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2024年11月28日 (木)

「本心」

Honshin 2024年・日本   122分
製作:RIKIプロジェクト
配給:ハピネットファントム・スタジオ
監督:石井裕也
原作:平野啓一郎
脚本:石井裕也
撮影監督:浜田毅
音楽:パク・イニョン、河野丈洋
エグゼクティブプロデューサー:小西啓介、竹内力
プロデューサー:永井拓郎、榊田茂樹、大崎真緒

芥川賞作家・平野啓一郎のデジタル化社会の功罪を浮かび上がらせた同名小説の映画化。監督は「月」の石井裕也。出演は「ぼくたちの家族」でも石井監督と組んだ池松壮亮、「怪物」の田中裕子、「十二単衣を着た悪魔」の三吉彩花、その他妻夫木聡、綾野剛、田中泯、仲野太賀と実力派キャストが結集した。

(物語)工場で働く石川朔也(池松壮亮)は勤務中に、同居する母・秋子(田中裕子)から「大切な話をしたい」という電話を受け、台風のなか帰宅を急ぐが、豪雨で氾濫する川べりに立つ母を見つけ、助けようと川に飛び込んで昏睡状態に陥ってしまう。1年後に目を覚ました彼は、母が“自由死”を選択して他界したことを知る。1年の間に世の中は様変わりし、勤務先の工場はロボット化の影響で閉鎖しており、朔也は仕事も失っていた。友人の岸谷(水上恒司)の世話で朔也は遠く離れた依頼主の指示通りに動く「リアル・アバター」の仕事に就く。そんな時、仮想空間上に任意の“人間”を作る技術「VF(ヴァーチャル・フィギュア)」の存在を知った朔也は、母の本心を知る為、開発者の野崎(妻夫木聡)に母を作って欲しいと依頼するが…。

この所、「茜色に焼かれる」「月」と、社会派的なテーマの作品が続く石井裕也監督。本作もデジタル化社会の功罪や尊厳死など、さまざまな社会を揺るがす問題点に斬り込んでいる点では前2作と共通する。
しかし過去の作品がいずれも現代(=同時代)を舞台にしているのに対し、本作はAIが高度に進んだ近未来が舞台の、SFとも言える作品である。この点では石井監督作としては異色作と言える。

(以下ネタバレあり)

原作では時代設定は2040年頃とかなり未来だが、AI技術の進化は目覚ましいものがあり、本作で描かれるようなテクノロジーは一部で既に実用化されている事もあって、映画の時代設定は2025年頃にしてある。

朔也も、たった1年間眠っている間に時代は急速に進化し、ロボットに職場を奪われたりAIは高度な進化を遂げていたり、浦島太郎状態で朔也は戸惑うばかり。

友人の岸谷の紹介で、朔也は360°カメラを持ち、ゴーグルを装着して、遠く離れた依頼主の指示通りに動く「リアル・アバター」の仕事に就く。これも近い将来実現しそうな仕事だ。

最初の頃は、死期の迫った老人(田中泯)の依頼で、老人がもう一度見たいと望んだ場所に行き、その美しいカメラ映像を見た老人は満足し安らかに永遠の眠りにつく。

こういう仕事ばかりなら、やり甲斐があると思えるが、中には酷い依頼主がいて、あっち行け、気が変わったこっち行けと振り回され朔也はヘトヘトになる。
しかも、依頼者が評価点を付け、それが低評価であればポイントが下がり、一定ポイントを下回れば自動解雇されてしまう。その通知をAIが丁寧だが無機質な声で伝えて来る。何とも理不尽だ。
金を持つ人間の我儘の為に使い走りさせられるリアル・アバターという存在は、貧富による格差社会を象徴していると言える。


母が望んだ「自由死」とは、自ら望んで死を受け入れる制度で、認定されれば自治体から補助金が支払われる。2022年に公開された早川千絵監督の「PLAN75」でも同じようなテーマを扱っていた。急速に高齢化が進む今の時代、避けては通れない問題だろう。

しかし朔也は気になる。母からかかって来た電話の「大切な話」とは何だったのか、母と子で仲良く暮らしてたはずなのに、何故急に自由死を選んだのか。
母の本心を知りたいと思った朔也は、仮想空間上に任意の“人間”をつくる技術「VF(ヴァーチャル・フィギュア)」の存在を知り、母の本心を知る為に、開発者の野崎に母を作って欲しいと依頼する。

野崎は「本物以上のお母様を作れます」と豪語する。実際ゴーグルを着けると、既に亡くなっている中尾(綾野剛)がVFとして現れ、まるで生きているように顧客の相談窓口として応対してくれる。

VF製作の為には対象者の膨大なデータが必要で、朔也自身もデータを提供する他、母の同僚で親友だった三好彩花(三吉彩花)とも接触する等、データを収集して行く。

やがて母のVFは完成、専用ゴーグルを着ければ、目の前に生きていた頃と全く変わらない母のVFが現れる。手を握ったりは出来ないけれど、話し合ったりも出来る。昔と変わらぬ母と子の日常が戻って来て、朔也は満足する。

一方、データ収集で交流が始まった彩花が台風被害で住む所もなく、避難所生活を送っていると知った朔也は、良ければ自分の家に住まないかと彼女を誘う。彩花は承諾する。

こうして朔也とVFの母と彩花の3人の、奇妙な共同生活が始まる事となる。


設定はなかなか面白いが、一つ疑問がある。集めた母に関する膨大な情報で作られたVFは、確かに母の外面だけは寸分違わないものだが、あくまで表面的な部分だけである。心の内面だけは、いくらAIでも表現する事は不可能だ。「大切な話」も、内面の本心も、本人が録音、録画、遺書など、何らかの形で残していなければ収集しようがない。例え残していたとしても、本心とは違うものかも知れない。

人間の本心なんて、他人には絶対に判らないものなのだ。あるいは、知ろうとしない方がいいのかも知れない。


さて物語は、ひょんな事からある転換点を迎える。リアル・アバターの仕事の合間、たまたま通りかかったクリーニング店の中で、客が外国人と思われる従業員に難癖をつけている所を見た朔也は、その男を袋叩きにする。それがスマホで撮影されていてSNSで拡散され、これで警察沙汰になれば朔也の人生もお終いになる…と思いきや、朔也の暴行シーンをカットした編集のせいで、逆に差別的な人間に苛められていた女性を救った英雄としてネット上で有名になる。

何とも皮肉な展開だ。SNSでの拡散は映像の切り取りようで、一方的に被写体人物が批判されるケースが大半だが、逆の場合も起こりうる。いずれにしても不寛容で差別的な社会、SNSの危うさ、ネット社会のいびつさがここで痛烈に皮肉られている。

また、この映像を見たアバターデザイナーのイフィー(仲野太賀)から連絡が入り、朔也の行動が気に入ったとして彼から専属のリアル・アバターとして雇われる事となる。
イフィーは身体障碍者で自由に動けないので、朔也は彼のリアル・アバター=分身となって行動する。

さて、朔也と同居している彩花は、いつしか朔也に心を寄せて行くが、過去のトラウマが原因で他人の身体に触る事に恐怖感を抱いている。朔也の方もこれまで人を愛した経験がないせいか、なかなか本心を見せない。じれったい関係が続いて行く。
しかしある日、イフィーの晩餐会に招かれた朔也に付き添った彩花は、イフィーから握手の求められると、どういうわけか彩花はそれに応じる。それを見た朔也は心が乱れる。

そんな時、イフィーが朔也にある依頼をする。それは自分と彩花との仲を取り持って欲しいというものだった。朔也は迷うが、イフィーと握手した彩花の本心に疑問が生じた事で、その依頼を承諾する。そしてイフィーのアバターとして、朔也は彩花に、イフィーのプロポーズを受けよと言ってしまう。彩花は腹を立て、イフィーの所に向かう。

彩花を中心とした三角関係。この先どうなるのかとハラハラしてしまうが、ラストのあるシーンにとてもほっこりさせられた。いい結末である。


終わってみれば、AIを扱ったSF的な作品という最初の印象とは違って、これは奥手な二人の、心温まるラブストーリーだった事が判る。なるほど、そうだったのか。

AIの母は、生きている時と変わらぬ姿を見せてくれる。でもそれは実体ではない。姿は見えても触れる事は出来ない、あくまでなのだ。
やはり人と人とが体を寄せ、触れ合う事が出来る、生身の人間同士の交流こそが大切なのである。ラストの手の触れ合いはまさにそれを象徴している。


ただ難点と言うか、おかしな所がいくつかある。
「大切な話がある」とわざわざ電話を入れているのに、何故母は朔也の帰りを待たず川に飛び込もうとしたのか。「大切な話」を伝えた後に、自由死を選ぶなら分かるが。

わざわざ豪雨で川が氾濫している時に入水自殺するのも変だ。海まで流されたら、死体が海底に沈んで見つからない事もある。その場合は行方不明のままで自殺と認定されないかも知れない。従って補助金も出ない。確実に自殺と認定される死に方を選ぶべきでは。

終盤で、ヴァーチャル世界の旅行先(滝がある自然の中)でVFの母が朔也に「あなたが産まれてくれて良かった」という趣旨の言葉を告げるが、先にも書いたがいくらAIでも、人の心の奥に秘めた本心まで読めるはずがない。

その他、あれもこれもと社会的なテーマを盛り込み過ぎて、焦点がボヤけた感があるのが残念だ。近未来SF的な物語は、石井監督の資質には合わなかったのではないかと思う。

それでもラストはいい気分にさせられたので、なんとか挽回した形だ。石井監督の演出力は高く評価しているゆえ、少々辛口な評になってしまったが、次回も人間の本質に迫る力作を期待したい。  
(採点=★★★★

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