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2024年10月 2日 (水)

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」

Bokugaikiterufutatsunoskai 2024年・日本   105分
製作:ワンダーラボラトリー=ギャガ、他
配給:ギャガ
監督:呉 美保
原作:五十嵐 大
脚本:港 岳彦
撮影:田中 創
音楽:田中拓人
ろう・手話演出:早瀬憲太郎、石村真由美
企画:山国秀幸、宮崎 大
プロデュース:山国秀幸

作家・エッセイストの五十嵐大の自伝的エッセイを映画化したヒューマンドラマ。監督は「そこのみにて光輝く」「きみはいい子」の呉美保。主演は「キングダム 大将軍の帰還」の吉沢亮。助演は共にろう者俳優として活躍する「僕が君の耳になる」の忍足亜希子、「MY LIFE IN THE BUSH OF GHOSTS」の今井彰人、その他「アキラとあきら」のユースケ・サンタマリア、「明日の食卓」の烏丸せつこ、「ミステリと言う勿れ」のでんでん等が脇を固める。2024年上海国際映画祭コンペティション部門正式出品作。

(物語)宮城県の小さな港町。耳のきこえない両親、五十嵐陽介(今井彰人)、明子(忍足亜希子)のもとで愛情を受けて育った五十嵐大(吉沢亮)。幼い頃は母の“通訳”をする事も普通の楽しい日常だった。だが成長すると共に、周囲から特別視される事に戸惑いや苛立ちを感じるようになり、母の明るささえ疎ましくなる。そんな複雑な心情を持て余したまま20歳になった大は逃げるように東京に向かい、アルバイト生活を始めるが…。

「そこのみにて光輝く」(2014)が高く評価された呉美保監督。次作の「きみはいい子」(2015)も秀作だったので新作が期待されていたのだが、なんと長編監督作としてはそれ以来9年ぶりとなったのが本作。

これほど間隔が空いたのは、2014年に結婚、そして2人の子供を産み、子育てに追われて時間がまったくなかったから。ようやく子供も大きくなり、夫の理解、援助もあって現場に復帰する事が出来たのだそうだ。

本作の撮影でも、夏休みに2人の子供を夫と義父母に預けて、3週間で撮り切るという強行日程だったという。

そういう記事を読んでいたので、9年のブランク、仕事と家庭の両立、短期間の強行スケジュールという難題山積の状況で、さて、映画の出来はどうだろうか、と期待半分、不安半分で映画を観たのだが…。

なんと、とても3週間で撮影したとは思えない程、きめ細かく、丁寧に作られた見事な秀作になっていた。最後には泣けた。呉監督、さすがである。

(以下ネタバレあり)

原作は作家・エッセイストである五十嵐大の自伝的エッセイ「ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと」。主人公の名前も原作者と同じ五十嵐大。つまりは原作者自身の実話がベースになっている。

“ろう者夫婦が主人公”の映画、と言えば、松山善三脚本・監督による「名もなく貧しく美しく」が名作として知られている。あの作品はろう者の“夫婦愛”がテーマであったが、本作はその子供、いわゆるコーダ(聴こえない親を持つ聴者の子供)の男の子の苦悩と成長が描かれている。

映画は、その子供、大が生まれた時から、幼児、小学生、中学生と成長して行く姿を順に追って行く。

大の両親役には、実際のろう者である今井彰人と忍足亜希子が起用されている。これが良かった。自然な手話表現も併せ、リアリティあるろう夫婦の暮らしぶりを見事に演じていた。

幼い頃の大は、両親に教えられて手話を覚え、両親との手話会話も、健常者の祖父母との交流で普通の会話も出来、母の買い物にも付き添って通訳を務めていた。それが普通の暮らしだと思っていた。
だが成長するにつれ、両親は普通じゃない、という事を徐々に感じ取って行く。同級生を家に呼んだ時、その子から「お前のお母さん、喋り方がヘン」と言われてしまう。
そんな事も重なり、耳の聴こえない両親を疎ましく思うようになり、時には母に心ない暴言も浴びせてしまう。

そういえば、前掲の「名もなく貧しく美しく」でも、コーダの息子が成長するにつれ、ろう者である両親を疎んずるようになる姿が描かれていた。

高校生になり、大学受験にも挑むが失敗、怠惰な生活を送った末、20歳になる頃、逃げるように故郷を飛び出し、東京に行く。
俳優になろうとし、劇団のオーディションを受けるが、ことごとく落ちる。人生の目的が見つけられないで大は悩む。
仕方なく、食べる為にパチンコ屋でアルバイト生活を送るようになる。

そんな時、大に転機が訪れる。パチンコ屋で、ろうの女性客が景品交換するのに言葉が通じず困っている時、通訳をしてあげる。
これが縁となって、大はその女性が属する手話サークルに誘われ、そこで数人のろう者の人々と手話で交流するようになる。

世間には、自分の両親だけでない、大勢の障がい者が暮らしている、まさに“ふたつの世界”が存在する事を大は実感する。

手話には東京と地方で、同じ内容でも表現が微妙に違う事も大は知るわけだが、私もそれは知らなかった。勉強になる。

大はそうした東京生活の中で、世界の広さを知って行く。就職活動も行い、いくつかの会社を訪ねた末に、小さな出版社に就職する。
仕事を任され、人と出会い、取材し、レポートとしてまとめあげ、校正する…。そうした仕事を通して、世の中の多くの人々と触れ合い、大は人間的にも成長して行くのだ。

父が倒れたとの連絡を受け、大は久しぶりに故郷に帰る。母と再会した大は、母を煩わしく思い、暴言を吐いた事を詫びるのだが、この時の母のリアクションがいい。
最初はとぼけ、次に「障がいがあっても子供を産んで育てようと決めた時から腹は括っている、あんたの反抗なんてかわいらしいもんよ」と軽く返す。

これこそ母の愛情であり、苦難を乗り越え生きて来た母の強さなのだ。大は涙ぐむが、私も泣いてしまった。

そしてラスト間際、駅まで大を見送りに来た母が、ホームを去って行く後ろ姿に、過去の母と暮らした日々の思い出が蘇える。
子を思う、母の愛情の強さを改めて大は思い返す。このシーンで涙腺が決壊した。


呉 美保監督自身、在日韓国人で、ある意味彼女も“ふたつの世界”で生きて来たのだとインタビューで語っている。また子供を二人産んで、子に寄せる母の愛というものも実感した事だろう。この映画はそうした監督自身の実体験が物語にも反映し、作品の厚みに繋がっていると言える。

音の使い方も絶妙だ。冒頭と、その後の1ヵ所で、まったく無音のシーンがあり、耳の聴こえない人の気持ちを観客にも実体験させてくれる。また伴奏音楽もほとんどなく、現実音を散りばめた音響演出も出色。

そしてやはり、ろう者の父と母を演じた今井彰人と忍足亜希子の演技が素晴らしい。今年の助演賞候補に挙げたい。手話を完璧にマスターした吉沢亮の演技も見事。

呉 美保監督の、ブランクを感じさせない見事な演出に目を瞠った。港 岳彦の脚本も秀逸。本年度を代表する秀作と言える。
(採点=★★★★☆

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コメント

まず、愛情溢れる母、良い意味で淡々とした父の両親が素晴らしい。主人公をはじめ、蛇の目のヤスこと祖父、胡散くさいサンタマリアなど多彩な登場人物も見ている分には楽しませてくれます。本人登場しませんが、父に似ている説の三浦友和が気になります。

投稿: 自称歴史家 | 2024年10月13日 (日) 11:08

◆自称歴史家さん
お父さんが三浦友和に似てるとの事でしたが、ヒゲモジャでよくわかりません。髭剃ったら、多少は似てるのかな。
と思ったら、最後に三浦友和の特大写真パネルがどどーんと。笑いましたね。

投稿: Kei(管理人 ) | 2024年10月13日 (日) 12:22

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