたか、その経緯、政治的背景は語らない。大統領がそれまでどんな政権運営をして来たかも解らない。大統領は3期目に突入とあるが、国民が選挙で選んだのではないか。まさかロシアのプーチン大統領のような独裁政治が行われていたのだろうか。
だがそんな事はどうでもいい。この映画は、もし内戦が起きたら、どんな結果をもたらすか、その恐怖を描く事がポイントである。
映画を観る前は、反政府勢力と政府軍の激しい戦闘を中心に、それぞれの兵士たちの戦いぶり、人間的葛藤を描いた作品ではないかと思っていた。
だが、主人公は4人のジャーナリストである。ベテラン戦場カメラマンのリー・スミス(クリスティン・ダンスト)、同僚で記者のジョエル(ワグネル・モウラ)が、14ヵ月もの間、一度も取材を受けていない大統領への単独インタビューを行うために、WFの同盟軍より先にワシントンD.C.に入ろうと計画を立てている。
リーの師でもある古参ジャーナリストのサミー(スティーブン・マッキンリー・ヘンダーソン)は、二人の計画を無謀だと思っているが、しぶしぶ同行する事となる。
そこにもう一人、リーに憧れて戦場カメラマンを志望する若い女性・ジェシー・カレン(ケイリー・スピーニー)も仲間に加わる。
そして物語の大半は、これら4人のジャーナリストたちがワシントンに向かう旅で、幾人かの兵士や民間人たちに出会い、さまざまな経験を重ねるロード・ムービーである。激しい戦闘シーンは最後にやっと登場する。この発想が面白い。
旅の途中で出会う事件も緊迫感に溢れている。最初に、民兵が略奪者をリンチして吊るしている所に出くわすが、まだこの辺りでは民兵と笑顔で交流したり写真を撮ったりと、穏やかなムードである。しかし物語が進むにつれ、次第に殺伐とした暴力的なシーンや戦闘シーンが増えて来る。兵士同士の銃撃戦、次々と倒れて行く兵士、制圧した後の無造作な処刑…。あっけなく、人の命が奪われて行く戦争(内戦も間違いなく戦争だ)の惨たらしさ、非情さが浮き彫りになって行く。リーたちはその様子をカメラに収めて行く。
かと思うと、ある町では、普段と変わりない日常が続いている。ある商店の店員に、今の状況をどう思うかと訊くと、「内戦が起きようと関係ない」と無関心を装う。
ウクライナと戦争をしているロシア国民も、大半はそんな感じなのだろうと想像出来る。
戦闘の中でも中立の立場で、危険を冒してスクープを撮ろうとするジャーナリストが、内戦というものの実態を観察するには一番適していると言える。彼らを主人公にしたガーランド監督の狙いは見事成功している。
さらに旅を続ける中で、一行は大きな危機に直面する。4人と、旅の途中で合流したジャーナリスト仲間でアジア人のトニー(ネルソン・リー)とその相棒のボハイ(エヴァン・ライ)を含めた6人は、民兵たちが夥しい数の民間人の死体を地中に埋めている現場に遭遇する。車に残ったサミー以外の5人は民兵に捕まる。
民兵の中でも赤い色のサングラスをかけた不気味な男が、リーたち一行に銃を突きつける。ジョエルが民兵に「我々はアメリカ人だ」と言うと、その民兵は「どの種類のアメリカ人だ?」と問い返す。
内戦とは、同じアメリカ国民同士の戦い(殺し合い)なのだ、という事を改めて感じさせる。これは本作におけるとても重要なセリフである。
ここでトニーとボハイが、その問いに「香港だ」と答えるや、問答無用で射殺される。アメリカ国籍を持っていても、種類が違うアメリカ人は排除の対象という事か。
この民兵は、移民やアジア系アメリカ人に対して不寛容で敵意さえ見せる保守系アメリカ人のメタファーなのだろう。
赤色サングラスの民兵を演じるジェシー・プレモンスが強烈な印象を残す。助演賞ものだが、演じるはずの役者が出演不能になって、ダンストの夫であるプレモンスが急遽代役を務めたという事らしい(ノンクレジット)。
あわやという時、サミーが車で突入して来て、危機一髪、リーたち3人は助かるが、銃弾が当ったサミーは死んでしまう。
仲間が次々と死に、リーたちは内戦の恐ろしさを思い知る事となる。とりわけ、恩師サミーの死によってリーは深い絶望感に囚われる。
終盤のクライマックス、WFによるホワイトハウス突入のシークェンスは、音響効果も併せて凄い迫力。リーたちは危険も顧みずカメラを手に戦場の真っ只中に入って行く。
とりわけ、最初の頃は戦闘の過酷さにビビッていたジェシーが、旅を続けるうちに次第に逞しくなって行き、時にはリー以上に危険を顧みない行動も取る。この映画は、彼女の成長物語であるとも言える。
WF軍が、無抵抗の大統領側近までも撃ち殺して行くシーンが怖い。そしてとうとう、大統領執務室まで侵入し、大統領を射殺する。
このシーン、ルーマニアで独裁政権を築いたチャウシェスク大統領が、1989年のルーマニア革命で反政府軍によって捕えられ、銃殺刑になった事件を想起させる。
形勢が不利になっても、大統領がテレビで強気の演説を行った所まで似ている。かなりこの政変を参考にしているフシが窺える。
ホワイトハウス内で銃弾が飛び交う中、写真を撮っていたジェシーをかばおうとして、リーは銃弾に撃たれ、死んでしまう。
なぜリーは、我が身を挺してまでジェシーを守ろうとしたのか。リーを殺す必要があったのか、と疑問に思ったが、ガーランド監督への次のようなインタビューを読んで納得した。
ガーランド監督曰く「リーはジェシーの姿を見て、自分が未来なのではなく、彼女が未来であると悟ったんだと思う。私の役目はもう終わりに近づいている、と。それが映画の中でリーが次第に諦めていく理由でもある」。
それを裏付けるのが、リーとジェシーそれぞれが持つカメラの違いである。ベテランのリーのカメラは、ソニーのデジタルカメラ、αシリーズ。それに対し新米のジェシーの愛機は父から譲られたニコンのフィルム・カメラFE2。新米のジェシーの方が古いカメラを持っている。ちなみにどちらも日本製だ。
しかもジェシーは携帯現像機も持っていて、撮ったフィルムをその場で現像・定着液に浸けて現像するのである。
ジェシーの撮った写真はカラーでなくモノクロ。その方が却ってリアルな緊迫感が感じられる。ロバート・キャパの戦場写真が思い浮かぶ。
ビューワーでジェシーの撮った写真を見たリーは、ジェシーが撮ったモノクロ写真の方が、自分がデジカメで撮った写真よりも優れている事に気づく。
もう若くない自分の命を捨ててでも、これから未来を生きて行くジェシーの命を救いたい。その思いがあの行動だったのだろう。そう考えると腑に落ち、次に泣けて来た。
本作は、明日にも起きるかも知れない、分断から内戦への不安な未来、戦争というものの残酷さを鋭く描き、“同じ国民同士が血を流すような事態は絶対避けなければならない”という作者・ガーランド監督の強い思いが込められた社会派サスペンスの力作であるが、それ以外にも上記のような、未来を生きる若者たちに託した作者の思いも感じさせられる、これは見事な秀作である。是非多くの人に観て欲しいと思う。 (採点=★★★★☆)
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コメント
なかなか面白かったです。
最後のホワイトハウスでの戦闘はかなりお金がかかっています。
それまでは意外と地味な話でキルスティン・ダンストらの記者がワシントンを目指すロードムーヴィー。
駆け出し写真家を演じるケイリー・スピーニーは「エイリアン:ロムルス」でも好演していました。
大統領はトランプがモデルの様ですね。
印象的な登場のジェシー・プレモンスは実生活ではキルスティン・ダンストの夫。
マット・デイモンに似てると思いましたが、有名な話らしいですね。
投稿: きさ | 2024年10月13日 (日) 10:38
なぜ、内戦になったかの説明はほとんどないまま、観客は地獄巡りに付き合わされます。段々と暴力がエスカレートして、最後までグイグイと引き摺り回される印象でした。なかでも、プレモンス演じる赤サングラスの男は、凄まじいイカれっぷりで強烈な印象を残します。
投稿: 自称歴史家 | 2024年10月20日 (日) 18:11
◆きささん
ケイリー・スピーニー、その前の「プリシラ」のプレスリーの妻プリシラ役も良かったですね。それまではあまり大した役なかったのに、ここに来て一気にブレイクしましたね。今後が楽しみです。
◆自称歴史家さん
ジェシー・プレモンス、怖かったですね。ジョエルを演じたワグネル・モウラは、プレモンスの演技があまりにもリアルで、撮影が終わった後しばらく起き上がれなかったそうです。アカデミー賞で助演賞にノミネートされるかも知れませんね。
投稿: Kei(管理人 ) | 2024年11月 2日 (土) 15:21