« 「ソウルの春」  (VOD) | トップページ | 2024年を振り返る/追悼特集 »

2024年12月23日 (月)

「お坊さまと鉄砲」

Themonkandthegun 2023年・ブータン・フランス・アメリカ・台湾合作 112分
製作:Tomson Films=Films Boutique 他
配給:ザジフィルムズ、マクザム
英題:The Monk and the Gun
監督:パオ・チョニン・ドルジ
脚本:パオ・チョニン・ドルジ
撮影:ジグメ・テンジン
音楽:フレデリック・アルバレス 
製作:シュー・フォン、ステファニー・ライ、ジャン=クリストフ・サイモン
製作総指揮:リサ・ヘンソン

ブータンの小さな村を舞台に、初めて選挙をする事になって戸惑う村人たちの姿を描くハートフル・コメディ。監督は長編デビュー作「ブータン 山の教室」が高く評価されたパオ・チョニン・ドルジ。出演はいずれも本作が俳優デビューとなるタンディン・ワンチュク、ケルサン・チョジェ、ハリー・アインホーン、ペマ・ザンモ・シェルパなど。バンクーバー国際映画祭、ムンバイ映画祭などで観客賞を受賞。

(物語)2006年のブータン。長年にわたり国民に愛された国王が退位し、民主化への転換を図る事が決まり、選挙が実施される事となった。周囲を山に囲まれたウラの村でも模擬選挙が行われる事となるが、そのニュースをラジオで聞いた僧侶ラマ(ケルサン・チョジェ)は弟子のタシ(タンディン・ワンチュク)に、次の満月までに銃を二用意するよう指示する。時を同じくして、アメリカからアンティークの銃コレクター、ロン(ハリー・アインホーン)が“幻の銃”を探しにやって来て、村全体を巻き込んで思いがけない騒動へと発展して行く…。

足を捻挫してしばらく映画が観れず、なんとか歩けるようにはなったが、今度は観たい映画がない。観たかった「雨の中の慾情」「海の沈黙」も上映が終わっていたし。

いろいろ探していると、テアトル梅田でこの作品を上映していたのを知った。ブータン映画と言うのも珍しいし、「お坊さまと鉄砲」?という謎めいた題名にも惹かれて観る事にした。

パオ・チョニン・ドルジ監督は、長編デビュー作「ブータン 山の教室」(2019)が世界的に注目を集め、第94回アカデミー賞で、ブータン映画史上初となる国際長編映画賞ノミネートを果たした。2022年にはこの映画の世界的評判により、国王より「ドゥルック・トゥクセ(雷龍の心の息子)勲章」を最年少で授与された。素晴らしい事である。

これだけ評価されれば、本人には相当のプレッシャーとなった事だろう。そんな中で監督第2作として作られたのが本作である。プレッシャーにも関わらず、本作も心温まる、素敵な映画になっていた。

(以下ネタバレあり)

ブータンでは2006年に国王が退位し、それまでは全く実施されていなかった“選挙”が初めて行われる事になった。映画はこの事実をベースにしている。

ブータンという国は、「世界一幸せな国」として知られており、国民は国王を尊敬し、仏教が生活に根付いていて、アクセクせず質素な暮らしにも満足している。そもそもテレビのある家だって少ないし、インターネットはようやく使えるようになったばかりである。携帯はこんな山奥の村でも繋がるようだが。

そんな国に、突然民主化への転換が図られ、選挙で自分が選びたい政党を選べ、という事になる。今まで国は国王が統治していて、それでうまく行っていたのに、なんでそんな難しい制度を導入するのか、国民は戸惑い、うろたえる。

多くの国民は、選挙のやり方も解らない。そこで国は各地に選挙委員を派遣する事となり、舞台となるウラの村にも女性の選挙委員、ツェリン(ペマ・サンモ・シェルパ)が模擬選挙の指導にやって来る。

彼女は村長と協力して、まず投票者名簿を作成する事となるが、村民に名前はと聞くと、苗字なんてないと言う者がいたり、生年月日を聞くと、自分の誕生日すら知らない村民がいたりで名簿作りがなかなか進まないのが笑える。

おおらかでのんびりとした村民性と、選挙制度とのギャップがなんともおかしい。

そんな村始まって以来の選挙の混乱ぶりと並行して、村で尊敬されている僧侶ラマが若い弟子のタシに、満月の日までに銃を二挺準備せよと命じ、タシが銃を求めてあちこち探し回る姿が描かれる。

なぜ僧侶が銃を求めるのか、それで何をするのかは最初のうちは解らない。これが謎となって物語を牽引して行く。題名もここから来ている。

さらにアメリカから銃のコレクター、ロナルド・コールマン、通称ロンがやって来て、ベンジ(タンディン・ソナム)を通訳兼ガイドとして雇って、幻の銃を探してこの村を訪れる。

村民の一人がその銃を持っていると聞きつけ、7万ドルで譲ってくれと申し出る。持ち主はそんなにいらないから金額を下げてくれと言うのがおかしい。

欲の突っ張った人間ならもっと吹っ掛ける所だが、まるで欲がないのがいかにもこの村の人間らしい。

商談が成立し、翌日キャッシュを持って来るのでそれと引き換えに銃を渡す、という話になるのだが、翌日タシもこの村民を訪れ、僧侶ラマの依頼だと聞いた持ち主は、お坊さんの為ならと無償でタシに銃を渡す。

仏教が生活に根付いているから、こういったお坊さんへの寄進も当たり前なのだろう。

物欲にまみれ、何でも金で解決しようとする資本主義の国アメリカと、無欲で素朴なブータンの村人との対比が痛烈な皮肉として描かれている。

タシが銃を持って行ったと聞いたベンジとロンはタシを追いかけ、金を見せて銃を譲ってくれとタシを説得するが、ラマの命令で銃を持って帰らなければならないタシは聞き入れない。

ベンジから、代わりに別の銃を2挺渡すと聞いたタシは、銃カタログから一番高そうなAK-47を要求する。これは前日たまたまテレビで「007/慰めの報酬」を見たタシが、ボンドが持つAK-47をカッコいいと思ったからである。修行僧と007とのミスマッチが笑える。

満月の日にタシの銃と交換する約束を取り付けたベンジとロンは密輸業者を当たり、インドからAK-47二挺を3万ドルで入手し、満月の日を待つ事となる。

だが一方、警察はアメリカ人が不審な行動をしているとの情報から、ロンを探している。万一銃を持っている所を警官に見つけられたら大変な事になる。

満月の日は、模擬選挙実施の日でもある。こうして模擬選挙と、銃を得た僧侶ラマの行動の真意と、AK-47を抱えたベンジとロンが一堂に会するクライマックスを迎える事となる。

模擬選挙は、分かり易いように3つの政党を赤、青、黄色と色分けしたのだが、選挙の結果、黄色の党が95%の得票率で圧倒的勝利を収める。
選挙委員や村長はこの結果に唖然となるが、実は国王の肖像が黄色い衣服を纏っていたからだと分かる。模擬選挙は大失敗だと委員のツェリンは落胆する。
国王が国民から絶大な支持を得ている国では、民主主義を根付かせるのはなかなか大変である。

さて、僧侶ラマが銃を求めた理由もやがて分かる。満月の日の法要でラマは、平和を願い新しい仏塔を建立したい、その用地の土台となる穴に、無益な争いと憎しみの象徴である銃を投げ入れよ、銃を捨てる事こそが平和への道だと説くのである。まずタシが持ち帰った幻の銃を穴に投げ込む。

ベンジとロンは大慌て、だが運悪くそこに警官がやって来て、ロンに疑いの目を向ける。AK-47を持っている事が分かれば銃不法所持で逮捕されてしまう。
仕方なく二人は、ラマ僧侶の意向に賛同し銃を持って来たと言い訳し、二挺のAK-47を幻の銃の上に投げ込む。警官もつられて自分の拳銃を放り込む。子供まで水鉄砲を放り込むのがおかしい。
3万ドルをドブに捨てる結果となったロンがちょっと気の毒。その寄進の代わりに木製のでっかい男根をもらうシーンも大笑い。


なんともトボけたコメディである。だがいろんな教訓もこの物語から感じ取れる。

民主化による選挙制度の導入で、それまでは国王の元、平穏に暮らしていた国民は、今後は複数の政党の中から、この国の統治者を選ばなければならなくなる。当然、どの党を、誰を支持するかで国民は分断される事となる。

ある家では、父親が特定の政党を応援していることで娘が学校で苛められたり、その父親の義母は別の候補を支持していたりで、家族の中にも分断が起きてしまうのだ。
母親は、選挙がない今までの方が幸せだったと訴える。

僧侶ラマは、ニュースで選挙制度が実施されると聞いて、あるいはこの事態を予見していたのかも知れない。分断は対立と憎しみを生む。それは銃が生み出す不幸と共通するのではないか。

それまでは「世界一幸福な国」と言われたブータンは、皮肉にも民主化が始まってから、幸福度ランキングは急落したそうだ。
国民にとって、本当の幸せとは何か、考えさせられるテーマである。

銃のコレクションの為に、何万ドルもの金を注ぎ込む豊かな国アメリカと、質素な暮らしのブータンとの対比はまさに格差社会の象徴である。そのアメリカではトランプの登場で、国民の間での分断がかつてないほど広がっている。規制も進まない。そんな病める国アメリカを、映画はやんわりと、しかし鋭く批判しているようにも思える。

笑わせられ、観終わってほっこりとした気分になる素敵な映画であるが、同時に現代の世界が抱える諸問題についても考えさせられる、これは見事な秀作である。  (採点=★★★★☆

 ランキングに投票ください → にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

 

DVD「ブータン 山の教室」
Dvdbutanymanokyoushitsu


|

« 「ソウルの春」  (VOD) | トップページ | 2024年を振り返る/追悼特集 »

コメント

年内に間に合いました。基本ほのぼので時間がゆったり流れる映画なので(少女が父と祖母の応援する候補者の違いで辛い目に遭ったりしますが)時間に追われる私たちにとっては贅沢な時間なのでしょうね。来年は全世界が、少しでもほのぼのできる年になれば良いなと思います。管理人さんのブログにアクセスしてなければ、多分観てないと思います。来年も様々な映画の紹介をお願いします。良いお年をお迎え下さい。

投稿: 自称歴史家 | 2024年12月31日 (火) 18:54

◆自称歴史家さん
今年もいくつかコメントいただき、ありがとうございました。私の記事が参考になったのならとても嬉しいですね。
来年も是非当ブログをご贔屓に、よろしくお願いいたします。ではよいお年を。

投稿: Kei(管理人 ) | 2024年12月31日 (火) 22:13

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「ソウルの春」  (VOD) | トップページ | 2024年を振り返る/追悼特集 »