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2024年11月 6日 (水)

「十一人の賊軍」

11ninnozokugun 2024年・日本   155分
制作:ドラゴンフライエンタテインメント
配給:東映
監督:白石和彌
原案:笠原和夫
脚本:池上純哉
撮影:池田直矢
音楽:松隈ケンタ
シニアVFXスーパーバイザー:尾上克郎
企画・プロデュース:紀伊宗之
プロデューサー:高橋大典

戊辰戦争を背景に、罪人たちが藩の命令により「決死隊」として砦を守る任に就き死闘を繰り広げる時代劇アクション。名脚本家・笠原和夫による幻のプロットを60年の時を経て映画化。監督は「孤狼の血」「碁盤斬り」の白石和彌。主演は「凶悪」以来の白石監督作参加となる山田孝之、「愛にイナズマ」の仲野太賀。共演は「シャイロックの子供たち」の阿部サダヲ、「ゴールデンカムイ」の玉木宏、その他罪人たちに尾上右近、鞘師里保、佐久本宝、千原せいじ、岡山天音、松浦祐也、一ノ瀬颯、小柳亮太、本山力らが扮する。

(物語)舞台は1868年、江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜を擁する旧幕府軍と、薩摩藩・長州藩を中心とする新政府軍=官軍との間で争われた戊辰戦争。そのさなか、新政府軍と対立する奥羽越列藩同盟に加わっていた新発田藩は、勝ち馬と見た新政府軍に従おうと考えていたが、同盟軍からは幟を鮮明にせよと迫られていた。家老の溝口内匠(阿部サダヲ)は、両軍が藩内で鉢合わせせぬよう、同盟軍が出て行くまでの数日間、新政府軍の進軍を足止めすべく、部下の入江数馬(野村周平)、腕の立つ鷲尾兵士郎(仲野太賀)らに命じ、捕らえられていた10人の罪人たちを率いて、新政府軍が通過するある砦を守る任に就かせる。彼らはやがて壮絶な戦いに身を投じる事となる…。

これは待ちに待った期待作である。東映任侠映画の数々の傑作(「博奕打ち・総長賭博」等)や、「仁義なき戦い」シリーズなどで知られる名脚本家の笠原和夫が残した幻のプロットを元に、「孤狼の血」シリーズ(無論これは「仁義なき戦い」オマージュ作)の脚本・池上純哉、監督・白石和彌コンビが再結集した、と聞けば、東映アクション映画―特に東映時代劇ファンなら絶対観たくなる。

発端は1964年。当時東映では、お得意の明朗時代劇(「旗本退屈男」や「一心太助」シリーズ等)が飽きられて客を呼べなくなっており、ヤクザ映画路線に舵を切っていたが、一方で伝統ある時代劇を絶やしてはならじと「十三人の刺客」(63)、「大殺陣」(64)、「忍者狩り」(64)等のいわゆる“集団時代劇”が作られていて、一部愛好家からは評判を得ていた。
そんな時、当時いくつかの時代劇の脚本を書いていた笠原和夫が、集団時代劇路線の1本として、「新発田藩譜」などの資料を集めてほぼ1年がかりで「十一人の賊軍」のシナリオを書き上げた。
ところが、運悪く岡田茂が東京から京都撮影所に乗り込んで来た時で、ホン読みの途中で岡田が最後はどうなるんだと聞き、笠原が「全員討ち死にして負ける話です」と答えると、「そんな負ける話やってどうするんや、何考えとるんや!」と怒ってこの企画をボツにしてしまう。それで頭に来た笠原が350枚もの脚本をビリビリに破って捨ててしまった(詳細は荒井晴彦らによる笠原和夫への聞き取り本「昭和の劇」を参照)。まあ岡田所長が企画をボツにしたのはそれだけでなく、集団時代劇も客を呼べなくなって来た時期でもあり、またこの脚本では製作費がかかり過ぎると考えたのかも知れない。

脚本は現存しないが、笠原が書いた簡略なプロットは残されており、それが白石の目に留まって、笠原執筆から60年の時を経て映画化が実現する事となった。
なお本作の企画・プロデュースも「孤狼の血」シリーズの紀伊宗之である。

(以下ネタバレあり)

冒頭の東映マークが「孤狼の血」シリーズと同じく粒子の粗い旧アナログ版。いかにも“東映時代劇が始まる!”とワクワクさせてくれる。東映ファンならこれだけでジンと来る。

そしていきなり、猛スピードで走る男の足元を手持ちカメラが追う荒々しい出だし。これもいい。
男は社会の最底辺で生きる駕籠かき人足の政(山田孝之)。言葉を喋れない妻さだ(長井恵里)が新発田藩の侍に手籠めにされたと知り、怒りのあまりその侍を殺して牢獄送りとなる。そしてのこぎり引きの刑に処せられる直前、家老の溝口内匠の命を受けた鷲尾兵士郎によって命は救われる。それは前述の物語にあるような砦守備計画の罪人集めの為であった。

政は他の9人の罪人たちと共に、入江数馬を隊長とする決死隊に加えられる。もし砦を守り抜けば無罪放免にしてやる、ただし一人でも抜ける者がいれば全員処罰すると聞かされ、否応なく従う事となる。

罪人たちはみな、人殺し、強盗、放火、強姦など重罪人ばかり。しかし政のように、やむにやまれぬ理由で罪を犯した者も多い。それぞれに個性的でキャラが立っているのがいい。なつ(鞘師里保)という女が一人加わっているのも作品に彩りを添えている。
中でちょっと面白いのが、花火師の息子のノロ(佐久本宝)。やや知恵遅れだが、政を自分の死んだ兄と思い込んでおり、物語が進むにつれ、二人の間の絆が強まって行く。これがラストに生きて来る。

なお作品紹介では“11人の罪人”となっているが、正確には10人の罪人プラス、最後に賊軍の仲間になる1人の侍と合わせて11人である。

物語はこうして、約3日間にわたる砦の攻防戦が描かれるが、並行して溝口内匠らの政略的な駆け引きも描かれる。

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政は、妻を凌辱したような新発田藩の侍たちを手助けするなんてまっぴらだとばかり、何度も逃げ出そうとするが、その都度突発的事態が発生して逆戻りする事となるのが面白い。

新政府軍は大人数の手勢で、鉄砲、大砲等の新兵器で攻め込んで来るので、まともに戦えば勝ち目はないのだが、ノロが用意していた兵六玉(手製爆弾)などを使い、ゲリラ戦で反撃したり、また白兵戦となると、剣術道場の師範である鷲尾兵士郎や、爺っつぁんと呼ばれる老人(本山力)がなかなかの剣の使い手で、バッタバッタと敵を斬り倒して行く。ここらはまさにチャンバラ映画のだいご味。
さらに終盤になると、ノロが見つけた石油井戸の油を新政府軍の背後の山から流し込んで火責めにして、遂に新政府軍の撃退に成功する。

罪人たちの多くは死ぬが、役目を果たし生き延びた政は無罪放免で山を下りる。だが途中で、溝口内匠率いる新発田藩の兵が砦に向かうのを見て、兵士郎たちに教えようと引き返す。
それまでの自分の事しか考えない政だったら、無視して山を下りただろう。
だが戦いを通して罪人仲間や兵士郎との間に深い友情、絆が生まれたであろう政は、放っとけなかった。この政の心意気には感動させられる。

溝口内匠の狙いは、新政府軍に歯向かった決死隊がいた事実は闇に葬りたかったという事だ。罪人の命など虫けら同様に考えている溝口は、兵士に命じて罪人たちを銃撃し殺して行く。
それを見た兵士郎は怒りに燃え、「11人目の賊軍」として溝口たちに斬りかかって行く。ここでの兵士郎に扮した仲野太賀の剣さばきがカッコいい。

だが多勢に無勢、兵士郎は遂に倒される。それを見た政は、愛用の首巻きをノロに渡し、余っていた兵六玉を抱えて火の見やぐらに登り、敵をおびき寄せて自爆する。
妻もいるのに、そこまでする必要もないと思えるが、自分たち罪人の為に命を張ってくれた兵士郎の決死の行動に心打たれたに違いない。
仲間たちと生死を共にする戦いを経て、政は男としてどう生き、どう死ぬべきかを悟ったのだろう。ここは泣ける。

普通のエンタメだったら、最後は憎たらしい悪役、溝口内匠を倒す所だが、そうはならない。
逆に、溝口内匠の策が功を奏し、他の藩が戦火で町民が悲惨な目に遭ったのに比べ、新発田藩領内での戦いが回避された事で、町民からは感謝されているようだ。

その意味では、溝口内匠は戦火から人々を守った、優れた政治家という事になる。何とも皮肉である。

ラストは、政の妻さだが、生き残ったノロとなつから政の形見の首巻きを手渡され、泣き崩れる。そしてノロとなつは、冒頭の政と同じように、街を駆け抜けて行く。

笠原原案では、岡田所長に語ったように全員が死ぬ話だったが、本作では2人を生かす結末にしているのは、未来への希望を若者に託すという狙いだろう。


アクション・シーンは、刀の斬り合いはチャンバラ活劇、銃や大砲の弾、爆弾が飛び交うアクション場面は戦争映画、砦を守っての攻防戦は西部劇と、あらゆるアクション映画のジャンルを網羅した、ド派手なエンタメ活劇映画としても見ごたえがある(ノロの兵六玉はまるで戦争での手榴弾だ)。

物語の背景にある戊辰戦争などの歴史的事実を知らなくても十分面白いが、知っていればより楽しめるだろう。

そしてテーマ的には、権力者の政治的思惑で、下層の名もなき戦士たちが捨て石となって利用され、無残に死んで行く、かつての東映集団時代劇の作品概念が見事に継承されている点も見逃せない。またこれは、笠原和夫が「仁義なき戦い」で描いた、暴力団の権力抗争の谷間で下っ端の若者が死んで行く物語の流れ(特に「代理戦争」)とも重なっている。

そういった点でも、まさに本作は笠原和夫版、集団時代劇の傑作と言えるだろう。アクション映画、時代劇映画としては本年ベスト作品と断言したい。 (採点=★★★★☆

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(付記)
11ninnnosamurai ちなみに、'60年代の東映集団時代劇の最後の作品の題名が「十一人の侍」(1967・工藤栄一監督)。プロデューサーは「十七人の忍者」「十三人の刺客」などの集団時代劇の仕掛け人、天尾完次。
おそらく、映画化が果たせなかった「十一人の賊軍」を惜しんだ天尾プロデューサーが、笠原和夫に敬意を表し、題名を一部拝借させてもらったのだろう。
なお天尾プロデューサーは後に、戦争大作「二百三高地」(1980・舛田利雄監督)の脚本を笠原和夫に依頼している。(どの作品にも題名に数字が入っている(笑))。

 

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コメント

 期待していた以上の面白さでした。話が進んで行くうちに、罪人たちと兵士郎の間に連帯感が生まれていくのが良いですね。その分、終焉の痛ましさが強まります。アクションのテンポが速く、2時間半の上映時間が短く感じました。池上・白石コンビにはまた、時代劇を作ってほしいですね。

投稿: 自称歴史家 | 2024年11月 9日 (土) 13:09

◆自称歴史家さん
面白かったですね。今年のマイ・ベストテンの邦画5位くらいには入れたいと思います。
>池上・白石コンビにはまた、時代劇を作ってほしいですね。
そうそう、それで笠原さんインタビュー本「昭和の劇」を読み直してて格好の作品を見つけました。
昭和38年に笠原さんは「いれずみ決死隊」という脚本(未映画化)を書いています。題材は幕末の「天狗党の乱」に巻き込まれた5人の若者たちを主人公にした青春ものです。集団時代劇の雰囲気もあります。面白そうだったのですが、当時の京撮所長が気に入らずボツにしてしまいました。笠原さん自身、自分の一番好きなシナリオだと言っています。シナリオも現存していて「昭和の劇」に掲載されています。
これ、是非白石監督で映画化して欲しいですね。題名も「五人の決死隊」と集団時代劇風に改題すればいいと思います。紀伊プロデューサー、お願いしますよ。

投稿: Kei(管理人 ) | 2024年11月10日 (日) 16:44

 「昭和の劇」読んだんですが、十一のプロット、いれずみ決死隊とも全く記憶にないです。記憶にあるのは、仁義なき戦いの裏話と226事件ですね。

投稿: 自称歴史家 | 2024年11月11日 (月) 19:05

これは見ごたえがありました。
2時間半を超える長い映画ですが、一気に見せます。
戊辰戦争で罪人たちが砦にこもります。官軍が砦を攻める中、新発田藩は官軍と賊軍に対応しますが、、
W主演の山田孝之、仲野太賀はじめ俳優陣も熱演しています。
仲野太賀はいい人の役が多いイメージですが、殺陣も素晴らしくアクションもいいです。
本山力は初めて見ましたが、殺陣が素晴らしい。
特にインパクトがあるのは悪役の阿部サダヲ。ここまでの悪役は見た事ない。
とはいえ藩の家老としては間違ってはいない。裏切り続けて生き残るんですが報いを受けます。
そこもいいですね。
「いれずみ決死隊」映画、見てみたいです。

投稿: きさ | 2024年12月 3日 (火) 13:35

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