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2024年10月23日 (水)

「2度目のはなればなれ」

Thegreatescaper 2023年・イギリス   96分
製作:パテ=BBC Film
配給:東和ピクチャーズ
原題:The Great Escaper
監督:オリヴァー・パーカー
脚本:ウィリアム・アイボリー
撮影:クリストファー・ロス
音楽:クレイグ・アームストロング
製作:ロバート・バーンスタイン、ダグラス・レイ
製作総指揮:キャメロン・マクラッケン、エバ・イェーツ

89歳の退役軍人が、ある目的の為老人ホームを抜け出し旅に出た事で話題となった実話に基づくヒューマンドラマ。監督は「シンクロ・ダンディーズ!」のオリヴァー・パーカー。主演はそれぞれ2度のオスカー受賞経験を持つイギリスの名優マイケル・ケインとグレンダ・ジャクソン。共演は「タロットカード殺人事件」のジョン・スタンディング、「ザ・バブル」のダニエル・ヴィタリスなど。

(物語)2014年夏、イギリス。ブライトンにある老人ホームで寄り添いながら暮らす老夫婦、バーナード(マイケル・ケイン)とレネ(グレンダ・ジャクソン)。ある日バーナードはフランスのノルマンディーで行われたD-デイ70周年記念式典に参加する為ホームを抜け出し一人で旅立つが、彼が行方不明だという警察のSNS投稿をきっかけに、世界中で大きなニュースとなってしまう。二人が離れ離れになるのは人生で2度目。決して離れないと誓っていたバーナードが、レネを置いて旅に出たのには、ある理由があった…。

今年91歳になるイギリスの名優、マイケル・ケインの、俳優引退作である。そう聞けば観ないわけには行かない。

息の長いベテラン俳優である。私が初めて観たのは1965年のスパイ・アクション「国際諜報局」。主演の眼鏡をかけた、ちょっと冴えない感じのイギリス諜報局員ハリー・パーマーを演じていた。007シリーズ全盛時だが、ジェームズ・ボンドと違って、地味で料理も得意な異色のスパイを演じていた。これがヒットしてシリーズが計3作作られた。その後も「アルフィー」「探偵/スルース」「殺しのドレス」などの秀作に主演、「ハンナとその姉妹」(1986)、「サイダーハウス・ルール」(1999)で2度、アカデミー最優秀助演男優賞を受賞している。近年でも「ダークナイト」3部作で執事のアルフレッド役を演じる等、コンスタントに映画出演を続けている。

共演のグレンダ・ジャクソンも名優だ。こちらも「恋する女たち」(1969)、「ウィークエンド・ラブ」(1973)で2度、最優秀主演女優賞を受賞している。2023年、この映画に出演後、87歳で死去した。本作が遺作となった。

こうした大ベテランの名優2人が共演しているだけでも目が潤んで来てしまう。

(以下ネタバレあり)

主人公、バーナード・ジョーダン、通称バーニーは、妻レネと老人ホームで暮らす89歳の老人。2014年にノルマンディ上陸作戦70周年記念式典がフランスで開催されるのを知って、式典参加の団体ツアーに申し込もうとするが、何年も共に寄り添って来た妻のそばを離れる事になるので躊躇しているうち、ツアーは締め切られて参加出来なくなった。

バーニーは諦めようとするが、妻のレネが「行きなさい」と背中を押してくれた事で、ある日の早朝、こっそりホームを抜け出して、単身でノルマンディに向かった。

レネは病を抱え、歩く事も出来ず車椅子生活である。万一バーニーがいない間に容態が急変すれば、妻の死に目に会えないかも知れない。
それでもレネがバーニーに行く事を勧めたのは、バーニーの態度から、きっと何か目的があってノルマンディに行きたいのだろうと察したからだろう。
今行かねば、この歳ではもう機会がないかも知れない。レネの夫に対する深い愛が感じられる。

バーニーは何とかドーバーに着き、ノルマンディ行きのフェリーに乗る。一方、ホームではバーニーがいなくなった事で大騒ぎになり、行方不明者として警察にも捜索願を出す等の事態となる。

黙って抜け出さなくても、ホームの職員に了承を得れば、と思うのだが、歩くのに補助具と杖に頼らなければならない程の身体で、付き添いもなしで90歳近い老人が一人でフランスに行くのは危険だと止められる可能性が大だと判断したからだろう。

旅の途中、何度かフラッシュバックで、バーニーの第二次大戦中の記憶が挿入される。最初は断片的だが、次第にその記憶の中味が明らかになって来る。

バーニーは戦時中、若きレネと恋仲になり、将来結婚しようと約束していた。だがバーニーは戦地に駆り出され、レネとは離れ離れになる(これが1度目のはなればなれ)。

そして彼はイギリス軍兵士として、ダグラスという戦友と共に、D-デイと呼ばれるノルマンディ上陸作戦に加わる。激しい戦闘に恐怖で震えるダグラスをバーニーは勇気づけて送り出すのだが、ダグラスが乗った戦車は砲弾を受け、彼はバーニーの目の前で戦死してしまう。その事でバーニーは自責の念にかられ、今もなおそれがトラウマになっている。
映画「プライベート・ライアン」の冒頭30分でも描かれたように、ノルマンディ上陸作戦は苛烈を極め、多くの戦死者を出した。生き残った者も、心に深い傷を負っただろう。
現在のバーニーがノルマンディ行きを熱望したのは、戦友の眠る墓地を死ぬまでに一度は訪れたかったからである。

ノルマンディに向かうフェリーの中で、バーニーはアーサー(ジョン・スタンディング)という退役軍人と親しくなる。彼も同じ目的地に向かう所だ。手ぶらでやって来たバーニーに、アーサーは親切に式典のチケットの手配や、ホテルのツインでの同室も世話してくれる。

実はアーサーも心に深い傷を負っている。空軍兵士だったアーサーは、彼が爆撃を行った地域に兄がいた事を後で知る。もしかしたら、自分が落とした爆弾で兄を殺したのかも知れない。その罪悪感に今も苛まれているのだ。
戦争は、勝った側の兵士にも、決して癒えない心の傷をいつまでも残す、理不尽で残酷なものなのだ。これも本作の重要なテーマの一つである。

その頃老人ホームでは、レネが夫をノルマンディに行かせた事を彼女の告白で知り、やがて警官が“89歳の老人、ホームを脱走し単身でノルマンディに向かう”というネタをSNSに書き込んだ事で拡散し、バーニーは"The Great Escaper"(大脱走者。これが原題)として大きな話題となっていた。
ちなみに、スティーヴ・マックィーン主演、ジョン・スタージェス監督の収容所脱走もの「大脱走」の原題が"The Great Escape"である。

やがて新聞やテレビもその事を取り上げ、レネたちホームの人が見ているテレビでも、記念式典の中継とは別にバーニーの事がニュースになっていて、なんとホームのレネの部屋の窓際にもテレビの取材班がやって来る。

なんともトボけた大騒ぎだが、これらはすべて実話だというから驚く。


さて、バーニーの方だが、アーサーと一緒にノルマンディのとあるカフェに入ると、近くに元ドイツ軍兵士の一団がいた。
かつての敵国同士、一瞬緊張が走るが、バーニーは彼らに歩み寄り、穏やかに会話を交わす。そしてどちらからともなく、手を重ね合わす。このシーンは感動的だ。

戦争が終われば、敵も味方もない。お互い、国によって戦争に駆り出され、大切な仲間を失い心に傷を負った者同士なのだ。
別れ際、両者は敬礼を交わす。そしてバーニーは、アーサーの分も合わせて式典参加証を元ドイツ軍兵士たちに譲り渡す。

二人には、式典参加よりももっと大事な事がある。それぞれに、失った戦友と兄の墓に参る為に、ノルマンディ上陸作戦の戦死者の霊が眠るバイユー戦没者墓地に向かう。そしてバーニーはダグラスの、アーサーは兄の墓を見つけ、墓参を果たす。バーニーはノルマンディ上陸作戦の直前、ダグラスから預かった遺品を墓に供える。これでやっと彼らも心のトラウマから解放された事だろう。

カメラがグーンと引くと、夥しい数の墓標が目に飛び込んで来る。このシーンも印象的だ。

バーニーはホームに戻って来る。優しく迎えるレネ。ラストシーンは、70年前に二人が愛を誓った時と同じ、ブライトン・ビーチの夕暮れ。
そして字幕で、それから6ヵ月後、バーニーは亡くなり、レネはその7日後、夫の後を追うように永眠した事を告げて映画は終わる。


観ている間中、何度も泣けた。

70年に亘る、二人の夫婦愛にも泣けたし、敵味方の恩讐を越えて元兵士たちが和解し、心を通わせ合う姿にも泣けた。
そして何より、名優マイケル・ケインとグレンダ・ジャクソンの二人と、この映画をもってお別れとなる、その事に泣けた。

Thegreatescaper3

思えば、今年はノルマンディ上陸80周年の記念の年だ。その年にこの映画を観る事が出来たのも感慨深い(本国では昨年公開済)。

この映画は、夫婦愛の物語であると同時に、今も世界のどこかで続いている戦争の空しさ、愚かさを強く訴える見事な反戦映画にもなっている。それが素晴らしい。

オリヴァー・パーカー監督の、緩急自在の的確な演出も好感が持てる。心に沁みる、素敵な作品である。 (採点=★★★★☆

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(付記)
バーナード・ジョーダンの脱走に関する英BBCニュースは、こちら↓
https://www.bbc.com/news/av/uk-27745517
で見る事が出来る。

英語バージョンなので翻訳アイコンで日本語に翻訳のこと。

バーニーご本人の顔も見れる。ケインよりも面長だね。

 

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コメント

戦争映画で好きになったマイケル・ケインの引退作とあって、見ないわけにはいかないです。正直、妻役の女優さんは知らなかったのですが、ほのぼのとした中にちゃめっけもあり、魅力的です。施設の黒人女性を可愛いがっている様子も良い。こちらは遺作とのことですが、長く連れ添った夫婦の雰囲気が泣かせます。しっかりとした反戦映画でもあります。個人的には、ケインには引退してほしくないですが。ゆっくり余生を過ごして欲しい気もありますね。

投稿: 自称歴史家 | 2024年10月26日 (土) 12:20

◆自称歴史家さん
マイケル・ケインのファンなら見逃す手はないですね。
妻役のグレンダ・ジャクソンは、ケン・ラッセル監督の「恋する女たち」で圧倒的な存在感を見せました。これと同じケン・ラッセルの「恋人たちの曲・悲愴」(1970)でも強烈な熱演。どちらもリアルタイムで見ているのですが、もう記憶がおぼろげに。追悼の意味でDVDで再見したいと思ってます。でも今見たらケン・ラッセルのねちっこい演出に辟易するかも(笑)。

投稿: Kei(管理人 ) | 2024年10月30日 (水) 11:53

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