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2025年6月18日 (水)

「国宝」

Kokuho 2025年・日本   175分
製作:MYRIAGON STUDIO
配給:東宝
監督:李相日
原作:吉田修一
脚本:奥寺佐渡子
撮影:ソフィアン・エル・ファニ
美術監督:種田陽平
音楽:原摩利彦
歌舞伎指導:中村鴈治郎
製作:岩上敦宏、伊藤伸彦、荒木宏幸、市川南、渡辺章仁、松橋真三
企画・プロデュース:村田千恵子

任侠の家に生まれながら、歌舞伎役者として芸の道に人生を捧げた男の激動の人生を描く芸道ドラマ。監督は「悪人」「怒り」に続いて吉田修一原作物はこれが3本目となる李相日。主演は「ぼくが生きてる、ふたつの世界」の吉沢亮、「正体」の横浜流星、「ザ・クリエイター 創造者」の渡辺謙、「あちらにいる鬼」の寺島しのぶ、「PERFECT DAYS」の田中泯、その他高畑充希、森七菜、三浦貴大、永瀬正敏など実力派俳優が結集した。2025年・第78回カンヌ国際映画祭の監督週間部門出品。

(物語)任侠の一門に生まれた立花喜久雄(少年時代:黒川想矢、後:吉沢亮)は15歳の時に組同士の抗争で父を亡くし、天涯孤独の身となってしまう。だが喜久雄の天性の才能を見抜いた上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎(渡辺謙)は彼を引き取り、喜久雄は思いがけず歌舞伎の世界へ飛び込む事となった。喜久雄は半二郎の跡取り息子・俊介(横浜流星)と兄弟のように育てられ、親友として、ライバルとして互いに切磋琢磨、芸に青春を捧げて行く。そんなある日、事故で入院した半二郎が自身の代役に俊介ではなく喜久雄を指名した事から、2人の運命は大きく揺らいで行く…。

評判がいいし、お気に入りの李相日監督作なので早く観ようと思っていたが、上映時間が3時間近くもあるのでなかなか時間が合わなかった。ようやく時間が取れて観たのだが、期待に違わぬ、いや李相日監督作品の中でも最高作と言える凄い傑作だった。


映画を観て、凄いと思ったのは、映像の素晴らしさである。美しく、荘厳で、大画面に展開される歌舞伎の演目の素晴らしさには酔わされた。
撮影を担当したのが「アデル、ブルーは熱い色」の名手、ソフィアン・エル・ファニ、美術が李相日監督とは「フラガール」「悪人」等で組み、「キル・ビル」等海外でも高く評価されている種田陽平と一流スタッフが参加しているのも大きいだろう。

Kokuhodoujouji

 (以下ネタバレあり)

冒頭、長崎のヤクザ一家・立花組の新年の宴席に、上方歌舞伎の名優・花井半二郎(渡辺謙)が招かれ、余興として立花組長(永瀬正敏)の15歳の息子・喜久雄(黒川想矢)が女形となって歌舞伎の一演目を踊り始める。その艶やかさと踊りの巧さに半二郎が驚いていると、突然敵対する組が殴り込んで来る。立花組長は刀を持って相手を倒して行くが、卑怯な敵の銃弾に倒れる。それを喜久雄が見ていた。

この一連の展開をテンポよく、流れるように描く李監督の演出もいいが、雪の降り注ぐ庭で組長が倒れて行くシーンが映像的にも美しい。それこそ歌舞伎の一シーンのようだ。
またこのシーンがラストシーン(雪降る中での踊り)にも繋がっているのが秀逸である。

是枝裕和監督の「怪物」でも好演した黒川想矢がここでも見事な演技と踊りを見せる。

父を失い天涯孤独となった喜久雄は、彼の天性の才能を見抜いた花井半二郎に引き取られ、喜久雄は思いがけず歌舞伎の世界へ飛び込む事となる。

半二郎には跡取り息子・俊介(越山敬達。成長後は横浜流星)がおり、喜久雄と俊介は半二郎の厳しい指導の下、上方歌舞伎の修行を重ねて行く。

二人はやがて親友となり、また芸のライバルとして互いに切磋琢磨、それぞれ花井東一郎(喜久雄)、花井半弥(俊介)と役者名を与えられ、興行会社によって上方歌舞伎界の若きスターとして売り出されて行く。

吉沢亮と横浜流星が二人で踊る「二人藤娘」は、その美貌とピタリ息の合った踊りに見惚れてしまう。中村鴈治郎の指導の下、1年以上も稽古を重ねた成果が見事に現れ、本物の歌舞伎役者にしか見えない。その後も何度か登場する、二人の歌舞伎役者ぶりを見るだけでも料金分の値打ちはある。

Kokuhofujimusume

だが代々世襲が慣わしの歌舞伎界では、外様の喜久雄にはハンデがある。おまけにヤクザの父を持ち、背中には刺青がある。喜久雄は二重の意味でこの世界では異端児なのである。
興行会社の番頭格・竹野(三浦貴大)は喜久雄に、「所詮この世界はぃやで。いくら芸が良くても最後は放り出されるだけや」と嘯く。喜久雄は激高するが、当っているだけにどうしようもない。

喜久雄は持ち前の反骨精神で血の滲むような努力を重ね、芸を磨いて行く。そしてチャンスがやって来る。半ニ郎が事故で怪我をして舞台に立てなくなった時、半ニ郎は代役に喜久雄を指名する。息子の俊介ではなくて。
俊介は反発するが、「曽根崎心中」のお初役を代演した喜久雄の渾身の演技に俊介は圧倒される。“負けた”と感じた俊介は最後まで観ずに劇場を出て行く。それを見た喜久雄の恋人・春江(高畑充希)は同情心からか、俊介に寄り添うように二人で劇場を出て行く。

この後も物語は波乱万丈、喜久雄こと花井東一郎は益々有名になり、やがて半二郎は喜久雄に三代目半二郎を襲名させ、自らは花井白虎を襲名する。喜久雄は有頂天だ。
その頃喜久雄は、祇園の芸妓・藤駒(見上愛)を愛人にし、娘も儲けている。まさに絶頂と言えるだろう。
それとは対照的に、俊介は春江と共にドサ回り修行を続けていた。

だが、三代目半二郎と白虎の襲名披露の舞台で白虎は血を吐き倒れ、その後逝去する。ここで喜久雄の運命は大きく変わる。

二代目という後ろ盾を失った喜久雄は次第に冷遇され、さらにヤクザ一家の生まれという出自がマスコミに叩かれ、喜久雄は頂点から奈落に突き落とされる。
一方で地方回り修行を積んだ半弥(俊介)は8年ぶりに歌舞伎界に復帰する。やはり名門の血筋という事で復帰は歓迎され、歌舞伎界で名を上げて行く。その半弥と入れ替わるように、今度は喜久雄が地方回りを続けて行く事になる。

まことに人間の運命とは不思議なものだ。

そんな喜久雄に手を差し伸べたのが、人間国宝の小野川万菊(田中泯)である。前半にも少し登場しているが、今は90歳を超えた大ベテランの万菊は、修羅の運命を背負った喜久雄に、おそらく自分と似たものを感じたのだろう。

老いた顔に白粉を塗りたくった万菊役の田中泯の、舞踊家としてのキャリアが凝縮された鬼気迫る熱演にも圧倒された。本年度の助演男優賞は決定である。

万菊の後押しと、俊介の誘いもあって喜久雄は歌舞伎の表舞台に復帰する事となる。だが俊介は遺伝性の糖尿病の悪化で片足を切断する悲劇に見舞われる。

それでも俊介は舞台に立つ事を望み、「曽根崎心中」のお初を演じたいと願う。奇しくも以前喜久雄が演じた役だ。喜久雄はそれならと相手役の徳兵衛を引き受ける。
この二人の「曽根崎心中」も圧巻、二人の歌舞伎に寄せる熱意、俳優としての執念を感じさせ、片時も目が離せない。

ラストは数十年後、人間国宝になった喜久雄が、舞台で「鷺姫」を演じるシーンがまた素晴らしい。紙吹雪の雪が降る中で踊る姿がとても美しい。それは冒頭の、雪降る庭で死んでいった父の姿を思い浮かべながらの、鎮魂の踊りなのかもしれない。


…観終わってもしばらくは席を立てなかった。圧倒された。吉沢亮と横浜流星の見事な演技と踊りにも、田中泯の存在感にも、そして重厚かつ絢爛豪華な李相日監督の演出にも。
また、文庫本で上下2巻の長大な原作を、原作の精神は失わずに、そぎ落とす所はそぎ落として1本の映画としてタイトに纏め上げた奥寺佐渡子の脚本も見事。

3時間近い長編だが、少しも長いと感じなかった。もっと観ていたいという思いにさえ駆られた。

本年度のベストワンは決定である。いや、ここ10年間を通しても最高の作品だと言える。私は熱心なファンという程ではないが、歌舞伎は数本舞台で観ている。だから余計感動した。

歌舞伎ファンなら絶対見逃せないが、歌舞伎をあまり知らない観客でもきっと感動させられるだろう。これは是非、大画面の劇場で観て欲しい。DVDや配信などの小さな画面ではその迫力と感動はあまり伝わらないだろうから。ともかく観るべし!  (採点=★★★★★

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コメント

 いやーーー。凄かったですね。もちろん、基本は歌舞伎の世界の話ですが、普遍性があります。45年くらい前の高校1年のころを思い出しました。あのころ仲の良かった友だちは、どうしてるかと思いました。

投稿: 自称歴史家 | 2025年6月21日 (土) 20:46

興奮して書いた感想で、後半は分かりにくくなりました。芸の厳しい世界とは無縁でしたが、普通の人でも還暦までには、小さな事でもいろいろとあります。映画とレベルは違えどそんな感慨が湧いてきました。

投稿: 自称歴史家 | 2025年6月22日 (日) 06:53

◆自称歴史家さん
喜久雄の生涯は波乱万丈ドラマチックですが、人間生きていれば山あり谷あり、いろんな人生経験があるという事も感じさせられますね。仰ってる事もよく分かりますよ。

本文には書ききれませんでしたが、喜久雄にしろ俊介にしろ、失意の時にあっても、支えてくれる女性がいたからこそ挫けずに再起の道が拓けた、その事も重要なポイントだと思います。昔観た、溝口健二監督の「残菊物語」(1939)を思い出しましたが、原作者自身もこの作品をヒントにしたと語ってますね。これ、戦前の溝口監督の秀作と思ってますので、DVDも出てるので機会があれば観てください。

投稿: Kei(管理人 ) | 2025年6月22日 (日) 15:51

ありがとうございます。まずは、原作を読んでみます。

投稿: 自称歴史家 | 2025年6月23日 (月) 20:03

李相日監督作品は「怒り」以来だったのですが、凄かったですねー。救いのない作品と思い鑑賞を躊躇したのですが、見て良かったです。歌舞伎は全く未知なのですが、全然問題なく、ただただすごい映画を見たという感じです。主演の2人の演技や役への準備に対する賛辞の言葉が見つからないほど凄い(3回目!)のはもちろんですが、女優陣も出番の多寡関係なく印象を残してますね。大傑作!

投稿: オサムシ | 2025年6月28日 (土) 20:51

◆オサムシさん
主演の吉沢亮、横浜流星は共に撮影開始まで1年半も猛特訓をして、完璧に歌舞伎役者になり切っているのも凄いですが、横浜は2022年の「線は、僕を描く」で、1年以上も水墨画の練習をしたそうですし、吉沢は昨年の「ぼくが生きてる、ふたつの世界」で猛練習して手話を完璧にマスターしたそうです。その間もいろんな映画に出たりNHK大河ドラマに主演したりと大忙しのはずなのに。
こういう二人の凄い役者が1本の映画で共に演技と踊りを競い合っているわけですから、そりゃ凄い映画になるはずですね。

投稿: Kei(管理人 ) | 2025年6月29日 (日) 22:59

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