「Flow」
2024年・ラトビア=フランス=ベルギー合作 85分
製作:Dream Well Studio=Sacrebleu Productions=Take Five
配給:ファインフィルムズ
原題:Straume (英題:Flow)
監督:ギンツ・ジルバロディス
脚本:ギンツ・ジルバロディス、マティス・カジャ
編集:ギンツ・ジルバロディス
音楽:ギンツ・ジルバロディス、リハルズ・ザリュペ
アニメーション監督:レオ・シリー・ペリシエ
製作:マティス・カジャ、ギンツ・ジルバロディス、ロン・ディアン、グレゴリー・ザルツマン
洪水に呑まれゆく世界を舞台に、1匹の猫の旅路を描いたラトビア発のアニメーション映画。監督は長編デビュー作「Away」で世界的に注目されたギンツ・ジルバロディス。製作に5年の歳月をかけた。2024年アヌシー国際アニメーション映画祭にて審査員賞・観客賞を含む4部門を受賞し、第97回アカデミー賞でも長編アニメーション賞と国際長編映画賞の2部門にノミネートされ、長編アニメーション賞を受賞した。ラトビア初のアカデミー賞受賞となる。
(物語)世界が大洪水に見舞われ、街や森が水に飲みこまれ消えようとしていた。そんな中、居場所を捨て旅立つ決意をした一匹の猫が、流れてきた帆掛船に乗る。そこで一緒に乗り合わせたカピバラやキツネザルなどの動物たちと共に、想像を超えた出来事や予期せぬ危機に襲われながらも、彼らの間には少しずつ友情が芽生え始め、逞しくなっていく。彼らの運命は? そして、この冒険の先に待っているものとは…。
製作・監督・脚本・編集・音楽を1人で手がけた長編デビュー作「Away」 で世界的に注目されたラトビアのクリエイター、ギンツ・ジルバロディス監督の長編第2作である。
前作はたった一人で製作し、完成までに3年半を要したが、本作は前作の成功で多くのスタッフ、CGクリエイターが参集し、予算もぐんと増えたが、それでも製作に5年もの年月をかけている。
発表されるや、アヌシー国際アニメーション映画祭では審査員賞、観客賞ほか4冠を受賞、第52回アニー賞でも長編インディペンデント作品賞、脚本賞を受賞、第82回ゴールデングローブ賞でアニメーション映画賞を受賞と快進撃を続け、とうとう米アカデミー賞でも長編アニメーション賞を受賞した。ゴールデングローブ賞、アカデミー賞、どちらもラトビア映画史上初の受賞である。まさに快挙である。
「Away」 もとても面白かったので期待していたのだが、期待を上回る傑作に仕上がっていた。ジルバロディス監督、すごい!
(以下ネタバレあり)
前作「Away」と同様、セリフもナレーションもない。こちらは動物以外人間は全く登場しないので当然だが。その分じっくり画面に目を凝らす事が出来る。実際映像の密度、クオリティは前作を遥かに凌ぐ。
主人公は一匹の黒猫。森の中の一軒家をねぐらにしている。机の上に木彫りの猫の像が製作途中のまま残っている事から、何年か前までは人間がいたのだろうが、今はどこにも人間の姿はない。まるで全ての人間が世界から消えたかのようだ。原因は語られない。
家の裏山には、多分この家の主が建てたであろう数十メートルもある巨大な猫のモニュメントがそびえ立っている。
ある時、黒猫は犬に追いかけられ、猛スピードで逃げる。そのシーンが凄い。逃げる黒猫、追う犬の走る姿に密着してカメラも疾走する。CGだからカメラというのはおかしいのだが、まるで本当にカメラが移動撮影で動物たちを追っているように感じられる。丁寧に描き込まれた草花や木々の間を瞬時に走り抜ける映像がダイナミックで疾走感に溢れ、見事だ。
黒猫はなんとか逃げおおせたが、犬が怖くて家からはあまり出なくなる。

そんなある日、突然洪水が発生し、森はみるみる内に水没して行く。黒猫の住み家だった家も洪水に呑み込まれそうになる。そこに以前黒猫を追いかけていた犬たちの乗ったボートが通りかかるが、犬が怖い黒猫は見送るのみ。しかし水かさはなおも増え、黒猫はあの猫の巨大モニュメントの上に逃げるが、そこも徐々に水に浸かって行く。このままでは溺れ死んでしまう。
そんな所に、一艘の帆掛船が近づいて来る。黒猫は生きる為、無我夢中で水に飛び込み、その船に乗り込む。そこには一匹のカピバラがいたが、のんびり寝そべっているカピバラに黒猫は安堵し、二匹は船の旅を続ける。やがて、バスケットに光り物のコレクションを詰め込んでいるキツネザルも旅の仲間に加わる。
バスケットを積み込もうと悪戦苦闘するキツネザルに、カピバラが手助けするシーンがある。何でもないようなシーンだが、“仲間は助け合うべきだ”というカピバラの行動精神がこの後の物語を牽引して行く事を思えば、重要なシーンとも言える。
ある時、黒猫が水に落ちてしまう。船は風に吹かれて遠ざかって行く。もうダメか、と思った時、一羽のヘビクイワシが黒猫を掴んで飛び上がる。最初は獲物にするのかと思われたが、ヘビクイワシが帆掛船の上に落としてくれたので黒猫は戻る事が出来た。名前は怖そうだが、このヘビクイワシもいい性格のようだ。
まだ残っている陸地に、ヘビクイワシの群れがいたが、先ほど黒猫を救った一羽が他のヘビクイワシたちに囲まれ、傷めつけられるシーンがある。人間社会の苛め、差別のカリカチュアのようにも見える。そのヘビクイワシも帆掛船の仲間となる。いつしかヘビクイワシは、舵を掴んで船の操舵係まで引き受けるようになる。
さらに進むと、先にボートで逃げた犬たちが岸壁に取り残されていた。その犬たちも船に乗り込んで来る。黒猫は怖がるが、こんな極限状況では仲良くするしかないという思いは共通するので、犬たちも船の仲間となる。
多くの動物が乗った船が、水没した世界を進む姿は、聖書の「ノアの方舟」を思い起こさせる。

黒猫は次第に水に馴染み、泳ぎも上手になって、水に飛び込んで十数匹の魚を捕え、船に積み込む。数の多さから自分だけではなく、他の動物たちにも与える気なのだろう。黒猫にも助け合いの精神が生まれたという事になる。
船はその後も進み、巨大な遺跡のような所を通り過ぎる。しかし人間の姿は何処にもない。なぜ人間が消えてしまったのか、その説明は一切ない。ジルバロディス監督も、あえて答は出さない。さまざまな寓意が含まれているのだろうが、それは観た人それぞれが考えて欲しいという事なのだろう。
終盤は、急に水が引いて大地が現れる。仲間たちとはぐれた黒猫は草原を探し回るのだが、動物たちが乗った帆掛船が、木の枝に帆を引っ掛けてぶらさがっているのを見つける。
ここからは、仲間同士の強い絆、助け合い精神がフルに発揮されて危機を乗り越えるシーンがあり、ハラハラさせられ、最後は胸を撫で下ろした。
観終わって感動させられた。映像も見惚れるほど美しいが、それだけではない、テーマ的にも考えさせられる作品である。
観た人それぞれに感じる所はあるだろうが、我々人間たちがこの動物たちのように、勇気と友情と助け合いの心を持たない限り、この世界の身勝手で愚かな人間たちは滅びてしまうのではないかという強烈なメッセージを私は感じた。哲学的とも、寓話的とも言える見事な秀作である。
風景描写もきめ細かく丁寧だが、水の描写もリアルである。さすがにディズニー・ピクサーやドリームワークスと見比べるとやや粗いが、製作費がたった400万ドルという低予算(前述大手の20~30分の1程度)でこのクオリティは素晴らしいと言うしかない。アカデミー視覚効果賞を獲った「ゴジラ-1.0」がハリウッドの製作費の10分の1未満だと騒がれたが、本作はさらにその数分の1なのだから。
細かい点では、帆掛船の塗料がボロボロに剥げているのもリアルだし、普段は丸い黒猫の眼の瞳孔が、明るい所では縦長になったりするのも念が入ってる。丁寧な絵造りに相当の時間と手間暇をかけた事が伺える。製作に5年もかかったのも納得である。
なおエンドロール後にも意味深なシーンがあるので、最後まで席を立たないように。
ラトビアから世界に躍り出た新進・ジルバロディス監督、次はどんな世界を描くのか、先が楽しみである。 (採点=★★★★☆)
(付記)
なおギンツ・ジルバロディスが12年前、高校生の時に作った7分32秒の短編アニメ「Aqua」がYoutubeで公開されている。
↓
https://www.youtube.com/watch?v=bx2Q4QYe5GI

さすがに絵柄は素人っぽいが、本作の原点とも言うべき習作である。
それにしても前作の「Away」といい、どの題名も全部アルファベット4文字だ(笑)。
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コメント
ネコ好きなので情報がないまま観ました。作者はネコ好きなんでしょうね。動き、表情が可愛いですね。それでも一番印象に残ったのは、クジラでした。エンドロールのラストに出てくるのは、ネコの見た幻想なのか分からないですが。
投稿: 自称歴史家 | 2025年3月21日 (金) 18:47
◆自称歴史家さん
監督へのインタビューによると、十代の時に本作とそっくりの黒猫を飼っていたのだそうです。その後犬も飼うようになって、それらが本作にインスピレーションを与えてくれたと語っていますね。
エンドロール後のクジラはいろんな解釈が出来ますね。また大洪水が起きて、そのおかげでクジラは海に戻れたという事なのかも知れません。水が引いてクジラが陸に取り残されたままのエンドでは、映画を観た子供たちが「クジラさん、死んじゃうの?」と不安な気持ちになるかも。ああいうホッとするシーンを最後に追加したのは、監督の親切心なのかも知れないですね。
投稿: Kei(管理人 ) | 2025年3月21日 (金) 21:28