「I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ」
2022年・カナダ 99分
製作:VHS Forever 他
配給:イーニッド・フィルム
原題:I Like Movies
監督:チャンドラー・レバック
脚本:チャンドラー・レバック
撮影:リコ・モラン
音楽:マレー・ライトバーン
製作:リンジー・ブレア・ゲルドナー、 エバン・デュビンスキー、 チャンドラー・レバック
レンタルDVDが全盛だった2003年のカナダを舞台に、映画好きな高校生の奮闘を描いた青春コメディ。監督は本作が長編デビューとなるチャンドラー・レバック。主演はラッパーとしても活動する若手俳優アイザイア・レティネン。共演は「ジキル博士の記憶」のクリスタ・ブリッジス、「Funkytown」のロミーナ・ドゥーゴ、「ウィンターストーム 雪山の悪夢」のパーシー・ハインズ・ホワイトなど。バンクーバー映画批評家協会賞で最優秀カナダ映画賞など4部門を受賞した。
(物語)2003年、カナダの田舎町。社交性に欠け、周囲の人々とうまく付き合えない日々を過ごす高校生ローレンス・クウェラー(アイザイア・レティネン)は映画が生きがいで、唯一の友達マット(パーシー・ハインズ・ホワイト)と一緒に自主映画を作っていた。そんな彼の願いは、アメリカのニューヨーク大学でトッド・ソロンズから映画を学ぶ事。彼は高額な学費を貯める為、地元のビデオ店「Sequels」でアルバイトを始めた。かつて女優を目指していた店長のアラナ(ロミーナ・ドゥーゴ)や個性的な従業員たちとの関係を通して、社会の楽しさや厳しさを知っていくローレンス。ところが、自分の将来に対する不安から、大事な人を決定的に傷つけてしまい…。
新年、最初に観た映画がこれ。題名にも惹かれた。チャンドラー・レバック監督の自伝的な物語とも聞いていたので、映画が大好きな若者が、映画作りに夢中になって行く…といった「フェイブルマンズ」や「エンドロールのつづき」のような物語を期待していたのだが。
主人公ローレンスは見るからにデブでズングリのオタクっぽい高校生。親友のマットと自主映画を作っており、冒頭の数分間はその自主映画が上映されるのだが、いかにも素人っぽい、とりとめのない出来。そして好きな監督がスタンリー・キューブリックにポール・トーマス・アンダーソン。アンダーソンの「パンチドランク・ラブ」を激賞している。
高校を卒業したらニューヨーク大学で敬愛するトッド・ソロンズ監督(「ハピネス」など)の授業を受けて映画を学ぶ事を夢見ている。
いかにも頭でっかちで、自分は才能があると思い込んでいる。自己中心的で態度もデカい。
はっきり言って、全く共感できない主人公だ。映画の好みも偏り過ぎている。最初のうちはこれで映画になるのかと心配になった。
(以下ネタバレあり)
物語が進むにつれ、ローレンスの家庭事情も明らかになって行く。彼の父は4年前に自殺しており、それがトラウマとなって情緒不安定となり、パニック障害の病歴もあるらしい。
母親のテリー(クリスタ・ブリッジス)は働いて家計を支えている。しっかり者で子供にも愛情を注いでいるのが救い。
ローレンスは母にニューヨーク大学(NYU)を受験したいと告げるが、授業料が高額なので母は自分の給料ではとてもそんな金は出せないと言う。そこでローレンスは学費稼ぎの為、行きつけのレンタルビデオ店「Sequels」でアルバイトを始める事となる。
Sequelsの店長・アラナは美人で、女優を目指していた過去もあるらしい。店長も同僚たちもいい人ばかりで、ローレンスはすぐ仕事に慣れて行く。同僚と「店員が選ぶお奨めビデオ」のコーナーを提案したりもする。
だんだんとローレンスに心を許したアラナは、二人きりとなったある夜、自分の過去を語る。女優を目指していた時、今で言う“性被害”に遭っていたのだ。それで映画界が嫌になってここに行き着いたという訳だ。ローレンスは、世の中には不条理な事も、思い通りにならない事もある事を感じ始める。
一方、高校の方では、彼は担任教師から“卒業記念の思い出ビデオ”を作るよう依頼されているのだが、バイトで忙しい事もあってなかなか進まない。見かねたマットが動画編集機材を持っている同級生の女子ローレン・Pに手伝ってもらってはと提案するが、ローレンスは「女に何が出来る?」とばかりに拒否する。
ローレンスとマットは土曜日の晩、「サタデー・ナイト・ライブ」を観て「はみ出し者たちの夜」と題するパフォーマンスをやる程の仲良しだったが、この辺りから二人の間に溝が出来始める。
それが決定的になったのは、ある夜ローレンスがマットに「お前は仮の友だちだ」と言ってしまった事。ローレンスは大学に入れば沢山の友だちを作るつもりでいる。今でも友だちはマット一人しかいないのに。
ローレンスはマットに、次の土曜日の晩は早番にしてもらって、Sequelsで会って久しぶりに「はみ出し者たちの夜」をやろうと持ち掛ける。だがマットはやって来なかった。落ち込んだローレンスはSequelsに泊まり込む。同僚からは帰り際必ずロックするように言われていたが、朝、それを忘れて帰ってしまい、盗難に遭ってSequelsに大変な損害を与えてしまう。そして彼はビデオ店をクビになってしまう。
マットに心ない事を言って彼を傷つけた報いなのかも知れない。
そしてNYUからは、家に不合格の通知が来ていた。愕然となるローレンス。滑り止めに受けた国内のカールトン大学は奨学金付きで受かっていたけれど。
追い打ちをかけるように、ローレン・Pとマットが作った“卒業記念の思い出ビデオ”が高校で上映される。ローレン・Pの編集技術のおかげか、それはローレンスが作った自主映画とは比べ物にならないほど良く出来ていた。
次々と、思い通りにならない現実、自分の才能の無さを思い知らされて行くローレンス。レバック監督の演出は容赦ない。ここまで来ると、ちょっとローレンスに同情したくなる。若気の至りの失敗や、世の中を甘く見るなんて事は、若い頃には誰だってある事なのだから。
まあマットとは最後、反省し少しは気持ちよく別れる事が出来たのは救いか。
その後レストランでローレンスはアラナと再会する。アラナはSequelsを辞めて、もう一度女優の道をやり直そうと演劇クラスに通い始めたと伝える。
アラナは、一番好きな映画は「マグノリアの花たち」(ハーバート・ロス監督)だと言う。ローレンスの好きな映画たちとは違った、心が豊かになる人間ドラマだった。
ローレンスはアラナに、どうすれば大学で友達を作る事が出来るかと問うと、アラナは答える。「自分の事ばかりでなく、相手の好きな事を本当に興味を持って聞くこと」。
これはいい言葉だなと思う。この二人の会話シークェンスは、本作の白眉だろう。
ラスト、カールトン大学の寮で、ローレンスは壁に「マグノリアの花たち」のポスターを貼る。彼は部屋を訪れた同級生に、アラナが言った事を実践する。きっといい友だちが出来る事だろう。
終盤の一連の流れはとても感動的だ。ローレンスはこれまでの自分の発言や行動を悔い、人間的に成長した事だろう。アラナもまた、心のトラウマを解放し、新しい人生を歩んで行く。
若い時は誰もが、迷ったり、思いあがったり、間違った事もしてしまうが、それを糧として、人間として一皮剥け、大人になって行くものである。
自伝的作品と言うチャンドラー・レバック監督は、おそらくローレンスのような鬱屈した青春時代を送ったのだろう。それを乗り越えたからこそ、成功した今があるのだろう。
ただレバック監督は女性なのだが、さすがに女優にこの役をやらせるのは難しい。デブでオタク風だけどどこか愛嬌のあるアイザイア・レティネンを起用して大正解だろう。彼も期待に応え見事な好演。今後が期待出来るだろう。
出だしだけでつまらないと思わないで欲しい。自分の若い頃はどうだったか、彼のような思いあがりやプライドを持った事はなかったか。ふとそう考えると、最後はいつの間にかローレンスに感情移入している事に気付く、これは素敵な青春ドラマであり、人間ドラマなのである。
(採点=★★★★)
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